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貴族街へ行く(前編)

「マリーさん、いますかー?」


 夜遅く。玄関から聞こえる元気な声に私は調合の手を止めて顔を上げる。この声は……

 玄関に出て扉を開けると、果たしてそこには私の想像通りの人物が立っていた。


「カリンちゃん。どうしたの? こんな時間に」

「マリーさん、今日は一日どちらにいたんですか?」


 カリンの問いに私は首をひねる。


 今日何をしていたかと言えば、朝から騎士団に呼び出されて報奨金が出たけど没収されたひどい話を聞かされ、昼過ぎから不貞腐れて机に突っ伏していたらヴィトゲンシュテインの訪問を受け、そのあと森の主と大森林在住の鹿たちの集団訪問を受け、幼顔の魔女のところへ行き、タイロン雑貨店で買い物をして王都の外でハーブの採集をして家に帰ってきただけだ。


 ……結構忙しい一日だったわ。


「ちょっと出かけていたけど」


 私はかなり端折った説明をする。


「どこ行っていたんですか! マリーさんちの方からすごい奇妙な音が聞こえてきたから心配になって来てみたらマリーさんいないし、森だった裏庭がはげ山になっているし……なんですかあれは!? 何があったんですか!?」


 カリンちゃん大興奮である……


「ま、まあここじゃなんだから入って」


 玄関口で興奮しているカリンをなだめ、部屋でお茶の用意をしてあげる。お茶で落ち着いてもらってから、今日の不思議な出来事を説明した。



 …………………………



「……なるほど。森の主の猪さんが来て、恩返しをしてくれたんですね……その時、数百匹の鹿さんがついてきてあっという間に木を齧って平らにしちゃったと……」


 こくりと頷く私。


「それで午後から薬草取りに出かける時、前に森で見た変なタヌキが来ていたと……薬草取りから帰ってきたらそのタヌキが畑を仕上げてくれていたんですかー……へーー……」


 再びこくりと頷く私。


 感想が棒読みになり始めていたカリンちゃんの目がくわっと見開かれる。


「そんなわけないじゃないですか!!! マリーさんが何かしたんでしょう!!? 爆薬とか爆薬とか爆薬とか使って!!!!! 危ないから一人の時は使っちゃダメってあれほど言っているのに!!!!!」


 ……カリンちゃんには私がどう見えているのだろうか。


「ほんとだもん。ほんとに鹿がいっぱい来てあっという間に齧っていったんだもん。爆薬の音とは違ったでしょ? たくさんの鹿が一斉に木を齧った音だったでしょ?」

「そんな音、これまでの人生で一度たりとも聞いたことありません!」

「カリンちゃん、あなたは今日、人生初の体験をしたのよ。……私もだけど」


 頭が理解を拒否するような非常識中の非常識だってことは説明している私にもわかっている。この目で見ていなかったら、とても信じる気にはなれなかっただろう。

 生えている木一本につき一頭いない?というくらいびっしり鹿で埋め尽くされていたのだ。この森にこんなに鹿いたんだー……と、思考が止まった頭で考えたものである。


 木が鬱蒼と生い茂り、ほぼ森状態だった。ああ、森ってこうやって出来ていくのか、と勉強になる感じだったのである。とても畑だったとは思えない状態だったのだ。

 それがある日突然畑になっていたら誰だってびっくりするはずである。


 一瞬でこの状態に持っていけるのは、私が使う爆薬くらいのものなので、私が爆薬で吹き飛ばしたと考えるのはいたって常識的な判断だ。


「ところでカリンちゃん、後半のタヌキが畑を耕した話は反論しないわね?」

「あ、それはマリーさんを探しに来た時にいましたから。鼻先を土の中に突っ込んで何かごそごそしていましたよ。タヌキたち」


 ……たち? ん?


