17
アストゥリア王国全土に、得体の知れぬ“脈動”が走った。
まるで大地の下で、何か巨大な心臓が鼓動を始めたかのように。
公爵邸の執務室で、書類に目を通していたランティスは、ふとペンを止めた。
背筋を冷たいものが走る。
一瞬で太陽の光が消えた……
「……この気配は……まさか。」
立ち上がった瞬間彼の瞳の奥に暗い波動が映る。
魔界の“瘴気”。
伝承でしか知らなかったが彼の持つ火の魔力が警告音を鳴らす。
――同じ頃。
王城のラウンジ。
マリアは皇太子リュオネストと少し遅めの朝食を共にしていた。
「……っ!?」
マリアはナイフとフォークを握る手を止める。心臓が締めつけられるような、息苦しい気配。
リュオネストも同時に顔を上げた。
その蒼い瞳が、遠く――神殿の方角を射抜く。
「魔の気……。まさか、封印が……?」
「陛下……何が……」
「わからない。だが――嫌な予感がする。」
鎧の音を響かせ、駆け込んできたのは第一騎士団長、エルヴィンだった。
「――ご報告いたします!」
息を切らしながら、彼は跪く。
「神殿に、魔界の門が……現れました! 封印が破られ、魔獣が出てこようとしております!」
空気が凍りつく。
リュオネストの表情が一瞬で厳しくなり、マリアは口元を押さえた。
信じたくない現実が、音を立てて崩れていく。
「……そんな……。神殿で……?」
エルヴィンは顔を伏せた。
「はい……そして聖女リンカ様のお姿が……どこにも……」
――“聖女が消えた”。
その言葉が響いた瞬間、世界が暗転するような感覚が皆の胸を貫いた。
その頃ランティスは、屋敷の窓越しに遠くの空を見上げる。
神殿の方角に、黒い光柱が立ち上っていた。
「……やはり、始まってしまったか。」
聖女が魔界の扉を開き
悪役令嬢が光の加護を受ける――




