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フェリスからの贈り物(後編)

 お気に入りの椅子に座ったフェリスがミントのように爽やかな笑顔を浮かべる。


「さあ、ここからは君たちへの僕からのお礼だ。マリー。君にはどれだけ感謝しても足りないぐらいさ。だから僕は、君の望むものをなんでも用意しよう。千金の黄金でも。荷馬車に満杯の我が国の貴重な薬草や君の好きな茶葉でも。そして、我が帝室への就職も大歓迎だよ。その時は準貴族の位も用意しよう」


 なんとも破格の申し出をいただいてしまった。私のしたことなんてそんなに大したことでもないのに。千金の黄金というのにはちょっと心がぐらついたが……とても私のしたことに釣り合わない大それたお礼を提示され目を丸くした私は、孤児院の院長先生の言葉を頭に思い浮かべて冷静さを保つ。


『マルガレット。強欲は身を滅ぼしますよ。何事も身の丈に合った控えめな態度を忘れないこと』


 院長先生の言葉を頭の中で反芻しながらお礼に何を望もうか考えていると、カリンが立ち上がってフェリスに抗議を始める。


「ちょっとフェリス! マリーさんは私のものよ!! 何どさくさに紛れて引き抜こうとしているの!!! それだけは許しませんからね!!!!」

「はっはっは。冗談だよカリン。もし仮にマリーが我が国に来てくれたら、君も押しかけてくるだろう。そして君の父上と母上が頭を抱える光景がありありと目に浮かぶよ。あ、君へのお礼は今度そっちの国に訪問するからその時にね」


 キラキラ笑顔で宣言するフェリスにカリンは呆れ顔で首を振る。


「フェリス、あなたまた来るつもり? 皇帝陛下があの状態なのにあなたがホイホイ外国に来ていていいの?」

「この間まで留守にしていたことになっていたが平気だったろう? 我が帝国の優秀な家臣たちはそんなに(やわ)じゃないよ」


 カリンはフェリスの答えに肩を竦め、私を見る。


「マリーさん、どうします? この際だから千金と馬車いっぱいの茶葉両方にしたらどうですか? あ、帝国に就職だけはダメですからね」


 にっこり上品に笑ったカリンの目が怖い……

 ひぃぃ大丈夫よカリンちゃん……私一応アカデミー職員なんだからちゃんと国に帰るわよ。それに平民の私が準貴族の称号なんて、しかも国民ですらない隣国でなんて、そんなの畏れ多くて全力で辞退したい。だからそんな目で睨まないで……


 カリンの圧の強い目に怯えつつ考えを巡らせた私は、あることを思いついた。


「フェリス。私、帝都に輸入されている黒胡椒をちょっと分けてほしいな……元々バーラートまで胡椒を仕入れに行くのが旅の当初の目的だったんだけど、寄り道しまくって当初の予定過ぎちゃってるからそろそろ一回帰らないとアカデミーの薬草園が心配だし……それに魔香を作るためにシュバルツさんの農場に行かなきゃいけないよね。魔香、早い方がいいでしょ?」

「ああ、我が国のごたごたに巻き込んじゃったからね。君たちには悪いことをした」

「それは私たちが自分から首を突っ込んだんだからフェリスが気にすることないわ。でも今からバーラートまで行くとさすがにアカデミーに『薬草園の管理を忘れてないですか?』って怒られそうだから……帝都にたくさん入って来てるのよね? それをちょっと分けてほしいな~」


 フェリスはフッと笑って優しげな顔を私に向け、愛おしそうに手を伸ばして私の頭を撫でた。

 お? おおぅ?


「君って人は。君が我が国にしてくれたことは千金でも足りないほどすごいことなんだよ? 叙爵は当然。その上で税収のいい所領なり千金なり下賜するほどのものなんだ。それなのに君は帝都に入ってきているバーラートの黒胡椒だけでいいだなんて……本当にそんなのでいいのかい?」

「だって私のしたことなんて、山で刺されてたトルガーロウさんを救助して、彼の話を聞いて、皇帝陛下が危ないと思ってカリンちゃんに頼んであなたに連絡してもらっただけだよ? カリンちゃんがいなきゃそもそも私の身分ではあなたに知らせることもできなかったわけだし。そして陰謀を聞き出したのはカリンちゃんだもん。だから褒賞はカリンちゃんに手厚くしてあげて」


