街へ繰り出す
管理小屋の扉を開けてみる。
長年放置されてきたであろう薬草園の状態から察するに、まずは大掃除から始めなければとても住める状態じゃないだろうと思っていたが、意外にもしっかり掃除がされ、室内はとてもきれいだった。床でいいのならすぐにでも寝られる状態である。
アカデミーの職員さんがあらかじめ掃除をしておいてくれたのかもしれない。
後日お礼を言っておこう。
部屋はとてもきれいだったが見事なくらいに何もない。寝室を覘いてみると布団の入っていない木のベッドはあった。タンスはないのだが部屋の壁と壁を渡すように木の棒が通してある。外套などはハンガーでここに吊るせばよさそうだ。
あとは居間に大きな机と暖炉だけ。台所には竈だけはある。裏手のドアを開けてみるとそこには井戸があった。
井戸が専用でついているのはありがたい。王都とはいえ、貴族街の外にある下町では共同の井戸なんて当たり前なのだ。
薬の調合など、きれいな水を頻繁に必要とする私には、専用の井戸が家にあるのはかなりラッキーである。この一点だけで私はこの新しい住居を気に入ってしまった。
とりあえず布団と枕は今日中に買いに行かなければ、きれいに掃除された硬い木の床か布団のない硬い木のベッドで寝ることになってしまう。明日体バキバキじゃん……
ほかにも生活のためにいろいろ買い揃えないといけないし、薬草森を薬草園として運営するために爆薬の用意もしなければならないし、早いこと何かお仕事をもらってお金を稼がなくてはならない。
一応在学中に頑張って稼いでいたので多少は手持ちがある。が、のんびりしていたら手持ちなんてあっという間になくなりそうだ。私は、布団ほか生活必需品の購入と、在学中にいろいろ仕事をくれたりしてお世話になった皆さんに卒業の報告と、これからも仕事をもらえるようあいさつ回りに行くために街へと繰り出すことにした。
「こんにちは。タイロンさん、いますか?」
街はずれの我が管理小屋から下町の中心街のほうへやってきた私は、馴染みの雑貨店に顔を出した。その名もタイロン雑貨店。
私がひょいと顔をのぞかせると奥のカウンターに座っていた40代くらいのがっしりとした体格の男性が顔を上げる。
短く刈り込んだ金髪に、鋭い眼光。商店の店主というよりは腕利きの冒険者と言ったほうがしっくりくる外見だ。
「おお、マリーちゃん、いらっしゃい。そういや、アカデミーをついに卒業したんだってな。おめでとう!」
えっ、耳が早い。
「今日卒業を言い渡されてさっき卒業してきたところなのになんでもう知っているんですか?」
まるで今日私が卒業するのをあらかじめ知っていたかのような耳の早さと驚きのない表情に若干の疑問を感じる。
街や騎士団に入り浸って月の半分はアカデミーにいない私に対して、タイロンさんをはじめとした街の皆さんは、『マリーちゃん、ほとんどアカデミーにいないけどちゃんと卒業できるのかい?』とか、『アカデミーから追い出されたらうちに来なよ~』とか、失礼な冗談を普段から私に飛ばしつつお仕事をくれていたのだが。
私の表情が疑いの眼差しなのを感じ取ったのか、慌てたようにタイロンさんが付け加える。
「ほら、アカデミーの教授がこの間店に来てよ、マルガレットがついに卒業だからこれからもよろしくしてやってくれと言ったんだよ。しばらく街で見なかったのにひょっこり今日来たもんだから、卒業したのかなーって思ってよ」
うーん、怪しい……アカデミーが在籍生徒の卒業情報をあらかじめ漏らしたりするのだろうか。それに漏らした結果タイロンさんが知ったとしても卒業「した」と断定していたよね。
「そ、それで、今日はどうしたんだい?」
ジトリとした疑いの眼差しをなおも向ける私から目を逸らしながら上ずった声で要件をたずねるタイロンさん。
「アカデミーから薬草園の管理人の仕事をもらったので、今日から隣接する管理小屋に住むんですが、何にも物がないのでとりあえず、布団と枕、ランプと油、それから水瓶とひしゃくと鍋、あとは薪が少々ほしいです」
調合に必要な機材は一通り自前でそろえていたが、朝お茶を飲むためにお湯を沸かす鍋がない。調合機材でもお湯は沸かせるが、自分で飲むお茶はちゃんと食器としての鍋で沸かしたい。
アカデミーには食堂があったのでお湯は食堂で沸かしてもらっていたから持っていないのだ。
あとは井戸から汲んだ水をためておく水瓶や、そもそもお湯を沸かすための薪もなかったので買わなければならない。
はぁ、暮らすって物要りね。
「なんだって!今日からマリーちゃんが住むってのにアカデミーの奴ら、そんな必要最低限の物も用意してねぇのか」
私が欲しいものを聞いたタイロンさんの目が吊り上がる。
「ま、まあ住むところとお仕事を貰えただけで私は充分満足ですから。ちゃんと掃除してくれてあったし……」
「そんなん当たり前だろう!」
うひぃ……街の人たちはみんな私に親切にしてくれる。が、時々過保護なのよね。
