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霊峰イリスにて

「ところでマリーさん、わざわざこの山脈に分け入ってまで採りたかった薬草って何なんです?」


 山道を進んでしばらく経ってから、カリンが聞いてきた。


 ……やっぱり聞かれるよね。できれば言いたくないが、こうして一緒に旅している以上隠すのは無理である。なんでもない薬草のふりをして、ほかの薬草と一緒にしれっと採集してしまおうかと思ったが、カリンは賢い。きっと騙されてはくれないだろう。


「……トリカブト」

「えええっ?」


 私の答えを聞いたカリンが、ただでさえ大きい目をさらに大きく見開いて私を見、そして私の両肩を掴み、ゆっさゆっさと揺らし始める。


「ちょっとマリーさん! だめです! 殺したいほど憎い相手がいるなら私が処理しますから!! マリーさんは悪事に手を染めてはいけません!!」

「い、いや殺したい相手なんて、い、いないから。ちょ、ちょっと、落ち着いて! 暗殺に使う毒の、ため、じゃなくて、く、薬を作るために採集、するのよ」

「薬って毒薬でしょう!!」

「ちがっ、違うの、よカリン、ちゃん。強い毒、は強い薬、にもなるの。は、反対も、同じ。……要は使い方次第なのよ」


 薬と毒は表裏一体であると説明すると、やっとカリンは揺さぶるのを止めてくれる。肩を掴んでいる手はそのままだが……美しい顔が超近い……


 ゆっさゆっさが激しすぎて舌を噛みそうになったじゃないの。


「もう普通の薬じゃ効かない人には、必要な薬。それを作るためには強い毒草がいるの。悪いことには決して使わないから」

「……もう。そうならそうと早く言ってくれればよかったのに」


 やっと肩から手を離してくれるカリン。……いやいや、最初から聞いてくれなかったじゃないの。


「でも、トリカブトならうちの国にもありますよね? わざわざこんな険しい山にまで分け入って採らなくても。しかもここ、外国ですよ。所持しているのが見つかると面倒なことになるのでは……」

「私は薬草採集許可証を持っているから平気よ。しょっちゅう来てはごっそり薬草採集してたら、ある日お役人に怒られちゃって。交渉して許可証出してもらったのよね。あははは~」


 あっけらかんと過去の失敗を漏らしてみたが、カリンの動きがぴたりと止まった。そして、再びカリンの手が私の両肩に伸びる……


「私そんな話聞いてないんですけど! いつの間に! 私に内緒で!! 遠征してたんですか!!!」

「あうっ! ちがっ! これはっ! もっと昔のっ、(はな)……」


 ゆっさゆっさ。ゆっさゆっさ。カリンの容赦ない揺さぶり攻撃は、私が白目を剥いて気絶するまで続いたのだった。


 …………………………


「なぜこの山脈かというのはね、この山のトリカブトは品質がいいのよ。具体的には毒の成分をきれいに抜きやすく、かつそのあとで作る薬の品質が高いのよね」


 私は、カリンに揺さぶられたことで痛めた首を回しつつ、説明する。

 あのあと気絶から立ち直った私は、絶対に一人で外国に遠征をしないことを再度カリンに念押しされた。

 美人が怒ると迫力がある。私は痛めた首が悲鳴を上げるのも構わず、高速で首を縦に振ったのだった。


「うちの国のだと使えないんですか?」

「そんなことはないよ。でも、どうせ作るなら品質のいい材料の方がいいでしょ。そのための努力なら惜しくないし。あ、そろそろ群生地よ」


 登山道に入り、すでに数時間が経過している。以前来たときに見つけた群生地はこのあたりだったはずだ。

 私は登山道を逸れて、緩やかな斜面を落ち葉に足を取られないように気をつけながら降りる。カリンも後ろからついてくる。斜面を下りると、小川が流れていてそのほとりにトリカブトが群生しているはずだ。生い茂る木に掴まりながら、慎重に斜面を下りる。


