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マルガレット、黒い噂の商団員を尋問する(中編)

 街中で準備を整えた私たちは医院の受付へとやってきた。


「私たちは聖協会のシスターです。病人のお見舞いにやってきました。今回はイリス山にて土砂崩れの災難に巻き込まれお怪我をされた方がいらっしゃると聞いて伺いました。お見舞いをしてもよろしいでしょうか?」


 カリンが(おごそ)かな口調で受付に座る看護師に来意を伝える。どこから見ても修道女にしか見えない。さすが神秘の美貌である。

 私は黙って看護師にこの街の協会所属であることを示す身分証を出して見せる。


「ああ、聖協会のシスター様方。ご苦労様です……ところでお二人とも普段見かけない方ですね?」

「えっ? あっ、その……そ、そう!私たちこの春からこちらの教会に派遣されあうっ!……」

「私は普段新人の教育係をしている者です。この者はこの春から修道女となった新人です。今日は彼女の教育を兼ねて私が大聖堂本部より引率してまいりました」

「あー、そうなんですね。春は新人の季節ですもんね。我が医院にも新人の看護師がたくさん入ってきましてね……あ、どうぞお通り下さい」


 いきなり核心を突かれ、焦ってボロを出しかけた私の足を踏みつけて、カリンが厳かな口調で切り抜けてくれた。

 病室へ入る廊下の角を曲がったところでカリンが小声で非難する。


「マリーさんが喋ると台無しになるから黙っていてください。ホントに隠し事ができないですよねマリーさんって」


 ……面目ない。

 返す言葉もないので、私は黙って新人シスターのふりに徹することにした。




 病室を(のぞ)くと、見覚えのある悪人面の男が臥せっていた。傷が痛むのだろうか、低い唸り声をあげ額には脂汗がびっしょりである。


 私たちは男の枕元に立ち、カリンが男に声をかける。


「傷が痛みますか? 私たちは聖協会から慰問に参りましたシスターです。なにかお困りごとはございませんか?」


 カリンちゃん、めっちゃ(おごそ)か。後光が差しているのではないかというレベルである。

 さすがすぎる。


 男は目を開けて私たちを見る。


「ほほぅ、シスターにしとくにゃ勿体ねえ美人だな。困り事か……ずっと寝ていて下半身が蒸れるんだ。ちょっと脱がせて綺麗な布で拭いてくれねえかな。げっへっへっ」


 カリンの慈愛に満ちた笑顔がすっと氷の微笑に変わる。これは最も怒っている時のやつだ……ジリジリと私はカリンから距離を取り……


「ほら、早く拭いてくれよ、なあ」


 ごりっ!


「ぎゃあああああああ!」


 次の瞬間、カリンの踵落としが悪人面の脇腹に炸裂した。

 傷口にモロに一発もらった男は絶叫を放ち悶絶する。


「苦しそうに汗を流して唸っているから傷口が痛むのかと思っていましたが、思いの外お元気そうで安心しました。さあ、蒸れている下半身は熱湯で消毒しましょうね」


 ダイヤモンドダストでも舞いそうなほどの冷気を放つ氷の微笑のまま、カリンは部屋の片隅に茶器とともに置いてある、火鉢にかけられたやかんを手にする。

 完全にキレていながらも、口調だけは(おごそ)かなシスターそのもので、それが逆により一層怖い。


「ま、待て! 冗談! 冗談だ! ……全くなんてシスターだ。可愛い顔してうちのかかあより怖え」

「……ほかに言うことがないのならその汚れた下半身と無駄口を叩くそのお口を消毒しないといけませんね。この熱湯で」

「ひいぃぃっ! すまん! 俺が悪かった! だからその熱湯の入ったやかんから手を放してくれ!!」

「下品なことを言って、も う し わ け ご ざ い ま せ ん 。……でしょう?」

「もっ! もももも! もうしわけございませんでしたぁ!!!」


 ここに至り、ようやくカリンはやかんを火鉢に戻す。一時はやかんの注ぎ口が悪人面男の目の前まで接近していた。悪人面男、ピンチ脱出である。


「よろしい。特にお世話は必要なさそうなので、少々お話を聞かせてくださいね」


 やかんを火鉢に戻したカリンは、再び男の枕元に立ち艶然と微笑む。男はカリンにおびえたような顔を向けこくこくと頷いた。


「皆さんは揃ってイリス山の登山口で土砂崩れに巻き込まれたそうですが、お貴族様もいらっしゃったとか。お揃いでイリス山で何をなさっておられたんですか?」

「……ピクニックだ」


 カリンの手が再びやかんに伸びる。男はびくりと体を震わせ、恐怖におびえた目でカリンを見る。


「い、今のは冗談だ! お貴族様の知り合いの偉いお貴族様が神経痛だってので病に効く薬草を探しに山に入ったんだ!」


 トルガーロウが語っていた、重い神経痛の元侯爵という筋書きはこいつら人相悪の間でも徹底してるのね。それともほんとに神経痛の元侯爵がいるのかしら。

 カリンはやかんを手にしたまま男に続きを促す。


「よろしい。それで? どんな薬草を採集していたのです?」

「さあな。俺に草の種類なんてわかるわけがねえ。お貴族様が指示された草を掘り返して持って帰ってきただけだよ」

「薬草などは季節によって姿も変わるものです。宮廷で政務に就く貴族階級が山に自生している状態の薬草を正確に見分けられるとは思えません。あなたはまだ何か隠していらっしゃいますね? 薬草を見分けるために、植物に詳しい者を同行させていたのではありませんか?」


