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ぽっちゃりシリーズ

いわくつきの地に嫁ぐことになりまして

作者: piyo

頭をからっぽにしてお読みください。

「え、縁談ですか?」



 魔素研究をしている父が、晩餐の席で爆弾を投下してきた。


「そうなんだよ。ディートレルト伯爵家のご令息が結婚相手を探してると聞いてねぇ。じゃあ、うちの娘なんてどうですかって聞いたら、まー、あれよあれよと話しが進んでしまって。マディにもそろそろお相手を見つけなくては、と思ってたところだったから、いい具合に纏まって本当に良かったよ~。」


 お父様が何を言ってるのかうまく理解できない。え、もうすでに纏ってしまったの?長期出張で仕事をしに行ったのではなかったの?



「よ、良くないです!せめて事前に相談して欲しかったです。私はずっとこの家でのんびり暮らしていたいって言ってたのを、お父様はご存知ですよね?」



 私、マデライン・ガードナーは今年で19歳の子爵家の娘である。学校を卒業したものの、結婚をするわけでもなく、お小遣い稼ぎ程度に新聞や地元紙のコラムに挿絵を描く仕事をし、のんびりぼんやり暮らしてきた。


 私は昔から、結婚願望がこれっぽっちも無かった。


 学園に通っている間も、友人たちが、恋愛話にきゃっきゃ盛り上がっているのに対し、へーそうなんだーと、興味ゼロの返事をしては場をしらけさせていた。


 ちなみに自分が全くモテなかったからと、卑屈になっているというわけではない。

 どうやら私の外見は社交界の妖精と言われた母譲りで、それなりの見た目をしているらしい。


 これまで数人に告白されたこともあったけれども、どれも丁重にお断りしていた。


 告白してくれた相手に対し、恋人として振る舞う自分が全く想像できなかったからだ。


 それと、彼らに私のどこが好きかを聞いてみたら、揃いも揃って見た目と答えたのも、お付き合いに前向きになれなかった原因でもある。

 どうやら私は思っていたよりもロマンチストだったようで、見てくれだけでなくて、中身を知って好きになって欲しいと相手に期待してしまっていた。


 だからといって、私の中身を知って欲しいと自ら恋焦がれるような心惹かれる相手に出会うこともなく、今に至る。


 ちなみに、私の実家であるガードナー家は、魔素研究を生業にしている家であり、領地は無いが王都にそれなりの邸を構えており、正直裕福でも貧乏でもない。


 貧乏で無いなら、私一人くらい家に寄生していても問題ないはず、、、


 いや、貴族の娘として、いつかはお嫁に行かないといけないのかしら、なんて心の片隅に小さくほんのちょっとだけ思いはしていたけれど。

 でも、無理に結婚しなくても、兄が三か月後に結婚するから、未来の甥か姪の子守係をして、それを口実に末永く居候させてもらおう、なんて甘いことを考えていた。


「マディ、落ち着けって。俺もおまえの縁談が決まって本当に良かったと思うよ。」

「お兄様、、、」

 兄様も私の将来を心配してくれていたのね。


「これで小姑と同居というしこりをリリイに残さないで済む。」

「もう!そっちが本音ね!」


 リリイというのは兄ダグラスの婚約者であり、三カ月後に私の義姉になる人である。

 寧ろ私はリリイ義姉様と一緒に暮らせることを楽しみにしていたのに!未来の甥姪も!


「まぁまぁ、それで、旦那様。お相手のご令息はどんな方なの?あまりお噂を聞いたことがないのだけれど・・・」


 いつも私たちの仲介役となる、おっとりしたお母様が話に入って来る。


 私もお相手がどんな人なのかは気になっていた。ディートレルト伯爵家に関わる人と、お茶会でも夜会でも会ったことが無かったような?


