狼どもがゆめのあと
騎士団司令部にて密談の結果、狼掃討作戦は三日後を目途に決行となった。なぜ三日後を『目途』なのかというと、狼の出方次第になるからだ。
今回、狼の巣穴を発見した我々は、その巣穴を急襲するのではなく王都北部の平原地帯まで狼を侵入させ、そこを叩く作戦をとることにしたのだ。
牧場で待ち伏せをするとなぜか奴らは現れないそうなので、斥候の狼が先行して群れに危険を伝達しているのではないか。と副団長のテオブランドは推測している。
王城の尖塔や、狼たちの予想進路を見渡せる小高い丘などで目の良い兵士に見張らせて、斥候の狼を発見次第騎士団が出動、北側の草原で包囲殲滅するという作戦である。
これが可能になったのは、どこから現れるか全く足取りが掴めなかった狼たちの拠点を発見したことが大きいらしい。
私は、この三日の間に爆薬を作成し騎士団に提出するという任務を命ぜられたのである。
騎士団司令部にて作戦を聞いた翌々日、朝から出かける支度をする。
部屋で真っ黒の外套を羽織る。
フードで顔を隠しつつ、辺りを確認して誰もいないことを確かめてから管理小屋をそっと出る。
貧民街のとある細い路地を曲がり、粗末なつくりの怪しい館の前に立つと、玄関をノックする。
中からフードを目深にかぶった魔女が顔を出した。
「マルガレット。ちょうどよかった。硝石が届いているよ」
そういうと、幼顔の魔女は私を招き入れ、素早く扉を閉めたのだった。
「ほら、爆薬で使うんだろう。珪藻土に染み込ませて安定化してある。安全に持ち運べるから帰りはスキップして帰っても大丈夫よ」
……珍しく幼顔の魔女が冗談を言っている。今日はかなり機嫌がいいらしい。
「冗談を言うなんて珍しい。なんかいいことでもあったの?」
「年中あちこち出歩いて、爆薬を愛用しているような問題児さんが、なんと騎士団長様とデートをしていたという噂を耳にしてね。マルガレットにもついに春が来たか。いやぁめでたいねえ」
ニヤニヤしながらなんてことを言うのかこの魔女は!
「違います!デートじゃありません!!あれは騎士団の役に立った私への報酬です!!!」
「そんなにムキになって否定するなんて……ふふっ。顔が真っ赤だよ。ますます怪しいね」
なおもニヤニヤする魔女。
私の顔が赤いのは、事実と全く違うことを指摘された憤りによるものだ。断じて照れたからではない……ないったらない。
「ていうか、なんで私が一昨日、団長と食事したの知ってるんですか!」
「そりゃ、下町で起こったことで私が知らないことなんてないよ。暴れるお貴族様から守ってもらったんだって?」
「なんか決定的なところが違います!私が守ってもらったんじゃありません!!」
「華の命は短いんだ。幸せになるんだよ」
……だめだ。完全にからかわれている。
そう思った私は話をすり替えることにした。
「で、硝石のお代金は?」
「露骨に話を逸らしたねえ……まあいいや。こっちはお金でもらうよ。金貨1枚ってところだね」
「了解。またお願いね。トリカブトは……少し待ってね。騎士団から大口の依頼を受けたから、外に出かけられるのは少し後になりそうなの」
「ああ、そっちは気長に待つよ」
硝石を入手したので爆薬作りを急がなければ。
私は礼を言って魔女の館を後にする。
「わかってると思うけど、火薬より強力だから使い方に気を付けるのよ。もうあなただけの体じゃないんだからね」
心配性の魔女が、珍しく扉まで見送りに来て発した忠告を背中に聞いて、私は急ぎ管理小屋に戻った。
……私だけの体じゃないってどういう意味よっ!
