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閑話 マルガレット、イケメンとデート中のカリンを街で見かける。

 マルガレットは王都を出発したのだった。と言いましたが、あれは嘘です。

 今回はちょっと閑話です。王都出発前、律儀にカリンちゃんに遠征することを伝えるため、出発を延ばして王都にとどまっていたマルガレットのお話です。

 ある春の昼下がり、幼顔の魔女のところ、食堂『お嬢様こちらですわ』の店主、アカデミーのゼロス教授、と主要なところに挨拶を済ませ、いよいよあとは出発するだけとなったのだが、私はまだ薬草園管理小屋にいたりする。

 ……遠征に出ることをまだカリンに告げていないからだ。


 学生時代にも、長期でアカデミーを空けるときはカリンに必ず告げていた。


 ……なぜかというと、一度黙ってアルメニアン帝国まで半月ほど出かけたことがある。甘草と貴重なお茶の葉をたくさん手に入れてほくほく顔でアカデミーに戻ってきたら、門の前で鬼の形相のカリンが腕を組んで待ち構えていたことがあるからだ。


「マ リ ー さ ん ? 私 に 黙 っ て ど こ 行 っ て い た ん で す か ?」


 私は、妻に黙って飲み歩き朝帰りをしたところを玄関先で見つかった夫のように、首根っこを引っ掴まれて寮の部屋まで連れていかれ、二時間もこんこんと説教をされてしまった。


 それ以来、懲りた私は長期遠征の際は必ずカリンに告げることにしている。そして、目的地が外国の場合、必ずカリンはついてきてくれたのだ。


 というわけで、出発の準備はすでに整っているのだが、カリンが訪ねてくるのを待って私はまだ旅立たずに部屋にいるのである。


 カリンの訪問を待つ間何もしないのもアレなので、畑の整備をしたり、遠征時にあると便利な様々なものを調合するなどして過ごしている。


 だが、一日経っても二日経ってもカリンは来なかった。


 アカデミー在籍時も、たまにカリンは数日ほど姿を見ないことがあった。ここ数日がまさに、そのたまにあったカリンがいなくなる時なのかもしれない。


 そして三日目、ついにやることもなくなり、待つのに飽きた私は街に繰り出すことにした。行き違いになると超残念な事態なので、玄関の扉に『街に出ています』と張り紙を残して。




 街に出ると、普段とは違う賑わいで活気づいていた。


 しばらく遠征の準備や畑のお世話で管理小屋に籠りっぱなしだったので、街へ出てきたのは久しぶりである。

 各方面へ旅立ちの挨拶をしに来た時以来だが、その時は真っすぐ目的地へ行きまっすぐ帰ってきたので、街を散策するのが久しぶりなのである。


 常にない活気に戸惑っていると、道行く人の中に知った顔を見つける。雑貨屋のタイロンさんだ。まだ日も高いというのに昼間っから赤い顔をしてご機嫌である……


「おっ! マリーちゃあん! 元気かあ? がははは」

「……タイロンさん。こんな昼間っからえらくご機嫌ですね。店はいいんですか?」


 完全に出来上がっているタイロンさんに呆れの眼差しを送ると、びっくりしたような顔をされる。


「えっ! マリーちゃん知らないのかい? 今王都にお隣の国の第一王子様が国賓でいらしているのを。二日前から連日王宮で歓迎式典やら歓迎パーティーやらが開催されていて、その間王都民も休日を賜ったのさ。というわけで、お店はお休み! 街の中心部に行けば屋台が出ているし、居酒屋も昼から開いているんだぜ」


 ……なんと。一応王都の一部なのだが、私んち、蚊帳の外過ぎない? そんなことになっているなんて全く気付かなかったんですけど。なんかたまにトランペットや法螺貝の音が聞こえるな~とは思ったけど……


「マリーちゃんも中心部まで行ってごらんよ。屋台とかも出ていて賑やかだからさ。俺ぁもう一軒はしごしてくるぜ!」


 そう言うと、タイロンさんは上機嫌で歩いて行った。


 私はなんとなく街の中心部を目指すことにした。賑やかな街を散策して中心部に向かうと、そこには屋台が立ち並び人々が楽しそうに果実のジュースを飲んだり屋台で売られている串焼きや団子などを頬張っている。