「カリンちゃん、タヌキ『たち』って言った?」

「ええ。たくさんいましたよ。集団でみんな土の中に鼻先突っ込んでいました」


 なるほど。あの金のしっぽのタヌキが一匹で耕したんじゃないのか……さすがに仲間を呼んだのね。


 あのタヌキは私の頭の中に語りかけてくるなど、とてもただのタヌキとは思えない不思議なタヌキなのでそういうこともやりかねないと思って深く考えるのをやめていたが、一匹じゃなかったと聞いてちょっと安心した。


「ところでマリーさん、今は何しているんですか?」


 カリンが奥の調合室の方をちらりと見ながら聞いてくる。調合室からはミントをすり潰したさわやかな香りと、みじん切りにしたことでさらなる芳醇な香りを放ちまくっているあのリンゴの香りが漂ってきている。

 ヴィトゲンシュテインご依頼の馬の風邪薬を作っているのだが、森の主の『馬の風邪にはリンゴがよい』発言を採用して、私が一切れだけ食べたリンゴの残りを風邪薬に投入したのだ。捨てるのもアレだからね。


「ヴィトゲンシュテイン様が昼に来て、愛馬が風邪を引いたから薬を作ってほしいと頼んできたのよね。それで馬の風邪にいい薬を調合しているの」

「えっ? あのバカ貴族、自分から勝手に吹っ飛んでマリーさんの爆薬トラップを台無しにしておいて、馬の治療を要求してきたんですか?」


 カリンの手が剣の柄にかかる。


「ちゃんとお詫びからだったし、要求じゃなくてお願いだったから受けたのよ」


 カリンの手が剣の柄から離れ、溜息を零しつつ、かわいらしく頬杖をついた。


「……だったらいいですけど。マリーさんってホントお人よしですよね……まあそこがいいところでもあるんですけど」


 頬杖をついた顔をちょこんと傾げて妖艶にほほ笑むカリンちゃん。……同性の私でも鼻血が出るほどの色気である。

 ところかまわず色気をふりまかないの! お姉さんは心配じゃよ……


「それで、薬ができたらどうするんですか? まさか持って来いって言われてるとか」

「貴族街の門まで持ってきてほしいと言われたわよ」

「……」


 カリンの目がスッと細められる。美人だから迫力がすごい。


「マリーさん、私も一緒についていきますからね」


 恐ろしくまじめな顔で言うカリン。

 でも正直とてもありがたい。王都生まれではない田舎者で、しかも孤児だったスーパー庶民の私は、貴族街なんてところはどうにも慣れない。なんていうか『筵オブ針』な居心地なのだ。

 一人で行くのはちょっと嫌だから騎士団に相談しようかと思っていたところなので、カリンの申し出は素直に嬉しい。


「ほんと? やったあ。一人で行くのは気が引けてたのよね。私平民だし……ありがとう、カリンちゃん」

「そんなのお安い御用ですよ」


 明日の朝にアカデミーの正門前にある噴水で待ち合わせになった。


「じゃあまた明日。それにしても、仲良く水に浮いていたのに馬の方だけ風邪ひくなんて……バカは風邪ひかないってホントなんですね。ふふっ」



 そう言いながら帰っていくカリンちゃん。

 ……辛辣ぅ。ちょっと笑っちゃったけど。




 明けて翌朝。私は完成させた風邪薬を鞄に入れて、アカデミーの正門前に向かう。

 遠征帰りの朝とか、寮に帰るためにこの噴水を見ながら正門をくぐった思い出が蘇る。まあ、まだ卒業して数日しか経ってないんだけどね。


 噴水まで来たが、まだカリンは来ていないようだ。噴水前にいるのは真っ黒いマントですっぽりと体を覆い、これまた真っ黒のフードを目深に被っている年齢も性別も不詳の人物が一人だけである。

