バルメロス将軍
イリス山西側登山口麓の宿場町を急ぎ発った私たちは、帝都へ向けて西へと急ぐ。
これまではふざけて私の薬草採取に付き合っていたフェリスが真剣な顔をして先を急いでいるので、さすがの私もマイペースぶりを引っ込めてフェリスの急ぎ足に合わせて旅をする。
不思議と帝都へ近づくにつれ、貴重な薬草を見かけなくなった。アルメニアン帝国東側は薬草分布が異常に豊富だが、このあたりではほとんど見かけないのだ。例えば我が国なら、全域でそこそこ薬草の群生地があるのだが……
薬草の分布がこうも違うとは。この国は東部と西部でなにもかも真逆なのねとあまりの違いに半ば呆れながら薬草のない西部を歩く。
フェリスが急ぎ足でどんどん進むものだから、帝都にはあっさり着いた。帝都の全貌を視界に収めることのできる見晴らしの良い丘に立って帝都の威容を眺める私。
すると隣に立ったカリンがにやりと笑い、私をからかうように言った。
「マリーさん、全然薬草に興味を示しませんでしたね。やればできるんですから、私たち二人旅の時もこの調子でお願いします」
「カリンちゃん、薬草に興味を示さない私なんて私じゃないのよ。それに、このあたりは私の興味を引くような薬草があんまり生えてないのよね」
「あっ! マリーさんが開き直った!」
カリンと二人でじゃれていると、前をずんずん進んでいたフェリスが、戻ってきて一緒に丘の頂上に並ぶ。
「マリーの目から見てもやっぱりそうなのかい? トルガーロウもそう言っていたと第一王子から聞いたんだが」
「そうね。普通は道端に少しくらい薬草になる草が生えているものだけど……帝都に近づくにつれてまったく見かけなくなったわね」
「そのあたりのことも、今後トルガーロウに調査してもらおうと思っていたんだよね。今回の件で彼が我が国のことを嫌いになっていなければいいが……」
表情を曇らせるフェリスに私は言う。
「そのためにもあの悪いネビル男爵に証拠を突き付けて、さっさとやっつけないとね」
私の言葉を聞いたフェリスが一瞬虚をつかれたような顔になり、それから満面に笑みを湛える。
「マリーに言わせると宮廷のドロドロした陰謀も真っ向勝負でやっつけるになるのか。僕なんかどう隙を突こうとか、どの人物を使ってどうやって追い詰めようとか考えてしまう……いいね、マリー、とてもシンプルな考え方だ。うん、そうだね。ネビル男爵をやっつけよう」
……どうやら私の言い回しが気に入ったようだ。いつものキラキラニコニコではない、本当に楽しそうな笑顔でフェリスは言ったのだった。
「さあ、ネビル男爵をやっつけるためにまずはバルメロス将軍に会いに行くよ。二人とも、こっちだ」
フェリスは私たちにそう言うと、再びずんずんと進み始めた。私たちはフェリスに続き、アルメニアン帝国の首都、エスタンブレインに入ったのである。
騎士団の兵舎とか王宮とかに行くのかと思ったが、フェリスは下町の繁華街を目指しているような気がする。バルメロス将軍に会いに行くなんて言いながら早速サボって昼間っから一杯やる気なんじゃないでしょうね……
疑いの眼差しを向けながらフェリスの後に続いていると、やはりというかまさかというか、フェリスは一軒の居酒屋の前で立ち止まると、ずんずん進んできた勢いそのままに扉を押し開け、中に入ってしまった。
「一杯飲みたかったなら素直に言えばいいのにね」
私はカリンにそう言いつつ肩を竦めながら居酒屋の扉をくぐる。
中に入ると、フェリスは素早くもすでに、常連の雰囲気を醸し出している壮年のおじさんの座る席に腰掛けており、私たちの方へこちらに来るようにと手招きしてきた。
「なんという素早さ……行きつけ感が半端ないんですけど」
カリンも呆れの表情である。
私たちは顔を見合わせ、呆れのため息を吐きつつ、フェリスの両隣に座る。
常連の雰囲気のおじさまの向かい側に三人並んで座った格好だ。
フェリスが左右を見て「いやちょっと君たちね……」と言いかけたところで常連おじさまが困惑したような顔で私たちに言った。
「ムスタ……じゃなかった、フェリス殿。まさに両手に花ではござらんか。儂は今から、まさかの居酒屋にて尋問を受けるのでしょうか? そちらにずらりと並ばれると文官に追及される予算会議を思い出しまする」
