13
鐘の音が、天へと昇る。
純白の光が差し込む神殿の祭壇。
花々が静かに風に揺れる。
その中央に―
白いヴェールをまとった花嫁、アイリス・ブルーヴァルド。
深い青の礼服に身を包んだ、ランティス・ブルーヴァルド。
二人の姿はまるで“聖なる絵画”のようで、
集まった人々の視線をすべて奪っていた。
神官が祈りの言葉を唱える。
空気が神聖な静けさに満たされる中―
ランティスはゆっくりとアイリスの手を取り、
その瞳をまっすぐに見つめた。
「……永遠に、君を愛す。」
唇が触れ合う。
その瞬間――
光が弾けた。
眩い白光が神殿全体を包み、
祭壇の上で聖印がスパークする。
参列者たちがざわめき、
風が渦を巻いた。
「な……何だ!?」
ランティスがアイリスを抱き寄せる。
彼女のドレスが光に揺れ、
まるで空気がひとつの境界を超えたようだった。
そして―光の中心に、“少女”が立っていた。
金の髪。
白磁のような肌。
淡い空色の瞳。
神殿の扉も開かぬまま、
まるで“空間から生まれ落ちた”かのように現れた異界の乙女。
「……マリア。」
アイリスの胸が強く跳ねる。
(この光景……知ってる。)
前世の記憶―ゲームの続編。
ランティスと聖女リンカが結ばれなかった場合、
第二の異世界の乙女“マリア”が現れランティスが一目惚れする。
そして、花嫁を残して乙女の手を取る物語のオープニング…………
だが――。
目の前の現実は、違った。
光に包まれながらも、
ランティスは腕の中の花嫁を離さなかった。
抱き寄せたまま、
青い瞳がマリアを見据える。
「誰か、この少女を城へ。」
その声は凛として、静かだった。
命令の響きに一切の迷いはない。
神殿の空気が再び張り詰める。
参列していた騎士団が動き出し皇太子リュオネストが前へ進む。
「……異界の来訪者か。騎士団長、保護を。」
「はっ!」
マリアは光の中で、驚いたように瞳を瞬かせた。
目の前にいる“運命の人”がなぜ自分を抱きしめないのか理解できない―そんな顔だった。
「……どうして……」
彼女の唇がかすかに震える。
だがそのとき、
別の場所で、もう一人の女が息を呑んでいた。
――聖女リンカ。
祝福の席の最後列でその光景を見ていたリンカは、
白い指をぎゅっと握りしめた。
(……嘘、でしょう……?)
ランティスがマリアを見ても動かない。
本来なら――
あの光の瞬間、ランティスは花嫁を放り出して
マリアに手を伸ばすはずだった。
その行動が“続編”の物語を開くトリガー。
だが今、彼はアイリスを抱いたまま、
“冷静に指示を出した”。
(違う……ルートが、違う……!)
リンカの頭の中で、
物語の歯車が軋む音がする。
“青の公爵”の運命が書き換わっている――
“聖女”でも“異界の乙女”でもなく、
アイリスを中心に回っている。
(そんな……そんなはず、ないのに……!)
リンカは震える指先で胸元の聖印を握った。
だが、もうその印からは光は放たれない。
神々の祝福が誰に与えられているのか――
この瞬間、
誰の目にも明らかだった。
祭壇の中央で、
アイリスとランティスは互いを抱きしめたまま。
金の光に包まれたマリアを見送る。
―物語の書き換えが、始まった。




