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マルガレット、カリンに怒られる

 誤字報告、ありがとうございました。一部名前表記に誤りがあったため修正しました。

 王都南門を出発した私は、街道に沿って一路西を目指して歩き出した。ここからしばらくは安全な街道をのんびり旅することができる。


 大人の足で無理なく移動できる範囲にちゃんと宿場町があるし、我が国が誇る精強な騎士団が街道の治安維持のために目を光らせている。


 うららかな春の日差しが芽吹き始めた草木を柔らかく包み、街道を通るそよ風はすっかり暖かくなってきた春の空気をやさしく運んでくる。


 そんな穏やかな街道を、春を満喫しながら旅人たちが通っていく。


 旅人たちが春の訪れとともに飛来した渡り鳥の舞う空を見上げ、遠くの山並みに芽吹く春の息吹に目を細める中、私は一人だけ目を皿のようにして足元を凝視しながら歩いていた。


「あった!」


 私はしゃがみ込み、街道の脇に生えた薬草を摘む。


「あっ! あれは! 超貴重な『オオイヌノフグリ』の赤花じゃん!! ラッキー!」

「あーっ! あっちの岩陰にタンポポの群生地が! 黄花と白花が混生している! えっ!? なんか黄というより橙色のタンポポがない? 幻と言われる赤タンポポへの変異途中とかだったら激アツなんですけど!!」


 でかい独り言を放ちながら地面ばかりを見てうろうろする私を、道行く旅人たちが『春になると現れるおかしな人』を見る目で見ているのだが、私はそれに一切気づくことなく一心不乱に薬草を探して歩く。


 自分で分かってはいる。このペースでは次の街に今日中にたどり着けず野宿になりかねないことを。

 そして、一か月はかかる長旅の最序盤でこれだけ薬草を漁っていては帰りの荷物がとんでもなくなることを……

 しかし、基本的にお出かけ大好き、外に出るとテンションが上がる田舎者なので仕方がないのである。都会暮らしも当然、都会暮らしならではの魅力がある。しかし私は片田舎の孤児院出身。野山を駆けまわって育ったのだ。やっぱりお外で薬草摘みの方が断然心が躍るのである。

 そう。わかっている。わかってはいるのだが……


「あっっっ! あれは!!!」


 ……かくして私の旅はちっとも進まず、どんどん街道をそれていった。


 はっ! と気づいたときは遅かった。うららかだった春の日差しは西に傾きかけ、のどかな小春日和は春の宵特有のひんやりとした空気に変わり始めている。


 いかん。この時期に下手に野宿をすると風邪をひいてしまう……

 旅先で風邪をひくと大変なことになる。何日も宿屋で寝ている羽目になり、旅程は遅れるわ宿代は嵩むわで碌なことがない。


 遅まきながら我に返った私は、両手いっぱいの薬草をそそくさと腰のバッグに詰め込むと駆け足で街道を西に進んだ。


「はあっ! はあっ! はあっ……ま、間に合ったぁ」


 日中の旅程の遅れを駆け足で補った私はなんとか王都西方の中規模の街の閉門時間に間に合った。

 今まさに門扉が閉じられようとした時、遠くに私がはあはあ言いながら走ってくるのが見えたらしい門番の兵士が、門を閉めるのを待っていてくれたのだ。


「よぉ、マリーちゃん。久しぶりだね。しかし相変わらず閉門ギリギリに走ってくるんだもんな……マリーちゃんって王都在住じゃなかったっけ? 夕方じゃなくて昼過ぎに王都を出たらいいのに」


 待っていてくれた兵士は顔馴染みである。


 そして兵士の言う通り、この王都の西に位置する街、エレンカークスは王都ランカークスから大人の足で半日もあれば充分たどり着ける距離にある。

 普通の旅人なら、王都を昼前には出立してエレンカークスは昼休憩などに立ち寄る程度で、さらに西にあるここより規模の大きい街、シュメルカークスにて投宿するのが一般的である。

 エレンカークスに投宿するような旅人は、西方からシュメルカークスを飛ばして王都へ急いだがあと一歩間に合わなかった人、子連れで子供の足に合わせてゆっくり進む人。街道を外れ、何かをしながら旅する変わった人。

 ……そして寄り道しすぎて夕方に我に返る私くらいのものである。


「あ、あはは……いろいろ忙しくてね、いつもギリギリになっちゃうのよね」


 実はきっちり朝一で出発しているが、一日かけてやっとこの町にたどり着いたなんて口が裂けても言えない私は、乾いた笑いをこぼしつつ苦しい言い訳でごまかすのであった。

 断わっておくが嘘はついていない。『薬草摘みで』忙しかったのである。


「まあ、俺たち街の人間はありがたいけどね。この街に泊まってくれる旅人なんて、訳アリかマリーちゃんぐらいだからね。マリーちゃんは滅多に来ない普通の旅人だから街としては大歓迎さ。まあ、走ってきて疲れただろう。ゆっくりしていってね」


