フェリスなる者
イリス山東側登山口の麓の宿場町を発った私とカリンは、帝都へ至る街道へ出るために北へ向かって進んでいる。
街道に出たらいったん帝都まで行ってからイリス山西側登山口へ行くか、それとも途中で街道から南下し、直接イリス山へ行くか……
「マリーさん! どこ行くんです!?」
突然カリンの焦った声とともにグイっと腕を引っ張られた。バランスを崩し、私は道端に尻もちをつく。
まっすぐだったはずの道の正面には大きな岩が転がっており、道は岩を避けるように右に急カーブしていた。どうやら、私は岩にぶつかるところだったらしい。
「マリーさん、前も見ないで何を考え込んでいたんです?」
カリンの声には呆れの色が混ざっている。私は照れ隠しにへらりと笑いつつ、カリンの意見を聞いてみることにした。
「いやね、この先の事なんだけど。直接イリス山の西側登山口へ直行するか、いったん帝都で情報収集するかどっちがいいかなーと思って」
「あれ? 直接イリス山に向かうんじゃなかったんですか?」
「神様の発言を信じるなら土砂崩れが起きてからもう三日は経ってるよね。埋まってたらもう死体だろうし、助け出されてたら貴族なんだから帝都に運び込まれてるんじゃないかなと思って」
カリンが顎に手を当てて考えるしぐさをする。
「まあどのみち帝都には行くことになると思うので、先に現場を見に行きません?」
「それもそうね」
私はカリンの提案を採用し、先にイリス山西側登山口へと向かうことにした。
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「カリンちゃん、あそこの崖の下に超貴重なキノコが生えているわ! 取りに行きたいんだけど」
「ダメです。あんな崖下まで下りたら今日中に次の宿場町に着きません。ただでさえ春先で夜は冷え込むのに、こんな山岳地帯で野宿するつもりですか」
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「カリンちゃん、あの右側に見える山なんだけど。確かあそこの山にこの時期にしか生えない貴重な薬草があるはずで……」
「ダメです。先日もそんなこと言って散々さまよい歩いた挙句、『ごっめーん! この山じゃなかったみたい。てへっ』とか言ってごまかしていたのはどこのどなたでしたっけ?」
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「カリンちゃん、あの道の左手に見える……」
「ダメです! 却下!!」
……こうして、カリンのおかげで旅路は順調に進み、イリス山東口登山道の宿場町を出て四日目夕方に街道沿いの宿場町へ到着した。
私一人なら、下手すると半月はかかる道程だ。カリン様々である。
カリンちゃんがいてくれて助かるわ〜とへらへらしていたら、カリンがため息と共に私に聞こえるようにつぶやいてきた。
「まったく。私たちの足なら2日もかからない道程なのに。こっちに来る時に散々寄り道したのに、まさか帰り道もこんなにあっちにフラフラ、こっちにフラフラするなんて。マリーさんってホントに糸の切れた凧みたい」
凧というのは遠く東の国の遊具で、木や竹で組んだ枠組みに紙や布を貼ったものを風に乗せて空に浮かべて遊ぶものである。
糸で繋いで地上から操作して遊ぶらしい。
つまり、糸の切れた凧ということは……
失礼ねっ!!
