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【11000PV超!!ありがとうございます!】破滅の夜に溺れた悪役令嬢は、母になっても溺愛されます!  作者: 愛龍


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5

――公爵家の執務室の窓からは、

アストゥリアの空が灰色に曇って見えた。


積み上げられた書類の山の中で、ランティスは手を止め、机の上の一通の書簡を睨みつけていた。


「病状は安定せず、当面は面会を控えてほしい」


それは、ウィンディア侯爵家から届いた定型文の手紙。同じ文面を、もう何度目にしただろう。


「……病気、ね。」

低く呟いた声には怒りよりも、焦燥と疑念が混ざっていた。


最初の一年は信じた。


けれど二年目も同じ返事。


……そして三年目。

どれだけ見舞いを願っても、返ってくるのはこの同じ言葉だけだった。


「……もう、黙ってはいられない。」


ランティスは立ち上がり、

コートを羽織ると迷うことなく馬を走らせた。


向かった先は、アイリスの実家――ウィンディア侯爵邸。



無礼なのはわかってはいたがランティスはアイリスの兄アレックスの執務室の扉を乱暴に開けた。


机に向かっていたアレックス・ウィンディアが顔を上げた。


「ランティス…どうされたのですか。」


「どうもこうもない。」

ランティスの声は鋭く、低く響いた。

「アレックス、いい加減にしてくれ。

一体、何を隠している?」


アレックスはわずかに目を伏せる。

「……隠してなど……」


「嘘をつくな!」

ランティスは机を叩きつけるようにして近づき、

その胸ぐらを掴み上げた。


「アイリスはどうした!?

彼女の身に何があった!」


怒気が爆ぜるような気迫。

だが、その奥には焦りと恐怖が混ざっていた。


アレックスは苦しそうに息を吐き、

拳をぎゅっと握る。


ランティスの真剣さに隠し通せないことを悟り声を出す。


「……アイリスは……屋敷にはいない。」


「……何だと?」


「……もう二年前に、出ていった。」


その言葉は刃のようにランティスの胸に突き刺さった。


「……出て……いった……?」

声が震える。


まさか…………

誰よりも誠実で、家族を思う女性だった。


「どういうことだ!」

ランティスは再びアレックスを詰め寄る。

「まさか……お前が追い出したのか!?

あんなにも仲が良かったのに!」


アレックスの唇が震える。

やがて、彼は静かに目を閉じた。


「……違う。追い出したわけじゃない。

……あの子には、あの子の事情があるんだ。」


「事情?」


「……悪いが、俺の口からは言えない。

ランティス……あの子をもう、諦めてやってくれないか。」


その一言に、

ランティスの握っていた手がわずかに震えた。


「諦める……?」


胸の奥が焼けるように熱くなる。

瞳の奥に映るのは、

優しく微笑んで「ランティス様」と言ってくれたアイリスのあの姿。


「……できるわけがないだろう。」

低く呟き、

ランティスはゆっくりと手を離した。


誰も言葉を発さなかった。


部屋の外では、

冷たい風が吹き抜けていた。


――その風の向こうに“彼女”がいる気がしてならなかった。


「……必ず、見つけ出す。」


ランティスの声は静かに、

けれど確かな誓いとなって、

夜の空へと消えていった。

日が落ちた王都の街に、

鈍い鐘の音が響く。


それからまた一年が過ぎた。


ランティス・ブルーヴァルドは外套の裾を翻し、

薄暗い路地を抜けていた。

目に映るのは似ても似つかぬ人………。


「……いない……また違ったか。」


この四年間、

彼は政務の合間を縫って

密かに“アイリス”の行方を探し続けていた。


病気という報告を信じていた日々が、

いかに作り物だったかを知ったときから――

胸の奥の焦燥は、

鎖のように彼を締めつけて離さなかった。


「……アイリス」

呟きながら、彼は拳を握る。

どれだけ探しても、

痕跡ひとつ見つからない。


それでも――諦められない。


「アイリス……必ず、見つける。」


そう誓うたびに、

彼の前に現れるのが、

異界の聖女――リンカだった。


公爵に戻って仕事を始めようとすると執事が書類を持って報告に来る。

「ランティス様、また呼び出しが参りました。」

その言葉にランティスはこめかみを押さえた。


「……今度は何の理由だ。」


「……“光の加護が揺らいでいる気がするので、

貴方の魔力を確認したい”と……」


ランティスは深くため息をつく。

「またか。」


彼女――リンカは、

2年前に異界から現れて“神の声を聞く聖女”として教会に保護されていたが、

ことあるごとに彼を呼びつけ儀式だの、占星だの、

まるで「出会うための理由」を無理に作っているようだった。


“つまらぬ理由”であることを、

彼はもう痛いほど知っている。




数日後の会議の後――

ついにランティスは堪えきれず皇太子リュオネストに直談判した。


「――いい加減にしてくれ!」

机に手をつき、

低く押し殺した声が響く。


「俺にはアイリスがいる。

何度言えばわかるんだ、あの女は!」


皇太子は静かに書類を置き、

ゆっくりと顔を上げた。

淡い金の瞳が、苦笑を含む。


「……落ち着け、ランティス。」


「落ち着いていられるか!」


「気持ちはわかる。

俺も正直、うんざりしているさ。」


皇太子は深く息を吐く。

「リンカは“自分が皇太子妃になる”と信じて疑っていない。それどころかお前にも騎士団長にも同じ事を言ってる。

異界から来た聖女とはいえ、

この国の未来を背負う者には相応しくない。」


「……つまり、陛下も――」


「“リンカでは駄目だ”と判断されている。」


ランティスは眉をひそめた。

リュオネストは椅子にもたれ、

苦い笑みを浮かべながら続ける。


「ラグウェル公爵家が、

リンカを妻に迎えたいと言ってきた。

あの家は教会と結びつきが強い。

聖女を側に置くことで権威を固めたいんだろう。」


「……承認は?」


「するつもりだ。」


沈黙が落ちる。


窓の外では、

夕陽が王都の塔を赤く染めていた。


「……あの女が他家に嫁げば、

お前への干渉も終わるだろう。」


皇太子の言葉に、

ランティスは無言で頷いた。


皇太子の執務室を出たあとやっとアイリスを探す事を邪魔されないことに安堵する。なのに


“アイリスはどこにいるのか”

“生きているのか”

“今、幸せなのか”


その答えを知らぬまま、

日々はただ過ぎていく。


彼の心には、

ただ一度触れた温もりが焼きついたまま、

いまだに消えずにいた。


「……必ず見つける。」


その言葉は、

夜の空気に静かに溶けていった。


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