「いやすまない、バルメロス殿。君たち、バルメロス将軍が緊張するので二人してこっちに座らず一人はバルメロス将軍の横に座ってくれないかな」
なんと、この人がバルメロス将軍だったのか! 私の横のフェリスを挟んだ反対側でカリンもびっくりしているのが見える。
「フェリスが将軍に会いに行くと言いながら下町の居酒屋に迷わず突進するもんだから、将軍に会いに行くふりして昼間っから飲みたいのかと思ってたわ」
「そうそう、それで行きつけの店で顔なじみの常連を見つけて嬉しくて相席したのかと思いましたよね」
私とカリンの言葉にフェリスは頭を抱え『僕のことをそんな目で見ていたなんて』と嘆くふりをしている。
正面を見るとバルメロス将軍も『儂は居酒屋に居座る飲んだくれに見えるのか……』と頭を抱えていた。
だって普通、将軍に会いに行くなんて言われたら騎士団の兵舎か王宮だと思うじゃない。まさか将軍が酒好きで昼間っから居酒屋にいると思わないし、フェリスもそれを見越して居酒屋に直行したのなら前情報として事前に共有しておいてほしかったんですけど。
「ごめんなさい。まさか将軍が昼間っから居酒屋にいるなんて思わなくて」
正直に思ったことを言ったら、バルメロス将軍が誤解だと言わんばかりに反論してきた。
「違う! 違いますぞ! 今日は一仕事を終えた後でもう非番になったからここに来たまでで! 普段は妻に怒られるからまっすぐ家に帰っておるし、ここに来るのは軍隊の出撃任務から帰還したときだけですぞ!」
……どうやらこの人、言わなくてもいい余計なことをポロっとこぼしてしまい損をするタイプと見た。
『普段はまっすぐ家に帰っている』とだけ言えばいいものを『妻に怒られるから』と余計な情報をポロっと付け加えるものだから、聞いた人に『ああ、この人奥さんの尻に敷かれてて家で主導権がないんだろうな』とか思われそうだし、回りまわって将軍の発言がその鬼奥様に届いたりして『あなた! 外で私のことを鬼嫁のように言っているんですって!?』などと家でまた怒られていたりしそうである。
でも、なんとなくこの人はいい人そうだなという直感が働き、私はバルメロス将軍に対する警戒心を緩めた。
「ふふっ。そんなに必死に言い訳を始めると、ますます普段から入り浸っているように見えますよ。だって、一目見た途端私もあなたのこと居酒屋の常連おじさんだと思ったもん。この場にめっちゃ馴染んでいますよね」
「なっ! 確かに行きつけの店だが! 儂など週に二、三度程度しか通っておらん! 断じて常連おじさんではない!!」
「……軍隊の出撃任務って週に二、三度もあるんですかこの国って」
「うっ!」
目を泳がせて明後日の方を見るバルメロス将軍。
『語るに落ちる』という言葉を鮮やかに披露してくれたその姿にカリンも、そして既知の仲のフェリスも苦笑いである。
うん、やっぱりこのおじさんはいい人だね。陰謀とか隠し事とか絶対無理そうだもん。
「それで? バルメロス将軍は私とそっち側に座っている人とどっちに隣に来てほしいですか?」
私程度の軽い揺さぶりくらいで動揺して挙動不審になっているバルメロス将軍を生暖かい目で見ていると、カリンがからかうように将軍に質問を始めた。
「ど、どっちにとは……」
「将軍の好みの方を選んでくださいね」
かわいくバチっとウインクを決めて将軍に迫るカリン。頬杖をついて組んだ両手に顎を乗せ、コテンと顔を傾けるという悩殺ポーズ付きである。
たじろぐバルメロス将軍。見る間に頬が赤く染まり、視線が宙を彷徨っている。
私たちが将軍をからかっているのを先ほどから苦笑いで眺めていたフェリスが将軍に助け船を出した。
「君たち、バルメロス将軍は軍隊という男社会にて叩き上げた生粋の軍人だ。君たちみたいな若くて超がつく美女二人でからかうのはやめてあげなさい。ところで将軍、選んでいいそうだからどちらの娘が隣がいいかい? 月の女神のようなこっちの子はカリン、太陽のようなまぶしく輝いている子はマリーだ。さ、早く選んで」
「あ、じゃ、じゃあ太陽のような子の方で……」
選ぶんかい!
