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マルガレット、旅に出る

 ドンドン!


「マリー、いるか」


 貴族街へ行った日から数日後、昼下がりに小屋で作業をしていると扉を叩く人がいる。この声は……


「団長さん。珍しいですね、団長さんがうちに来るなんて」


 扉を開けると、そこには騎士団長ランスロットが立っていた。


「今日はどうしたんですか?」

「お前に届け物だ」


 なんだろう。

 玄関で立ち話も何なので、中に入ってもらう。


 中に入る時に畑の方をチラリと見たランスロットが首を傾げる。


「ところでマリーよ。いつの間に畑を整備したんだ? ……まさかお前、俺の言いつけを守らず一人で爆薬を使って爆破したんじゃねえだろうな」


 どいつもこいつも……私の知り合いたちはいったい私のことをなんだと思っているのだろうか。


 実はここ数日でしっかり畑を整備した。タイロンさんのところで買ってきた鍬で畝を作り、薬草の種を植え、タイロンさんに声をかけて転がっている丸太を引き取ってもらったのだ。

 ……畑を見たタイロンさんは目を丸くして驚いていたが。


「私はか弱い女の子ですよ? 一人でここまでできるわけないでしょう。それにこんな平地で爆薬なんて使ったら小屋ごと吹き飛んじゃいますよ。そうじゃなくてですね、なんと森の主の猪が狼退治のお礼に来たんですよ」

「ほぉ? ……そりゃよかったな。何か貰ったのか?」

「……貰ったんじゃなくて、お礼に裏庭を畑にしてくれたんです」


 ランスロットが心底呆れた顔をし出した。失礼ね。まだ何も言われてないけどきっとめちゃくちゃ失礼なことを言うわよこの顔は。


「お前、もう昼だぞ。いつまで寝ぼけている。しゃんとした顔しているが実はまだ寝ているんだろう」


 果たして、ランスロットは言いやがった。失礼ね!


「起きてます! 寝ぼけてません!! 猪がお礼だって鹿の大群を連れてきて、その鹿たちが木を全部齧り倒していったんです!!! そして団長も見たあの変なタヌキが仲間を連れてきて全部耕していったんです!!!!!」


 大きな大きなため息を吐くランスロット。そしてため息とともに心底呆れた声を出すのだった。


「……やっぱり寝ぼけてるじゃねえか」


 寝ぼけてないもん! ほんとだもん! ほんとに鹿たちが齧っていったんだもん!! そしてタヌキが土をほじくっていったんだもん!!!


「まったく。まあ今回は王都中が大騒ぎになってねえから別にいい。異音騒ぎがあったってのは後から報告を受けたがな。あっという間に森を畑にした方法は今度じっくり聞かせてもらうからな。それよりお前に届け物だ」


 私の抗議の不満顔をさらりと無視して、ランスロットは机に革袋を置いた。ゴトリと重そうな音が響く。


「なんですかこれ? 金属?」

「お前、俺に黙ってナッサウ伯爵邸に呼ばれて行ったろう。伯爵邸で何をしたんだ? 昨日王宮から呼び出しがあってよ、何事かと思い行ってみればナッサウ伯爵から『依頼の報酬である。ノエルは回復した。よろしく其方の協力者に伝えてくれ』と言われてこれを渡された。ノエルって誰だよ?」


 どうやら薬が効いてヴィトゲンシュテインの愛馬ノエルの風邪が治ったようだ。私はほっと安堵のため息を吐く。


「ヴィトゲンシュテインがうちに来て『愛馬が風邪を引いた』って言うから風邪薬を持って行っただけですよ」

「そうか、伯爵め。息子を使って接触を図ったな……おいマリー。お前王宮で働けみたいなこと言われたり脅されたりしなかったか?」

「言われましたし脅されましたけどカリンちゃんが付いてきてくれて撃退してくれました」

「そりゃお前、望み得る限り最高の護衛だな。そうかカリンが……やれやれ危なかったな……なるほど、それで次はこの報酬ってわけか。開けてみろ、マリー」


 私はランスロットに言われるがまま、目の前に置かれた皮袋の中を覗き込む。

 なんと中には金貨が3枚も入っていた。馬の風邪薬の代金としては法外な金額である。


 思わずランスロットの方を見る。するとランスロットはニヤリと笑ってこう言ったのだった。


「お前、伯爵様に気に入られたのかもよ。お前が出した見舞金がそっくり帰ってきた上に1枚増えているわけだからな。お前は伯爵家に認められたんだろう、よかったな、マリー」