「ご令息の名前はコーエン・ディートレルト様だよ。年は26歳だったかな?綺麗な金の髪をお持ちの優しそうな方だったな。今は御父上の伯爵と一緒に、領地経営をしてらっしゃるよ。」


「それであなた。ディートレルト領は食が豊なところであっているかしら?随分とふくよかになって帰られて・・・」



 みんなの視線がお父様に向いた。



 3か月前にここを発ったときには無かったお腹のお肉と、丸くなった輪郭が、出張中にさぞかし食を堪能されたのだろうと推察される。


「ははは。確かに食べ物は美味しかったねぇ。あそこは地産地消で農作物を育てていて、田舎だけども美食の街として熱心なファンもいるみたいだしね。今回、魔素濃度が異常値を示しているということで調査に行ったんだけど、特に問題も無かったし、住みやすいところだと思うよ。のんびり暮らしたいと思っているマディにもぴったりだよ。」


「父上、魔素濃度が異常ということは、領地内に魔物が多いのではないのでしょうか。身を守る術を全く学んでこなかったマディには、少しハードな環境では・・・」


 今度こそ兄様は本当に私のことを心配してくれているようだ。


 私は魔力はあるらしいが、魔法は全く使えなかった。剣術や武道の心得も持っていない。

 たぶん、魔物と対面したら、一瞬で彼らの栄養となる自信がある。


 ちなみに、魔素というのは大気中に溢れているもので、この世界の魔法はこの魔素を利用して行使している。ちなみに魔素の濃度が高いと魔物の活動が活発になると言われている。

 まだまだ謎が多いものであり、それを研究しているのが、父や兄様が勤めている魔法省なのである。


「私もそれが気になって確認してみたんだが、独自の自警団を抱えているから大丈夫とのことだった。確かに、滞在中も討伐隊が定期的に巡回していたし、特に問題はないように思えたよ。」


「でも、お父様、そうしたら何故、一見優良物件な伯爵家のご令息が、他に婚約者も無く、今まで売れ残ってくれていたのでしょうか?」


 私は一番疑問に思ったことを聞いてみた。


 現在26歳で伯爵家の嫡男。

 田舎かもしれないが、食が美味しく住みやすい領地。


 一見なんの問題もなく、寧ろ既に結婚していてもおかしくはないのに、なんで独身のままなんだろう?


 この疑問に対し、父は歯切れ悪く切り出した。


「それがねぇ・・・これまで婚約者はいたらしいんだが、なんと三人のご令嬢とご破産になってしまったらしい。」



「めっちゃいわくつきじゃないですか。」



三人って相当よね?それで私は四人目?


 何があったの。御三方。

 そして、これは私が聞くまで黙っていたわね、お父様。



「どれも向こうさんからのお断りで、理由は全部一緒。"土地の空気が合わない"だってさ。失礼だよね~。」

 ははは、と他人事のように笑い飛ばす。

 実の父ながらガツンと殴って差し上げたい。



「・・・それは私にも当てはまるのでは?土地の空気が合わないって、割と致命的な気も・・・」


 たとえご令息のコーエン様と意気投合しても、環境が合わなければどうしようもないもの。

 合わないのは水や気候、はたまた人間関係なのかわからないが、コーエン様はご嫡男のため領地を離れられないだろうし、自分が適応するしかないのだろうけれど・・・



「詳しくは知らないんだけど、あそこは魔素濃度が基準値より多いから、そういった環境が合わなかったのかな?そうであれば、マディなら大丈夫だよ。魔力はあるのだし、対処できると思うよ。お父様が保証しよう。それにマディの性格なんかもお話した上で、是非にと乞われているんだ。どうかな?」


 お父様に保証されても・・・


 でも、のんびりした生活をゲットできるというのはかなり魅力的である。それに、あちらが乗り気であるなら、私がボヤっとして特に何にも考えてないつまらない女であっても、文句は言われないだろう。


 あれ、もしかしてこの縁談、かなり優良物件なのでは?

むしろ、でかしたお父様って感じなのかしら?



