マルガレット達、イリス山西側に到着する
アルメニアン帝国の帝都へ至る街道に出た私たちは、同行者を一人増やし、西へと向かっている。目指すはアルメニアンの国土を東西に二分するイリス山脈。その西側の登山口である。
「ねえカリンちゃん。カリンちゃんの両親とフェリスの両親が以前からの知り合いって言ってたけど、フェリスがこの国の巡察使ってことは、フェリスはもちろんその両親も貴族よね? てことはカリンちゃん家も貴族なの?」
私の疑問にフェリスがマジかこいつって顔をした。続いてカリンにもマジかお前って顔を向ける。
「マリーさん、私の実家のことはどうでもいいんです。私はマリーさんのアカデミーの後輩で、マリーさんは私にとって何より大事な親友です……それじゃダメですか?」
カリンが少し悲しそうな、真剣な目で私を見る。私はすぐさま返事をした。
「カリンちゃんが私のこと親友と思ってくれてて嬉しい。そうよね、カリンちゃんはカリンちゃんよね」
私はカリンの悲しそうな顔なんて見たくないのだ。
街道沿いの町に来てみたら、帝国皇帝直属の巡察使などという帝国内においてとんでもなく上位の地位を持つ人間が待っていた。
そしてその地位の人間を呼びつけたのが、その人間と以前から家族ぐるみで知り合いで、気軽に会話を交わしているカリンである。カリン自身も高位の貴族の家の子であることは明白なのだ。
そのことは前からうすうす感じてはいた。だが、今回その予感は私の中で確信に変わってしまった。
他国の貴族に、私は遠慮して謙ったりするつもりはないが、自国の貴族となれば別である。平和に、安全に王国に住まわせてもらうためには国家の規律や序列を無視した振る舞いをするわけにはいかない。まして私は『王立』アカデミーの職員なのである。
カリンが私に「私は貴族である」と宣言したのならば、これまでのように気軽にカリンちゃんなんて呼べなくなるし、友達に接するような態度をとれなくなる。
だが、ありがたいことにカリン自身がおそらく高位の貴族であるだろうに、私のことを親友だと言い、これまでのように友達として気軽に接してほしいと言外に言うのである。
繰り返すが、私はカリンの悲しそうな顔なんて見たくない。カリンが明言しない限り、私もカリンの身分については詮索しないと決めた。
「マリーさん、大好き!」
そう言ってカリンは、私の腕にギュッと抱きついてきた。かわいい。カリンちゃんが超かわいい。私は幸せ者である。
などと思っていたら、マジかこいつらという顔をしていたフェリスが何事かを喋り出し……
「なるほど。友達ごっこがしたくて身分詐称か。でもカリンは実はただの貴族じゃなごふっ!!!!!」
そして喋っている途中、カリンの見事な回し蹴りを脇腹に受け、地面に蹲った……
「長生きしたいなら、余計なおしゃべりは慎んでね」
地面に蹲り痛みで痙攣しているフェリスを冷たく見下ろし、空気も凍てつくような声でカリンは言ったのだった。
アルメニアン帝国皇帝直属の巡察使という高位のお貴族様を気軽に回し蹴り……詮索しないと決めたけど、カリンちゃんってもしやとんでもなくやんごとなかったりして。
そんなこともありながら、私たちの旅は順調に進んでいった。
道中でカリンが飼っている伝書鳥がかっこいい鷹であることが判明したり、フェリスという同行者が増えたというのに、私の完治の見込みのない難病である『薬草に興味を示す病』が発症して、ふらふら脇道に逸れる私をカリンが呆れ顔で制止したり、フェリスがそれを面白がり、一緒に採集を初めてカリンにまとめて怒られたりするなど『楽しく』順調に旅は進んだ。
そして主街道を逸れ、街道に交わる細い道の一つを南下した私たちは、一日半でイリス山西側登山口の麓の宿場町へ到着した。
なるほど、寄り道なしだとあっさり着くもんだと私はカリンの手腕に感心しきりなのだった。
「さあ、西側の登山口麓に着きましたよ。マリーさん、やっぱりここも一泊して身を清めて神様に入山許可の流れですか?」
カリンがキラキラの目で私に訪ねてくるのを、私は苦笑しつつ答える。
「一応古くからの言い伝えではこっちもそう伝わっているんだけどね。でもこっちは帝都もあるし、西部全体が栄えているからあまりイリス山脈に立ち入る人がいないのよね。わざわざ大変な山越えをして、乾燥した東部の寒い地域に行く人がいないというか……というわけでこっちではその風習もかなり廃れているわね」
「なるほど。東部にわざわざ行く帝都付近のアルメニアン人なんて、街道を使って我が国に来る人くらいしかいないってことですね」
「まあそういうことね」
私たちの会話を黙って聞いていたアルメニアン帝国人であるフェリスが口を挟む。