 はっきり言うと、めっちゃ怪しい。絶対に近づいてはならないような怪しげな雰囲気である。

 貧民街の幼顔の魔女だってもう少し怪しさ成分が少ない。


 私はその人物からできるだけ距離を取り、カリンちゃんを待つ。

 するとどうだろう、その怪しげな真っ黒の人がつかつかとこちらに歩いてくるではないか……

 私は内心舌打ちをしつつ、素知らぬ顔でやり過ごそうとするも、その人物は私の目の前にやってきてしまった。


「おはようございます。マリーさん」

「ええっ!」


 ……その怪しさ満点の人物は、私のよく知っている人物だった。この声は……

 フードをちょっとずらし、カリンがイタズラっぽい笑顔を向ける。


「私です、マリーさん」


 ……なんだよカリンちゃん。びっくりしたじゃないの。


 靴に何か仕掛けているんだろうか。普段のカリンよりも頭ひとつ分は背が高い。

 全身を覆う黒マントは体のラインを完全に隠しているし、フードを被っていることで彼女の特徴的な美しい黒髪も黒瞳も見えなくなっている。


「どうしたのその恰好」


 私の問いに、声を潜めてカリンが答える。


「私、貴族街であまり姿を晒したくないんです。私のことは従者兼護衛ということにしておいてください」

「う、うん……わかった」


 何か事情があるのだろう。なんとなく聞いてはいけないような気がしたので、触れないでおく。


 ……あまり行きたくないのだろう貴族街に、私が行くことになったから変装してまでついてきてくれるなんて。先輩思いのいい子である。持つべきものは優しい後輩よね。


「では行きましょう。私は従者役なので半歩後ろからついていきますね。私の素性を聞かれたときは『従者のヒルメス』と紹介してください」

「……ヒルメスなんだ」

「女二人と思われるより安全ですから。私は喋れないので、よろしくお願いしますね、マルガレット様」


 そう言うと、私のカバンをすっと取り上げて、半歩後ろからついてくるカリン。私は従者なんてつけるような大層な人間ではないのでなんだか落ち着かない。



 貴族街への入り口は、アカデミーの隣にある。アカデミーは王立で貴族の子弟も通う者がいるので、お貴族様が出入りしやすいように貴族門の隣に建てられている。


 貴族門にて、歩哨の兵士に来意を告げる。


「ナッサウ伯爵様の令息、ヴィトゲンシュテイン様より御用を仰せつかりました、アカデミー職員のマルガレットと申します。こちらは私の従者のヒルメス。門にて名前を告げるよう仰せつかり、まかり越しました」

「うむ。確かにお聞きしておる。馬車にて伯爵邸まで来るように、とのことだ。あれへ」


 兵士が指し示した方に、立派な装飾を施された馬車が止まっている。御者も乗っており、馬車の前で執事と思しき人物が腹に手を当て、片方の手は後ろに回す礼を取って待っている……いや、私、平民なんですが……


「初めまして。ナッサウ伯爵家家令、セバスチャンと申します。坊ちゃまがお待ちかねです。ささ、どうぞこちらへ」


 ……執事じゃなくて家令が直接お迎えですか。私平民なんですけど。


「初めまして。アカデミーの職員マルガレットと申します。こちらは私の従者、ヒルメスです。家令の方がお迎えに来てくださるなど恐縮です。一市民に過ぎない私などに過分なご配慮、恐れ入ります」

「坊ちゃまより直々の命でございます。マルガレット様は由緒ある王立アカデミー所属のお方。当家の正式なお客様となりますので、私めがお迎えに上がるのは当然でございます。どうぞお気になさらず」


 セバスチャンは流れるような美しい所作で私の手を取り、馬車へといざなってくれる。どこまでも優雅なセバスチャンにかしずかれ、居心地の悪さに背中がむず痒い思いをしながら馬車に乗る。

 一方カリンは、普段と変わらぬ自然な所作で馬車に乗り込み、私の隣に座った。



 こうして、私たちは馬車のお迎えでナッサウ伯爵邸へと向かうのだった。

 マルガレットを心配するカリン。やらかす姉としっかり者の妹みたいですね。

 次回はナッサウ伯爵邸へ向かいます。

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