フェンリルの嗅覚、諸刃の剣になる
「行くぞ!」
ランスロットの号令で馬を飛ばした騎士団とカリンと私。
やってきたのは大森林の西の果て。その入り口である。
……ちなみに私の管理小屋の隣だったりする。
「うわっ、臭い! なんですかこの臭い!]
カリンが私を振り向きつつ大声を出す。
「いやぁ、森の主にビビって獣除けの過去最高傑作を作っちゃって……数日は臭いが消えないのよ」
頭をかきつつ弁明する私にカリンは呆れた声を出す。
「王都中に数日前から漂った謎の異臭騒ぎはマリーさんが原因だったんですね。これは後で怒られますよ」
ヒェッ!
「だ、だって。山のような大きさの猪に裏庭で遭遇したんだよ? そりゃ我を忘れて獣除けを作るよね普通」
「……能力のある人を追い込むと大変なことになることがよくわかりました」
なぜかカリンは、いつものように私に同意してくれず、深いため息を吐くのであった。
「あー、盛り上がっているところを悪いんだが。急いでいる。マリーよ、我々の馬を預かってくれ。ここからは徒歩で向かう」
「えっ? 預かれと言われましても」
「管理小屋の裏に厩舎があるだろう?」
……忘れていた。確かに裏手に井戸と厩舎がある。明らかに臭いに顔を顰めているのがわかる馬たちをなだめ、厩舎にて待機してもらう。
しかしこの管理小屋、ちょっと謎である。薬草園の管理用のはずなのだが、なんでこんなにたくさんの馬を繋いでおける厩舎があるのだろうか……何に使っていたのでしょうね。
「団長、あの狼と相対するなら騎乗した方がよくないですか」
「巣穴付近はかなり急な斜面だっただろう。あそこじゃ騎乗のメリットよりリスクの方がでかい」
それもそうか。しかし、あの大型の狼と肉弾戦をするのはなかなか勇気がいりそうである。
「マリーさんだけは私が守りますからね。狼などマリーさんには一歩も近寄らせません」
漆黒のマントを羽織ったカリンが私の横に来て言う。馬から降りた彼女は、どこから取り出したのかマントですっぽり体を覆っている。そして腰には二振りの剣。おそらく異国の物だろう、反りのついた片刃の剣である。
どうやら私だけを専属で守ってくれるようだ。頼りになる後輩である。しかもかわいいとか最高か。
……実際カリンはかなり強い。
この間ランスロットが私のことを絶対強者だの王都で一番強い女だの言ってくれやがっていたが、私はカリンが王都最強だと思っている。
あれだけ細いのに、物理法則を完全に無視した速くて重い、すさまじい斬撃を放つ女なのだ。
何度か一緒に旅をしたが彼女に助けられたことは一度や二度ではない。
隣にいてくれると実家のような安心感で旅ができるのだ。そして何よりもかわいい。最高か。
「よし、全員準備はできたか? 出発だ」
ランスロットの号令に、皆が頷く。私たちは夜の大森林に足を踏み入れた。
小川に沿って例の岩山までやってきた。リンゴの木が見える。木の周りを見回してみたが、今日はタヌキはいないようである。猪も現れる気配がない。
夜は寝ているのかもしれないわね……などとアホなことを考えていたらランスロットに頭を小突かれる。
「ここからいよいよ狼どもの巣穴に向かう。ぼーっとするな」
一つ疑問に思った私はランスロットに問いかけた。
「直接巣穴を目指すんですか? それとも猪に案内してもらったコースで行きます?」
私の問いに、ランスロットは顎に手を当てて考え始めた。
「時間が惜しいから斜めに突っ切ろうと思っていたが、お前はどう思う?」
「猪が案内してくれたコースは、巣穴を見下ろせる高台に出ました。あっちからの方が上から一度巣穴の様子を見下ろせます。下から攻めるより良くないですか?」
「ふむ。ここは山の主が示した道を使おうか」
「その方がいいと思います」
「よし、ここから北上し、途中から西に進路を変える。遅れるなよ」
私たちは、急ぎながらも慎重に森の奥へと進んでいった。
進むことしばし、急斜面を早足で登ったため乱れた呼吸も西に向かう間に落ち着いてきた。
北の斜面を登り切ってからは、西に向かって平坦な道を進み、猪の巣穴を見下ろせる高台へと出るのだ。
……猪に案内されたコースは、巣穴に攻め入る私たちのコンディションを整えるのにもいい、考えられたコースだったようだ。さすが森の主である。だから、あそこで現れたのかもしれない。