 なるほど。メンツを潰されたら黙ってはいないが、出された課題をちゃんとクリアしたらより評価してくれるわけだ。

 ……反社なの?なんて思ってごめんなさい。


 正直これはありがたい。タイロンさんに売却した丸太と合わせると、結構な額の収入になった。金欠脱出である。


 懐が温かくなったし、畑の整備も完了した。これなら装備を整えて遠征に出ることができる。幼顔の魔女に払う黒色火薬の代金のトリカブトと、街の食堂『お嬢様こちらですわ』の店主から依頼されている胡椒を仕入れに行くことができそうである。


 それに、今は春真っ盛りだ。ここ数日の一連の騒動で、貴重な薬品や薬草をほぼ使ってしまったので、それの補充もしておきたい。春にしか採集できない貴重な薬草があるのだ。遠征に行くついでにあちこち寄ってそれらの採集もしておきたいし。


 しかし気になる点が一つある。今の私はアカデミーの職員、薬草園の管理人であり、自由気ままに生活できた学生時代とは違うのである。果たしてほいほい何日も王都の外に出る遠征が許されるのだろうかという点である。


 ……私って、職員になっても学生時代と同じく真面目にやってないよね。そろそろアカデミーに怒られるかもしれない。


 まあでも、薬草園は今種を植えたばかりなので正直あまりやることがない。

 ほんのちょっと、まあ一ヶ月ほどだが、管理小屋を留守にしても問題ないよね……うん。


 私は、自分の心の中にわずかながらの罪悪感を感じながらも、いざ行けるという目途が立った途端、遠征に行きたい病を抑えることができなくなってきた。


 やっぱり遠征は心が踊るのだ。各地を旅して見たことのないもの、珍しいものをたくさん見たい。きれいな景色をこの目で見たいし、旅先でしか味わえないいろいろなことを体験したい。


 一年中王都に引きこもっていたらそういう楽しいことを経験できないからね。勉強にもなるし、お金儲けもできる。ほら、いいことずくめよ。だからちょっとくらい薬草園の管理人のお仕事をお休みしてもいいわよね……うん。


 そんなことを考えながら革袋の中をにまにましながら覗いていたら、ランスロットに呆れられた。


「お前、浮かれるのはいいがあまりナッサウ伯爵に深入りするんじゃねえぞ。あのお方は切れ者だ。気が付いたら退路を断たれて王宮で飼殺されちまうぞ」


 えっ怖い……


「街の立札を見ただろう。異臭騒ぎから王都民の目を逸らすために、東部の農家が被害を受けていただけでほとんどの王都民は知らなかった狼のことを公表し、お前が酪農、畜産農家に報奨金を寄付したことにしている。お前を英雄に祭り上げる為のあの一連の指揮を執ったのはナッサウ伯爵だ。気をつけろ。まだお前のことを狙っているに違いねえ」


 うーん、なら尚のことほとぼりが冷めるまで王都を出ていた方がいいかもしれない。よし、やっぱりしばらく遠征に行こう!


 自己弁護が完了した私はランスロットに高々と宣言した。


「ほとぼりが冷めるまでちょっと遠征に行ってきます! 使っちゃった薬の補充とか、街の人に頼まれた仕入れのお仕事とかしたいので。というわけでしばらく王都を留守にしますね」

「王都を離れるのはナイスアイデアだが……しばらくってどれぐらい不在にするんだ?」

「一か月くらいですね」


 私の宣言を聞いたランスロットは、仕方がねえなあという表情をした。


「ほら、お前やっぱり徘徊癖があるじゃねえか……三月(みつき)と王都にじっとしていられねえんだもんな。まあ、気をつけて行ってこい」

「何かお土産買ってきますからね~ふふふん♪」

「当てにしねえで待ってるよ」



 遠征に行くならアカデミーとカリンにはちゃんと言うように。と私に釘を刺してランスロットは帰っていった。

 そうだ、幼顔の魔女のところにも報告に行かなきゃね。



 数日後。

 長旅に備えるための各種準備を終えた私は、いよいよ大陸の西の果てにあるバーラート王国を目指し、旅に出ることにした。


 幼顔の魔女には「トリカブトを取りに行ってくるね」と告げたし、『お嬢様こちらですわ』の主人には、いよいよ胡椒を仕入れに旅立つことを告げて、どの程度の品質の物をどれくらいの量必要なのかの確認と買取価格について話し合いを済ませている。


