19
神殿を満たしていた黒い瘴気が次第に薄れていく。
光の鎖が扉を縫い止め、聖域は再び静寂を取り戻そうとしていた。
だが、その光景を呆然と見つめていた一人の女がいた。
――リンカ。
その両膝が震え、力なく崩れ落ちる。
白い祭服が汚れ、床の血と灰に染まる。
視線の先には、閉じゆく魔界の扉。
そしてその前に立つのは―聖獣の加護を受けた、ひとりの少年。
「……なんで……」
震える唇が、かすれた声を零す。
「なんで……私じゃないの……?」
「ゲームじゃないのよ。ここにいる人たちは生きているの。意思を持って…」
マリアのその言葉にリンカの頰を涙がつたい床に落ちた瞬間、封印の扉が低く呻いた。
その表面が波打ち、黒い裂け目が生まれる。
――ズルリ、と。
その隙間から、闇の奥底から這い出すように“それ”が現れた。
漆黒の腕。爪のように尖った指先。
それは、生きているものではない。
「扉を開けた者」に刻まれた代償の手。
リンカの瞳が見開かれる。
「……いや……いやぁっ!」
後ずさろうとするが、足はすでに動かない。
黒い手が彼女の足首を掴む。冷たい。氷のように。
「やだ……助けてっ! お願い……誰か――っ!」
彼女は光の方へ手を伸ばす。
だがその先にあるのは、すでに閉ざされつつある金の扉。
「いやぁああああっ!!」
叫びが神殿にこだました瞬間、
黒い手がリンカの身体を引きずり込み――
その姿は、闇の向こうへと呑まれていった。
最後に見えたのは、
絶望に染まったリンカの黒い瞳…………
扉が完全に閉じる。
光が消えると共に扉も姿を消し静寂が戻った。




