大猪と大狼
またもや猪が音もなく現れた。そしてまたもや私の背後で、鼻息でアピールなどしてきた。
ランスロットが微妙な顔でとんでもないことを言う。
「マリーよ。こりゃ本格的に森の主に気に入られたな」
「なんでですか!そうとは限らないでしょう!」
「……現実から目を逸らすな。お前の背中にピッタリ張り付いているじゃねえか」
「……」
そうなのだ。猪は今回も私のすぐ後ろに現れた。もしかして瞬間移動でもしているのだろうか。
振り返った私は猪を見上げる。猪もまた、私をその視界に捉えている。
……ほかの騎士たちの方は一切見ていないようだ。
猪と見つめあっていると、ふいに猪が目を逸らした。というより首をめぐらしてある方向を指し示した。
そして、ゆっくりと歩き出す。
『探しものはこちらだ。ついてきなさい』
というようなことを言っている。……ような気がした。
「……ついて来いって」
私はランスロットたちにそう告げると、猪の後に続いた。
「おいおい、猪の言葉がわかるのかよ」
驚きの表情を私に向け、ランスロットが問いかけてくる。
言葉がわかるか……と言われれば、当然答えは否だ。相手は獣である。人語を操るはずもない。だが、猪と視線を交わしていると不思議と猪の考えていること、私に伝えたいことが頭の中に浮かんでくるのだ。
猪が発しているのはピギッとか、ブヒッとか、フゴッという鳴き声なのだが、なぜか猪の言いたいことが言語化されて頭の中に響くのだ。
この不思議な現象をランスロットに説明するのを諦めた私は、簡単な言葉にして返した。
「なんとなくわかる気がするのよね」……と。
しかし、私の言葉にさらに驚きの表情になったランスロットは、めちゃくちゃ失礼な発言をしたのである。
「なんてことだ。一番の化け物はお前だったか」
「なんですって!?」
『静かにしなさい』
ランスロットとぎゃあぎゃあ言い合いをしていると、猪からツッコミが入った。
突然口を閉ざす私を不思議そうに見つめるランスロット。
「どうした」
「静かにしなさい、だって」
見れば猪は思いっきりこっちを振り向いている。
猪に睨まれたランスロットはごくりと唾を飲み込み、口を閉じたのだった。
猪は音もなく枯葉の積もった森を歩く。断崖絶壁のあった辺りから真西に移動しているようだ。そうして猪の後をついて歩くことしばし、ちょっとした窪地が見える高台に出た。
木々の間から窪地を覗くと、果たしてそこには大きな穴が開いており、数匹の狼がたむろしている。
狼の巣穴のようだ。
そして、その狼たちの異様さに私は目を奪われた。
でかい。大型と聞いていて想像していた大きさの、優に倍はある感じだ。馬くらいはありそうなその図体に開いた口が塞がらない。ちょっとでか過ぎやしませんか、あれ。
さらに、狼たちは頭もいいようだ。巣穴があるのは高台に囲まれた窪地という地形で、高台に上らないと窪地になっていることすらわからない。
巣穴を作るには絶好の地形だ。森を普通に進んでいたら巣穴を見つけることは不可能だろう。このような好立地をうまく見つけ出したものである。
大きくて賢い……厄介な敵だ。
私たちが巣穴を確認していると、猪が私の腕に鼻を押し当ててきた。振り返って猪を見ると、こう言われた……ような気がした。
『よそ者が我が森を荒らす。……樹の防衛で我は手いっぱいだ……追い払ってくれたならその恩を返そう』
猪は森の奥へと消えていった。
「……なあマリー。猪はなんだって?」
猪を見送りながら、ランスロットが言う。
「よかったですね。団長さん。狼たちのアジトがわかって。例の狼ってあれですよね。よそ者が森を荒らすから追い払ってほしいみたいですよ」
猪は何かの樹の防衛が、と言っていたが、私に解らない樹だったようで、そこのところが聞き取れなかった、というか感じ取れなかった。
わからなかったところと、恩返しのところは省いてランスロットに通訳した。
「そうか。それにしてもマリーよ。お前はもしかしたら俺たちの救世主かもしれん。お前が森の主と仲良くなってくれていたおかげで、ここ数か月の頭の痛い問題が一気に片付くかもしれねえ」
「別に私、仲良くなっていませんけど」
「腕に鼻を押し付けられていて、声が頭に響くんだろう?仲良しじゃなかったら何だってんだよ」
……仲良しなわけじゃないもん。
不都合な真実から目を逸らしたい私は、話題を変えてみることにした。
