アウトオブあーかい部! 0話
これは、池図女学院に『あーかい部』ができるちょっと前のお話。
「……ふぁ。」
締め切ったカーテンの隙間からさす朝焼けに顔を射られ、ベッドの上で伸びをする。
「ん……5時半。」
日が長くなると、春だなぁって実感する。
「〜♪」
鏡の前で睨めっこ。お休みが続いたから表情筋が死んでいないか念入りにチェック……!
ぱっちり二重のお目目よし、玉肌……でありたいお肌よし、ショートでホワイトなヘアーは……あとで直す!
「……、よし♪」
傾いていた壁掛けのカレンダーを直して、赤ペンで丸がついた今日の日付を確認する。
「新学期かぁ……。」
ふとカレンダーの横の写真が目に入り、手に取った。
写真には今よりちょっと若い私と……高校の制服に身を包み、黒くて長い筒を持った、私と瓜二つの少女が桜をバックに写っている。
「……便りがないのは元気の証、だよね。」
感傷は程々に、出来合いの朝ごはんでお腹を満たす。
自炊なんて碌にできない女子力最底辺、大金稼ぎとは程遠いお財布事情だけど、それでも自由と平穏には替え難い。
「〜♪」
シャワーも浴びて服装よし、お顔よし、髪型よし!
「さて……と、いきますか。」
養護教諭、2年目の始まりです♪
「じゃあ白久先生、お願いね?」
「え"……。」
学校に着いて早々、教頭先生に呼び止められたと思えば……初日から言い渡されたのは実質の死刑宣告、『顧問のお願い』。
去年は1年目だから見逃されてたけど、今年はそうもいかないみたい……。
「どこかしらの部をみててくれればいいのよ♪」
「ええっと……。」
教頭先生は人の良い、物腰の柔らかい人だけど……温かみのある栗色の瞳の奥には、有無を言わせない『圧力』がある。
「希望がなければ野球部かサッカー部をお願いしたいんだけど……。」
「ありますっ!希望っ!!」
咄嗟に口から出まかせが出た。野球部やサッカー部の顧問なんて休日返上は当たり前、しかも合宿の引率なんてぜっっったい嫌!!上司の頼みでも譲れないラインはある……!!
「あら、そうなの?白久先生もこの学校に馴染んでくれてるようで良かったわ♪」
「は、ははは、はいっ!乳化しまくったマヨネーズくらい馴染みまくりですよぉ!?あははっ!」
「?……よくわからないけど……今月中に部の子たちと話をまとめて、書類を出してちょうだいね?」
「しょぉぉおち、しましたぁあッ!」
ボロが出る前に教頭先生の前から走り去り、1年間苦楽を共にした保健室に逃げ込んだ。
「?……白久先生、そんなに嬉しかったのかしら?」
「はぁ……、はぁ……。」
私、白久澄河の勤め先こと、私立池図女学院は部活動がとってもお盛んなことで有名な高校だ。
どれくらいかっていうと、全生徒が何かしらの部活に入ることを強いられるくらい……。
「完全に忘れてた……。」
部活に入る生徒が多いと、顧問の仕事も教員みんなに降ってくるわけで……、
「タイムリミットは今月中……!」
だいたいは希望した部活の顧問に就くけど、希望した部活で承認されなければ、もれなく地獄の運動部顧問の名誉が与えられる。
「それまでに絶対ゆるい文化部の顧問になってやる……!!」
ひいては私の自由と平穏の為に……!!
「まずは候補を絞り込むわよ……!」
保健室に逃げ込む道中に職員室からパクってきた入学案内の部活動一覧を、食い入るように見つめる。
「えっと、文化部は……、」
吹奏楽部、演劇部、華道部、料理部、手芸部、園芸部、天文学部
「天文学部!活動少なくていいじゃない♪」
天文学部の紹介ページを開くと、そこにはデカデカと
「『日本全国四季折々の星空を味わおう!』……。」
これは引率が過労死一直線なヤツだわ……。
「論外。他は……オカルト部!こーゆーわけわかんない系なら……!」
オカルト部の紹介ページを開くと、そこにはおどろおどろしいフォントで
「『津々浦々心霊スポット巡り……』……無理っ。」
怖いっ!