通りがかった狼を爆破するという作戦に基づき、事前に作成しておいたギミックを取り付けて地面埋没型の爆薬を完成させた私は、さっそく騎士団の司令部へ向かう。
「マリーさん。待ってましたよ」
騎士団司令部に着くなり、歩哨の兵士に司令部の作戦室へ通される。そこで待っていたのは副団長のテオブランドである。
「マリーさん。待ってましたよ」
歩哨の兵士と全く同じセリフで私を迎えたテオブランドに、さっそく爆薬の発動方法と設置の仕方を説明する。あとは、騎士団の方でテオブランドの指揮のもと設置をしてくれるらしい。
「マリーさん、爆薬のお代金は金貨2枚でよかったですか?この後設置に向かいますので立ち合いをお願いします」
「わかりました」
爆薬への加工費を含めた結果、金貨2枚を請求しておいた。設置場所は私も把握しておきたいので、もちろん同行する。
王都の北部は、一面大草原が広がっている。牧草地帯に向いているように見えるが、北部は東部と違い意外にアップダウンが激しい。遠くから見れば一面の大草原なのだが、実際足を踏み入れてみるとなかなか起伏に富んだ地形をしている。
なだらかな丘に見えながら突然深めの谷が現れる地形……言い伝えでは大昔に海まで続く大きな川が流れていたという。
テオブランドはその地形に目をつけていた。丘と丘に挟まれており、この谷を狼が通っても王都の見張り台からは視認できないそうだ。この谷は丘に囲まれた形で王都の北東まで続いており、東部の肥沃な草原地帯へそのまま到達するらしい。
大昔の川はそのように王都の北を通り、蛇行して東に向きを変えて王国の南の海に流れ込んでいたそうだ。
東側の草原地帯、南東の穀倉地帯が肥沃な土地であるのは、この大昔にあった川のおかげらしい。
「この谷を通れば、大森林の北部からほぼ人目につかずに東側の牧草地帯に到達できます。十中八九、奴らはここを通っているはずです。王都の真北のこのあたり、谷底とその少し後ろの丘の両側に仕掛けて、奴らが吹き飛んで慌てて丘を駆け上がり逃げ帰ろうとしたところをさらに吹き飛ばします。そのあとで丘の上に待機していた騎士団で逆落としをかける。といった作戦です。どうですかマリーさん」
「さすがですね。副団長の頭の中はどうなっているんですか。よくそんな作戦次々に思いつきますね」
私は感心して高身長のテオブランドを見上げる。
「お褒めにあずかり光栄です。爆薬の位置は威力的に危険はないですか?」
「丘が盾になるので爆風に巻き込まれることはなさそうですね」
「では、この位置に仕掛けます……お前たち、設置場所はここだ」
爆薬を埋めて、その上を大きな板で覆う。狼たちがこの板に乗ると、重みで爆薬が起爆する仕掛けである。
「念のため火薬の爆弾も作成してあります。狼が通らなかった場合など、点火して埋設地点に投げれば誘爆します。」
「それは助かります」
板の上に土をかぶせ、草を植えて偽装する。作業を終えた私たちは、王都へと引き返した。
途中、ある丘の上で騎乗している騎士数名とすれ違った。
「彼らは見張りです。狼の斥候が通過したら王都に知らせてくれます」
テオブランドがにやりと笑い説明してくれる。
「マリーさんはしばらく騎士団の宿舎に滞在してもらいます。物見から報告があり次第すぐ出撃ですから。準備を整えてからもう一度騎士団に来てください」
テオブランドたちといったん別れ管理小屋に戻った私は、装備を袋に詰め込んで騎士団司令部へとやってきた。
司令部に着いて、団長室に通された私はそこで意外な人物を二人も見ることになった。
カリンちゃんと、もう一人は……
一昨日、『満月の黒猫亭』で暴れていたあの貴族のボンボン、ナッサウ伯爵家次男ヴィトゲンシュテインであった。
「……」
視線だけを向け、執務机で頭を抱えているランスロットに説明を促す。
ランスロットは深いため息とともに弁明を始めた。
「しょうがないだろ。二人とも勝手にやってきたんだ。俺が呼んだんじゃねえ」
「マリーさんが危険な任務を騎士団に押し付けられたって聞いたのでこれは私が参加してマリーさんを守らなきゃと思って」