「マリーさん!」


 後ろからカリンの緊迫した声がかかる。それと同時に私もぴたりと足を止め、木々の間にしゃがみこんだ。

 すぐ横にカリンが来て小声で囁く。


「密猟者ですね」


 トリカブトの群生地には先客がいた。


 いかにもな風貌の怪しげな男たちが辺りを警戒し、学者然としたひょろひょろの男が指さす先にあるトリカブトを、これまた人相の悪い男が掘り返して採集をしている。

 そしてその様を、すぐ近くで腕を組んだ偉そうな態度の男が眺めている。この男は貴族だろうか……皆と同じような目立たない服装ではあるが、一人だけ生地が上等なのが遠目にもわかる。


 『騎士団の皆さん、こいつらです』と指をさして言いたくなるような、絵に描いたような悪人面が十人ほどはいるだろうか……そんな輩が仲良く並んで土を掘り返したり、辺りをきょろきょろ伺ったりしている光景は滑稽ですらある。

 だが、確実にいいことには使わなそうだ。


「ここから爆薬で吹っ飛ばした方がいいと思う?」


 小声でカリンに聞いてみる。


「マリーさんって、時々とても脳筋ですよね……もしあの人たちが麓の街の薬師さんと雇われた人足の人だったらどうするんですか」

「えー? ないない。だってあの人相だよ? あんな人相で薬師なら薬なんて作らなくても病の方が逃げ出すわよ」

「そんなので病が寄ってこないなら、次からうちの国の医師免許試験で人相も必須資格にすべきですね」


 実際のところ、こんなところで爆薬を使ったら土砂崩れに巻き込まれそうだし、この山は本当に神様がお住まいみたいなので滅多なことはできない。


「神様に怒られそうだから爆破はやめて、距離を空けてあいつらを尾行(つけ)ようか? なんか確実に悪事のにおいがするもん」

「そうですね。貴族っぽいのがいるので、下手したら国の中枢に仕掛ける悪事に使うかもしれませんし。見逃すわけにはいきませんね」

「ちぇー。トリカブト採集はお預けかぁ……これはまたここまで来なきゃいけないってことか……めんどくさいなぁ。……密猟者どもめぇ。よりによって何で今日この時間にここで悪事働いてんだよぉ」


 ブツブツ言いながらも、採集を終えた密猟者たちがこちらの方へ上ってきたらまずいので私とカリンは斜面に腹這いになり、上から木の枝などを被って見つかりにくいように身を潜める。

 カリンはもちろん、私だってごろつきごとき、数人はあしらえる腕はある。見つかったら全員ノシてしまえばいいのだが、それよりは尾行をして黒幕のしっぽを掴んだ方がよさそうだ。

 どうにもあの貴族っぽい奴の存在が気になる。カリンも同じ考えのようで、仲良く落ち葉に埋まって奴らが動き出すのを待った。


「もういいだろう。よし、引き上げるぞ」


 しばらく様子を窺っていたら、偉そうにしていた貴族っぽい男がごろつきたちに指示を出し始めた。


「先生、どうですかな? これは薬効の強いトリカブトで間違いないですな?」

「いかにも。素人目には、芽が出たての春先には食用となるニリンソウと誤認しやすい。そちらの方に生えているのがニリンソウ、そしてこれがトリカブトだ、間違いない」


 そして、ひょろひょろの男に確認し始めた。どうやらあの男、トリカブトを見分けるために連れてこられた本物の学者のようだ。ひょろひょろの学者がトリカブトと断言した途端、貴族風の男の目が怪しく光る。


「これで閣下の持病もよくなりましょう。先生、ご苦労でした。……おい、やれ」


 貴族風の男が、悪人面の男の方を振り返る。

 頷いた悪人面の一人がすらっと懐から匕首を取り出すと、学者に体当たりをした。


「!!! ぐあっ! 何をする!!!」


 見る見るうちに、学者の脇腹が真っ赤に染まる。わき腹を押さえながら学者はその場に膝をつき、そのままうつ伏せに倒れた。


 地面に倒れた学者を、貴族風の男と悪人面たちが冷ややかに見下ろす。


「ふん。私がトリカブトを採りに来たことを知っている以上、生かしておくわけにはいかぬ。ここは登山道からもかなり外れている。誰にも発見されずここでせいぜい苦しんで死ぬんだな。……おい、おまえら、いくぞ」