「他は……ワンダーフォーゲル部!そもそも何やってるのかわかんないマイナーな所なら……、」
ワンダーフォーゲル部の紹介ページを開くと、そこにはデッカい日本アルプスの写真がドーンと……、
「登山やないかいっ!?」
他にも色んな文化部を調べてみたけど、み〜んな、遠征がキッツい所と、顧問の人手が足りてて付け入る隙間が無い所のどっちかで……。
「ダメだぁ〜!」
入学案内を後ろ手に放り投げて項垂れる。
「うわっ!?」
後ろから自分のものではない声がした。本、当たってないよね……!?
「大丈夫!?怪我はない!?」
振り返ると、声の主は生徒だった。
鮮やかな紅葉の様な色の腰まで伸びた長い髪の子の吊り目で栗色の三白眼がこちらを見つめている。
自由な校風には珍しく、制服を着崩していない。真面目な子なんだろうな……眼鏡だし。
「謝罪よりも先に相手の心配をするなんて、さすが養護教諭ですね。」
「あっ!?ごめんなさい!?」
慌てふためく私に彼女は語りかける。
「ワタシは大丈夫です。そんなことより……なぜ入学案内を?」
当然の疑問だ。
「私にも色々あるのよ。」
「色々っていうのは……『運動部の顧問なんてまっぴらごめんだから、職員室の入学案内を見てみたけどいい感じの部活がなくて半ばやけになっている』……とかですか?」
「な"っ……!?」
なんでズバリ当ててくるのよ……。
「当たり、ですか?」
「……そうよ。っていうかなんで初対面のあなたがそんなことわかるのよ。」
「あ、それはワタシじゃなくておば……、」
「?」
「ま、まあいいじゃないですか。そんな白久先生に良い話を持って来たんですから。」
「いい話?」
「これです。」
彼女が見せて来たのは1枚の書類だった。書類には『部活動設立申請書』という印字と、下の方に1人の生徒の名前が書かれていた。
「『赤井 ひいろ』……。」
「そっちですか……?」
「え?……あ、部活動設立申請書!」
「ワタシの名前なんかが気になるなんて……面白い人ですね。白久先生。」
「私の目の前にいる人の方がよっぽど珍妙だと思うけど?」
「ちん……!?///」
赤井さんの顔が紅くなった。
「ん?」
「な、な、な……なんですか急に!?///は、破廉恥な……!///」
赤井さんの顔は更に紅くなり、さっきまでの威勢が消え失せた。
「赤井さん……さてはウブね?」
「なっ……!?///」
赤井さんに思わぬ弱点が。
「さっきはあんな得意げに人の事情を暴露してたのに……急に慌てちゃって、可愛いところもあるのね♪」
動揺する赤井さんを見て、無性にさっきの仕返しがしたくなり、思わず悪い笑みが溢れた。
「それに……よく見たら制服がキレイなのも、新入生だからかしら?」
「……だったらなんですか///」
「フフン♪」
さっきまでのコワモテが見る影もなく、顔を紅くして頑なに目を合わせない赤井さんを前に……私のブレーキはあまりにも無力だった。
「可愛い新入生には……先生が手取り足取り、
「なっ……!?///」
赤井さんの指先を優しく摘む。狼狽した彼女は一瞬視線をこちらに向けたが、またすぐに顔を背けた。
「この学校のこと、
顔を背けられて遠くなった方の頬に触れ、そのまま指を顎先へ這わせ顔をこちらに向けさせた。
「教えてあげ
「〜〜〜!!??//////」
耐えられなくなった赤井さんは言葉にならない悲鳴をあげて保健室から一目散に逃げていった。
「…………やりすぎた?」
いつまでも考えてたって仕方ないかと思い、再び机に向かうと、さっき机上に置いた1枚の書類が目に入った。
「………………あ。」
赤井さんの名前だけが書かれた『部活動設立申請書』だった。
「ああああ〜〜!?」
当初の目的を思い出した私は申請書を拾い上げ、さっきの赤井さんのように保健室を飛び出したが、その日、赤井さんの姿を再び見ることはなかった。
「私の部活ぅぅ〜〜!」
翌日。
今日は入学式があるが、体調不良の生徒が出るといけないので(という名目で)、私は1人保健室でサボっている。
「はぁぁぁ……。」
思わずため息が溢れる。逃がした魚は大きかった……。まあ自業自得なんだけど。
「あの……、」
どれくらい机に突っ伏していたのだろうか。いつの間にか入学式が終わり、生徒がやってくる時間になったようだ。
「はーい?……あ。」
振り返ると声の主は赤井さんだった。
「あの、書類を返してもらっても……いいですか?」
やっぱり普段は敬語なんだなぁと感心しつつ話を続ける。
「そういえば、昨日は最後までお話しできなかったわね。」
「それはっ、白久先生が変なことするからですよ……!///」
赤井さんは昨日のことを思い出してこちらを警戒しているのか、制服の腕をぎゅっと掴んでいた。
「……!?」
……なにこの、全身がきゅうって縮みあがるような、ゾクゾクする感覚。
……っと、いけないいけない。昨日は調子に乗って暴走したんだから、自制自制……!