「わかりました。この縁談、謹んでお受けいたします。」





 それから私とコーエン伯爵令息は、顔を合わせることも無いまま婚約者となった。


 王都にある子爵家と田舎のディートレルト家では馬車で1月近くかかるので、顔合わせは式の当日。


 結婚式は兄たちの結婚後となる半年後とした。

 期間も短く、バタバタ慌ただしいが、私たちは小規模な式をディートレルトで挙げることにしたため、ガードナー家側に関してはそれほど準備の手間はかからないし、ディートレルト側が一刻も早く嫁に来てほしいということで、半年の婚約期間となったのだった。


 式までの間に、私はコーエン様とお手紙でのやり取りを始めた。


 コーエン様の筆跡はとてもきれいで、文章からも誠実さがうかがえる。手紙の返事も、早くもなく、遅くもなく、ちょうどいい塩梅でやってくる。


 お互い最初の方は趣味や好きな食べ物など、自分たちのことを紹介し合った。(コーエン様は卵料理が好きらしい)

 そのうち私は手紙に自分が仕事としてたまに描いている挿絵の内容を、コーエン様は領地の様子を書くようになった。


 どんな内容であっても、コーエン様は律儀にマデラインが書いたことについて一言くれて、適当に流すことは無かった。


 そんな手紙から伝わる誠実さと、コーエン様が書く領地の内容に興味を惹かれ、私は早く彼と結婚してディートリヒ領に行きたいとまで思うようになっていた。


「マディはすっかりコーエン様との結婚に乗り気になったね。」

「本当にねぇ、最初は旦那様に食ってかかる勢いで反対していたのに。ほんと、単純なところが可愛いわぁ。」


 婚約期間が残り三か月になったとき、お父様とお母様がコーエン様からの手紙を心待ちにしている私を見て言う。


 出張でぽっちゃりしてしまっていたお父様は、一か月も経たないうちに元の中肉中背に戻っていた。

 特にダイエットなんてしていなかったのに、向こうでどれだけ食べ過ぎていたんだろう。





 式まで残り二カ月となった頃、

学生時代の友人のミリアとフィオが我が家にお茶をしに来てくれた。

 二人ともすでに子爵家と伯爵家に嫁いだ身だけど、私が田舎に嫁ぐ前に都合をつけて会いに来てくれたのだ。


「お久しぶり、マデライン!相変わらずあなたは上から下まで洗練されているわね!」


「ご無沙汰してますわ、マディ。本当、婚約したからか、綺麗さに磨きがかかっているように感じますわ。」



 二人は学生時代から私の見た目を過大評価してくれている。

 蜂蜜の色の髪だとか、くびれがどうとか、けれど身内の贔屓目とわかっているので、私も毎度適当に受け取っている。


「ありがとう。二人とも本当にお久しぶり。フィオの結婚式以来かしら?来てくれてありがとう、ディートレルトに発つ前に会えて嬉しいわ。」


 式には、ガードナー家からは兄夫妻のみ参加する。

 二人は新婚旅行も兼ねてディートレルトまで来てくれるのだ。

 王都からはかなり遠いこと、そして小規模な式にすることにしたため、両親は王都にお留守番、友人たちには、残念だが列席は遠慮してもらうようにした。



 挨拶もそこそこに、メイドにお茶とお茶菓子を用意して貰い、応接間にてお茶会を開始する。


「それで、二人の新婚生活はどう?もう慣れた?」

「私は昔から何度も行き来している幼馴染の家に嫁いだだけだからね。特に何も問題ないかな。」

「私も、婚約期間が長かったし、花嫁修業で伯爵家に住んでいたので、特に変わりありませんわ。強いて言えば、結婚後は旦那様呼びするようになったことくらいですわね。」


 ミリアは領地が隣同士の幼馴染と、卒業と同時に入籍した。

 フィオは学生時代にできた婚約者の家に、卒業後に花嫁修業に行き、その半年後に式を挙げている。


「マデラインってばモテるのに、恋愛事に関しては全く興味が無かったもんだから、このまま独身を貫いちゃうかと心配してたけど、お父上がナイスな仕事したわよね~!ディートレルト家と言えば、由緒ある家紋だし、美食で有名なところだから住みやすそうだし。ご令息に関しては全く噂を聞いたことが無いのだけれど、手紙のやり取りをする限りいい人そうなんでしょ?」


「うん、文字でしかわからないけれど、誠実そうな方に感じるわ。」


「私はマディはそのうち良縁に出会えると信じてましたわ。のんびりさんですけど、やる気を出したときは一生懸命ですし、そして何よりビジュアルが最高・・・伯爵令息様もマディに会ったらすぐにメロメロになるに決まってますわ。」


