15
婚礼翌日の同じ頃、王城―客間の窓から、金の光が差し込んでいた。
ベットに座る少女の金髪が、陽を受けて柔らかく揺れる。
目覚めたばかりのマリア・ルフェーブルは、
静かに目を瞬かせた。
「……ここは……?」
見慣れない天井。
重厚な家具、刺繍入りのカーテン、そして遠くに響く鐘の音。
まるで中世の王宮のような光景――
けれど、彼女の頭の中には確かな現実感があった。
(ここ……知ってる。
この世界……“ゲーム”の舞台、アストゥリア王国……)
日本で暮らしていたマリアは、
フランス人の父と母のもとで育ち、
姉と共に多文化の中で自由に生きてきた。
休日は和菓子を食べ、浴衣を着て夏祭りへ出かけるのが好きだった。
そして、もうひとつ―
異世界転生ゲームをやり込むのが何よりの趣味だった。
その中に、ひとつだけ強く印象に残っていたタイトルがある。
《乙女ゲーム。光と青の前奏曲 ~運命の環の導~》
主人公は聖女リンカ。
彼女が異界から来て、ランティス・ブルーヴァルドを始めとする複数の貴族と恋をしながら世界を救う物語。
マリアは、そのゲームの「続編」で登場する、
第二の異世界転移者―
当然のように知っていた。
けれど――
(まさか、自分がそのマリアになるなんて……)
鏡に映る自分の顔を見つめながら、
マリアはかすかに笑った。
(でも……泣いても仕方ないわね。)
そして、毅然と立ち上がる。
「ゲームはゲーム。
ここはもう、現実。
ならば――この世界で、生きる方法を考えなければ。」
その頃、扉の外では皇太子リュオネストと騎士団長が
小声で話していた。
「意識は戻ったようだな。」
「はい、殿下。
異界の者とは思えぬほど落ち着いておられます。
言葉も……まるで我々の言語を初めから理解していたように。」
扉が開く――
中から出てきたマリアが、深く一礼した。
「リュオネスト殿下。お話を伺ってもよろしいでしょうか?」
「……もちろんだ。気分はどう?」
「大丈夫です。
それより―お願いがございます。」
「お願い?」
マリアは真っ直ぐな眼差しで皇太子を見つめた。
その瞳に怯えも驚きもなく、
ただ理性の光だけがあった。
「殿下。どうか私に家庭教師をおつけください。
この世界の言葉、文化、法律、
すべてを学びたいのです。
異界の者としてではなく、
“この国に生きる一人の人間”として。」
その言葉に、
リュオネストと騎士団長は一瞬、言葉を失った。
(……なんて冷静な娘だ。)
リンカのように“神の使い”を名乗ることもなく、
奇跡を誇示することもなく、
ただ学びたいと願う。
皇太子の口元に、思わず柔らかな笑みが浮かんだ。
「……わかった。」
彼は静かに頷く。
「喜んで力になろう、マリア嬢。
君のような聡明な人なら、
きっとこの国でも居場所を見つけられる。」
マリアは安堵の笑みを浮かべ、
ゆっくりと頭を下げた。
「ありがとうございます、殿下。」
その夜―
マリアは窓辺に座り、月を見上げていた。
青白い光が金髪を照らし、
静かな風がカーテンを揺らす。
「……ランティス様、か。」
思い出すのは、
神殿で見たあの青い瞳。
ゲームでは自分を抱きしめてくれるはずの男が、
現実では別の女性、悪役令嬢のはずのアイリスを抱きしめていた。
胸の奥が、少しだけ痛んだ。
けれど彼女は、その痛みを笑いで覆った。
「いいわ。
運命が違うなら、違う生き方をしてみせる。」
異界の乙女マリアは、
その夜、静かに誓いを立てた。
もう誰の“ルート”にも縛られない。
自分の手で、この世界を歩む――