「あ〜……、それは私が悪かったわね。ごめんなさい。」
「わかったらその書類を返して……!」
赤井さんは目線を合わせてくれない。それに声も震えている。
「あの…….、」
赤井さんを眺めていたら、覇気のない声で催促してきた。
「……。」
込み上げてくる感情を自制しようと意識するよりも先に、私の両手は書類の一点を摘み、少しでも力を加えれば引き裂ける配置についていた。
「!?…………返して、『ください』……、」
眼鏡越しに見える赤井さんの釣り上がった目尻が力無く下がり、今にも泣き出しそうな顔で懇願してきた。
ああ!?ごめんなさい待ってこれはわざとじゃないの!?そんな必死になるからつい……!
「返すっ!返すからっ!!泣かないで!?」
私は慌てて赤井さんの胸に書類を押しつけた。
「ん……、///」
「……ごめん。」
またやってしまった……。
「…………ありがとう、ございます。」
「へ?」
「書類、返してくれて……。」
「あ、ああ〜!そう、そうね!どういたしまして!」
胸触った方じゃなかったのね。……いや普通そうよね。
ダメだ、この調子だといつまた私が暴走するかわからない。この子の赤面&涙目は私のリミッターを蹴散らす魔性だ……!
「…………胸の方じゃ、ないです///」
「ぐぁぁああ!?」
「え……?」
「やめろぉぉお!?そんな目で、見るなぁぁあ!?」
「ええ!?」
「これ以上見つめられると、また暴走するぅう〜!」
「最っっっっ低……。」
赤井さんが、足元に転がるネズミの死体を忌避するかのような絶対零度の視線をこちらに向けた。
でもお陰で私の心は波風ひとつない水面のように鎮まった。
「ふぅ……。ごめんなさい。」
「まったく……。こっちは他に頼める人がいなくて白久先生に顧問のお願いをしに来ているのに、なんでこんなことに……。」
「…………顧問、探してるの?」
「はい。」
彼女がまた必死な目になった。そんなに懇願されたら……、
「ええ〜?、どぉお〜しよっかなぁぁあ?」
はい、もう抗えません。
「はぁ……。やっぱりおば……教頭先生に頼むか。もちろん昨日からのセクハラの報告も添えて。」
「あ〜!?待って待って!?」
さっきから赤井さんとの会話は情緒がジェットコースターのように乱高下
「……あれ?」
「今度はなんですか……。」
「今!ちゃんと話せてるっ!」
「……ちゃんと話せるのが当たり前
「じゃなくてっ!タメ語の赤井さんとなら目を合わせても暴走しないのっ!」
「敬語だと自制できないんですか?」
赤井さんが故意に上目遣いで聞いてきた。
「はうっ……!?」
「……。」
赤井さんは無言でスマホを出し、3回画面をタップして、ワンテンポおいてもう一度……
「うわぁぁあやめてやめて!?ポリスメン召喚は嫌ぁあ〜!?」
「……こんなんで今までよく養護教諭できたな。」
彼女の目から敬意の類が完全に消え失せているのが肌でわかった。
「去年は何もなかったから!?こうなるのは赤井さんだけだから!?」
「……。」
赤井さんはまたスマホを
「だからポリスメンはやだぁぁあ〜!?」
「……はぁ。」
ため息をつきながらも、赤井さんはスマホをしまってくれた。
「話を戻すけど、赤井さん!このまま、タメ語で話してくれないかしら!?タメ語なら正気でいられるから!」
「どこの世界の哀しいモンスターなん……だよ。」
「ありがとう!」
「こっちも正気でいてくれた方が安全で……だからな。」