 ちなみに街の中心部とは、貴族門やアカデミーの正門、そして正門前の噴水が集中しているこの広場のことを、平民街の住民が言うときに使われる言葉だ。貴族街に住むお貴族様なら、街の中心部と言えば王宮になるのだろう。



 賑やかな喧騒に包まれている中心部の広場を眺めていると、噴水の向こう側に立つひときわ目立つ二人組の姿が目に入った。

 一人は男性で、見事な金髪に碧眼の、例えるならミントのような爽やかさのイケメンである。

 丈の長い前開きのガウンのようなものを羽織り、膝のあたりが特にゆったりとしたシルエットで足首のところできゅっと締まるデザインのパンツを履いている。

 黒を基調に、ところどころを金糸や銀糸で装飾しているとてもセンスのいいデザインである。


 あれは、お隣のアルメニアン帝国の貴人が着るデザインの衣装よね……それよりも隣にいる人って……


 その隣にいるのは……黒のマントで全身をすっぽり覆い、フードを目深にかぶって顔を隠した性別不明の長身の人物だった。

 そう、ナッサウ伯爵邸に行くことになった私に付いてきてくれた時のカリンの服装にそっくりなのである。


 ……カリンちゃん?


 二人は噴水の広場を離れ、食堂が立ち並ぶ下町の中心街の方へ歩いていく。ちょっと気になった私は二人の後を尾行(つけ)ることにした。


 下町の中心街に来てみると、食堂はどこも営業をしていた。タイロンさんは王都民も休日を賜ったと言っていたが、休日を賜って暇な王都民を受け入れるべく、飲食店の皆さんは働いているようだ。


 店という店が全部閉まっていたら家でじっとしているしかないもんね……食堂や屋台で働いている皆さん、お疲れ様です。


 ところでもう一つちなみにを言えば、下町の中心街とは、食堂や居酒屋などが立ち並ぶ下町の中で一番賑やかな繁華街のことを言う。


 金髪のさわやかイケメンとカリンっぽい真っ黒マントの人物は、この繁華街一の人気店『満月の黒猫亭』へと入っていった。

 言わずと知れた高級店である。ここに入られた以上、尾行もここまでね……と踵を返しかけた私の脳裏に、先日の臨時収入で得た金貨たちが蘇る。

 そうだった。今の私なら入れるじゃないの!


 にやりと一人笑った私は、胸を張って『満月の黒猫亭』の扉を開けた。



「いらっしゃいませ。お一人様ですか?」

「はい」


 ウエイターさんに告げ、席に案内される。今日はお一人様なので壁際の一人席だ。

 席に着き、あの二人は……と店内を見回す。


 二人は、店の中央付近にある丸テーブルに向かい合わせで腰掛けていた。黒いマントの人物がフードを少しずらす。フードの隙間からチラリと覗いた夜空のような黒髪と、月の女神のような美貌に、私は一人息をのんだ。


 カリンちゃんじゃん……えー、じゃああの相手の男性はもしかしてカリンちゃんの彼氏?


「お客様、ご注文はいかがいたしましょう」


 うーん、でも彼氏ってイメージじゃないなあ……あまりカリンちゃんが好意を向けなさそうなタイプのイケメンよねあの男の人……二人向かい合って座ってるけど難しい顔して何か話し込んでるし……


「お客様?」


 そういえば、今隣国の第一王子が国賓で来てるとかなんとか……きらびやかな格好だし、もしかしてあの男の人は第一王子にくっついてきた家臣とか護衛の騎士とかかな……


「あの、お客様、ご注文はいかがなさいますか?」


 恐らくだけど、カリンちゃんって多分お貴族様だと思うのよね……それであの剣の腕前だし、国賓の第一王子御一行様の護衛でも任されているのかも……で、向こうの護衛と何か打ち合わせでここに来たとか?