木々の陰から巣穴をのぞき込む。
そこには二頭の狼がいた。
「……団長。なんか少なくないですか?」
「……お前もそう思うか。他の奴らはどこへ行ったんだ」
「さあ」
顔を見合わせる私たち。
「巣穴の中にいるんじゃないですか?」
カリンが言う。
「ああ!」
「おお!」
「……しっかりしてください、二人とも」
カリンのジト目をかわしつつ、ランスロットと私は対応を協議する。
「巣穴の中に踏み込むのはちょっと勘弁願いたいなぁ。マリーよ、あの臭い香は持ってきてねえのか」
「あれ作るのにいくらすると思ってるんですか。作ろうにももう材料がありませんよ」
「……じゃあ巣穴に踏み込むのか。いやだなあ」
私はにやりと笑うと腰に下げた袋から丸い玉を取り出す。
「なんだそれは?」
ランスロットが首を傾げる。
「ふっふっふ。爆薬ですよ。点火式の。これを巣穴に放り込めば中にいる奴らは一網打尽ですね」
「うっわー……」
「マリーさんだけは敵に回してはいけませんね……」
「狼たちに同情するぜ……」
「まったくだ……」
「くわばらくわばら」
私のナイスアイデアに、なぜか私から距離を取るランスロットとカリン……そして騎士団の皆さん。
……なによっ!せっかく作ってきてあげたのにっ!!
「よしみんな、気の利くマリーが恐ろしいものを作ってきてくれたぞ。外に出ている狼を倒し、巣穴にこれを放り込むぞ」
……こいつら。
「点火と投擲は私がやりますので皆さんは確実に外に出ている狼を倒してくださいね」
額に青筋を立てつつ、にこやかな笑顔で言う私の迫力に押されたのか、ランスロットと騎士団の皆さんは高速で首を縦に振ったのである。ふんっ!
騎士団の皆さんが剣を抜き放ち、そろそろと巣穴に向かう。私は、背中から弓を取り出し、狼に先制攻撃を仕掛けるべく矢をつがえた。
その時。
突然私たちがいる高台に向かって数頭の狼が駆け上がってくる。
巣穴とは別の方角からだ。
「くそっ! 二人一組で互いの背中を守れ!」
ランスロットの指示が飛ぶ。
「マリーさん! うしろっ!!!」
カリンの緊迫した声に振り向くと一頭の狼が私の頭をめがけて大きな口を開けつつ飛びかかってきていた。
弓は間に合わない!私は手に持った弓を投げ捨てると、腰のショートソードに手をかける。
狼の牙は目の前だ。
間に合わないっ!
恐怖で体が固まった私は、迫りくる狼の鋭い牙をスローモーションのようにゆっくりと視界に捉えていた。
その視界の隅に、一瞬黒い塊が映るのを認めた私は、咄嗟に頭を下げる。数秒前まで私の頭があった位置を白銀色のきらめきが通り過ぎ、私の視界が黒一色になった。
一拍遅れて私の体にバケツでお湯をかけられたような衝撃が走る。妙な生暖かさだ。
黒一色の視界が晴れた時、私の視界に映ったのは、血塗れのカリンと首から先がない狼の姿だった。
「大丈夫でしたか? 間に合ってよかった」
ズシンと地面に倒れこむ狼を背中に、頭から返り血を浴びたカリンが艶然と微笑む。
視界の端に黒い塊が見えた瞬間、カリンが助けに来てくれたことを悟った私は、カリンが斬撃を繰り出しやすいように頭を下げたのだ。
カリンは一刀のもとに狼の頭を切り落とし、吹き出す血しぶきからマントを広げて私を守ってくれたのだ。
「カリンちゃん!! ありがとう!」
カリンが返り血から守ってくれたので、爆薬は乾いたままだ。私はすぐさま道具袋から爆薬と火打石を取り出す。
そしてランスロットに向けて大きな声を出す。
「団長! 狼たちを巣穴の方に追い落としてください!! まとめて吹き飛ばします!」
「よし来た! お前ら聞こえたな!! 窪地に追い落とせぇ!!!」
突然の奇襲を受け、さすがの精鋭、王都騎士団も防戦一方だったようだが、見事な連携で互いの背中を守り、被害を出さずに持ちこたえていた。
ランスロットが剣を振るい、騎士たちが大きな盾で狼の牙を防ぐ。
私の声に反応した騎士たちは見事な方陣を一瞬で組み、狼の牙や爪を盾で防ぎつつ、襲ってきた狼を巣穴の方へ押し込み、追いやった。
カリンが倒した一頭を除き、現れた狼は残り四頭。
巣穴の方へ追い落とされた四頭の狼は、巣穴を守っていた二頭とともにこちらを睨み上げる。
一瞬の膠着が訪れた瞬間に、私は手にした爆薬に点火し群れの真ん中めがけて投げつけた。
「みんな! 伏せてっ!!」
どかああああぁぁん!
