王都防衛はお金にならない
今回の狼掃討作戦の手伝いは、あまり儲からなかった。
我ながらなかなかの活躍をしたと思う。なのに、特別手当や国からの報奨金は出なかった。
……いや、出なかったというのは語弊がある。結論から言うと報奨金は出た。騎士団からの特別手当も出た。出たは出たのだが……
以下に今日これまでの顛末を語ることにする。
狼掃討作戦から一夜明けて。
私は思った。
今回はよく頑張った。さっそく騎士団に顔を出して、今回のお仕事のお賃金を貰いに行こう。
王国の治安を担う騎士団が頭を悩ませていた、王都東部の畜産業に大打撃を与えていた厄介な狼の巣穴を発見したし、掃討戦に参加し、狼の群れを吹き飛ばす爆薬を提供したし、ランスロットが突出しすぎて孤立したので私の矢で援護したし、巣穴を叩きに行ったときに狼の不意打ちを食らいピンチに陥ったが、私が用意しておいた火薬爆弾で一網打尽にして形勢を逆転させたし、仕留め損ねた狼が王都になだれ込むかもしれなかった危機は、全財産と言ってもいい貴重な薬を消費して作成しておいた獣除けの魔香により仕留めた。
……おお! 私、めっちゃ大活躍じゃん。
……実際は、狼の巣穴を発見できたのは不用意に採取した妙なリンゴにつられて出てきた森の主のお陰だし、爆薬はナッサウ伯爵家次男ヴィトゲンシュテインの勇み足で威力半減だった上、私の爆薬でナッサウ伯爵令息が吹き飛ぶという、貴族相手と思えばちょっとまずい結果になったし、その作戦の齟齬を埋めようとしてランスロットは突出したんだし、巣穴を叩きに行った時も危うく狼に食われかけ、カリンちゃんに助けられて返り血で血塗れにさせちゃったし、狼の巣穴なんて普通出入口複数あるに決まっているのに、冷静さを欠いてそのことに思い至らず、不用意に巣穴に火薬爆弾放り込んだから反対の穴から残った狼に逃げられたし、そいつらが逃げ出した先が王都という最悪の結果を引き起こしたし、そもそも魔香は、森の主の図体のでかさにビビった結果、敵に違いないと勝手に思い込んだ私が対森の主用に作成したものだし、結果的に森の主に敵意はなかったので王都中に異臭をまき散らしただけ、という笑えない事態になったというのが実態だ。
……いや私、余計なことしかしてなくない?
なんか、褒められるよりも怒られる気しかしなくなり、知らん顔しておこう……と考えて管理小屋に引きこもっていたら、騎士団から呼び出しが来た。
いやだ!行きたくない!
喉元まで出かかった本音をかろうじて飲み込み、私は引きつった笑顔を浮かべながら顔なじみの騎士とともに騎士団司令部へと出頭した。
司令部に着くなり団長室へ直行で連行された私は、嫌々部屋に入る。そこには執務机にて頭を抱えているランスロットと、その後ろで直立不動で頭を抱えるという器用なマネをするテオブランドの姿があった。
それらを見た私は、そっと溜息を漏らす。
「ため息を吐きたいのはこっちだ」
「今日は『どうした』じゃないんですね」
私の言葉に揃ってため息を吐く王国騎士団長と副団長。
なによ。言いたいことがあるならはっきり言えばいいじゃない。
すると、まさか私の心を読んだわけでもなかろうに、言いたいことをはっきりとランスロットが言い始めた。
「マリーよ。今回は我が騎士団の要請に応じ、危険な任務によく力を貸してくれた。お前の活躍によって討伐は成功したといっても過言じゃねえ」
おお! これは褒められるパターンでしたか。朝一で顔出しておけばよかったかも!
「しかしながら、いくつかやりすぎた面もあった」
ああ……やっぱり怒られる方だったか。居留守でも使って裏口から大森林にダッシュすればよかったかも……
「今回お前の立場は、我々騎士団が個人的に雇った協力者の立場だ。なので、論功行賞は王宮ではなく俺が行う」
ん? 騎士団のお仕事の時はいつもそうよね?
