町長宅にて
街の中心街を抜けて、奥へと進むフェリス。
町長の家なのに街の中心にはないらしい。
果たして町長の家は街の一番奥、登山口のすぐ近くにあった。
町長の家に着くと、フェリスが扉をノックする。
「僕だ。フェリスだよ。町長はいるかい?」
ガチャリと扉が開き顔をのぞかせたのは、顔の右半分に大きな刀傷がある老人だった。
白くなった髪を短く刈り込んでおり、刀傷のあるその顔には、この人が生きてきた年月が年輪のように皺となって刻まれている。
だが、肩が盛り上がるほどについている筋肉とまっすぐに伸びた背筋、そして顔の刀傷が精悍さを醸し出しており、老け込んだ感じが一切ない。
「ああ、これはフェリス様。このような寂れた宿場町へ度々訪れていただき光栄です。さあ、中へどうぞ」
町長は後ろにいる私たちに一瞥をくれ、無言でフェリスを見遣る。
「ああ、後ろの二人は僕の協力者さ。一緒にお邪魔していいかい?」
「無論です」
町長の視線を受けたフェリスは私たちを紹介し、町長の鋭い視線が緩む。
町長は扉を開けたまま脇に立ち、私たちが中に入ると扉を閉めた。
「何もない家だが、まあそこに座ってくだされ」
町長の家はとても簡素だった。本人が『何もない家』と表現した通り、暖炉のある部屋に、丸机と椅子が四脚のみである。
私たちが席に着くと、町長は台所に立ち、ポットと茶器を持ってきた。二段式のポット。アルメニアン名物のチャイティーである。
「……茶葉を蒸らすのでお茶は少しお待ちくだされ。それでフェリス殿、今日は協力者まで引き連れてどういったご用件でしょう」
町長が私を見て断りを入れ、それからフェリスに問う。
……いかん。お茶と見ると心が躍り、ティーポットに目線が釘付けになっていたようだ。私は意識的に視線をティーポットから外した。
フェリスが早速用件を話す。前置きもなくいきなり本題である。
「ここ数日の間に平民のような地味な服装に身を包んだ貴族が人相の悪い手下を引き連れて来なかったかい? それと我が国の客人、トルガーロウがあなたを訪ねてこなかったかな」
町長が頷く。
「トルガーロウ殿なら二回こちらの街に来られましたな。一度目は第一王子殿下からの指示があったということで私を訪ねてきました。二度目はそのすぐのち、フェリス殿が先程聞かれた通りの、平民の服装をした貴族と一緒にやってきて、イリス山に登っていきました」
「そうか、ということはトルガーロウは一応第一王子の指示には従ったのだな。ちょうど僕が隣国に出ている時で間が悪かったかな……それで、トルガーロウはあなたに何と言ったのだい?」
町長の眼光が鋭く光り、私たちをチラリと見た。その仕草を見たフェリスは、にこやかな笑顔を町長に向け、口を開いた。
「さっきも言ったがこの二人は協力者だ。我が帝国内の一切の利害やしがらみと無関係な存在、言い換えるとこの国の人じゃないんだ。だから気にすることはないよ」
「そうでしたか。お嬢さんたち、警戒してすまない。事は我が国の秘密につながる。できればここで見知ったことは他言無用に願いたい」
私とカリンは顔を見合わせ、町長に向き直る。
「もちろんよ」
「もちろんです」
私とカリンの言葉が被った。
町長は驚いたように一瞬目を見開いたが、すぐに満足げに頷く。そして、訪ねてきたトルガーロウの動向を話しはじめた。
「はっはっは! しぐさも返事も息ぴったりだ。その言葉を聞いて安心いたしましたぞ……フェリス殿、トルガーロウ殿は私にトリカブトの一大群生地を発見したと伝えに来ました。『第一王子殿下から、この街の町長が持病の治療に良質の附子を欲していると聞いた。これから場所を告げるのでそこへ行き、トリカブトを採集するとよい』と言われ、場所を示した地図を置いていきましたよ」
フェリスはうんうんと頷き、ニコニコ顔で聞いている。
はて。この宿場町の町長であるこの老人が、附子を必要とする持病を患っている。これがこの国の何の秘密につながるというのだろう?
「今の話のいったい何が国の秘密につながるの?」
私は素直に疑問を口にした。すると、私の疑問にはフェリスが答えをくれた。
「ああ、町長はね、国から……というより皇帝陛下から重要な任務を請け負っているんだよ。薬草に詳しいマリーならすでに知っていることだと思うから言うが、この山のトリカブトは特殊でね。薬として使うとかなり優秀な薬草なのだが、それに比例して毒として使った場合の効果も強力でね。悲しいことに昔から我が帝室をめぐる陰謀や権力闘争なんかにこの山のトリカブトが常用されていたんだ。というわけで皇帝は、こっそりこの山に生えるトリカブトを駆除するのさ。そしてその役目を密かに担っているのが町長というわけだ」
なるほど。トリカブトなんて充分に水がある川のほとりなんかに良く生えているのに、この山に入るとなかなか見つからないなーと思っていたのだが……見つけ次第町長が駆除していたのね。
良質な薬になるのにもったいない……
「駆除したトリカブトはどうしているの? とてもいい薬になるんだけど……」
捨てていないなら少し分けてほしいな~などと勝手なことを考えながら町長に尋ねる。
「ああ、それは信頼できる人物に渡して薬に調合してもらっているのです」
……どうやら無駄にはしていないようだ。でも信頼できる人物って誰だろう?
