フェリス、暗殺計画阻止の作戦を練る
ツボに入ったのか尚もヒーヒー笑っているカリンの袖を引きつつ喫茶店に入ると、目を丸くしたフェリスが私たちを迎えた。
「……マリー。カリンはいったいどうしたんだい?」
「カリンちゃんのことは放っておいていいから。それよりフェリス、聞いて聞いて! お望みの暗殺計画の話、バッチリ聞き出してきたわよ!」
そう言うと私は笑い続けるカリンを席に座らせ、カリンと並んでフェリスの向かいに座りながらにやりと笑った。我ながら幼顔の魔女並みのワルイ笑顔をしていると思う。
「そうよ。あなたの無茶振りにちゃんと答えて驚きの暗殺計画を聞き出してきたんだか……ぶふっ!」
やっと爆笑がおさまりやり切った顔でフェリスに言ったカリンだったが、ふっと私の方を見てまた笑いだす。
カリンちゃん、失礼よっ! そりゃ私が神様なんて笑い話でしかないんだけど……
「それで? 奴らの企みはどんなものだったんだい?」
カリンが使い物にならないと見て取ったフェリスは、私に向き直り話の続きを促す。
注文を取りに来たウエイトレスさんがカリンを見て怯えながら戻っていってしまった。「あの、私紅茶……」と言いかけたがウエイトレスさんは聞いてくれなかったので、仕方なくフェリスに悪人面の男から仕入れた情報を話して聞かせることにした。
「奴らが採集していたトリカブトは第一王子の暗殺に使うそうよ。家具の艶出しワックスに練り込んで帝室御用達の商人が納品するワックスとすり替えるって言っていたわ」
フェリスのキラキラ笑顔がスッと消えた。真顔になったフェリスが身を乗り出してきた。
「どうやってすり替えるか聞いたかい?」
「ええ。商店の奉公人を金で抱き込んだって言っていたわ。それでその毒入りワックスを、第一王子が私室で人と会うときに必ず座る椅子の手摺に塗るんですって」
「……あのワックスはプロしか扱えないからいつも商店の人間に任せていたな」
「そうなんだ。それでね、ネビル男爵がブドウ農家とともに面会を申し込んで、手摺を触った手で第一王子がブドウを口に入れるよう仕向ける作戦だって」
フェリスがため息を吐く。
「悪辣だなあ。考えたのはネビル男爵か、それとも商団の幹部なのか……よくそんなこと思いつくよね」
「あっ、フェリス。商団の人たちは生活のために金払いのいい他所の大陸の怪しい集団に雇われただけみたいよ。話を聞いた限りでは、第一王子の命を狙っているのはその怪しい集団だと思う」
私はフェリスに、悪人面の商団員の男から聞いた話を細かく説明していった。
難しい顔で頷きながら、フェリスは私の話を聞いている。
私が話し終わるとフェリスはため息を一つ落とし、フェリスの方で調査していたことを話してくれた。
「なるほどね。第二王子を擁立しようという動きがあるのは把握している。ネビル男爵が第二王子の擁立を狙っていろいろ暗躍していることは掴んでいたんだが……他にも、帝室の侍医を交代させるように画策した痕跡がある。そしてその際に、重い神経痛で政務に耐えられなくなって引退したドメル侯爵という国の重鎮を利用したり……ネビル男爵と例の商団は手を組んでいろいろやっているようだということが調査の結果わかってきた」
侍医を自分たちの息のかかった者に交代させたということだろうか……
「侍医を交代させて、皇帝に毒を盛ろうとしたとかなの?」
「いや。ドメル侯爵が推挙して後任に入ったデルロイだが……彼はもともと実力のある医師だったんだ。マルコ医師の後任は彼だろうというのは、誰もが疑わない既定路線のようなものだった……だけどマルコが引退の際、陛下に推挙したのは若くて粗削りだが、天才的な閃きを持つキヴァンツだったというわけさ。帝室の侍医というほぼ約束された栄誉を若手にかっさらわれた格好になったデルロイは、マルコとキヴァンツを恨んじゃってね……そこのところの暗い感情を、うまく商団の奴らに利用されたんだよね」
いつの間にか笑いが治まっているカリンが、手を挙げてウエイトレスを呼んでいる。
ビクッと肩を震わせた気の弱そうなウエイトレスは、お盆で半ば顔を隠しながらそろりそろりとこちらへやってきた。
「私はザクロジュース。マリーさんはどうします?」
「あ、紅茶でお願いします」
「か、かしこまりましたぁ」
そろりそろりとこちらへ来ていたウエイトレスさんは、注文を取った途端ダッシュで厨房へと下がっていく。来るときとのスピードの違いに思わず笑いそうになった。
「カリンちゃんが入って来てからずーっと笑ってるからあのウエイトレスさん、めっちゃ怯えてるじゃん」
