アルメニアン帝国へ
「この街で三日待っていてください」
そう言い残してカリンは王都へ戻っていった。
もしかすると王都でやっていたお仕事を放り出して私を追いかけてきたんじゃないだろうか……『満月の黒猫亭』での例のさわやかイケメンとの密談シーンを思い出し、私は一人考える。
カリンちゃん、大丈夫なのかしら。無理してついてくるって言ってないよね……
薬草の調合をしつつ、宿屋『フクロウの止まり木亭』にてカリンを待つこと二日。
そして三日目の朝、食堂にごはんを食べに降りると、にこやかな笑顔のカリンが座っていた。どうやら準備を整え、私を迎えに来てくれたようである。
「マリーさん、お待たせしました」
「カリンちゃん、王都で用事があったんじゃないの?」
「ちょっと家から出られなかったのですが、お父様とお母様の許可を得てきました。これで気兼ねなくマリーさんと旅立てます」
三日前、黙って王都を出発した私を氷の微笑を浮かべつつ追いかけてきたカリンだったが、どうやら家にいなきゃいけないところを無理やり出てきていたらしい。
家に帰るとさすがに怒られたようだが、きっちり両親を説得して私と旅に出る許可をもぎ取ってきたようだ。
まあ、私がカリンちゃんのお母さんだったら、心配して女二人の外国旅行なんて絶対許可しないけどね。だってこんなに美人さんなんだもん。
お淑やかなお嬢様風の見た目に反してはっちゃけた性格をしているから、制御不能な行動力を発揮してきっと両親をブンブン振り回しているに違いない……私は、カリンの両親の心労を察し、秘かに同情するのであった。
エレンカークスを出発した私たちは、順調に旅を進めている。
護衛兼お守役のカリンがいるので、私が薬草に夢中になり始めると「そんなに採ってもカバンに入りませんよ」とか、「次の街までたどり着かなくなるのであの崖の下の薬草は諦めてください」など、的確な助言とともに私の袖を引っ張り、私を正気に戻してくれるからだ。
……なんか私、しっかり者の妹に世話を焼かれるダメな姉っぽくない?ちょっとはしっかりしないとそのうちカリンちゃんに愛想を尽かされそうだよ。
カリンが合流したことにより比較にならないほど順調になった旅路は、いよいよお隣の大国、アルメニアン帝国との国境まで進んだ。
国境に設置された関所にて出国の手続きをする。そして、アルメニアン側にて入国の手続きだ。
我が国とアルメニアン帝国は現在とても友好的な関係が続いている。そのため、出入国の手続きは関所に設けられた同じ部屋にて行われる。
両国の役人が机を並べて待っており、談笑しながら手続きをしてくれる、という何とものどかな光景が繰り広げられている。平和万歳である。
旅人が持つ所属国発行の身分証に出入国の印鑑を押すだけという簡単な手続きを経て、私たちはアルメニアン帝国領に入った。
カリンの身分証を見たアルメニアン側の役人が卒倒しかけていたが、何が書かれていたのだろう……うちの国の役人は普通の顔をしていたので大したことではないのかもしれないが、ちょっと気になる。
「ねえカリンちゃん。アルメニアンの役人がカリンちゃんの身分証を見て卒倒しかけていたけどあれはなんで?」
「えっ? …………さあ? あっ、ほら、身分証に帯びている武器の申告欄があるじゃないですか。あれを見てびっくりしたんじゃないですか?」
カリンが身に着けている武器といえば、腰に差している少し反りの入った細身の剣である。
「なんて書いてあるの?」
「私の佩刀、その筋では有名なんですよ。アカデミーに通うことになったときにお父様から貰った剣なんですけど、金貨100枚くらいするんですって」
「ええっ???」
……お値段を聞いて私の方が卒倒しかけた。変わった剣だなあとは前から思っていたが、そんなに高価な剣だったとは。
やっぱりカリンちゃんってお金持ちよね。
「それよりマリーさん。ここからどのコースで行くんですか?」
「中央の街道をそのまま行き、途中からイリス山脈の山越えで行くつもり」
「マリーさん、さてはまた薬草ですか……」
カリンが仕方ないなあという顔をする。
アルメニアン帝国には大きな山脈が二つ存在する。
一つは北部に拡がる大森林に蓋をするように国土の北を東西に広がっているポランメトス山脈。
そしてもう一つが、国土を東西に二分する形でちょうどアルメニアン帝国の真ん中を南北に伸びるイリス山脈だ。
このイリス山脈の影響で国土の西と東で気候がかなり違う。大陸の西の果て、バーラート王国は常夏の国だが、アルメニアン帝国の西半分もこの影響を受け、非常に温暖な気候である。