 なぜか揃って頭を抱えて首を振り始めるカリンとフェリス。随所に仲の良さを垣間見せてくれるナイスな幼馴染同士である。


「いや、マリー……君ね……」

「ねっフェリス。この人、自分がどれだけすごいことしていて規格外なのか、まったく自覚ないでしょ?」

「いやカリンちゃん? 私、身の程は弁えてるわよ」

「カリンの言うとおりだよ、マリー。カリンから聞いたけどトルガーロウを死なせずにあの険しい山から救助できたのも、そして連中から計画のすべてを正確に聞き出せたのも、全部君のおかげだそうじゃないか。聞いたよ。イリス山の神様に気に入られたんだって? 神の使いの牡鹿なんて僕も見たかったなあ……そして金色に輝くトリカブトを授けていただいたんだろう? そんなこと、君以外他の誰にもできないことだよ。いいかい、マリー。君がいたからすんなり事件は解決したし、連中を一網打尽にできたんだ。僕には君の功績に報いる義務がある。正しく僕に仕事をさせておくれ」


 うーん……そう言われれば私も少しは頑張った気がするが、でもやっぱりカリンちゃんがいなければ私だけではどうしようもなかったし、事件が解決したのは、フェリスがこっそり国に帰ってきていろいろ調査をしたことも大きいはずだ。

 私だけが破格の報酬を貰うのはどうしても気が引ける……が、このままではフェリスが納得してくれなさそうだ。

 院長先生の顔と言葉を頭に思い浮かべながらも、私はフェリスが納得するようなわがままを口にする。


「じゃあ、帝都に流通している黒胡椒で……さ、最高品質のものを所望するわ!」


 しかし私の精一杯のわがままを聞いたフェリスは、お気に入りの椅子からずり落ちたのだった。

 ……なんで?


「……よくわかった。マリーに任せていたらいつまでたっても黒胡椒しか所望しないことを。ここは僕の方でお礼を用意しよう。君が断らない、それでいて価値のあるものを用意するよ。それと黒胡椒だったね。荷馬車に満杯の黒胡椒でよかったかい?」

「多すぎるわよっ!」


 フェリスの提案を、私は目を剥いて丁重に辞退したのであった。


「ところでフェリス、あなたが言っていた太古の文献に記載されている天界人ってなに? 私には何のことかさっぱりだけどあなたに襲い掛かったあの他所の大陸の男が自分のこと天界人って言ってなかったっけ」


 私の問いにフェリスが一瞬だけ真面目な表情をする。


「ふむ。やっぱり気になるよね。僕も詳しいわけではない。我が国が帝政を敷いた際に征服した北部の小国が保有していた古い文献に記載があったんだよね。曰く『大地に蔓延した瘴気を浄化せし存在。その者たちは草木を操り、人語を解さぬ獣たちと心を通わせる者なり』だそうだ。君は草木を操って動物と喋れるのかい?」

「んなわけないでしょう。確かに薬草や野菜を育てるのは得意だけど、さすがに動物とは喋れないわよ」


 顎に手を当て、考えていたカリンが口を開く。


「でもマリーさん、大森林で森の主の大猪と喋っていましたよね」

「喋ってないって!! ……確かに森の主の言いたいことが頭の中に響いたから意思の疎通はできたけど。あれはあの猪が特別なのであって私の能力じゃないよ。だってほかの動物とはさっぱりだもん」

「マリーさん。あの猪と意思の疎通ができていたのはマリーさんだけでしたよ。それにマリーさん、タヌキとも喋れるんですよね?」

「だから喋れるわけじゃないの! 頭の中にタヌキの言うことが響くの!!」

「だからそれがおかしいんですよ……」


 私たちのやり取りを興味深そうに聞いていたフェリスが身を乗り出す。


「マリー。やっぱり我が国で働かないかい?」

「フェーリースゥー?」

「うわっ! 冗談だよカリン、だから剣の柄にかけた手を離すんだ!」


 フェリスの言葉を半ば遮るようにカリンが立ち上がり、どすの利いた声で威嚇したので、慌ててフェリスが前言を撤回した。


「ふふっ。隣国の一孤児に過ぎない私を高く買ってくれてありがとうフェリス。でも私はアカデミー職員なの。孤児だった私に無償で衣食住と知識を授けてくれた恩があるからアカデミーの職員を辞めるわけにはいかないわ」

「そうか。残念だな。まあお礼については僕の方で用意する。準備にもう数日かかるからそれまで我が国の生活を楽しんでくれ。とりあえず今日は、僕が帝都を案内してあげるよ」