私の顔に疑問ですと書いてあったようで、フェリスが教えてくれる。
「マリー、君たちが数日前まで会っていた人物だよ」
「ああ!」
マルコ老か。なるほど、元帝室の侍医だもんね。確かに信頼できるよね。
私が納得した表情をするのを見て、町長は続きを語り始める。
「地図をもとに私がトリカブトの群生地へ確認に向かう準備に取りかかっていると、すぐにまたトルガーロウが貴族に連れられてやってきたのです。その貴族は大勢の部下を連れ、平民の恰好をしていました。なので私も最初はその男を貴族だと思いませんでした。帝都の商人か何かかと。彼らはそのまま山に入り、その日の夕方に事件が起きました」
フェリスのニコニコ顔がスッと真面目なものになる。
「事件? 何が起きたんだい?」
「地滑りです。登山道入り口付近からちょっと登った辺りの山道がかなり上の方まで土砂に埋まり通れなくなってしまいました。そして麓の入り口付近に、午前中に山に入っていった貴族と部下が全員仲良く頭だけ出た状態で埋まっていました」
「地滑りが起きて巻き込まれたというのに誰も生き埋めにならず、頭だけ出た状態で埋まっていたというのかい?」
「信じられないような現象ですが、奇跡的に全員生きていました。貴族と部下の一人が運悪く一緒に流れてきた枝に脇腹を貫かれ大怪我をしていたのですが、しばらく登山道は使えないような大きな土砂崩れだったにもかかわらず、巻き込まれた全員が助かっています。ただ、一緒に山に入ったはずのトルガーロウ殿だけは見当たりませんでした」
うーん、神様、派手にやったね……しかも指示したネビル男爵と、おそらく刺した人相悪の手下がきっちり脇腹に大けがをしているあたり、天罰感がすごい。
トルガーロウの命を助けるために使いの牡鹿を遣わしてくれる慈悲深い神様である。トルガーロウは一命を取り留めたわけだし、悪人共も命だけは勘弁してやったということだろうか……
「それで、その巻き込まれた者たちは今どこへ?」
「帝都からバルメロス将軍が来て、救助して行きました。登山道で土砂崩れが起き、登山者数名が巻き込まれたと役所に通報したのですが、すぐに軍隊を引き連れてやってきて全員を救助して行きました」
まあ土砂崩れなんて聞いたら軍隊が救助に来るわよね。きっと全員顔だけ出ているのを見てびっくりしたでしょうね。
「それで救助された者たちは? 町長はその者たちと話をしたのかい?」
「被害者に貴族がいたのですぐに帝都に搬送されていきました。顔だけ出ていたので救助が来るまでの間、少し話しましたよ。そこで、埋まっているのがネビル男爵だと知ったのです。トルガーロウ殿の行方を聞いたところ、薬草の採取の協力を仰ぐため同行してもらったが、薬草を見つけた時点で山間部の植生調査をすると言い残して去っていったそうです」
フェリスが顎に手を当て、私たちの方を向く。
「ふむ。ネビル男爵はすでに帝都に運ばれたようだ。君たちには足労をかけるが、急ぎ帝都に向かいたい。いいかな?」
「ええ、構わないわ」
私の答えを聞いたフェリスは腰を浮かせつつ町長に言う。
「町長、すまないね。私たちは急ぎ帝都に戻ることにする。話してくれてありがとう」
立ち上がりかけた私たちは、しかし町長の言葉に引き留められる。
「お待ちくだされ。茶葉がいい感じに蒸れましたぞ。せっかくなのでお茶を飲んでから出かけられては?」
私たち、とくに私に否やはない。
真っ先に浮かせた腰を再び椅子に戻す私を見て、カリンも腰を下ろす。フェリスは仕方ないなあと苦笑いを寄越しつつ、席に着いた。
町長の淹れてくれたアルメニアン名物、チャイ・ティーは、良質の甘草の優しい甘みに、茶葉の香りと味わいがギュッと濃縮された、とても味わい深いお茶だった。
「イリス山を超えて東側の地域から仕入れた高級茶葉と甘草ですぞ」
町長が愛おしい物を見る目で、茶葉の入ったポットとカップを見つめる。
町長は、最近入ってきた安価で便利なバーラート産の品々よりも、このイリス山を含む地域の昔からの良質な産物を愛しているようだ。
町長宅にて美味しいお茶をごちそうになった私たちは、宿場町を発ち、帝都へ向かって急ぎ西に進路を取ったのである。
イリス山脈西側登山道の麓まで来たマルガレットたち。そこには神様の宣言通り天罰によって土砂崩れが起きていました。
天罰を受けたネビル男爵とその手下は神様のお慈悲で命だけは助かり、救助されて怪我の治療のため帝都へ搬送されたようです。急ぎ後を追うマルガレットたち。
次回は帝都に到着してフェリスの調査に付き合うマルガレットたちです。