ちなみにアルメニアンの首都はこの西半分側にある。
そしてイリス山脈に隔てられた国土の東半分は、高い山脈を温暖な空気が超えられず、我が国と似たような四季のある気候になる。
気流と雲の流れの影響か、イリス山脈の西側は乾燥した比較的寒冷な気候である。つまり、良質の甘草を産するのはこのあたりの地域になる。
元々は、このイリス山脈を挟んで東西に別々の国があったらしいのだが、何代か前に立った西側の国の王が辺り一帯を武力で併合し、現在のアルメニアン帝国を創ったらしい。
山脈を隔てて温暖な地域と乾燥した地域がある国なので、産業も多岐にわたる。
が、貧富の差は顕著で、栄えているのは西側、東側は気候が仇なして寂れているのだ。
ただ、北部のポランメトス山脈と、中央を走るイリス山脈はちょうど国土にT字を描いたような形で横たわっているが、両山脈は繋がっておらず、その間の平地を縫うように街道が伸びている。
ちょっと説明が長くなっちゃったが、つまり、普通の旅人は山越えなんかしないで街道を素直に通りますよってことだ。カリンちゃんの仕方ないなぁ顔はそういうことである。
なぜわざわざ大変な山越えをするのか。それはトリカブトの採集をするためである。
幼顔の魔女との約束があるのだ。ちょっと大変だが、ここは外すわけにはいかないのである。出発したてで元気の有り余っているうちにこの難所越えは済ませておきたい。
関所を超えて五日目。
私たちはイリス山脈の登山道入り口として有名な宿場町へ到着した。今夜はここで一泊して、山越えをするのである。
昔から旅人の間で語り継がれる言い伝えがある。
曰く『イリス山脈は、神々が住まう霊峰である。その霊峰に足を踏み入れる者は、必ずこの地で一泊し、身を清めて山の麓の神殿に供物を捧げ、神々に入山の許可を願わなければならない。この街に一泊せず、身を清めず、祭壇へ供物を捧げない者は、必ずや神罰をその身に受け、山中に倒れることになるであろう』というものである。
私は、おそらくこれは山岳地帯の標高が高く空気が薄いため、いきなり山に入ると薄い空気に体が慣れておらず体調を崩すことが原因だろうと推測している。
『この地に一泊し』の部分が重要で、結構な高地にあるこの街の宿屋で体調を整えることで、空気の薄い環境に体を慣れさせることが大事なのだろう。
「カリンちゃん。山の神様たちに入山の許可をもらうため今日はここで一泊するからね」
「まだ昼前ですけど今日は山に入らないんですね? 入山の許可ってどうやっていただくんですか?」
カリンの顔が好奇心で輝きだす。自分の知らないことに遭遇すると、彼女はいつも顔を輝かせて私に質問してくるのだ。
「『この地にて一泊し、身を清め、祭壇に供物を捧げること』と言い伝えにあるわ」
「『身を清め』と『祭壇に供物を捧げること』はわかりますが、なんで一泊しないといけないんですかね」
カリンが不思議そうに首をひねる。私は自分の立てた仮説を披露することにする。
「多分だけど、『一泊し』が一番重要だと思うのよね。ほら、山の上って空気が薄いから激しい運動すると頭痛くなるじゃない? あれを防ぐために1日滞在して体を慣らしなさいってことじゃないかな」
「へええー! 空気の薄さですか……マリーさんってよくそんなこと気付きますよね。やっぱりすごいなぁ」
カリンの瞳がキラッキラである。私も何かの文献で読んだから思い至った仮説なのでそんなに褒められるとこそばゆい。
「さあ、まずは『一泊し』と『身を清め』をするわよ。早速宿を取ってお風呂に入りましょう」
「異議なーし!」
私たちはいくつもある宿屋のうち、大浴場完備の宿に投宿し、ゆっくりと湯船に浸かって疲れを癒した。
お風呂から上がった私たちは、夕食を摂るために宿屋二階の食堂へとやってきた。ここの宿屋はカウンターにてお金を払い、トレーに乗せてもらったご飯を持って好きな席で食べるシステムだった。
ちなみにアルメニアン帝国は超友好国なので、我が国の貨幣がそのまま使えたりする。便利なことこの上ない。平和最高である。
割と寒冷で乾燥している気候の、高い山の麓の街であるここは、他ではあまり見かけない独特な料理が提供される。
平らな土地が少ないため、家畜は山羊や羊がメインになってくる。そのため、出される料理も羊肉が多い。
カウンター越しに、串に刺された羊肉が炭火の上で回転させながら焼き上げられているのが見える。
「今日のメニューはラムのケバブとチーズだぜ」
カウンターにいる調理担当のおじさんが説明しながら、目の前で焼き上げた羊肉の塊をナイフで削り、串に刺した状態で皿に盛ってくれる。