 フィオはそこまで言って、頬に手を当てながら、少し顔を曇らせて言う。


「ただ…少し心配なことがございますの。今回はそれをマディに忠告したくて。」


「何?もしかして、田舎過ぎて退屈するかもとか?」

 ミリアが尋ねた。


「いいえ、そうではなく。コーエン様について、私も社交の場で会ったことがありませんので、いろんな伝手を使ってどのような方なのか確認しましたの。マディはお父様から聞いた、当たり障りのない内容しかまだ知らないのでしょう?」


 さすが学生時代は情報屋と世慣れていたフィオである。

 私が結婚相手について詳しく調べようともしていないこともお見通しで、わざわざ調査してくれたらしい。

 私はこくりと頷いた。


「コーエン様は、数年前まで隣国に留学されていたらしいですわ。帰国後、数え切れる程度ですが、お父上の伯爵とともに、夜会にご出席されたことがあるそうです。」


 留学!それでお母様も会ったことが無いと言っていたのね。


「中々容姿端麗な方だったそうで、長身で輝くような金髪、優しそうな顔立ち、これまで見たことがないから、あの素敵なお方は一体誰?と、その時参加されていた令嬢たちの噂になったそうです。」


「あら、見た目はいいのね。それで?」

 ミリアも前のめりでコーエン様の情報を聞いている。


「突然現れた貴公子に、もちろん求婚者が列をなしたらしいんですが、その中で同じ家格の伯爵家のご令嬢とご婚約なさったそうです。ですが、婚約から二か月もすると、ご令嬢側から婚約解消の申し出があったそうで。理由は"ディートレルト領の空気が合わない"とか。」


 …お父様から聞いた話と一緒だわ。


「空気が合わないって、魔素の濃度が高いことと関係があるのかしら?」


「いいえ、申し訳ないのですが、そこまでは調べることができませんでした。」

 フィオが申し訳なさそうにあやまる。


「そして、先ほどの続きなんですが、次に格上の侯爵家のご令嬢と婚約をしたそうです。向こうからの熱烈なアプローチで成立したらしいのですが、婚約時にディートレルトに押し掛けたものの、二か月足らずでこれまた婚約解消。理由はまたもディートレルト領の空気が合わなかった、らしいのです。」


「何それ、領地に何があるっていうのよ。」


 腕を自分の身体に回し、ぶるっと震えるミリア。


「私はお父様から三人いた婚約者が全く同じ理由で婚約を解消したと聞いたのだけど・・・」


「そのとおりです。三人目は男爵家のご令嬢でした。これはディートレルトから格下の家紋に申し入れをしたみたいですね。そしてマディのお父上がおっしゃったように、ディートレルトの空気が合わないからごめんなさい、と、、、婚約後すぐ、なんと失踪してしまったそうです。」



「「失踪」」

ミリアと私の声が被った。



「マデライン、、、ごめん、グッジョブ・マデ父!と思ってたけど、撤回するわ。飛んだ事故物件だわ。」


「・・・いや、私は逆に興味が湧いてきたかも。ご令嬢方が肌に合わない土地。みんな二カ月もせず、婚約を解消されているなんて。」


 というか、どれも婚約解消について具体的な内容が無いのにも関わらず、解消を普通に受け入れてるディートレルトも大概だと思う。


「まずは元婚約者の方々に会ってみたらどうでしょう?お一人は今現在も消息がわからないので会えないと思いますが。」


 フィオが控え目に提案してくる。


「確かにそうね、、、式まであと二カ月。伯爵領への出立が一ヶ月前だから、あと一月だけ猶予があるわ。フィオ、二人のご令嬢の名前はわかるの?」


「はい、一人は隣国に嫁がれてしまったので、会うのは難しいかもしれませんが、最初の婚約者となった伯爵令嬢は二年前にジファール子爵夫人となっておられました。ジファール卿とは私の旦那様がお仕事で関わったことがあるとのことですので、夫人には連絡を取ることができると思いますわ。」


