騎士団へ挨拶に行く
管理小屋に戻り、買い込んだ大量の生活用品を運び込んだ私は、タイロン雑貨店に荷車を返しに行きつつ騎士団に卒業の挨拶と爆薬の使用許可を取りに顔を出すことにした。
それにしても水瓶はなかなかの重量だった。私、これでも一応か弱い女の子なんだけど。タイロンさんはあの重量物を私が一人で運べると思ってたってこと?……運べるけど。何か釈然としません。
でも品質はかなり良かった。底には濾過用の炭も敷いてあったし。あれならきれいな水を部屋に確保できる。
タイロンさんに感謝である。
すでに日は西に傾きつつある。騎士団に寄ったら今夜は街の食堂でご飯にしよう。アカデミーにいるときは朝と晩のご飯は寮の食堂だったので外食は久しぶりだ。
何を食べようかなとウキウキで考えつつ騎士団の司令部へと向かう。
司令部前に立っている歩哨の兵士に声をかける。
「こんにちはー。団長さんはいらっしゃいますか」
「おっ、マリーさん。今日も訓練ですか?」
「今日は団長さんにお話があって」
「ということはアカデミーを卒業されたんですね。すぐに取り次ぎますので少々お待ちください」
そう言って踵を返し、中に入っていく兵士。
……またか。なぜこうも会う人会う人みんな、私が卒業したことを知っているのだろうか。卒業したのは今朝で、そして当事者たる私はその事実を今朝知ったというのに。
団長さんにどういうことか問いただすことにしよう。
ちなみに訓練というのは、アカデミーの学生でありながら騎士団の危険な依頼を迷わず受けたり、街の皆さんの依頼で一人でひょいひょい城壁の外に出かける私を心配して騎士団の皆さんが護身術を教えてくれているのだ。
学業や依頼の合間を縫って、たまにここへきて汗を流している。
兵士が慌てて中に掛けていったため歩哨がいなくなった入り口で、代わりに歩哨の役をしつつ待っていると先程の兵士と共に顔馴染みの騎士がやってきた。
「さあマリーちゃん。団長がお待ちかねだぜ」
顔馴染みの騎士が団長室の扉をノックする。『はいれ』の声が扉の向こうから響き、騎士が扉を開けて私に入るよう促す。
中に入ると執務机に座る団長と後ろに直立不動で控える副団長さんが目に入った。
……なんか既視感。
朝のちょっとイヤな出来事を思い出してそっとため息をこぼしたら団長が首を傾げる。
「どうした」
「何でもありません」
わが王国が誇る鉄壁の国防の要、王国騎士団。その頂点に立つ騎士団長は、ほぼ銀に近い金髪に陶器のような白い肌をした、ため息が出るほどの美人である。その名をランスロットという。
切れ長の目に桃色の薄い唇、瞳の色はシルバーグレー。なんと睫毛もプラチナブロンドである。まるで妖精のような儚げな美しさ。
しかしその儚すぎる美しさに惑わされてはならない。剣に槍、鉾に弓矢、あらゆる武芸に通じ、騎士団指折りの腕前の上に、軍隊の指揮が神がかり的にうまい。
……ところで念のために言っておくと性別は男性である。儚げな美女にめっちゃ見えるが、脱いだら結構ムキムキだったりする。
ランスロットは私のため息の理由は深く追求しようとせず、私に話の先を促す。
「今日は俺に用があるそうだな。どうした?ついにアカデミーを卒業したとかか?」
「……なんでみんな私がアカデミーを卒業したことを知っているんですか?確かに卒業の報告と、一つお願いがあってお伺いしたのですが、卒業は今朝、急に言われたんですよ」
「いや、今初めて聞いたぞ。そうかー、お前もついに卒業かー。よかったな、ほとんどアカデミーにいなかったのに無事に卒業できて」
……視線を泳がせ、私から目を逸らしながら言われても怪しさが募るばかりです、団長。
「さっき入り口で歩哨の兵士さんに団長に用事と告げただけで、卒業報告ですか?と言われたんですけど……。団長さんたちも私が今年卒業するって前もって知っていましたね」
ジトリと疑いの眼差しを向けると、ランスロットは目に見えて焦りだした。
「そ、そんなことはない。ほら、その、あれだ。卒業シーズンだし、マルガレットは今年こそ卒業できるのかなー。もし挨拶に来たら卒業できたってことじゃないかなー?と騎士団内で盛り上がっていたんだ。だから兵士もピンと来たんだろう!なあ?」
そう言って後ろに控える副団長に同意を求める。
「えっ?あっ、そっ、その通りです!」
いきなり話を振られた副団長は、手をバタバタ動かして慌てて団長に同意する。
……副団長も挙動不審なんですが。怪しすぎる。
