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森の主からの贈り物

 突然我が家に一人で訪問してきたヴィトゲンシュテイン。何の用だろう。親は引っ込んだが、メンツの回復のために当人が文句でもいいに来たのだろうか。


 その割には供も連れず一人で来ているし、昨日散々な目に遭ったばかりなのだ、まだ床に臥せっていてもおかしくないはずなのに、こうしてこんな王都の外れに足を運んでいる。文句を言いに来たわけではなさそうである。


 「このようなあばら家に供も連れずお訪れになるなど……ここはあなた様のようなご身分のお方がおみ足を運ばれるような場所ではございませんよ」


 一人で来た上に、さっきから黙って突っ立っているばかりで用件も言わないヴィトゲンシュテインに、私はやんわりと『帰って頂戴』というニュアンスのことを言ってみる。

 しかし彼は眉をピクリと動かしただけで、用件を言うでもなく、立ち去るでもなく、玄関に立ち続ける。


 仕方なく私は、彼を家に招き入れ、応接間にてお茶の用意をしてあげる。一つしかないテーブルに向かい合わせで座り、ポットに茶葉を入れてテーブルに置いた。

 お貴族様にお出しするような上等のお茶なんて……実はある。私はお茶が好きで、各地を旅してたくさんの珍しいお茶を集めているのだ。


 お茶はいいとして、お茶請けのお菓子はザ・平民仕様のフルーツパイとか芋饅頭とかしか用意がない。さて困った、と思ったところで、アレのことを思い出す。


 そもそも今回の騒動の元凶と言っても差し支えない、アレだ。

 そう、大森林から持ち帰ってきた例のリンゴである。あれならお貴族様にもご満足いただける茶菓子と言えよう。

 台所に向かうと、さっそくその辺に転がしておいたリンゴを剥き始める。

 ナイフを入れた途端、ものすごい芳醇な香りが部屋中に立ち込めた。このリンゴ、やばいね。


 「お貴族様のお口に合うかわかりませんが……」


 そう言ってヴィトゲンシュテインの前に食べやすい大きさに切ったリンゴと、お茶を淹れたカップを並べる。「どうぞ」と勧めると、彼はお茶に口をつけた。


 「む、なんと。これはよいお茶だな。どこでこれを?」


 やっとしゃべったわよこのボンボンめ。


 「あら、お茶にお詳しいんですか?」

 「うむ。僕はお茶に目がなくてな。これはバーラート王国のハイグロウンティーであろう?」

 「あら、一口飲んでお分かりになるなんて、本当にお詳しいんですのね」


 私は、ほんの少しだけヴィトゲンシュテインのことを見直した。

 正直、ボンボンが金に物を言わせて、各地から高い茶であると言われるものを取り寄せて飲んでいるだけだろうと思ったが、意外にもちゃんと利き茶ができるようだ。

 希少性や値段によってではなく、味を吟味してお茶を嗜んでいるのだろうことが彼のお茶を飲む表情から伝わってくる。実に美味しそうに飲んでくれる。これはお茶を出した側の私からすると素直に嬉しかったりする。

 ……カリンちゃんも私の淹れたお茶を美味しそうに飲んでくれるのよね。そしてかわいい。最高である。


 お茶で気分がほぐれたのか、ヴィトゲンシュテインがここへ来た理由を話し始めた。


 「先日はまことにすまなかった。僕が作戦をよく聞かず、功を立てようと焦ったばかりに、テオブランドと其方が考えた作戦を台無しにしてしまった。そのうえ、父上が騎士団に怒鳴り込んだと聞いた。昨日のことは僕に全面的に責任がある。僕が爆薬を踏まなかったら、もっと楽に狼を倒せたかもしれない。騎士団にも申し訳ない」

 「……もう済んだことでございます。戦闘時においては、指揮をする者の命令に従うのは絶対です。そうしなければ部隊全体が窮地に陥ることをお忘れなきよう」

 「うむ。肝に銘じよう」

 「わざわざお詫びにいらしてくださったのですか?」

 「……当然だ。だが、ここへ来たのはもう一つ理由がある。迷惑をかけた上に厚かましいとは思うのだが……我が愛馬に薬を作ってはくれぬだろうか?」


 薬とは。一晩仲良く水溜りに浮かんでいたので風邪でも引いたのだろうか……馬って風邪ひくんだっけ?


 「馬に外傷はなかったとお聞きしていますが、何かあったのですか?」

 「風邪をひいたのだ」


 ……風邪ひくんだ馬。

 しかし、私は獣医ではない。風邪を引いた馬に効く薬など持ち合わせがないし、何が効くのかわからない。うーん、と唸る私を見て、ヴィトゲンシュテインがなおも言い募る。


 「其方に頼める立場ではないことはわかっている。しかしあの馬は国王陛下より我が父が褒賞として下賜された由緒ある名馬なのだ」


 なんと! 毛並みのいい馬だとは思っていたがやんごとない系の馬だったとは。そんなものを吹き飛ばしたのか私は……


 「……それにだ。あの馬は僕が小さいころから面倒を見てきた僕の親友なのだ。荒い息を吐き、辛そうなのを見てはおれんのだ」


 うーん……馬の風邪に効く薬ねえ……

 私には見当もつかないから、幼顔の魔女に聞いてみようかしら。あの人ならちゃんとした医術の心得があるし。

 それにこのお貴族様は馬のことを小さいころから面倒を見ている親友だと言った。初対面が超横暴だったからあまりいい印象がなかったが、実は純粋で優しいところがあるのかもしれない。