「解消した二人のご令嬢は、ちゃっかり既婚者になっていたのね。」


「確かに、、、じゃあ、実は意中の相手が別にいたから、婚約を取りやめたのかしら?何かカムフラージュをしたくて、コーエン様に婚約を申し込んだ?でも二人目の方は熱烈なアプローチをしたと言っていたし、、、うーん。」


 余計にわからなくなってしまったが、夫人に事実確認をすればよいかとこの場では考えすぎないようにした。


「式までもう時間も少ないのに、不安にさせてごめんなさい。」

「そんなこと言わないで、寧ろここまで色々調べてくれて感謝しかないわ。本当にありがとう。」

「私は今のところフィオみたいに役に立ちそうもないけど、話ならいくらでも聞くからね。いつでも呼び出してくれていいから。」

「ありがとう、ミリア。心強いわ。夫人から話を聞いたら、今後のことについて相談させてもらうと思う。」


 その後、全員がお茶を一杯ずつおかわりしたところで、集まりはお開きとなった。





「初めまして、ジファール子爵夫人。マデライン・ガードナーと申します。突然のご連絡にも関わらず、こうしてお時間をとって頂き、心からお礼申し上げます。」


 私は今、一人目の婚約者だったジファール子爵夫人に会いに子爵邸にやってきている。


「初めまして、マデライン嬢。私のことはデイジーでかまいませんわ。どうぞ楽になさって。」


 そう言ってデイジー様は柔らかく微笑まれた。

 亜麻色のストレートの髪の毛と濃いブラウンの瞳の可愛らしい美人だ。


「ありがとうございます。ではデイジー様と呼ばせて頂きます。」


 一応、事前に手紙でディートレルトのことについて教えて欲しいと伝えていたのだが…

 既婚者となっているこの方に、元婚約者のことについて聞くなんて、とてもじゃないが切り出しにくい。


「それで、今日はディートレルトのことについて、お知りになりたいとのことだったけど、あっているかしら?」


 デイジー様はこちらの緊張を見てか、自ら話題を振ってくれた。

 ここはご厚意に甘えて、思い切って今抱えてることを正直に話してみることにする。あちらが口を閉ざすのであれば、その時は仕方がない、早々に切り上げることにしよう。


「はい。お手紙でもお伝えした通り、私はあと二カ月後にディートレルトに嫁ぎます。ですが、かの土地にはまだ行ったことがなく。また、婚約中のコーエン様ともまだ会ったことがございません。少しでも自身の不安を軽くすべく、情報が欲しいのです。私の友人から、あなたは元婚約者であったとお伺いしました。あなたから見て、ディートレルトはどうでしたか?」


 馬鹿正直に、ドストレートに喋ってしまった。

 私の話を聞いて、デイジー様の反応はというと、うんうんと頷いている。


「うふふ、まるでセイラのデジャヴかと思ってしまいましたわ。」

「セイラ、、、?」

「ディートレルト伯爵令息様の三番目の婚約者となった男爵令嬢です。」

「失踪してしまったという、あの、、、」


 どうやら、デイジー様は三番目の婚約者だった男爵令嬢と面識があるようだった。


「あら、世間では失踪扱いになっているのね。彼女は今、私の侍女としてこちらの屋敷で働いていましてよ。」

「え、そうなんですか?」


 まさか失踪後にこの屋敷で暮らしていたなんて!


「ちょっとこちらに来て貰いましょうか。」

 そう言ってデイジー様は使用人にセイラ様を呼んでくるように指示なさる。


 その後すぐに彼女はやってきた。

「およびでしょうか奥様。」


 やってきたセイラ様は黒髪黒目の気の強そうな感じの、デイジー様とは違った美人の女性だった。


「ええ、セイラ、こちらはディートレルト伯爵令息のコーエン様と婚約中のマデライン様よ。彼女がディートレルト領についてお話を聞きたいと言ってるの。あなたも同席なさいな。」

