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マルガレット、イリス山脈西側へ向かう

 意識を取り戻したトルガーロウが語った話は、なかなかの衝撃だった。

 衝撃に黙り込む私たちに構うことなく、トルガーロウは淡々と話を進める。


「皇帝お気に入りの盆栽については片が付いた。私は用が済んだゆえ、報酬を貰いこの国を去ろうとしたのだが……第一王子が念のため、皇帝が正気に戻るまで留まってほしいと頼んできたのでそのまま帝都に留まっていたのだ」


 腕を組んで聞いていたマルコ老が質問する。


「皇帝の中毒症状について調べるためか?」

「まさか。私はありがたいことに世界的に名が知られるようになったが、基本的には部外者だ。そのような者が皇帝の玉体に触れるなど許されるはずがない。皇帝の診療はあなたの後任の侍医が担当しているはずだ」

「キヴァンツのやつか」

「キヴァンツ? 皇帝の侍医はそんな名前ではなかったぞ。確かデルロイと言ったか。そんな名前の小柄な男だったはずだ」


 マルコ老が驚きに目を真ん丸に見開く。


「キヴァンツはまだ若いが優秀な医師であったが……なぜ外されたのだ」

「さあな。そんな名前の医師は王宮にはいなかったぞ」


 トルガーロウの言葉に、今度はマルコ老も考え込み始めた。カリンに続き、マルコまで黙り込んでしまったので私が先を促す。


「それでトルガーロウさんは王宮で何をしていたんですか?」

「王宮の図書館にて閲覧許可の下りた文献を読んでいたが、全部読み終わってな。帝都にいてもやることがないので帝都の東にあるイリス山脈で植生の調査、研究をしておった。この街にも何度も立ち寄ったぞ」

「ははーん、だからトルガーロウさんとマルコさんはお互いを知っているわけですね」


 トルガーロウは苦笑しつつ、考え込んで私たちの話を聞いていないっぽいマルコ老の方を見ながら言う。


「元帝室の侍医だというから挨拶に寄ったのが運の尽きであった。あの薬草を取ってこい、この動物の糞を拾ってこいと、散々こき使われたぞ……おっと、話が逸れたな。まあ、そんなわけでイリスの山に入り浸っていたら、ある時ネビル男爵が王宮で私に声をかけてきたのだ」


 出たわね、ネビル男爵。そういえば山の神様が天罰で土砂崩れに巻き込んでやったと言っていたが、彼らはどうなったのだろう。


 トルガーロウが語るには、ネビル男爵は引退した侯爵が重い神経痛に悩まされ、普段の生活も儘ならないのを心配していた。

 そこで附子という強い薬があるのを皇帝陛下の侍医であるデルロイから聞いたそうだ。

 それでトルガーロウに『附子を採取して国家の功労者たる元侯爵に報いたい。先生は附子が採れる場所を知らないか?』と聞いてきたらしい。


「バカな私は奴の話を鵜吞みにしてのこのこと人も通らぬ山中に奴らと出かけたというわけだ」

「そこに私たちは居合わせたわけね」

「ああ。あの現場にいたのか。よく通りがかってくれた。感謝する。ならこの後は説明不要だな。奴はトリカブトを手に入れた後、私を刺して帝都へ戻っているはずだ」


 イリス山の神様が天罰を下したので、ネビル男爵とその手下たちはおそらくまだ帝都には戻っていないと思うが、実際のところはわからない。

 もし仮に、土砂崩れに巻き込まれたのは実行犯の悪人面たちだけで、ネビル男爵は無事帝都に戻れていたとしたら大変だ。

 帝室の招いた客を山中に連れ出し、口封じに殺そうとするような奴である。手に入れたトリカブトで本当に薬を作るなどとは思えない。

 私とカリンちゃんの旅の目的からするとまったく関係ない事件なのだが、見聞きし、少しでも関わってしまった以上知らない顔して見過ごすことはできない内容である。

 だが、今回の事件は他国のお貴族様と帝室との揉め事である。一平民に過ぎない私と、おそらく貴族だと思うのだがこの国の貴族ではないカリンちゃんが首を突っ込もうにもどうしようもないのもまた事実だったりする。