「僕の好物が狼にやられているそうだな。聞けば結構前から被害が出ているそうじゃないか。騎士団に任せていたらいつ食べられるようになるかわからないからね。僕の華麗な槍捌きで狼など追い払ってやろう。ありがたく思いたまえ」
「な?こいつらどこから嗅ぎつけてきたのか勝手に押しかけてきたんだよ」
……
私は無言でランスロットに向き直る。
「騎士団の情報統制はどうなっているんですか。部外者の扱いについては騎士団で責任持ってくださいね」
ヴィトゲンシュテインの方はどうせ王宮で父親が仕入れた騎士団の情報を聞き出したのだろう。それはそれで問題だと思うが、それよりもカリンちゃんである。
騎士団は国家組織だ。その行動は国家機密とされ、関係ない部外者や一般人が知ることはできないはずだ。
いったいどこで今回の作戦を聞き出してきたんだろうか。謎である。
「カリンについてはお前が参加するから来たそうだ。せっかくだからお前がアカデミーの職員として生徒を守りなさい」
「はぁい」
カリンちゃんが来てくれたら安心だ。だからそれはいい。それはいいのだが……問題はボンボンの方である。
私が視線だけをボンボンに向け、無言でランスロットを見ると、ランスロットはまた深いため息を吐いた。
「『平民のレストランで暴れた愚息の行いは、貴族としてあるまじき醜態である。騎士団の討伐に協力し、ノブレス・オブリージュを果たすまでは我が家の門をくぐってはならぬ』と、ナッサウ伯爵に言い渡されたそうだ」
「その通りだ。父上は大変厳しくてな……其方には騎士団長との逢瀬を邪魔してしまって悪かったな。この戦いで必ずやそなたたちの役に立って見せようぞ」
「なんですって!!逢瀬??団長、それはどういうことですか!!??」
「逢瀬じゃありません!あれは依頼の報酬で晩御飯をごちそうになっただけです!!」
私とカリンちゃんの言葉が被る。
ランスロットは三度深いため息をつき、私の言葉を聞いたカリンちゃんは即座に機嫌を直した。そしてヴィトゲンシュテインは私たちの剣幕に目を白黒させていたが、やがてぽつりとこう言った。
「とにかく、汚名を晴らさねば家に入れんのだ。其方らが何と言おうと僕も参加する」
こうして、今回の狼掃討作戦は、新たに参加者が二名増えることとなったのである。
騎士団で待機し始めて三日目の夜、ついに動きがあった。尖塔の見張り兵が谷間に白い四つ足の動物を発見、その後、平原の丘に伏せていた偵察兵からも鳩による伝達があった。
狼が動き始めたようである。私たちは装備を整え、爆薬をしかけた丘へと出撃した。
今回は全員騎乗である。ヴィトゲンシュテインは自前の馬を連れてきていた。生意気にも白馬だったりする。似合ってないわよ。
カリンちゃんもどこから連れてきたのか見事な漆黒の馬に跨っている。
「その馬、どうしたの?」
「実家に預けている私の馬ですよ。名前はクロです」
……やっぱりカリンちゃんってやんごとないのではないだろうか。
ちなみに私は、騎士団の馬を借りた。これでも一年の半分は大陸中を旅していたので当然乗馬はマスターしている。アカデミーの講義で真っ先に習ったのだ。
丘の上の見張りから伝令が来た。
「西部の大森林の方から狼の群れが接近中!その数六頭」
群れ総出で来たわけではないようだ。これは後で巣穴も叩かないといけないのではないだろうか……めんどくさい。
「よし。突撃用意。マリーとカリンは後方待機だ」
「了解。弓で援護しますね」
「マリーさんの護衛は私が引き受けるからみんな突撃に回って」
私とランスロット、カリンの三人が短く言葉を交わしていると、一人足りないことに気づく。
ヴィトゲンシュテインはどうしたのだろうか。まさか怖気づいて逃げ出し……
「やあやあ我こそは!誉ある王国貴族、ナッサウ伯爵家が次男ヴィトゲンシュテインであるぞぉ!家畜に手を出す不届きな狼ども!覚悟ぉぉぉ」
いつの間に移動したのか、待機命令を無視したヴィトゲンシュテインは丘の上に駒を進め、そこから大音声で言葉を解しない獣相手に口上を切っていた。
馬鹿なのだろうか……
「バカ!戻れ!」
ランスロットの叫びも聞こえないのかそのまま丘を駆け下り、爆薬の仕掛けられたあたりへと疾走してくる狼めがけて突っ込んでいった。
ドカアアアアアン!