地面に伏せたと同時に、派手な音とともにもうもうと上がる白煙と火薬のにおい。
白煙がおさまった窪地を見れば、ノビている狼は四頭だった。
「マリー。二頭足りねえ」
「仕留めそこなったか。黒色火薬だと威力がいまいちね……巣穴に何発か放り込みます」
「……いくつ持ってるんだよその爆薬」
「備えあれば憂いなしですよ」
あきれ顔のランスロットは無視して窪地へ駆け降りる。
「マリーさん! 一人で行ったら危ないです!」
カリンが慌てて後をついてきた。
巣穴の前に到達するや、すぐさま火打石で点火し、爆薬を二発放り込む。そして素早く巣穴から離れ、カリンの袖を引っ張りつつ地面に伏せる。
ズシィ……ンンン
地面が揺れ、巣穴から白煙と火薬のにおいが噴き出す。思ったより白煙が少ないと思った私はすぐに起き上がり、窪地を駆け上って斜面を見下ろした。
果たして巣穴のある窪地よりかなり下の方、斜面の横穴からも白煙が噴き出しているではないか! そして白煙を身にまといながら、転がるように狼が二頭出てきた。
狼たちはそのまま斜面を転がるように逃げ出した。
「団長! この巣穴、出口が一つじゃありません!」
「なんだと! どっちだ?」
「ここから南東の斜面!」
高台にいる騎士たちが視線を巡らせる。
「あっちです! 団長!」
「くそっ、あっちは王都の方じゃねえか!! すぐに追撃だ!」
ランスロットはすぐさま斜面を駆け下り始めた。
「マリー! カリン! お前たちも遅れるな! 奴らが王都に出てしまったら大惨事になる!!」
「行こうカリンちゃん!」
「はいっ!」
私たちもあわてて窪地から這い出して斜面を転げるように駆け下りる。
しかし、訓練を重ねた精鋭の騎士団の足の速さに、私たちはじりじりと後れを取った。
「急げぇ!なんとしても森で奴らを止めるんだ」
遠く前の方に、ランスロットの号令が響いている。これ以上離されないように、私たちは必死で足を動かした。
きれいな小川に沿って、騎士団の後を追って森を走り抜けた私たちは、我が管理小屋の前まで来て足を止めることになる。
そこには輪になって足元を眺めているランスロット他騎士団の皆さん。
そして地面には、目を回して倒れている二頭のフェンリルの姿があった。
「おう、来たかお前ら」
ランスロットがこちらを振り返る。
「仕留めたようですね。狼の足に追いつくなんて、さすが王国騎士団ですね」
肩で息をしながらも、感心してランスロットと騎士団の皆さんを褒めていると、みんなが微妙な顔つきになる。
「馬並みのでかさの四つ足に追いつけるわけねえだろう。かなり引き離されて姿も見えなくなっていたんだが、遠くの方で情けない叫び声が聞こえてな。ここまで来てみたらこうなっていた」
そういうとランスロットはニヤニヤと私を見る。
「お手柄だな、マリー。迷惑極まりないお前の獣除けが、嗅覚の鋭いこいつらには致命的だったようだぜ」
なっ!
咄嗟に言い返す私。
「そうとは限らないでしょう! 狼もここまで走ってきて爆薬のダメージでダウンしたんですよ!!」
「残念だがな、マリー。俺たちがここへ来たときはこいつらもまだ意識があってな。キャインキャイン情けない声を上げながら紫の煙にのたうち回っていたぜ」
……
「こ、こういうこともあろうかと、王都の防衛用に獣除けを作っておいてよかったわ!」
目を逸らしつつ上ずった声で苦しい言い訳を繰り出す私を、ランスロットと騎士団の皆さん、そしてカリンちゃんまでもが半眼で見つめてきたのであった。
危うく頭を食いちぎられそうになったマリー。嗅覚の鋭い狼たちにはマリーたちの接近はお見通しだったようです。
しかし、カリンの見事な剣捌きで危機を脱出。アウトレンジなら無敵のマリーは、ここから大活躍でした。
次回は久しぶりに平和な日常を過ごすマリーのもとへ……