「カリンちゃん、聞こえてるわよ」
「あら、私は何も言っていませんよ」
私たちはきゃいきゃいじゃれあいながら街の宿屋に向かったのであった。
宿屋に投宿し、一階に併設された食堂に向かう。
すると、食堂の一角に、旅人や冒険者でごった返すような食堂にまったく似つかわしくない煌びやかな男性が座っていた。
なんというか、内側から光っているのではなかろうかと疑いたくなるほどキラキラしたオーラが全身からダダ漏れになっている。金髪に碧眼、例えるならミントのような爽やかさのイケメン男性である。
私はこの男性に見覚えがあった。
男性は私たちに気づくと、こちらを、というよりカリンを見てパタパタと手を振ってきた。
私はカリンの方を見る。
カリンは溜息を一つ吐き、男性の座るテーブルへと向かう。私は黙ってカリンの後に続いた。
「やあ、カリン。遅かったじゃないか。待ちくたびれたよ。僕はまた、君に騙されて約束をすっぽかされたのかと思っていたよ。罪な女だなあと恨めしく思いつつ、この宿屋で三日も待ったんだよ」
「仕方ないじゃない。この国の至る所に『貴重な』薬草が生えているのが悪いのよ」
「ん? それはどういうことだい?」
慣れた感じで会話を交わしながら、カリンは躊躇なくキラキラ男の向かいに座る。カリンの横で所在なげに立っていると、キラキラ男が私を指さしてカリンに問う。
「カリン。輝く太陽のように華やかなこちらの美女が君の同行者かい? この美女が食堂に現れた時、食堂を包むこの喧騒が一瞬静まったじゃないか。本当に太陽のような女性だね」
なんだこいつ……歯の浮くようなセリフをよくもまあ次から次に思いつくものだ。
私たちが食堂に入ったとき、一瞬静かになったのは事実であるが、実はこれは割といつものことである。
私みたいなどこにでもいるような平民女が食堂に入ってきたところで、おしゃべりに夢中な人たちの興味を引くわけがない。
この現象は私ではなく、カリンの、月の女神を彷彿とさせるような際立った美貌が引き起こしているのだ。
カリンが現れると、食堂に居合わせた男どもはもちろん、同性である女性の客でさえ一瞬おしゃべりを忘れ、思わず見惚れてしまうからである。
そんなことはわかっているだろうに、初対面の私を持ち上げたいのか知らないが、事実に則さないオーバーな褒め方をされると逆にイラっとくるんですけど。
「カリンちゃん、この軽薄なセリフを吐くぺらぺらのチャラ男は何者なの?」
イラっときた私は、机に座ってキラキラをまき散らしているこの軽薄男を指さして、感情の赴くまま棘のある言葉でカリンに聞いたのだった。
私の棘のある言葉と表情を目の当たりにした二人は、一瞬固まった。
なのに、次の瞬間にはキラキラ男が凝りもせずにまたぺらっぺらの言葉で喋ってきた。
「ひどいなあ太陽ちゃん。君みたいな美人さんにそんなふうに言われると、僕、傷ついちゃうよ。まあ、とりあえず座って」
誰が太陽ちゃんだっ!!
……そう。私はこの男を見たことがある。今回の遠征に立つ前日、アルメニアン帝国の第一王子の訪問を受けて臨時の祝日が設けられ湧きたっていた王都にて、変装したカリンと一緒にいた男である。
あの時はアルメニアン帝国の身分の高い貴族が着用するセンスのいい服を着ていたが、今日はアルメニアン帝国の一般的な人々が着る地味な服を着ている。
にもかかわらず、いるだけでキラキラしているのだ。どちらかというと太陽はお前の方だよと心の中でツッコんでおく。
「フェリス、あなたいい加減にしなさいよ。マリーさんが、道端に転がる野犬の糞を見るような目であなたを見ているじゃない。その胡散臭い女たらしの結婚詐欺師みたいな喋り方何とかならないの?」
「カリンちゃん。悪いことは言わないからこんなぺらっぺらな軽薄男と付き合うのはやめなさい。友達は選ばないとだめよ」
私たちの集中砲火を浴びたにもかかわらず、眉を下げるでもなく、相変わらずキラキラ輝きながらチャラ男は満面の笑みで自己紹介をしてきた。
「ひどいなあ二人とも。こう見えて僕は女性には誠実でまじめな、一途な男なんだよ。初めまして太陽ちゃん。僕の名前はフェリス。これから君たちとイリス山脈の調査に同行する男さ」
えーこんな男が同行してくるの? どういうことか説明を求める為、私は無言でカリンの方を見る。
私の視線を受けたカリンは、ため息を吐きつつ説明してくれた。
「マリーさん。嫌だと思うけど……この男、一応皇帝直属の巡察使なんですよ。なのでこの男に協力する形をとれば、私たちが見たことを皇室に伝えることができます」
「えっ? 巡察使? それって皇帝直属の上使じゃない。こんな性格で務まるものなの?」