この地方の名物である。
「お代わりが欲しかったら串を持ってくるんだぜ。どんどん削るからよ」
おじさんが不器用なウインクを寄越しながら言う。
「あんな大きな塊、どうやって取り分けるのかと思ってましたけど、なるほど。ナイフで削ぐんですね」
カリンの瞳がまたもやキラッキラである……本当になんでも興味を持つ。きっと人生がめっちゃ楽しいに違いない。カリンとイリス山脈の山越えをするのは初めてなので、好奇心の塊のような彼女はずっとうきうきしているので見ているこっちも楽しくなる。
一人旅も私は好きだが、大好きな友達であるカリンとの旅は、毎回とても楽しいのだ。
「あっちの机、空いてるよ。カリンちゃん、行こう」
私たちは、さっそく名物のラムのケバブを堪能した。
「炭火で炙ってあるのでところどころ焦げていて美味しいですね」
「ラム肉ってちょっと独特の風味よね」
「でもこれはこれで。香辛料がいい仕事して、臭みが風味に昇華してますね」
「ナイス表現!」
付け合わせのチーズを挟みつつ、生地を薄く伸ばしたびろんびろんの変わったパンで巻きつつ、肉の旨み溢れるケバブを食べる。
お代わりをしまくりお腹いっぱいになった私たちは、満足の吐息を吐きつつ部屋に戻ったのだった。
明けて翌日、朝早く宿を出た私たちは、山の入り口にある神殿にて供物を捧げる。
何が供物に最適かを一晩考えた私は、ここまでの道中で調合した薬品の中から作物の成長をすごく促す『植物用栄養剤マルガレットスペシャル』を選択した。私の自信作である。
山の神様に植物用栄養剤というのはありそうでなかった珍しい供物なのではないだろうか。横でカリンが「えっ」と言い、残念なものを見る目で私を見たが気にしてはいけない。
祭壇に供物を捧げ、霊峰イリスの神々にお祈りをする。
「今から山に入らせていただきます。こちらのカリンと私マルガレットをどうかお守りください。つまらない物ですが、私作成の植物用栄養剤を捧げます。どうぞお納めください」
お祈りを済ませ、山道に足を踏み入れた私たちの脳裏に、不思議な言葉が響いた。
『此れは美味。良い供物を有り難う』
……
しばし無言で見つめ合ったのち、辺りをきょろきょろと見回す。しかし、辺りは新緑の芽が出始めている木々ばかりである。
再び見つめ合った私たちは絶叫を放ったのだった。
「えええええええ」
「ちょっとマリーさん、聞こえました!?」
言い伝えに嘘はなかった。一泊することだけが重要だと思っていた私は、自分の浅学と常識に囚われた固い頭を大いに恥じ、山道に跪いて山の神様に祈る。まさか本当に神様が宿っているとは……
『お気に召していただき、光栄です』
『うむ。また次回も此れで頼む』
神様からの要望を頭の中に聞き、私たちは顔を見合わせてしばしその場に座り込んだ。
「マリーさん、確かこの霊峰は神々が住まうと言っていましたよね」
「うん」
「……今回はどの神様に気に入られたんでしょうね」
「……さあ」
「……」
「……」
しばらくの間、私たちは山道に座り込んで放心していた。が、あとから登山道に入ってきた旅人に奇異の目で見られ我に返る。
「い、行こうか。カリンちゃん」
「そ、そうですね」
私たちは、山道を歩き始めた。
そして歩きながらカリンちゃんの放った言葉に私は全力で抗議をする。
「マリーさんといるとホントに飽きませんね。なんでこうやること成すこと規格外なんですか」
「特に何もやっても成してもいないし! 私はどこにでもいる普通のか弱い女の子なの! 規格内!」
「どこの世界に山の神様から直接お礼を言われる普通の女の子がいるんですか。圧倒的に規格外です」
「うっ」
カリンがへっと鼻で笑って言う。
「どうせまた不用意に超レア素材を使っておかしな効能のおかしな栄養剤を作ったんでしょう?」
「そんなことないもん……確かにここ最近で一番くらいの快心の出来だったけども! 素材は別に至って普通だもん……」
「マリーさんの普通は信用なりません」
きゃいきゃいとお喋りをしながら山道をいく私たち。この時はイリス山脈越えは順調な滑り出しに思えた。
しかしこの時、山上へと続く道の先にある大きな岩の上から、じっと私たちを見据えるよからぬ連中の姿があったのだ。
しかし、お喋りに夢中だった私たちは、その存在に気付かなかったのである。
一度王都に戻り、準備をしてきたカリンが合流です。一日で一つの街にも辿り着けなかったノロノロ遠征は、カリンの活躍で途端にスピードアップ。
あっという間にアルメニアン帝国に入りました。
次回はイリス山脈超えです。