私の顔に書き込まれた疑問を読み取ったのか、ランスロットが補足してくれる。
「最初に言ったが、今回のお前の活躍は、王宮から感謝状と報奨金が出るほどのものだったんだよ。だから、王宮から貴族の役人がやってきて直接お達しがあったんだ」
……なんと。
「まず、我々騎士団からのお前に対する論功行賞と、それに基づいた今回の報酬はこうだ。功績その一。狼殲滅に大きく貢献したお前作成の爆薬。功績その二。俺や騎士たちの危機を救い、援護をしたお前の弓矢の腕前と戦闘参加。そして最大の功績。森の主と仲良くなり狼の巣穴の発見に多大な貢献をしたこと」
「仲良くなってないです!!!」
「最後まで聞け……これらのことを考えた結果、今回のお前の働きは我々の手伝いの範疇を超えている。というわけでいつもの任務協力報酬である大銀貨1枚に加えて、特別報酬として金貨2枚が出る」
おおおおお!
「しかしだ、完全にあいつが悪いとはいえ、ヴィトゲンシュテインがお前の爆薬を踏んで愛馬ごと吹き飛んだだろう……たまたま大きな水溜りに着水したので気絶しただけで済んだが……その……つまり親であるナッサウ伯爵が激怒して騎士団に乗り込んできてな……」
おおおおお……それは修羅場だったのでは……
「いきなり明け方、屋敷に息子と息子に与えた名馬が意識のない状態で運び込まれたわけだからな……さすがのナッサウ伯も冷静でいられなかったそうだ。怒鳴り込んできた伯爵にことの経緯を説明したら落ち着いて『それは我がバカ息子が悪いではないか……すまぬ』と引き下がったんだが、その見事な爆薬を作成した協力者に挨拶をしたいと言い出したので何とかごまかして帰ってもらったところだ」
ひえぇ……おそらく目の笑っていないであろうお貴族様に底冷えのする笑顔を向けられながら面会するなんてことにならなくてよかった……団長さん、ありがとう。
「その際、お前からの見舞金ということで、報奨金の金貨2枚を渡してある」
「なんでですか!」
「だから黙って最後まで聞けって。貴族にはメンツがある。俺たち騎士団から見舞金を出しても、令息を吹き飛ばしたお前からのお気持ちが何もないことになる。挨拶がしたいと言い出したと言ったろう……あの爆薬の原材料の出どころとか、探られたくないことがあるだろう?」
うっ……それは困る。
「あんな爆薬を操れるのは、俺の知る限り王都でもお前だけだ。『騎士団の兵器です』と言っても誰も信じねえんだよな。お前、自分がどれだけ規格外なのか少し自覚した方がいいぞ」
「私はか弱いごく普通の市民の女の子ですっ!」
「あー、わかったわかった。つまり、お前への報奨金はお貴族様の面目を潰したお前の爆薬への口止め料ってわけだ。それで、戦場に立ちながら役に立たず気絶して運び込まれたっていう貴族の不名誉を飲み込んでくださったんだ。まあ、ヴィトゲンシュテインの自業自得だしな。というわけで騎士団からの報酬はいつもの危険任務時と同じ大銀貨1枚。……だとお前があまりにかわいそうなので増額して大銀貨2枚となった」
……お貴族様って反社なの?
「そんで次は王宮から来た貴族役人からのお達しだ」
なんせ王国特産品の危機だったのだ。騎士団からの依頼料に加えて、国庫からも国への貢献ということで、表彰と金一封が出たそうだ。
ところが、である。
うすうす嫌な予感はしていた。してはいたが、私作成の例の獣除けの魔香がまずかった。
これ由来の不具合が王都の至るところで発生したようなのだ。
曰く、王都の洗濯物屋が軒並み営業不可能に。主婦の皆さんや洗濯物業界からの陳情が王宮や騎士団に殺到したそうだ……
なんでも、貴族向けに春の新作反物のお披露目会を開催する予定の大商人の依頼で、染色職人が仕上げた一点物の布地を、プロの洗濯屋さんが染料の臭いを飛ばすために洗濯して大量に干していたらしい……染料のきつい匂いが落ちたと思ったら私の魔香のもっときつい臭いが移るって……まあ、笑えない話である。
そして、王宮では……なんと王妃殿下が飼育あそばされている世にも珍しい毛色をしたペットのウサギが、風に乗って流れてきた魔香の香りを嗅いだ途端『キエーーーーーーッ!』と今まで聞いたことのないような奇声を発し、王宮中を逃げ回って、捕獲するのに大変だったらしい……
そしてさらに、国王陛下が大事に育てられていた世にも珍しい盆栽の樹が、見る見るうちに葉が紫色に染まり、全て落ちてしまったそうだ……