 吐き捨てるように言うと、貴族風の男と悪人面たちはそのまま反対側の斜面を上って行った。

 息を潜めて成り行きを見守っていた私たちは、男たちの姿が完全に見えなくなってから学者のもとへ走り寄る。


 うつ伏せになった学者をカリンが抱き起こし、膝を枕にして仰向けに寝かせる。私は、真っ赤に染まった脇腹の服を短剣で切り裂き、傷口の確認をした。

 結構深く刺されているが、この学者、運がいいのか自ら咄嗟にやったのか、悪人面の男に体当たりされる瞬間、体をひねって躱そうとしていた。その動きが功を奏したのだろう、出血は酷いが傷は内臓までは達していなかった。


 私は安どのため息を吐くと、腰のバッグから血止めの薬草と、出発前に調合しておいた『傷薬マルガレットスペシャル』を取り出して、学者の脇腹に塗り込んだ。


「うっ……」

 学者は意識を失っているが、傷薬が染みたのかうめき声を漏らす。


「よかった。死んではいないようですね」


 カリンが安心したような声で言った。


「とりあえず応急処置はしたけど……このままここに置いてはおけない。ちゃんと麓で医師に見せなきゃこの人死んじゃうよ」

「しかし……結構上ってきましたよね。私たち二人で、細身とはいえ意識のない男性を麓まで運ぶのは厳しくないですか?」

「助けを呼びに麓まで行っている暇はないよ。この人多分この後高熱を発するはず。ちゃんとしたところできちんと消毒をして治療しないと。無理でも私たちで抱えて下ろすしかない」


 そうは言ってみたが、正直困った。麓から数時間は登ってきているのだ。大人数で山越えをする旅人はほぼいない険しい山脈、そしてその山の中腹付近。さっきの悪い奴らがここに学者を放置していったのもそういったことも計算した上かもしれない。


 簡易の担架でも作るか。などと、うーんと唸りながら考えていると、唐突に例のあの声が降ってきた。


『困っている様だな。供物の礼だ。我が使いを差し向けようぞ』


 山の神様である。顔を見合わせる私とカリン。


 がさり。次の瞬間、斜面に大きな角を持った立派な体格の牡鹿が現れた。

 

 ……これはまた立派な。頭の位置が私たちと同じ高さである。山の主と言われても普通に信じるほどの大きさと神々しさだ。凄まじい存在感である。


『我が使いの背中に乗せて運ぶが良い。我らが山で悪事を働くとは。奴らは天罰決定だな』


 鹿が私たちの横に来る。怪我人の学者を乗せやすいようスッとしゃがんでくれた。

 私たちは顔を見合わせて頷きあうと、鹿の背中に学者を乗せる。


 私は、跪いて神様に感謝の言葉を述べる。


「神様。正直とても困っていました。ほんとにありがとうございます。後日、お礼にまたあの栄養剤を祭壇に捧げます」

『うむ。気を付けて山を下るが良い。この男を害した奴らは西から来た。この男は其方らが来た東へ下ろすのが良い。回復したなら、その男から良く話を聞くように』


 神の御使いの牡鹿がこちらを振り向き、そのまま小川を下り始める。

 ……登山道には出ないのね。しかしこのまま小川を下って麓にたどり着くのだろうか。



 私たちは牡鹿の後をついて、山を下り始めた。

 なんとお目当てのトリカブトの群生地には密猟者がいました。しかも悪事を働くよからぬ連中です。

 一人が悪い奴らに刺されたので、尾行は諦めて人命救助を優先させるマリーとカリン。何の迷いもなく人命を優先させる姿勢が彼女たちの魅力と言えましょう。

 次回は再び山の麓の街です。

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