赤井さんがタメ語になりました。何故かちょっと強めの口調だけど……。
「それで、赤井さんは顧問を探してるのよね!?」
「は……あ、ああ。」
まだちょっとタメ語がぎこちない。
「私、なるわ!その顧問。」
「まだ何部かも聞いてないのに?」
「あ……。」
「まあ、部の名前も決めてないん……だけどな。」
「何するかも決まってないの?」
「最初は文芸部に入ろうと思ったんだが……、」
「文芸部じゃダメだったの?」
「ああ。どうやらここの文芸部は消費するだけのようだからな。」
「消費?」
「……あ。」
私が聞き返すと、赤井さんは不味いって感じの顔をしたが、やがて観念したかのように語り出した。
「えっと、『消費』っていうのは本とか漫画を読んだり、アニメを見たりすることだ。で、その反対、『生産』はコンテンツを生み出すこと。」
「なるほど。つまり赤井さんは本やマンガを書くような活動をしたいのね?」
「ああ♪」
「じゃあ漫画部は?」
「絵じゃバレるからダメだ!」
『バレる』……?
「バレちゃ不味いものをこの世に生み落とそうとしているのね……。」
「具体的には小説とかだな。」
「官能小説かぁ……。」
「白久先生、詳しいんだな♪」
「う〜ん……、」
「やっぱり、ダメだろうか……?」
「…………いや、やりましょう!」
「いいのか……!?」
「押さえつけてもどうせどっかでやるんでしょ?」
「まあな♪」
「だったら顧問の椅子を作った方が私も得だし。」
「白久先生って、自分に正直な人なんだな……。」
「まあね♪」
「「フフ♪」」
よかった、笑い合えるくらいには打ち解けられたみたい。
「じゃあ交渉成立ってことで……官能小説部、設り
「待て待て待て待て。」
「?」
「『?』じゃないのよ、官能小説部なんて側から見たらエロ本部よ?そんな名前じゃ部なんて作れんわ。」
「そ、そうか……。」
それに、私が止めないと教頭先生に干される……。
「だから、もう少しわかりづらい名前を考えないとね。」
「わかりづらい名前、か……。」
赤井さんは腕を組み考え込むような仕草をした。この子本気で官能小説部を作る気だったのか……。
「他にもやることはいっぱいあるわよ?部員も集めなきゃだし、部室も欲しいし。」
「部員、か……。」
「池須女学院の部活動は3人から申請できるわ。今月中にお願いね?」
「今月中だと……!?」
※一身上の都合です。
「白久先生は
「私は別にやることがあるからねぇ。」
「やること?」
「部室、いるでしょ?」
「……いいのか?」
「だから、ここからは分担。」
「……ああ。承知した♪」
「よし!じゃあ赤井さんは官能小説を書くために、そして私は運動部顧問回避&サボり場所確保のために……!」
「……。」
「な……なによ、お互い様でしょ!?」
「お互い様、か……。」
「な〜んか含みのある言い方ね?」
「いや?よろしく頼むよ、白久せんせ♪」
この日はここでお開きにして、赤井さんは保健室を出ていった。
「いやぁ〜、これで顧問問題はなんとかなるわね♪」
眼前に迫った運動部顧問を回避した喜びで椅子に座ってくるくる回る。
「それにしても……、
そして止まる。
「私にあんな性癖があったなんて。赤井さん、恐ろしい子……!」
これは、池図女学院に後の『あーかい部』を作った私たちのお話。このあと、紆余曲折あって『あーかい部』ができるんだけど、それはまた別の機会に……。