「それにしても大きな狼ですね。家畜を襲うといっても牛なんかだと狩っても持ち帰れないからその場で食べるしかないじゃんと思っていましたが、あれなら咥えて逃げていったりできそうですね。通報を受けて出動しても逃げられるって聞いて変だなって思ってたんです」
「話逸らしやがったな……まあいい。やつらはあの図体だがすばしこくて頭もいい。家畜を襲ったらさっさとどこかに咥えて持って行っちまう。その場で食べ始めて無防備な姿を人間にさらさねえ。そもそも単純にでかいから一匹倒すのも一苦労だ」
「あれってなんなんです?この『大陸』にいないって言ってましたよね」
「……船で東の果てに向かっても、西の果てに向かっても到達する不思議な大陸がある。そこの大陸にしかいない狼だ。フェンリルと言えばおまえにもわかるか」
フェンリルですって!?人々に災厄をもたらすという神話の中の狼じゃないですか。
なんていうものを相手にしようとしているのかこの騎士団は。そして、ついこの間まで学生だった私に討伐に参加しろとは……
「団長、そんな危ない狼の相手に私を連れてくるなんて、私がか弱い女の子だってことわかってます?」
不本意なことに団長ばかりか騎士たち全員の目が半眼になる。
「森の主と仲良しのか弱い女の子?そんなやつ、もしいるならぜひ一度見てみたいもんだぜ」
「目の前にいるじゃないですか」
「……」
ランスロットは呆れ顔で私に告げたのだった。
「お前は絶対強者だ。なんだったら王都で一番強い女だろうぜ」
「なんですってぇ」
「……それはそうとして、この後どうするんですか」
私たちは今、高台の木の陰に身を潜めながら狼の巣穴の様子をうかがっている。不毛な言い争いをしている場合ではないと我に返った私は、ランスロットとその部下たちを睨みつけながら問いかける。
「今日は人数が少ない。あの狼は厄介でな。基本的に二人で一匹に当たらないと危険だ。もう少し兵力を増やして後日一網打尽にしよう」
「それじゃあ、今日はやらないんですね」
「思っていたより狼の数が多いんだ。巣穴にまだあんなにいたとは……今日は撤退だ」
パッと見数匹の狼がたむろしている。数えてみると九匹いた。こちらは私を入れて六人だ。確かにちょっと分が悪い気がする。
「戻るぞ」
ランスロットの言葉を合図に、私たちはそっと高台を離れ、帰路についた。
「うわっ!くっさ!」
管理小屋が見えるところまで戻ってきた途端、ランスロットが悪態をついた。
「おいマリー。あの魔物除けをさっきの狼の巣穴に放り込んでこいよ。狼は鼻が利くから、さぞや派手にのたうち回るだろうよ」
……ランスロットめ。
「あの紫の煙が出ている篝火をあげますから団長が自分でやってください」
「冗談はよせ。あんな悪臭発生器、誰がさわるもんか。鼻がもげるだろう!」
「騎士団の団長室に放り込んであげましょうか!」
「前から思ってましたが、団長とマリーさんって仲いいですよね」
騎士の一人がニヤニヤしながらとんでもないことを言い出した。
「仲良くありません!」
「これのどこが仲良しに見える!?」
声をそろえて反論する私たち。
「ほら、そうやって同じ反応を仲良くするところとかですよ」
……これ以上この話を続けると、なぜかさらに深い墓穴を掘りそうな気がしたので口を噤む。ランスロットも同じ思いだったようで、同じく口を噤んだ。
「ほぅら、黙るタイミングも一緒」
ランスロットは、失礼な騎士の頭を無言で叩いたのだった。
「マリーよ。お前のおかげで厄介な狼どもの対策の糸口が掴めた。礼として晩飯を奢ってやる。『満月の黒猫亭』だったか?あそこ好きなんだろ」
「えっ?いいんですか!?やったぁ!ありがとうございます」
狼の探索はしたものの、実戦はなかったので手当は少なかった。しかしながら、私の功績はとても大きかったようでランスロットがポケットマネーで晩御飯を奢ってくれるそうだ。
騎士団司令部にて解散となったので、うきうきでランスロットと『満月の黒猫亭』へ向かう私たちに、騎士の皆さんはニヤニヤしながら生暖かい目を向けていたのだが、晩御飯のことで頭がいっぱいになった私は、その視線に気づくことはなかったのである。
リンゴのお礼なのか、猪が厄介な狼のところへ案内してくれました。
騎士団の皆さんが頭を悩ませている厄介な外来種の狼。しかし、それは森の主である猪にとっても悩みの種だったようです。
次回は装備を整えて狼退治に向かうはずが……
マルガレット達ははたしてうまく狼を退治できるでしょうか。