 二コリとキラキラ笑顔を振りまいて立ち上がったフェリスが爽やかに私たちを誘う。その日はお忍びの平民服に着替えたフェリス自ら帝都の名所を案内してくれ、私たちは楽しく帝都観光をしたのだった。



 その後数日王宮に滞在した私たちは、フェリスの観光案内で郊外の名勝を見学したり、王宮に滞在するトルガーロウに世界各地の植物について聞いたり、脇腹を怪我した例の商団員のお見舞いに行ったりして過ごした。

 フェリスは例の商団に関しては、商団員を陰で操っていた他所の大陸のあの男のみの責任とし、構成する商団員たちは軽い処罰で済ませたようだ。

 そして商団の存続を認めたのである。


 彼らは商団員になる前にしていた、アルメニアン帝国東部の質の良い薬草を帝都に運んで販売する商売をするようだ。


「またこの国に来たら贔屓にしてあげて。彼らは君たちのことを神の使いと信じて疑っていないからいろいろと便宜を図ってくれると思うよ。君たちのために商団を解体しなかった。これが僕からの褒賞その一さ」


 フェリスはそんなことを言いながら爽やかにキラキラ光るウインクを私たちに寄越したのである。


 そして今日、ついに褒賞の準備ができたとフェリスに呼ばれて、私たちは王宮の謁見の間にやってきた。

 玉座には国王代理としてフェリス、いや第一皇子ムスタファムが座している。


 跪いた私たちを見おろし、ムスタファム皇子が威厳に満ちた声で語りかける。

 ……フェリスもちゃんとやれば威厳たっぷりの皇子様ができるのね。


「マルガレット。そしてマルガレットの友人兼護衛のカリン。其方たちのおかげで我が帝国の危機を切り抜けることができた。帝国皇帝に代わり礼を言う。さて、マルガレット。其方には褒賞として以下の物を授ける」


 ムスタファムの言葉を受けて、脇に控えた文官が書状を広げて読み上げる。


「マルガレット。其方はネビル男爵および帝都の商団が企んだ、第一皇子を亡き者にせんとする陰謀を見抜き、よくこれを防いだ。その功績に対し以下の物を授ける。一つ、バーラート産最高級黒胡椒一年分。二つ、帝室のみに献上される南部の産地リゼの最高級茶葉。以上である」


 ……黒胡椒一年分って。まさか荷馬車満杯じゃあないでしょうねと跪きながら険しい顔をしていた私は、文官の発した最後の一言に思わずえっ? と顔を上げた。

 南部の港町、リゼと言えばアルメニアン帝国最大の茶の産地。そこ産の帝室に献上される最高級茶葉といえば! 帝室の人間しか味わうことを許されない秘蔵中の秘蔵の茶葉!!

 それを私にくれるというの? 


 私はその場で飛び上がってくるくる回り、歓喜の踊りを踊り出したい衝動を必死にこらえ、感謝の言葉を述べる。我慢している分ちょっと声が震えたかもしれない。


「他国の一平民にすぎぬ私などに過分な褒賞を賜り、恐悦至極に存じ奉ります。ありがたく、謹んで拝領いたしましゅ」


 あっ……


 玉座のムスタファム皇子が一瞬だけフェリスの顔になり、噛んでしまった私の口上に噴き出しそうになっている。しかしすぐに第一皇子の威厳ある雰囲気に戻る。


「うむ。よくぞ我が帝室を救ってくれた。皇帝陛下に代わり、礼を言おう。そしてカリン、其方には後日、協力の謝礼として其方の国にて国王陛下に直接お礼を申し上げる予定である。その際、其方の家に立ち寄り、礼の品を渡そう」

「ははっ。ありがたき幸せ」


 ムスタファムの言葉に答えるカリンは、さすがというか凛とした声だ。しかしその肩が小刻みに震えているのを私は見逃さない。

 カリンちゃん! 笑うんじゃありません!!




 こうして褒賞の授与は終わり、私たちは国へ帰るための旅路につく。黒胡椒一年分などと言われてドキドキしていたが、両手で抱えられる程度の袋に収まっていた。

 香辛料なのでそんなに大量にはならないか、と私は安堵の息を吐く。そして、帝室御用達の超貴重な茶葉の入った壷とともに大事にカバンにしまい込み、帝都エスタンブレインを後にしたのだった。

長かったアルメニアン帝国編もようやく終わります。

物語の鍵になる天界樹と天界人。

今回のアルメニアン編で少しだけ登場しました。

今後、マルガレットの活躍とともにその謎が少しずつ解き明かされていきます。


その前に、次回はちょっと閑話を挟む予定です。

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