……そして斜面に設置した爆薬を踏み抜き盛大に吹き飛ばされる。
空高く舞うかわいそうな白馬と見事な下腹、じゃなかったヴィトゲンシュテイン。
狼たちは突然の大爆発に疾走を止め、反対側の斜面を駆け上がった。
ドカアアアアン!!
反対側の丘に仕掛けた爆薬を踏み抜き、先頭の三匹ほどが吹き飛ばされる。
「突撃ーーー!」
ランスロットの号令が響き、騎士たちが丘を駆け上がっていく。私たちも続いて丘を駆け上がり、頂上に達した。
先頭を走るランスロットが狼の一匹に狙いを定める。すれ違いざまに狼の鋭い牙をかわし、剣を一閃させる。
ランスロットの剣は狼の喉を正確に切り裂いた。
が、狼は斃れない。馬並みの図体である。生命力も普通の狼とは段違いのようだ。なおも斃れない狼は、自分の喉を掻き切ったランスロットに向かって突進する。馬ごと吹き飛ばすような強い突進にランスロットが馬から投げ出される。
「!!」
ランスロットは地面を数回転し、そのまま反動で起き上がる。そこに襲い掛かる狼。手負いとは思えないスピードだ。
ほかの騎士たちは、それぞれ残った狼たちと死闘を繰り広げていた。誰一人余裕はなく、ランスロットを助けに行けるものはいない。
狼の鋭い爪のついた前足が振り下ろされる。
その鋭い爪を見事な剣捌きで受け止めるランスロット。しかし馬並みの大きさの狼の攻撃に、ランスロットの足が地面にめり込む。狼の前足を剣で止めたまま動けないランスロットの頭を、狼の鋭い牙が嚙み砕こうとする。
私は背中から弓を取り出す。そして矢を三本矢筒から引き出すと狙いをつけて連射した。
空気を切り裂いて到達した私の矢は、狼の左目と喉に二本突き立ち、狼は後ろに崩れ落ちた。
危機を脱したランスロットはこちらを振り仰ぐと剣を持った右手を挙げてこちらに合図する。そして、笛で愛馬を呼び戻すと、すぐにまた馬上の人となり、他の騎士の援護に回る。
「ふぅ。危なかったわね」
「マリーさん、相変わらずすごいですねえ。この距離から味方に当てる心配なく敵の急所を打ち抜けるなんて。機械みたい」
カリンが横で呆れたような声で賛辞をよこす。
それに答える暇もなく、私は次々と矢を放ち、騎士たちの援護に努めた。
およそ十分後、戦闘は終了した。
誰かさんのせいで作戦が狂ったが、何とか全頭打ち取ることに成功した。最初の爆薬で二頭、あとは騎士たちの活躍である。
そういえば誰かさんはどうしたのだろうか……
辺りを見回すと、何と運のいいことに反対側の丘の斜面に大きな窪地があり、雨水が溜まったのだろうか、小さな池になっていて、そこに馬と並んで浮かんでいた。
命令違反をし、勝手に突っ込んでいった結果とはいえ、私の作った爆薬で吹き飛んだのだ。死なれでもしたら私も寝覚めが悪い。もしかすると貴族家から抗議が来るかもしれない。
目を回して池に浮かんでいるが、とりあえず命に別状はなさそうだ、と見に行った騎士たちが教えてくれた。
私はほっと安堵のため息を吐く。
「よし、このまま森の巣穴を叩きに行くぞ!」
ランスロットが騎士団を振り返り、命令を下す。
「マリーたちも来てくれ」
「ボンボンはどうするんです?」
「バカはほっておけ。それより時間が惜しい」
確かに、仲間がいつまでも戻らないと、巣穴に残っている狼たちも怪しむだろう。このまま一気に叩くのが正解である。
私たちが頷くのを見て、ランスロットが号令する。
「出発だ!」
こうして私たちは、フェンリルの巣穴を掃討すべく、夜の大森林へ向かった。
狼掃討戦、終わりませんでした……次回、大森林にて決着です。