この春、私以外にも何人かの学生がアカデミーを卒業するわけだが、彼らは親元に帰ったり、就職先の寮や通いやすい場所に部屋を借りて引っ越したりしている。
就職先によっては、新生活のための準備を整えてくれるところもあるが、基本的には自分で準備するものだ。私は卒業するとは思っていなかったので就職活動も準備も何もしていなかっただけで。
王宮や騎士団に就職すると、支度金が出るらしいが。
「まったく、冷てぇ奴らだな、アカデミーの奴らは」
などとブツブツ言いながらタイロンさんは裏の倉庫へと下がっていく。
しばらくして出てきたタイロンさんは私に告げる。
「〆て大銀貨5枚と小銀貨8枚だ。抱えて帰るには大変な量だから荷車に積んでおいた。家まで運んだら後で店先に返しておいてくれ」
確か荷車のレンタルは有料だった気がするが…
「あの、タイロンさん荷車の代金は……」
「そんなもん気にするな」
「わぁ、タイロンさん、ありがとうございます!」
「ところでマリーちゃん、薬草園の管理人っていくら貰えるんだ?その仕事だけじゃ暮らすの大変だろう?今後も俺たち街の者の依頼を受けてくれると助かるな」
「ほんとですか?私のほうから頼もうと思っていたところです。これからもよろしくお願いします」
私は満面の笑顔で答える。よかった。これからもお仕事がもらえるなら安定してお金儲けができそうだ。
「落ち着いたらまた顔を出してくれよな」
そういって店先まで見送りに出てくれたタイロンさんに手を振り、荷車を引いて管理小屋に戻る。
街の人たちがくれるお仕事は、大半が珍しい物や薬草などの入手だ。暮らしがあり、仕事があって遠出できない彼らに代わって私が王都の外に出て採集や仕入れを行うのだ。
……アカデミーにほとんどいられないのって街の人たちの依頼のせいじゃん!
せっかく薬草園を手に入れたのだから、ゼロス教授のアドバイス通り、森林破壊をして畑を広げてよくある依頼品の作物や薬草を育ててしまおう。
そうすれば頻繁に王都の外に出なくてもよくなるからね。
さて、荷物を管理小屋に置いたら、もう一か所寄るところがある。部屋で真っ黒な外套を羽織り、フードで顔を隠しつつ再び出かける。
以前は中心街にある、貴族街を囲む外壁のすぐそばにあるアカデミーに住んでいたのでちょっと遠かったのだが、超がつくほどの街はずれに引っ越したので、今から向かう目的地が近くなった。
下町を囲う外壁の外側に拡がるちょっと治安のよろしくない、低所得の人々が住むあたりの路地裏を通る。
ちなみに、私が今日から住む管理小屋は、その貧民街を囲む柵の西の果てにある。
貧民街を歩き、ある細い路地を曲がった先に、粗末なつくりの見るからに怪しい建物がある。私はその怪しい建物の前に立ち、扉を叩く。
しばらくすると扉が開き、フードを目深にかぶった人物が顔を出す。
「なんだ、マルガレットか。どうしたんだい今日は」
年の頃は40前後。フードを被った姿は『魔女』以外の表現が思い浮かばない怪しさ満点の見た目だが、フードの下に隠されたその素顔は10代の少女に見える美しく整った顔である。
小汚いフード付きのローブをまとっているせいなのか、彼女の年齢は実際よりかなり老いて見えた。
彼女が気を許した一部の人間しか知らない美しい素顔を、私は知ることができている。
部屋に私を招き入れた彼女は、フードを外して私に席を勧める。
「今日はどうしたんだい」
「硝石を用意してほしくて」
そう、ここは私が危ない薬や爆薬を作成するために材料の調合や調達を依頼するところだ。アカデミーでやって見つかったら大騒ぎになるからね。
「また爆薬作るのかい。アカデミーの生徒なんて国家のエリートなのにあんたは相変わらずならず者だね」
そういって魔女はにやりと笑う。幼い容貌に似つかわしくない邪悪な笑みだ。なんか企んでいるときに出る表情といえばわかってもらえるだろうか。本人は普通に笑っただけらしいのだが。
「アカデミーは卒業したの。それでアカデミーの薬草園の管理人になったんだけど、薬草園が大森林に飲み込まれかけていて使えないから一気に爆破するだけよ」
私の言葉に魔女の邪悪な笑みが驚きの表情に変わる。
「ほほう。アカデミーにほとんどいないならず者のあんたが卒業ねぇ。そりゃめでたいね。それにしても、爆破するだけってこともなげに。……騒ぎになるからあまり街の近くで使うんじゃないよ」
「騎士団の許可はとるから大丈夫。じゃあ、数日後に来るからお願いね」
「わかった。5日で用意しておくよ」
火薬の材料の依頼も出したので、あとは騎士団に許可を取るだけである。爆破する場所を決めるために一度森に入らないといけないな……などと考えつつ細い路地を再び抜け、管理小屋へ戻ったのだった。
街に出て生活のための品々を購入し、森林爆破のために怪しい店にも顔を出しました。
次回は爆破許可を取りに騎士団へ顔を出します。