『そんな! どちらか選べなど無理難題を!』などと言い出してどっちも選ばないと思っていたがあっさり私が指名されたのでフェリスの隣から立ち上がり、将軍の隣に座りなおす。
私の目の前にカリンがくる形で落ち着いた。目の前に三人並ばれるのはさすがに嫌だったようである。
「よし。これで落ち着いて話せるね。すまないね、バルメロス殿。一仕事終えてお楽しみのところを押しかけてしまって」
いや、お楽しみのところって……仕事終わりの居酒屋が途端にいかがわしくなるからその言い方はやめなさい。
「いえ、それでフェリス殿はこんな美人を二人も引き連れて私に何の御用でしたかな?」
「ああ。この二人は私の協力者さ。用というのはね、十日ほど前にイリス山の麓で土砂崩れに巻き込まれた者たちの救助要請があっただろう? そのことについてちょっと聞きたいことがあってね」
フェリスの言葉を聞いたバルメロス将軍がああ、という顔をする。
「あれは不思議な事件でした。全員顔だけ出た状態で崩れた土砂に埋まっているなど、このバルメロス、山岳遭難の救助を何度も経験していますが初めて見ました。しかも巻き込まれていたのがネビル男爵と、なんと、いろいろ黒い噂の絶えない、帝都の商団の人間という組み合わせでしてな。何とも奇妙な事件でしたぞ」
あの悪人面たち、一応帝都の商団の人間だったんだ。てっきり街のならず者とか盗賊の類かと思っていたわ……あんなのが所属員の商会って、違法薬物や阿片でも取り扱っている商会なのかしら。
「それって例の、騎士団が極秘に内部調査しているあの商団のことかい?」
「その通りです、フェリス殿」
バルメロス将軍の話を聞いて、フェリスがキラキラ笑顔を消した。
「うーん……どうもこれは、お隣の国からちょっかいがかかっているのかもしれないな。いや、お隣の国を乗っ取っているどこかの国か」
聞き捨てならない独り言をぼそりとつぶやいたフェリスに、私は耳を疑い、フェリスの顔を見る。カリンもまた、フェリスの言に衝撃を受けたようで、隣に座るフェリスを凝視していた。
もしや、私たちは単にアルメニアン帝国の権力闘争ではなく、もっと大きな、何か恐ろしい陰謀に巻き込まれつつあるのではないだろうか……
王都を旅立ってからそろそろ一か月になろうとしている。アカデミーや騎士団長のランスロットには一か月ほど留守にすると申告してきた。
だが、学生時代から私のこの申告は全く当てにならないことが各方面ですでに有名である。だからだいたい二か月で戻れば誤差の範囲内としてたいして問題にされないようになっている。
しかしまだアルメニアン帝国で目当てのトリカブトを入手しただけで、メインの目的地、バーラート王国には辿り着いてもいない。
これってあと一か月でバーラート王国まで行って胡椒を仕入れて帰ってこれるのかしら、と私はフェリスの顔を見ながらぼんやりと考えたのだった。
土砂崩れからネビル男爵たちは救助され、帝都に搬送されたと聞いたマルガレットたちは、彼らを追いかけて帝都までやってきました。
まずは救助と搬送を担当したバルメロス将軍に話を聞こうとフェリスが言いだし、なぜか居酒屋にやってきた三人。
そしてなぜか居酒屋にいたバルメロス将軍から話を聞いたフェリスの口からさらなる陰謀の香りが漂う発言が漏れます。
巻き込まれてだんだん深みに嵌まっている予感を感じるマルガレット。
次回はバルメロス将軍の証言、続きます。