「マルガレット様! ご注文は……」

「はえっ? え? あれっ?」


 唐突に名前を呼ばれ、変な声が出てしまった。いつの間にかウエイターさんが注文を取りに来ていたようで、考え事に没頭していた私は全く気付かなかった……


「あ、あの……ハンバーグ定食で……」


 私は、顔を真っ赤に染めつつ『いつものやつ』を注文したのだった。


 恥ずかしい注文を終えた私は、火照った顔を覚ますためウエイターさんが置いて行ってくれた水を一気飲みする。間抜けな声を出してしまったが、どうやらカリンたちには気づかれずに済んだようだ。


 ここ『満月の黒猫亭』は、いつも人気の高級食堂なのだが、隣国アルメニアンの国賓歓待に伴う王都民の臨時の休日の影響か、いつにも増して混雑している。

 その為、店内の喧噪もいつもより3割増しくらいは騒がしい。店の壁際で少々奇声を発しても、こちらを見とがめる客は皆無である。

 不意を突かれ奇声を発するという醜態をさらした私は、周りを見回して誰もこちらに注目していないのを確認し、ほっと安堵のため息を吐くのであった。


 料理が来るのを待つ間もカリンたちを観察していたが、彼女たちは相変わらず顔を突き合わせて難しい顔をしながら真剣に何事かを話し込んでいる。


 ……何の話をしているんだろう? 疑問と好奇心が頭をもたげ始めた頃、私の鼻腔をハンバーグの香ばしい匂いがくすぐった。注文したハンバーグが来たようだ。


「マルガレット様。本日のハンバーグは特製でございます」


 運んできてくれたウエイターさんがわざわざ私を名前で呼び、説明を始めた。何事だろう?


「マルガレット様のおかげで私共の仕入れ先の畜産農家が救われました。もし、マルガレット様が店にお越しになった場合はこちらをご用意するようにと取引先の畜産農家より承りました」


 説明とともに目の前に置かれたハンバーグは、確かにいつもと違っている。


「本日のハンバーグは、最高級のランカークス牛100%の挽肉を用いており、普段とは違う味わいとなっております。どうぞご賞味くださいませ」


 説明を終え、ハンバーグと定食のパンとスープを机にセットしたウエイターさんは、いつもより深く腰を折り、私に礼をして立ち去って行った。


 ……それ、実は私の懐から出た見舞金じゃないんですけど。そりゃ狼退治には協力しましたよ……でも私が得た褒賞金は実際は洗濯物協会への補償に充てられており、畜産農家さんへの補償金は国庫から出ているはずなんですが。


 私じゃないんだけどな~……食べちゃっていいのかな~……などと良心が痛んだが、目の前のハンバーグは『さあ、私を食べるのです!』と言わんばかりにさっきからおいしそうな匂いをまき散らしている。

 私のちっぽけな良心は、香ばしいハンバーグの匂いの前に霧散し、私は思考を放棄して目の前のハンバーグにかぶりついたのだった。



 結論から言うと、ランカークス牛100%ハンバーグはこの世の物とは思えないほどの美味さだった。


 いつものハンバーグ定食はバッチリつなぎの入ったハンバーグであり、肉感あふれるワイルドな挽肉と、つなぎに使われるパン粉が作り出すおこげの香ばしさが絶妙な、病みつきになる逸品である。

 だが、今日のは……100%ビーフ、しかも最高級のランカークス牛肉である。ナイフを入れた途端、皿の上には肉汁の洪水が起こり、一口頬張れば嚙まずとも口の中で溶けてなくなるという驚くべきハンバーグだったのだ。


 あっという間に平らげた私は、恍惚とした表情で付け合わせのスープを啜っている。


 そして、ふと気が付くと店の中央付近の丸テーブルにいたはずのカリンとさわやかイケメンの姿はなかったのである……




 こうして千載一遇の機会を逃した私は、カリンに長期遠征に出る旨を伝えることができぬまま大陸の西の果て、バーラート王国への旅路についた。

 ……帰ったらカリンに怒られるだろうなぁ、とため息を吐きつつ……

 ランカークス牛100%つなぎなしのハンバーグの威力は凄まじかったようです。カリンをつけてきたのにハンバーグに夢中でカリンを見失うマルガレット……

 果たしてカリンと一緒にいたのは何者なのか?

 次回こそは遠征編です。

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