 まずはイリス山脈の西側に行って、土砂崩れの状況を調査するくらいが私たちにできそうなところだろう。



「あなたたち、私の話は終わりだが、揃って私の存在を忘れていないか?」


 カリンとマルコ老に続き、私まで考え込んで黙ってしまった結果、完全に放置された格好のトルガーロウが拗ねて、悲しげに抗議のツッコミを入れてきたのだった。



「それで、どうします? マリーさん」


 トルガーロウの話を聞き終わった後、話の間ずっと黙考していたカリンがふっと顔をあげ、私に聞いてきた。

 マルコ老は、「わしが引き受けた患者じゃ。任せろ」と請け負ってくれ、引き続きトルガーロウの治療をしてくれるようだ。

 帝室のお客人ではあるが、今の王宮に彼を戻すわけにはいかない。ここで治療に専念してもらうのが最善だろう。

 というわけで、私たちはいつでも旅の続きに戻れるようになったわけだが……


「このまま知らん顔して旅を続けるのは気が引けるけど……他国の帝室の揉め事なんて、私みたいな他所の国の平民には雲の上の話過ぎてどうしようもないのよね。ただ、気にはなるから街道に戻ってイリス山脈の西側まで行ってみようかなと思ってる。ほら、神様が言ってたじゃない。天罰発動したって」

「……マリーさんならそういうと思いました。もし仮に、雲の上の話が現実になって首を突っ込めるとしたらどうします?」


 ……何を言い出すのかカリンちゃんは。私平民だよ? しかも他所の国の。でも、やっぱりカリンちゃんは本当に貴族でこの国の帝室にも顔が利くのだろうか……そういえばマルコ老のことも『元帝室の侍医』だって知ってたもんね。


「うーん……首が突っ込めるならアルメニアンの帝室に、ネビル男爵に気をつけるようにと言ってあげたいところね。ほっといたらあいつ、絶対暗殺用の毒薬作りそうだもん」

「そうですね。そしてトルガーロウさんが毒薬作成の犯人にされるとかですかね」

「ありそう」


 そうなると後々、傷が回復したトルガーロウが可哀想だ。この国にはいられないし、一生命を狙われる可能性もある。

 神様がこの男を助けよと言っていたことだし、ここはまず私にできることをやろうと決めた。


「よし、決めた。とりあえずイリス山の西側登山口から崖崩れの確認をして、その後帝都まで行ってみよう。カリンちゃん、いい?」

「そうこなくっちゃ。じゃあ早速私準備してきますね」


 カリンはそう言って外に出ていく。準備? 準備ってなんだろう。


「いくのか」


 マルコ老がじっと私を見据えて言う。


「ええ。知ってしまった以上、知らない顔はできないので。私たちにできることは限られているけど、できることがあればするつもり」

「権力の渦巻く王宮は魔境じゃぞ。くれぐれも自身と連れの安全を第一にするのじゃぞ」

「うん、わかってる。ありがとう。マルコさん、トルガーロウさんの治療をお願いね」


 マルコ老がうなずく。

 私はトルガーロウの枕元に移動して、話しかける。


「トルガーロウさん、力になれるかわからないけどやれることはやってくるね。ひとまずは傷の治療に専念してね。あとこれ、ご要望の植物用栄養剤。ここに置いておくからね」

「ああ、すまない。私のことは気にしなくていいから、くれぐれも無茶はするなよ。ネビル男爵は老獪だ。ヤバいと思ったらさっさと逃げろ」


 トルガーロウは顔だけこちらに向けると、真剣な顔でそう言った。

 ……植物用栄養剤が枕元に置かれた瞬間だけはめっちゃ嬉しそうな顔をしたのは内緒である。


「マリーさん、お待たせしました。準備完了です。さあ、出かけましょう」




 カリンが戻ってきたので、私たちは二人に挨拶をして三日過ごしたマルコ診療所を後にする。


 目指すはイリス山脈西側登山口。

 私たちは再び街道に出るため、宿場町から一路北へ進路をとった。

 トルガーロウの話を聞いたマルガレットとカリン。できることをしようと、帝都を目指すことになりました。

 次回はイリス山脈西側に行きます。

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