ちなみに副団長さんはテオブランドという。こちらは赤毛を長く伸ばし、後ろで一つにまとめている。がっしりとした体つきで団長のランスロットより頭一つ分は大きい。口とあごに蓄えた髭も相まって、とても強そうなワイルドな見た目だ。もちろん男性である。
しかし、見た目に反してこの副団長は作戦立案が最も得意である。斧とかをぶんぶん振り回して前線で一人で大暴れしてそうに見えるが、少なくとも私は、彼が戦っているところを見たことがない。
騎士団内では、テオブランドが考えた作戦をもとにランスロットが騎士団全体の統括を行っている。
「なんか下町でお世話になっている商店主さんとかもすでに知っているような感じなんですよね。まあ、話が早くて助かりますが、今日、無事に卒業して、アカデミーの薬草園の管理人になりました。学生時代にいろいろお仕事をくれたり、護身術の指導をしてくださり、大変お世話になりましたのでご報告に上がりました」
「そうか、わざわざありがとうよ。それにしてもアカデミーめ。まだマリーを囲い込む気か……」
団長が何か小声でブツブツ言いだしたので後半がよく聞き取れず私は首を傾げる。
「ん?何か言いましたか?」
「いや、何でもない。卒業したんなら、騎士団に就職してくれたら給金も弾んだのに。進路希望とか言わなかったのか?」
なんと。騎士団からスカウトされるとは思わなかった。
「私はか弱い女の子ですからね。お手伝いならともかく、本職で騎士なんて無理ですよ」
「はっはっは。お前がか弱いだと?なんの冗談だ。危ない依頼を顔色も変えずに平気で引き受けるくせに。それに一人でひょいひょい大陸の西の果てまで行ったりしてるじゃないか」
失礼ね。レディに対する言葉とは思えないわ。
確かに一人で西の果てまでたまに行くけど。
ちょっとだけむくれてみせると、ランスロットはにやりと笑って私に素敵な提案をくれた。
「アカデミーの薬草園なんて、街でじっとしていられないお前にまともに務まるとは思えん。お前の手伝いがあると仕事がはかどるから、これからも俺たちの依頼はなるべく受けてくれよ」
「やった!ありがとうございます。お金儲けのためにこれからも依頼を出してほしかったんです。頑張りますからよろしくお願いします」
「よし。決まりだな。護身術の訓練にはこれからも来るんだろ?依頼は来た時に言えばいいか?」
「はい!それか、王都の西の端の管理小屋に住みますから、そこに連絡をくださっても大丈夫です」
「ん?西の端はもう天界樹の森しかないだろう?あんなところに薬草園なんてあったか?」
ランスロットの口から耳慣れない単語が飛び出した。天界樹の森とは何だろうか?大陸北部に広がる広大な森林のことは、みんな単に『大森林』と呼ぶ。
広大な森林など、この大陸に『大森林』しかないほど、この森の面積は圧倒的であり、この大陸に住む者には『大森林』とだけ言えば誰にでも意味が通じる。その『大森林』に別の呼び名があるというのだろうか。
疑問は沸いたのだが、ここへ来たもう一つの用件を思い出して私は話を続けた。
「薬草園は王都の柵の外らしいんですが、長年放置していたら大森林に飲み込まれたそうです。アカデミーが言うには、管理の一環としてまず畑として再整備をしてほしいそうなので……爆薬を使って森を吹っ飛ばしてもいいですか」
私が聞くと、ランスロットとテオブランドは揃って頭を抱えた。
「……やっぱりか弱くなんかないじゃねえか。脳筋にもほどがあるぜ」
「まったくです。木こりを雇うとか、伐採を手伝ってほしいとかではなくまさか爆薬とは」
「失礼な!か弱いから森の開墾なんて一人でできないんですよ!そして貧乏だから木こりを雇うお金なんてありません!なら爆破すればすぐ終わるじゃないですか!!」
私の反論に再び頭を抱えた二人だったが、私の本気を感じ取ったのか、渋々許可をくれた。
「やってもいいが、事前に連絡し、計画書を提出すること。そして当日は騎士団から数人寄越すので一人でやらないこと。いいな」
「はい」
こうして、無事卒業の挨拶を済ませ、今後も依頼を貰えるようお願いできた上に、薬草園再生のために爆薬の使用許可も下りた。準備が整ったら知らせることを約束して、私は満面の笑顔で騎士団の司令部を後にしたのだった。
……天界樹の森ってなんですか?と聞くのを忘れたことに気づいたのは家に帰ってからである。
騎士団長たちを呆れさせつつ、爆薬の使用許可を取りました。しかし、本人が全く知らなかったアカデミーの卒業を、周りのみんなは知っていたようです。
次回は久しぶりの外食をするために街の食堂へ向かいます。