 言われた側としては微妙な感謝の仕方をされた私は、引きつった笑顔を返しつつ宿屋の方へと向かう。


 この街の特徴は先ほど説明したとおりである。つまり、宿場町としてはあまり栄えていないため、旅人に向けた施設は昼に小休止ができる茶屋、オシャレな言い方をすればカフェが殆どで宿泊施設は充実していない。

 というわけで、この街唯一の宿屋『フクロウの止まり木亭』の前に来た私は、宿泊の申し込みをするために扉をくぐる。

 この宿屋は、旅人相手としてはきっと赤字なのだろう。その赤字を埋める為なのか、一階のフロア部分にある宿泊客のための食堂を街の人も利用できる食堂兼居酒屋として開放している。


 宿屋として利用したい私は、今回宿屋側の扉をくぐり、目の前のカウンターに進む。ちなみにこの宿屋、反対側にも入口があり、そちらは食堂『フクロウの止まり木亭』と看板を掲げている。食堂利用したい人はこちらから入店するシステムである。

 まあ、中は繋がっていて衝立で仕切られているだけなのだが。今も隣の居酒屋兼食堂は盛況なようで宿屋の受付フロアに似つかわしくない騒々しさである。


「大人一人、一泊、または二泊お部屋をお願いします」


 カウンターにて宿泊したい旨を告げる。


「マリーちゃん、久しぶりだね。また遠征に出るのかい? 部屋はマリーちゃん用の例の部屋が空いているからそこでいいよね?」

「……助かります」


 私用……いつの間にか私のために調度品を固定化した部屋が用意されてしまった。滅多に満員にならないらしいのでその例の部屋は前回私が泊まってから誰も利用していないのだろう。


 毎度毎度旅の初日に、外に出た解放感と旅ができる喜びを爆発させている私は同じ失敗を繰り返し、大量の薬草を抱えて閉門時間ギリギリに滑り込みでこの街の宿屋にやってくる。

 不思議なことになぜかいつも、このままでは旅の継続に支障が出るレベルでカバンがパンパンになっているので、最初に泊まったこの街の宿屋で摘んできた薬草を処理してコンパクトにするのである。


 季節によって違うのだが、乾燥させるために部屋に吊るす用のロープを借りにカウンターへ行き、早く乾燥させるために火鉢を借りにカウンターへ行き、汁気の多い薬草を潰す作業をするために、床を汚さないよう汚れてもいい雑布を借りにカウンターへ行き、潰した薬草を調合して入れた瓶を冷やすために水を張った盥を借りにカウンターへ行き……


 といったことを繰り返すうちに、天井からすでに無数のロープが張り巡らされ、火鉢、雑布の束、盥、大きな水瓶まで用意されたマルガレット用スペシャル部屋に通されるようになってしまったのである。


 宿屋の皆さん、ごめんなさい。もちろん、いろいろ借りているし、一泊のつもりが薬草の処理が終わらず二泊になったりするなどかなり迷惑をかけている自覚があるので、宿代はいつも多めに払っている。


 宿泊の申し込み時に一泊または二泊などとおかしな物言いをしたのにカウンターの店員が特に反応しなかったのもいつものことだからだ。


「いつもの一泊または二泊だね。言わなくてもわかってると思うが朝、昼、晩とご飯はそこの食堂でお願いね。宿泊客用の木札を見せてくれればいいから」

「はい。いつもお世話になります」

「マリーちゃんなら大歓迎さ。気兼ねなく過ごしておくれよ」


 この街と私の関係は以上のような感じである。

 ちゃんと歓迎されているんだなというのは、閉門ギリギリに滑り込み、宿屋で奇行を繰り返す私に、街の人たちが変わらずとても良くしてくれることでわかる。


 優しい宿屋の店員さんに頭を下げ、部屋の鍵を受け取る。


 部屋に荷物を置いた私は、さっそく薬草を処理するため、乾燥させるものを部屋に吊るす。

 そういえば朝から薬草摘みに夢中で何も食べていない。部屋で荷解きをし、薬草の処理を始めたところでそのことに思い当たる。

 その瞬間、ぐうううと大きくお腹が鳴ったのだった。


 薬草の処理を中断した私は、うるさく鳴るお腹を黙らせるため、一階の食堂へと降りて行った。




 階段を降り、食堂を利用するために衝立の向こうへ移動する。簡易の暖簾をくぐると、食堂兼居酒屋は地元の皆さんでほぼ満席だった。食堂側のカウンターで宿泊客を示す木札を見せ、開いている席を探しているとカウンター内の店員さんから声がかかった。