「うわ、ディートレルトですか…」

 セイラ様はあからさまに嫌そうな顔をなさる。一体何があったというの。


「マデライン様、私はセイラ・ラースと申します。お聞きなっていると思いますが、元コーエン様の婚約者です。」


「はい、存じ上げております。それで、あなたから見て、コーエン様やディートレルトはどうでしたか?その、色々不安で…」


 いくらなんでも、なんで婚約やめちゃったの?なんて直接は聞けない。めちゃくちゃ聞きたいけど。


「まず、コーエン様はとても素敵な方で、ディートレルト領もとても素晴らしい所だと思いますわ。」

 デイジー様が微笑みながら答える。


「はい、私もそれは同意見です。」

 セイラ様も、先ほどは嫌そうな顔をしてたのに、そこは同意するらしい。


「けれど、私もセイラも、残念なことに、ディートレルトの空気がどうしてもあわなかったのです。」


 でた、空気が合わない、という謎の理由。


「お二人の他に、婚約を結ばれていた方も同様にディートレルトの空気が合わないという理由で婚約を解消されたとお伺いしました。これはどういった意味なのでしょうか?」


「奥様、まるで、当時の私を見ているようです。」

「そうね、本当に。」


 二人は顔を見合わせる。どうやらセイラ様も婚約期間中にこうしてデイジー様に相談されに来たようだ。


「実際に物を見せたほうが早いわね。セイラ、取ってきてくれるかしら?」

「はい、ただいまお持ちします。」


 そういうとセイラ様は急いで部屋を出ていった。


「あの、物とは、」


 私が話しかけようとすると、セイラ様が手に何かを抱えて戻ってきた。めちゃくちゃ早い。


 セイラ様は抱えてきた者を私の前に差し出す。


「肖像画?」


 デイジー様のようにも見えるが、なんというか、、、


「これは、私が婚約を解消して実家に戻ってきて、自分への戒めとして描かせた私の肖像画です。」


 今のデイジー様と思わず見比べる。絵の中の彼女は、かなりふくよかだった。


「率直にいいますと、かの土地にて過ごしたたった二カ月で、これほどまで肥えに肥えてしまったんですの。」


 ほほほ、と笑うデイジー様。それをなんとも言えない表情で見やるセイラ様。

 んんん?今こんなにほっそりしてるのに?


「ディートレルトは魔素濃度が濃いのはご存知?」


「はい、父からそのように聞いております。」


「魔素濃度が濃いと、魔力を持つ者でも体調を崩しやすくなります。ただ、魔素が濃い土地で育った作物を常態的に接種していればその影響は受けないのです。」


 魔素濃度が濃い場所にいると、頭痛や吐き気がするのは知っていたが、作物の接種で影響を受けないのは初耳だ。


「ディートレルトは食料自給率が100%を誇る農業主体の領地です。魔素を含む作物は、ディートレルトでは食されております。美食の街としても人気ですよね。ただ、魔素が少ない地域で接種するのは逆に毒。そのため輸出品は食料としてではなく、薬や研究目的で出荷されているのですわ。」


 ディートレルトは農業がメインだが、収益は美食の街として栄えている観光業や研究協力費が主だという。


「ディートレルトは数年に一度、魔素が異常に高くなる時期がやってきます。この原因はわかってないらしく、魔法省から度々人が派遣されるくらいです。」


 まさに父が今回その派遣員だ。父もやたらにふっくらして帰ってきたのと関係がある?


「私は婚約期間中にディートレルトで過ごしていたのですが、その周期にあたってしまいました。魔素酔が酷くて、薬でもどうにもならず、ただただディートレルトで取れる食材の食事を食べ、不調をしのいでおりました。」


「その結果がこちらでございます。」


 デイジー様が肖像画を指し示す。なんとも、貫禄がある。


 次にセイラ様が当時のことを語り始める。


「私はディートレルトに三番目の婚約者として一度かの土地に足を踏み入れたのですが…ディートレルトは田舎ですが、畑が広がりとても穏やかで、でも観光地としても栄えております。コーエン様も、ご家族の皆様も本当に良い方たちと思いました。」