「だって、これが笑わずにいられますか……それで? なんでその他所の大陸の怪しい奴らは侍医を交代させる工作をしたの? 息のかかった侍医を送り込めないんじゃそんなことしたって無駄じゃない? バレてしまった時のリスクもあるわけだし」
……カリンちゃん、ずっと笑っていたけどちゃんと聞いてたのか。
カリンが笑い止んで店内が静かになったので、フェリスが声を落として続きを話す。
「キヴァンツはね。植物由来の成分の依存性を緩和する薬の研究をしていたんだよ。あの頃はまったく思い至らなかったが、キヴァンツはもしかすると皇帝に献上されたあの盆栽の危険性に気付いていたのかもしれない。食虫植物のフェロモンを無効化されては奴らとしては困るからネビル男爵と共謀して侍医を交代させたんだろうね」
フェリスの調査によると、フェロモンの解毒剤を開発しかねないキヴァンツの存在に危機感を募らせた例の集団は、ネビル男爵を通じて皇帝の信頼が厚いドメル侯爵にあることを吹き込んだ。
曰く、キヴァンツは自室に怪しげな毒草を持ち込んで、何やらおかしな毒薬の研究をしていると。
まさか、そんなことはあるまいと首を捻りつつ、ネビル男爵に案内されてドメル侯爵がキヴァンツの部屋に行ってみれば、果たしてそこには強い神経毒の瓶があった。
キヴァンツはそのような瓶は昨日までなかった。自分は知らないと主張したが、事態を重く見たドメル侯爵はキヴァンツを罷免し、デルロイを侍医に据えるよう皇帝に進言したらしい。
誰がそこにその瓶を持ち込んだのかフェリスも調べがついていないそうだが、デルロイがあの商会に出入りしていたことがあり、もしかするとデルロイが置いたのかもしれない……ということだった。
ただ、デルロイは帝室の侍医になることに医者人生の全てをかけてきたほど、その地位を熱望していたらしい。
侍医になってからの彼の勤務ぶりは全く問題なく、むしろ自分の健康さえ顧みず、食虫植物のフェロモンで様子がおかしくなっていく皇帝のために徹夜で試行錯誤して薬を調合していたらしい。
「そして、マリーたちが聞いてきてくれた話を聞く限り、陛下がすでにあの盆栽の魔の手から逃れていることは漏れていないようだ。それはつまりデルロイが喋っていないってことなんだよね」
ということは、あとは椅子の手摺に塗られる毒薬のことを第一王子に事前に伝えれば、アルメニアン帝国を乗っ取ろうという例の集団の野望を阻止することができるということだろうか。
再びキラキラ笑顔に戻ったフェリスが私たちを交互に見る。
「正直、商団員の幹部が簡単に口を割るとは思わなかった。君たち、本当によくやってくれた。おかげで奴らの野望を阻止するだけでなく、陰謀を図った連中を一網打尽にできそうだよ……マリー。君が我が国を訪れてくれたおかげで、ここ一年程我々を悩ませていた難しい問題が一気に片付こうとしている。よくぞこの時期に我が国を訪れてくれた。僕は君に最大限の感謝を表するよ」
「フェリス……私のこと忘れてない?」
「もちろんカリン、君にも感謝しているよ。君たちを送り出した直後に喫茶店に戻ってきて正教会のシスターの服と身分証を用意しろと言われた時は、君たちはいったい何を考えているのかと思ったが……あの服と身分証でいったいどうやって奴らの悪巧みを聞き出したんだい?」
私とカリンは顔を見合わせ、キラキラ顔をさらに輝かせているフェリスに答える。
「ひ・み・つ」
「なんだよぉ! 教えてくれてもいいじゃないかぁ」
フェリスがずっこけながら私たちに抗議をしたところで、ウエイターさんが先程注文したザクロジュースと紅茶を運んできてくれた。
注文を取りに来た気の弱そうなウエイトレスさんは……厨房から顔だけ出して震えながらこちらを窺っている……
カリンちゃん。完全に怯えられたわね。
「君たちが医院で話を聞き出してくれている間に、僕の方も仕事を済ませておいた。マルコから連絡があり、トルガーロウの傷が回復して歩けるようになったそうだ。さあ、いよいよ反撃だ! 君たちにはこれからあることを頼みたい」
そういうと、フェリスは私たちに顔を近づけ、小声で作戦の内容を耳打ちしてきた。私たちも身を乗り出してフェリスの作戦を聞く。
フェリスの話した内容は、私の目を大きく見開かせるに充分すぎる衝撃の内容だったのである……
マルガレットたちが医院にて尋問をしている間に、フェリスの方もいろいろ準備を整えていたようです。
フェリスが期待していたよりずっと具体的に暗殺計画を聞き出していたマルガレットたち。
情報を得たフェリスは勝利を確信し、作戦を打ち明けます。
次回、いよいよアルメニアン帝国陰謀編、大詰めです。