「マリーちゃん、お友達が先に来てるよ」


 そう言って店員さんが指し示したテーブルには……氷の微笑を満面に湛えたカリンが座っていた……


 氷の微笑を張り付けたまま、カリンが私を手招きする。

 今日は仕事と噓をついて居酒屋に入ったら、とっくにお見通しで先回りしていた妻に見つかりお説教目前の夫のような気持ちでカリンの前に座る。


「マ リ ー さ ん ? ど お し て 私 に 黙 っ て 旅 に 出 た の で す ?」


 ひいいい……

 ……果たして、私は予想通りカリンに怒られたのだった。


「あれだけ危ないって言ってるのに!」

「外国に出るときは必ず言ってくださいって言っておいたのに!!」

「いつも糸の切れた凧のように気付いたらいなくなるんだから!!!」

 ……などと一通りお説教を受けた私は一応反論を試みる。


「だってアカデミー卒業したからカリンちゃんに会わなくなったんだもん。一応数日はカリンちゃんが訪ねてこないか待ったんだよ。私、カリンちゃんの家どこか知らないし」

「うっ! そ、それは……」


 私の反論に珍しくカリンが言葉に詰まった。これはお説教を終わらせる好機とばかりに畳みかける私。


「それに街で見かけたけど、さわやかなイケメンの男の人とデートしてたでしょ? 声掛けたら悪いかなーと思って」


 私の言葉に衝撃を受けたカリンの顔がみるみる赤くなる。


「なっ! あっ、あれは! デートなんかじゃありません!! 誰があいつとデートなんか……あの男は古い知り合いです!!」

「ふうん? そうなの? めっちゃイケメンなのに。えらいイケメンと知り合いなのねカリンちゃん」

「ていうかどこで見たんです? どうして私だと……」

「街の広場で見かけて。ほら、カリンちゃん私に付いてきてくれて一緒にナッサウ伯爵邸に行った時と同じような格好してたから」

「しまったあああ! そういえばそうだったあああああ!!」


 そういうとカリンは机に突っ伏して頭を抱え、何か小声でブツブツ言いだした。


『私、どこで間違えた? いやでも私の家は教えられないし、あの時は絶対付いていかないとマリーさんが貴族に囲い込まれそうだったし、貴族街は素顔で歩けないし……それにしてもあのバカ王子、こんな時期にお気楽に正式訪問なんかしやがってぇ……おかげで王宮に缶詰めで情報収集ができなかったのが敗因ね……それにしても抜け出して街に密談に行ったところをよりによってマリーさんに見つかるなんて……』


 ……しかし、小声で机に突っ伏しながらめっちゃ早口でブツブツ言っているのでよく聞き取れなかった私はカリンちゃんに聞いてみる。


「なんて?」

「なんでもありません!!!」


 店中に響き渡るカリンの絶叫に、一瞬街の人で大賑わいの居酒屋兼食堂がしん、と静まった。皆に好奇の目で見られた私たちは、揃って赤面しつつ顔を伏せるのだった。



「ご飯にしよっか……」

「そうですね」


 居酒屋を兼ねているだけあり、夜の食堂メニューは酒のつまみになるような味付けの濃い揚げ物が中心だった。豚肉と鶏肉を薄く伸ばし、パン粉を絡めて揚げたシュニッツェル、薄く切ったソーセージに()かしたポテトを絡め、炒めた物、発酵させた酢漬けの葉野菜などである。


 それらを摘みながら、カリンが言う。


「マリーさん、今回はバーラートまで行くんですよね? 危険だから私も付いていきます」

「カリンちゃんが一緒に来てくれたらすごく安心だけど……アカデミーはいいの?私みたいに留守にばっかりしていると問題児扱いされるわよ」

「いいんです。マリーさんの護衛の方が大事ですもん。それに私、アカデミーの先生たちに怒られたことないから平気ですよ?」


 うーん、さすがカリンちゃん。私と違ってアカデミーの成績も超優秀なんだろう。しかし、やっぱりあのイケメンはカリンちゃんの彼氏じゃなかったのね。……じゃああのイケメンは誰なんだろう?あいつ呼ばわりしていたからあまり話題に出さない方がいいのかな?


「じゃあ、カリンちゃん。悪いけど一緒にバーラートまでついてきてくれる?一か月はかかるよ?」

「はい! もちろんです! 一か月もマリーさんと旅ができるなんて最高じゃないですか」


 こんなかわいい後輩が、こんなかわいいことを言っていますよ。お姉さんは幸せ者じゃよ。


「そうと決まれば、いったん王都に戻って旅の準備をしてきます。この街で三日待っててください……先に出発したら……ダ メ で す か ら ね」




 最後、ちょっとだけ氷の微笑を放ち私に特大の釘を刺してカリンは王都に戻っていった。


 三日も猶予ができた私は……さっそくカウンターにて三泊する旨を伝え、近郊に出ては採集し、宿屋にて加工するなど、薬草の処理に勤しんだのだった。

 やっぱりカリンに怒られたマルガレット。でも、最強の護衛としてついてきてくれるようです。やったね!

 次回は国境を越えていよいよアルメニアン帝国に入ります。

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