 そこまで言うと、穏やかな表情だったセイラ様の顔が曇り始める。


「しかし、顔合わせをしたとき、ディートレルト家の皆様、さらに言えば街にいる領民の皆様がふくよかな方ばかりなのに違和感を覚えました。コーエン様ですら、王都の夜会で会ったときは、素敵な貴公子だったのに、このとき会った彼は、正直に言ってぽっちゃりした農夫にしか見えませんでした。…私、だらしない体型の方はどうしても受け入れることができなくて。」


 どうやらコーエン様はふくよかになってらっしゃるらしい。ぽっちゃりした農夫とは酷い言われようだ。


「顔合わせのあと、すぐに最初の婚約者であったデイジー様の元に向かいました。今日のマデライン様のように、婚約解消の理由を聞きに。」


 そして、あの環境にいる限り、自分自身も体型維持が難しいとわかってしまったようだ。


「私はしがない男爵家の娘。格上の伯爵家には我が家からお断りを入れることなど出来ません。家族には本当に悪いことをしたと思っているのですが、探さないでくださいという手紙と共に、デイジー様の元でそのまま匿って貰うことにしたのです。」


 なんとも身勝手な…けれど、それほどまでにディートレルトに拒否反応が出てしまったのだろう。


「これらが私たちの婚約解消に至った理由ですわ。この話を聞いて、マデライン様はどうお思いになりました?」


 二人の話を聞いて、私は―――――





 あれから半年が過ぎた。



「マデライン!」



 邸宅の庭いじりをしている私に旦那様が声をかける。

「コーエン様」

 日差しよけのツバが大きな帽子を取り、彼の抱擁を受け入れる。

「ただいま、私の可愛い奥さん。」

 そう言いながら、私の肉厚になった背中を何度も撫でる。撫でられてる服の上から肉が波打つのがわかる。


 そう、肉厚。


 たった半年、半年ぽっちで、私はすっかりディートレルトの体形になってしまっていた。


 ディートレルトに着いた初日、私はディートレルト家の皆様と顔合わせをした。セイラ様が言っていた通り、全員漏れなく大変ふくよかな体型をされており、コーエン様も事前情報通り、横に大きかった。


 みんな体型と同じで、おおらかでとても良い方ばかりで、コーエン様も手紙でやり取りしていた通り、優しくて誠実な方だった。私はこの環境になんの異論もなく、彼と結婚した。


 そして、式から1ヶ月を過ぎたころから、服がきつく感じることが多くなり、3か月経つ頃には手持ちの服はボタンがとまらなくなっていた。今ではどこも締め付ける必要のない、ゆったりしたワンピースを着ている。もちろんそれでワガママボディが隠れるはずもない。

 私はコーエン様やお屋敷のみんなと同じように厚みのある体型に成長した。


 生まれてこの方、これほどまでに太ったことがなかった。

 毎日鏡を見るたび、徐々に丸みを帯びていく顔や身体に対し、自分ではない誰かになってしまうような不安な気持ちに襲われていた。私はこれまで外見ばかり褒められてきたので、いよいよ何の取り柄もない人間になってしまうのではないかと。


 けれど、「マディがディートレルトに馴染んでくれて、とても嬉しいよ。世界一可愛い私の奥さん。」と旦那様がとろっとろの笑顔で言うもんだから、あれ、別にこの状態も悪くないのでは?と、王都にいる頃と考え方が変わっていった。


 ここの領地でとれる農作物で作った魔素入りの美味しい料理を食べ、適度に運動もしている。

 今はここに来る前よりも健康体になっていると思う。脂肪が多いことを除けばだけど。


 私も負けじと旦那様のむちむちボディを抱きしめる。

 弾力があって、離れがたい。うん、いつまでも触っていられる。

 夏は暑苦しいけど、冬は暖かくて心地いいのだ。



 今年の夏にはミリア夫妻とフィオの家族が、ディートレルトに避暑に来るそうだ。

 私の外見が好きだった二人は今の私を見て卒倒するかもしれない。

 けれど、私はいまとても幸せだ。二人に会ったら私はこう言うだろう。




「ディートレルトの空気は私にぴったりだった。」と。




太る描写を書きたいがために一気に書いてしまいました。

よろしければ評価お願いします。今後の参考にします。

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