 男の表情が一瞬、こわばった。しかしすぐに油断ならないものを警戒するように目を細め、寝返りを打って私たちに背を向けた。


「何を言っているのかわからねえな。それにあんたら、聖協会のシスターって言ったよな? 聖教会の者がなんで俺たちが山で何の草を採っていたか知りたがるんだ。その辺りの話なら救助に来た軍隊に他の怪我しなかった奴らが話しているだろうさ。俺は怪我人なんだ。話は終わりだ。誰かさんのせいで傷が痛むから帰ってくれ」


 そう言うと、男は布団を頭から被ってしまった。

 しかし、こうなることは予想済みである。カリンの声が一段低くなり、妙な迫力を生み出す。

 私はカリンの生み出す声の迫力に、内心舌を巻いた。一種の才能である。


「私たちが今日ここを訪れたのは、其方(そなた)に罪を雪ぐ機会を与えるためです。山の神はお怒りです。この機会を逃し、私たちに罪の告白をせず、自身の犯した過ちに背を向けるというのなら、其方の身にさらなる災いが降りかかることになりますよ」


 男が布団から顔を出す。しかしまだ背中を向けたままである。その背中にカリンの迫力ある声が突き刺さる。


「要人暗殺を目的としたトリカブトを採集するためにイリス山中に入り、なかなか見つからないトリカブトの在りかを案内させる目的で植物学者トルガーロウを連れ出した上に、採集した後に其方の手でトルガーロウを殺したことを神はご存じです」


 男の肩がびくりと震え、ゆっくりとこちらに顔を向ける。その顔は信じられないものを見るような、おびえた表情である。


「な、なぜそれを……まさかおまえら山中にいたのか? あっ! そういえばあの日、女が二人登山道から登ってきたと斥候から報告があった……さてはお前ら現場を見たんだろう!?」

「いいえ。私たちは山中を血で穢したとお怒りになった山の神に遣わされた御使いです。ですので、其方らが山中で働いた悪事の一切を見知っています。なぜ、下山寸前で其方ら全員が土砂崩れに巻き込まれたのか。なぜ、全員が顔だけ出した呼吸ができる状態で埋まったのか。偶然の、不幸中の幸いだとお思いでしょうか?」


 男の顔が見る見るうちに青ざめていく。男の口からは、声にならない声がうめき声として漏れる。


「そして、其方のその脇腹の傷。世界的に有名な植物学者、トルガーロウを山中にて害した際、其方がトルガーロウに負わせた傷の位置を思い出してみなさい。指示を出した貴族にも同じ位置に傷ができたはずです。神のお怒りと、それでも命までは取らなかった意味をよく考えるのです。もう一度言います。私たちは其方に罪を雪ぐ機会を与えるため、山の神が遣わした御使いです。其方が今すべきことはなんだと心得ますか?」


 男は、脇腹にできた自分の傷をまさぐり、位置を確認する。そしてしばらくの沈黙の後、今にも気絶せんばかりに青ざめた。

 そして痛みを堪えて手を伸ばし、カリンの袖を掴みつつ、哀願するように言った。


「頼む。俺が死んだら家族が路頭に迷う。喋るから神様にとりなしてくれ! 確かに俺はひょろひょろの学者を刺した。だがそれは、お貴族様に命令されたからだ。トリカブトの採集もそうだ。商会からお貴族様の指示に従うよう命令され、採集に同行したが、あの草を暗殺に使うなんて聞いてねえ! 本当だ! 信じてくれ!」


 カリンが顔だけこちらを向けた。私は頷き、カバンの中から懐紙に丁寧にくるんだ、あるものを取り出す。


「とりなしてほしいならば本当のことを言うべきではありませんか? 其方はまだ何かを隠していますね? それとも私たちのことをまだお疑いなのでしょうか……仕方ありません。罪を雪ぐ気がないというのなら……」


 カリンの言葉に合わせて、私は懐紙をめくり、くるんでいたものを男に見せる。

 私の手に握られているものは、イリス山の神様がくれた、七色に輝くあのトリカブトである。


「!!! ひ、ひいぃっ! そ、それは!!!」


 男は驚愕に目を見開き、私の手の中にあるこの世のものとは思えないトリカブトを凝視する。


「薬に使うと偽り、山を愛し植物を愛し、山の神も目をかけたトルガーロウを、騙した上に害したのです。其方には、其方たちが望んだこのトリカブトを其方たちが望むように正しく毒薬として使うこととしましょう。光栄に思うのです。神が私たちにお預けくださった特別なトリカブトですよ。さぞや苦しみ、悶絶しながら天罰をその身に受けることでしょう」


 男は大きく震えた後、がっくりと項垂れ(といっても床に臥せっているので枕から首がずり落ちたというべきか)観念したように小声で呟いた。


「……わかった。喋る。俺は死ぬわけにいかねえんだ」




 私とカリンは互いに目配せをしあい、男に見えない角度でこっそり拳でガッツポーズを作ったのだった。

あの手この手で脅したのに、なかなか口を割ろうとしない悪人面の男。

この手の悪の組織にしては忠誠心が高いというか義理堅いというか……

しかし、最後は神様のくれたあのトリカブトが役に立ったようです。次回は男の供述を取って、フェリスに報告です。

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