 自分と親友である愛馬を吹き飛ばした平民の私に詫びを入れてまで頼みに来るなんて。


 何とかしてあげたいと思う。


 「お話は分かりました。私には馬に効く薬の当てがありませんので、薬学に詳しい友に聞いてみることにします」

 「そうか! ありがたい! すまぬがよろしく頼む。貴族街への門には通達を出しておく。薬が手に入ったら貴族街の門にて僕に呼び出されたと言ってくれ」


 ここへ来たときは沈んだ顔をしていたが、私が請け合ったことでパッと明るい表情になり、ヴィトゲンシュテインは席を立った。


 「突然訪問してすまなかったな。僕はこれにて失礼するよ……ああ、お茶、とても美味しかった。ありがとう」


 そう言ってヴィトゲンシュテインは来た時と同じように供もなく一人で帰っていった。


 お茶は飲んでくれたが、お茶請けには手を出さなかったわね……勿体ないから私が食べよう。

 一切れを手で摘み、口に放り込む。


 ……食べ物全般に言えることだが、匂いと味は同じである。リンゴの匂いがするリンゴは、リンゴの味である。

 そしてこのリンゴは、異様なほど芳醇な香りを放つ。口に入れた途端、芳醇な香りが口いっぱいに広がる。私は、おお! と感動する。そして次の瞬間、微妙な顔になるのが自分でもわかった。

 このリンゴ、甘みが全くないのである。芳醇な味はこれでもかというくらい、する。でも甘みが全くない。酸っぱくもない。


 ……なんだよこれ。人間が食べてもおいしくないやつか。香りが超いいだけにガッカリ感も半端なく、私は再び机に突っ伏したのだった。



 しかし、アカデミーを卒業してからまだそれほどの日にちが経っていないというのに、この数日の忙しさはなんであろうか。

 早く畑の整備をして使えるようにしないといけないというのに、依頼を二つ抱えている。そして今日、割と急ぎの依頼が一つ増えてしまった。このままでは過労死してしまうではないか。

 取り急ぎ幼顔の魔女のところへ行き、馬の風邪に効く薬がないか聞いてくることにしよう……


 そう思い、突っ伏していた机から顔を上げ、いつもの真っ黒な外套を羽織る。幼顔の魔女の怪しい家に行く時の必須アイテムだ。

 そして、辺りを窺うためにドアを開けた私は、危うく絶叫を放ちそうになった。


 なんと、玄関先に森の主、あの大猪が佇んでいたのである。


 あー、びっくりした……危うく扉を閉めるところだった。


 それにしても、今日は来客が多い日である。森の主さんは何しに来たんだろう。そう思い、猪を見上げる。すると、頭の中に猪の来訪理由が響き渡った。


 『よそ者を追い払ってくれて助かった。宣言通り恩を返しに来た』


 その途端、森になりつつあるアカデミー薬草園から、鹿が顔を出す。立派な角を持った大きな牡鹿である。牡鹿が後ろを振り向く。すると、森の中に無数の鹿が現れた。


 『よそ者の被害に遭っていた者たちだ。この者たちも恩を返しに来た。其方の願いはここを畑にすることだろう。鹿たちに任せなさい』


 すると、鹿たちが一斉に木の幹を齧りだした。

 いや、何頭いるのこれ! 怖い! めっちゃ怖い!!


 いつの間にやってきたのだろう……我が裏庭は大量の鹿でごった返している。百……いや、千頭?その鹿たちが一斉に畑に生えた木々を齧る。

 ボリボリ、ゴリゴリ。何百頭もの鹿たちが一斉に木の幹を齧る音……私は、今まで生きてきて初めて聞いた異様な音が我が裏庭にこだまするさまを、茫然と見つめたのだった……


 そして瞬く間に鬱蒼と木々が生い茂っていた旧六号薬草園は元の姿を取り戻したのだった。


 広く開けた視界を呆然と見つめる私……その私のお腹に、手の甲に、鹿たちが次々と鼻先を押し当てて帰ってゆく……

 私は鹿たちにされるがままになりながら悩みの種であった薬草園の整備が半日で成ったことを悟ったのだった。


 『森の住人を代表して礼を言おう。其方の恩に、……樹の守護者たる私が……樹の恵みをこの畑にもたらすことを認める』

 「えっ? どういうこと?」

 『七色の小川のところまで畑を回復しておいた。小川の水を使いなさい。私の許可なき者には使わせない水。森を広げて覆い隠すものだ』


 ……なるほど。薬草園が森に吞まれていたのはこの猪さんの仕業だったのね。ということは、定年退職したとかいう前任の管理人さんは、この猪と知り合いだったんだろうか……


 『いかにも』


 えっ! マジか……


 『天……の小さき人よ。其方に返す恩は深く大きい。たまには……樹を訪れてほしい』


 猪はそう言うと私に鼻先を押し当て、森へと去っていった。去り際に猪の声が響く。


 『馬の風邪にはリンゴがよい』




 私は森の主を見送りつつ、呆然とつぶやいたのだった。


 「あ、幼顔の魔女のところ、行かなきゃ……リンゴでいいらしいから明日にしよっかな」

 森の主、大猪と、捕食の恐怖から解放された大森林在住の鹿の皆さんから大きな恩返しを貰ったマルガレット。

 森の主が何か気になることを言っていましたが、呆然としているマルガレットは、果たしてちゃんと聞いていたのでしょうか?

 次回は畑開発! ……の予定です。

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