「陛下も東部の産業開発が課題だとよく仰っておられた。イリスの山が険しすぎるのと、東部の気候があまりよくないので人の流れがここで止まってしまうんだよね。西部にいれば年中温暖だし、欲しい物なんて大抵手に入るからね。苦労して東部に行く必要がないってことさ」
もったいない。アルメニアン帝国の東部は良質の甘草を産するし、珍しい貴重な薬草の宝庫なのだ。アルメニアンの人たちはそういったものに興味がないのだろうか。
「良質の甘草や貴重な薬草がたくさん採れるのに。西部の人たちも甘味や薬は必要でしょう?」
私の言葉に、フェリスの顔が一瞬曇る。でもそれは一瞬のことで、すぐにキラキラした笑顔になり、肩を竦めた。
「昔はね。東部の荒野で採れる貴重な薬草の数々は人々の暮らしには不可欠だった。街道を回って輸送できなくもないが、新鮮さが求められるものは険しいイリスの山を越えて西部に運ばれたものだ」
フェリスは、活気のあまりない登山道麓の宿場町を見回しながら言う。
「だけどね、最近は隣のバーラート王国から大量の安価な薬草や、甘草よりも生産が容易なサトウキビから作られる砂糖が入って来てね。そういったバーラート産の品物に押されて、東部の作物はめっきり流通が減ったのさ」
サトウキビ。それはバーラート王国原産の背丈が三メートルにもなる植物で、固く木化する茎の内部の髄の部分にかなり甘みがある。
茎の硬い外皮を剝ぎ直接食べることもできるし、中の髄を絞って得た汁を煮固めることで砂糖という甘味が精製される。
バーラート王国の交易の要になる作物であり、種苗の持ち出しは厳しく取り締まられ、輸出量も王室が細かく制限をつけて管理していたはずだ。
その昔、砂糖は王侯貴族のような高貴な身分の者のみが食すことのできた高級な甘味料であり、一握りの砂糖を得るために何枚もの金貨と社会的地位が必要であったという。
そのサトウキビ由来の甘味である砂糖が大量に入ってきているのか……
「バーラートからの輸出品って、今もたくさん入ってきているの?」
「ああ。最近は特にすごい。値段もかなり安くなり、どんどん入ってきているよ」
フェリスの答えに私は首を捻る。
そもそも今回旅に出たのは、食堂『お嬢様こちらですわ』の店主が、バーラートからの輸出品が品薄になり胡椒が入ってこなくて困るというので、それなら私が仕入れてきましょう、となったからだ。
バーラート王国内で不作だったため流通が減っているのかと思っていたが、フェリスの口ぶりから推測するとどうもそうでもなさそうだ。
アルメニアンには盛んに輸出しているのに、我が国には届いていないというのは、いったいどういうことだろう。
「マリー? 難しい顔してどうしたんだい?」
首を捻って考えていたらフェリスに顔をのぞき込まれていた。
「いやね、うちの国には逆にバーラートの交易品があまり入ってこなくなったらしいの。胡椒が品薄で困っているから仕入れてきてほしいと依頼を受けたので、今回私たちは西に旅しているんだけど」
今度はフェリスが首を捻る。
「そうなのかい? 確かにこれまでのバーラート王国はあの国にしかない貴重な作物の流通を制限して価値の下落を防ぐような貿易戦略をとっていたが、最近は貴重な作物をどんどん輸出して貿易で稼ぐ方針に転換しているようだとみていたんだが……カリン、そっちの国はバーラートの交易品が増えてはいないのかい?」
「貴族街もマリーさんたち平民街の状況と同じよ。国全体で交易量が目に見えて減ってきているわね。いままでうちに出していた分もこの国に集中しているのかしら」
カリンの答えを聞いたフェリスの表情が険しくなる。普段キラキラニコニコしているので険しい表情はすごく新鮮である。こういう表情をしていると、なるほど巡察使に見える。
「バーラートの狙いは何だろう……っと、今はイリス山の調査だったね。バーラートの話はいったん置いておこう」
険しかったフェリスの表情は一瞬で元のキラキラニコニコに戻った。カリンといい、このフェリスといい、表情の切り替えが早い。お貴族様の必須スキルなのだろう。
「とりあえず、町長の家に行ってみようか」
フェリスは、私たちを町長の家に案内すべく先に立って歩き出した。
私たちは、フェリスの後をついて宿場町の奥へと歩いていった。
マルガレットの中で膨らんでいた疑惑が、フェリスの登場によって確信に変わってしまいました。我慢できずにカリンに確認するマルガレット。
カリンは自身の身分を明かすよりも、マルガレットとの友人関係の継続を望みます。
カリンの申し出を受け入れるマルガレット。それを傍で見ていたフェリスが驚愕のあまり何かを口走ったのですが、いったい彼は何を言おうとしたのでしょうか。氷のカリンに遮られ、マルガレットは最後まで彼のつぶやきを聞けませんでした。
バーラート王国の変化の話も出てきましたが、次回は町長の家でイリス山調査の続きです。




