プロローグ
公爵家の若き当主の私室には、夜の静寂が重く沈んでいた。
蝋燭の炎が揺れ、壁に長い影を落とす。アイリス・ウィンディアは掌に握った指輪を見つめ、胸の奥でざわめく感情を押さえようとした。
「ランティス……」
名前を口に出すだけで、心臓が高鳴る。震える手を握り締め、指先に力を込める。
扉が静かに開き、黒髪のランティス・ブルーヴァルドが姿を現した。深い青の瞳が揺るぎなく自分を捉え、息を飲むほどに近い距離で立っている。
その存在感に、アイリスは思わず息を呑む。全身の血が熱くなるのを感じ、頬が自然と赤く染まる。
「………アイリス」
吐息に混ざったその声が、耳元で震える。熱を帯びた低音が体の奥にまで響き、アイリスの胸を揺さぶった。
ランティスはゆっくり歩み寄り、迷うことなく彼女の腰に手を回す。
その手の温もりが、触れた瞬間、全身を震わせ心臓が跳ねる。
「……っ」
思わず目を閉じた瞬間、唇が重なった。
短く、しかし濃厚な口づけ。熱が伝わり、体の奥底から蕩けるような感覚が走る。腕に抱きしめられランティスの体温と存在が密着する。
「君を……感じたい」
目を開けると、彼の深い瞳が自分を捕らえて離さない。アイリスの理性は淡く崩れていく。
この人の腕の中にいると、恐怖も不安も忘れる。
心の奥底に隠している感情が、溢れ出す。
「……ランティス……」
唇を重ね、抱きしめられたまま、アイリスは自分がどれほど彼を求めているか思い知る……
世界のすべてが遠くなるような、濃密な熱。触れるたび、吐息が絡み、心が震える。
夜はまだ深く、蝋燭の炎だけが二人を包む。
ランティスがゆっくりとアイリスの首筋に口づけを落とす。吐息、肌が互いを求め合う―すべてが、この瞬間だけの永遠となった。
運命の脚本も、ゲームの筋書きも、何も関係ない。
ただ、ここにある温もりだけが現実………
そして終わり…………