「まあ、第一印象は最悪な人なんですが、これで結構有能らしいので。しばらくの間我慢してください」
「仕方ないわね。カリンちゃんがそう言うなら嫌だけど我慢するわ。ほんとは嫌だけど!」
私たちのやり取りを座って聞いていたフェリスは、さすがに顔を引きつらせて声を絞り出したのだった。
「君たちみたいな美人……しかも超がつく美人二人にここまで冷たくされて僕は自信がなくなっちゃったよ。これでもこの国ではそれなりに女性に人気なんだけどね……どうして君たちには僕の魅力が通じないんだろう」
しょんぼりうなだれる仕草もどこか芝居じみて見える。本当は落ち込んでなんかないよねと思ったが、これから共に旅する仲間である。カリンの知り合いでもあるし、あまり無下に扱うのも大人げないのでここらへんで勘弁してやることにした。
フェリスは、しょんぼりしながらもめげずに私に話しかけてくる。
「太陽ちゃん。僕はこれでも仕事の方はちゃんとこなすよ。君たちに迷惑はかけない。だから共に協力してネビル男爵の狙いについて調査しよう?」
「カリンちゃんの知り合いだし、巡察使なんてひとかどの人物じゃないとなれるものじゃないもんね。とりあえず太陽ちゃんはやめて。私はマルガレット。カリンちゃんの友達です。よろしく」
フェリスの顔がぱぁっと輝く。その瞬間、放たれるキラキラも一気に二倍増しになる。
芝居がかっていない、本当に嬉しい時の彼の笑顔は、思わず見惚れてしまうくらい魅力的だった。なるほど、女性に人気っていうのもあながち嘘ではないようである。
「やっと僕のことを認めてくれた。マルガレットちゃん、僕もカリンのようにあなたのこと、マリーって呼んでもいい?」
「マルガレットだと長いから、マリーでいいわよ」
「よかった。マリー、今日からよろしくね」
フェリスは満面の笑みで右手を差し出してくる。握手かなと思い私も右手を差し出す。すると彼は私の手を握るのではなく手首を握り、私の手の甲にそっと口づけをしてきた。
どこまでも気障な男だなあ。握手じゃないのかよ。と思っていたら。
カリンの表情が鬼の形相になり、彼の手から私の手をひったくった。
「フェリス!あなたが触るとマリーさんが汚れるからお触り禁止!」
カリンは卓上のナプキンで私の手の甲を拭き拭きしつつ、鋭い眼光でフェリスに告げるのだった。
「カリン……僕のことを汚物みたいに言うなんてひどいなあ……少しは僕のガラスのハートを労わっておくれよ」
「ガラスのハート? あんたのは鍛鉄製で毛でも生えているんでしょう」
カリンとフェリスのやり取りを見ていると、気心の知れた以前からの知り合いなのだろうということがわかる。
どうやら二人は、王都にこの国の第一王子が訪問したときに初めて会ったというわけではなさそうである。
あ、そういえばカリンちゃんが以前、古い知り合いって言ってたっけ。
「二人とも仲いいわよね。以前からの友達なの?」
私の問いにカリンがくわっと目を見開いて反論してきた。
「友達なんかじゃありません! 親同士が知り合いで昔から知ってるだけです!」
すかさず口を挟むフェリス。
「ひどいなあカリン、僕たちは幼馴染と言っても差し支えないと思うよ?」
「年に一、二回しか会ってないのを幼馴染とは言わないでしょう」
「ええっ!? 僕はずっと幼馴染だと思っていたのに……」
……仲いいじゃないの。二人でごゆっくり~と言いたいところだが、今後のことを話し合わなければならない。二人に任せていると話がちっとも進まなさそうなので、ここはお姉さんである私が仕切ることにしよう……ところでフェリスはいくつなのかしらね?
「それで、これからなんだけど。私たちはとりあえずイリス山の西側登山口の方へ行ってみようと思うの。フェリスもそれでいい?」
「そう、それなんだよ。カリンの伝書鳥に書かれていたんだけど、どうしてイリス山のしかも西側に行く必要があるんだい?」
なるほど。カリンちゃんがどうやってフェリスに連絡を取ったのか謎だったんだけど、伝書鳥を使ったのね。でもカリンちゃん、鳥なんて飼ってたっけ?
「詳しくは省くけど、どうもネビル男爵と思しき人物がイリス山の西側で土砂崩れに巻き込まれたっぽいのよね。それでとりあえず西側に確認に行こうかと思って」
「へえ、そうなんだ。僕のもとにはそんな情報はなかったな……なるほど、分かった。僕もイリス山へ同行するよ」
こうして今後の予定も決まり、私たちの旅路に同行者が一名増えることになった。街道沿いのこの街で一泊した私たちは、翌朝イリス山西口へ向けて出発したのである。
マルガレットとカリンの旅に同行者が一人増えました。
キラキラ輝く気障な男、フェリス。彼を加えた三人でイリス山へ調査に向かいます。