 そしてカリンには……会っていない。なぜかというと、私はカリンの家を知らないからだ。アカデミーの学生だった頃は校内でいつでも会っていたが、私がアカデミーを卒業して以来、カリンの方から来てくれないと会うことがなくなってしまった。

 黙って遠征に出ると後でめっちゃ怒られそうだ。出発の日までに管理小屋に訪ねてきてくれたらいいのだが……


 そして、何と言っても今の私の身分は『アカデミー第6号薬草園管理人』である。アカデミーへの挨拶なくして旅立つことはさすがにできない。

 というわけで今日、卒業の日以来久しぶりにアカデミーの門をくぐり、とりあえず事務室へ顔を出す。

 顔なじみの職員さんに来意を告げ、薬草園の整備が終わったのでちょっとの間旅に出たい旨を申告した。


「ちょっと待ってくださいね~。マリーさんが遠征に行きたいって言いに来たら呼ぶようにってゼロス教授に言われてますので~」


 ……さすがわが恩師である。私の行動パターンが完全に読まれている気がしてならない。背中に嫌な汗をかきつつ、そわそわしながら待っているとゼロス教授がニコニコしながらやってきた。


「マリーちゃん、王都の防衛お疲れ様。マリーちゃんが捕まえた例の狼、生物学の教授が小躍りして狂喜していたよ。『さすがマリー! 何という貴重なサンプルを! しかも生け捕りとか最高か』って興奮していたなあ」

「……あの狼たち、今はここで飼ってるんですね」

「そうだよー。生態が謎の生き物だったからね。『仕留めたやつと生け捕りしたやつと両方サンプルを用意するとは。さすがわかっておる! 解剖も生態調査もできる!』って異様なテンションだったよ」

「は、はぁ」


 卒業してからも思い知らされる羽目になったが、基本アカデミーの教授たちはマッドなのだ。彼らのテンションについていくのは大変なのである。


 久しぶりに会った恩師との会話は楽しいのだが、話が長くなる前に私は今日訪れた用件をさっさと話すことにした。そしていただいた卒業祝いのお礼も忘れてはならない。


「卒業祝いとしてお風呂と竈をありがとうございました。毎日ありがたく使わせてもらっています」

「一人用だからあの大きさがちょうどいいかなと思って。気に入ってくれてよかったよ」

「それで今日来た用件なんですが……畑の整備が完了し、種蒔きまで終わっています。なのでしばらく私がいなくても大丈夫です。それで、春にしか採れない薬草を探しにちょっと王都の外まで遠征したいんですが……」


 私はドキドキしながらゼロス教授を見る。しかし私の心配は杞憂に終わり、ゼロス教授はあっさりと許可をくれた。


「学生時代から一年の半分はアカデミーにいなかったくらいだ。そろそろ遠征に行きたいと言い出すと思っていたよ。気にせず行っておいで。畑は私がたまに見ておこう」

「えっ?いいんですか?」

「もちろん。遠征に行きたいと言い出すことを見越して、アカデミー職員の中で最も遠征に行きやすい薬草園の管理人を学長に推薦しておいたんだから。気にせず行っておいで」


 そういうとわが恩師は器用に片目をつむってウインクをし、私に笑いかけたのだった。


 先生、ありがとうございます!!!




 こうして、主要方面へ挨拶を済ませた私は、数日後にバーラート王国を目指し一人王都の南門から旅立ったのである。

 ナッサウ伯爵に差し出した金貨2枚は、風邪薬のお礼にと1枚増えてマルガレットの元へと戻ってきました。

 鹿たちの活躍で得た丸太の売却益を含め、資金繰りに余裕が出たマルガレット。

 こうなっては体がむずむずして止められません。嬉々として王都を出発するマルガレット。でも何か一つ忘れていないでしょうか?

 次回から遠征編となります。果たしてマルガレットはよその国でも騒動を引き起こすのでしょうか……

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