正直、洗濯物屋さんや王都の主婦の皆様から苦情は来るかなーと思っていたが、まさか王宮の奥のやんごとない方々にそのような悪影響を及ぼしていたとは……
「その際の役人と団長とのやり取りはこうなっています」
テオブランドがそう言うと、声色まで変えて、その場の再現を始めた。謎にクオリティが高く、吹き出しそうになるのをこらえてテオブランドの再現劇を拝聴する。ぶふっ。
『我が国の陛下と王妃殿下はまことに寛大な方々であらせられる。したがって、あの香のことについては一切のお咎めはない。それどころか、よく事前に香の準備をし、王都への獣害を防いだこと、天晴れであるとのお言葉を賜った』
『しかしながらだ、臣下としてはなにがしかの責任は取らせねばならん。その者の功績は重々承知しておるが、今回は報奨金を王都の洗濯物協会への補償に当てることにより、報奨金を辞退せよ』
『ははーっ。我が騎士団の協力者に対し寛大な処置に感謝いたします』
「……マリーよ、笑っている場合か。俺は生きた心地がしなかったぞ……まったくよくお咎めなしで済んだもんだ。国王の盆栽と王妃のペットって言やあ、お二人が暇を見つけては構い倒している、とても大事にしていらっしゃる物だ。お前の獣除けの香って、何を調合したらこうなるんだよ」
「企業秘密です。私の全財産だったとだけ言っておきましょう」
「……そりゃまた恐ろしいな」
聞きたいけど聞きたくない。とはっきり顔に書いた表情をするランスロット。まあ、薬の名前なんか言ってもわからないだろうけど。
「かなりお騒がせだったが、結果としてあの獣除けで王都は助かった。王宮から役人が現場に来た時のうろたえようは見物だったぜ。あの狼はな、一度人間を襲って味を覚えてしまったら、執拗に人間ばかりを襲うようになるらしいぞ。見たとおり大型ですばしこく、頭もいい連中だ。そうなっていたら厄介なことこの上ない」
「別の大陸では、街が丸ごと壊滅したこともあるそうです。この世に災厄をもたらす存在、神話上のフェンリルの名前を取って奴らにつけるのも納得というものです」
なるほど。我が国は畜産が盛んだから、先に我が国の上質なお肉の味を覚えたので人的被害が出なかったのか。畜産農家さんや牛たちには悪いが、真に王都を守ったのは東部の皆さんかもしれない。
「悪臭の原因がお前の家だとわかって最初血相を変えたが、狼を見た途端赤い顔がそろって青くなってやがったな。お前にも見せたかったぜ。あ、そういえば風呂ありがとうな。竈に薪を入れて温めておいてくれたろう?あのあと俺たちで使わせてもらった」
「ふふっ。私たちの残り湯で申し訳ないけど、使ってくれてありがとうございます」
「残り湯だったから争奪戦になったんだがな」
「団長! その話は……」
「おっと、いかんいかん」
何やら小声でごにょごにょ内緒話を始める二人。よく聞こえなかったのでランスロットに聞き返してみる。
「なんですか?」
「い、いやっ! なんでもねえ」
「?」
なんなのかしら。
「んんっ! と、というわけで悪臭を放つ獣除けはお咎めなし。その代わり役人たちがお前の家の裏庭に埋めていたぞ。王宮からの報奨金の額だが、聞いて驚け。なんと大金貨3枚だ。没収されたが、一応お前に下賜された形になるので教えておくな」
「……逆に聞きたくなかったです」
こうして私は、差し引き大銀貨2枚をランスロットから受け取り、管理小屋に戻ってきたのである。
赤字というわけではない。我が錬金術の『技』のおかげで大金貨3枚に金貨2枚という大金を稼いだ。特に大金貨なんて滅多にお目にかかれるものではない。だが、我が錬金術の『業』のせいで稼いだ金は私の懐に入ることなく、巻き込んだ周りへの補填に消えていったのである。
……ああ、錬金術ってお金にならない。
そうして、騎士団から帰ってきた私は、管理小屋のリビングの机に突っ伏して何もやる気が起こらず拗ねているのである。
その時、誰かが我が小屋の扉をノックした。
「はあい」
扉を開けると、そこにはあのボンボン貴族、ヴィトゲンシュテインが供も連れず、一人で立っていたのであった。
今回の狼掃討戦でまたまた王都中に評判と悪名が轟いたマルガレット。彼女の錬金術師としての名前はさらに世間に知れ渡ったわけですが、市井の一市民であり『か弱い女の子』を自認しているマルガレット本人は気づくはずもありません。
論功行賞の結果、褒められ、怒られ、部屋で拗ねる彼女のもとに、騒動の原因の一人が訪ねてきて…次回、論功行賞後編です。




