99. 神々の寄合
志那津が時の回廊から戻ったタイミングで、寄合が始まった。
車座になって座る輪の中に、瑞穂ノ神として紅優が初めて参加する。その隣に蒼愛が座った。
今回は、参加できる側仕が神の後ろに座した。
淤加美の後ろに縷々が、志那津の後ろには霧疾が座っている。
紅優と蒼愛の後ろには井光と真が控えていた。
「さて、寄合を始めたいと思うが、仕切りは私でよろしいのでしょうか? 紅優様?」
淤加美にお伺いを立てられて、紅優が頷いた。
「今まで通り、お願いします。俺は慣れていませんし、今回は話すことも多いでしょうから」
紅優の返答に、淤加美が頷いた。
「まず、今日までの経緯を確認しておこう。色彩の宝石の祭祀で本物の宝石を奉納できた。その為に大気津が土に溶けた。その時、神力を回収しに来た蛇々を蒼愛が撃退したのだったね」
淤加美の視線を受けて、蒼愛は頷いた。
「大気津様の神力を回収に来た蛇々がスゼリを襲おうとして。前に紅優の御屋敷で友達が襲われたのを思い出して、許せないって思いました。頭に血が上って攻撃しちゃったけど、その時使ったのが裁きの炎で。僕の炎で蛇々は魂まで焼けてしまいました」
側仕の面々が息を飲んでいるのが分かった。
「皆もそれぞれに側仕の報告を受けていると思うが、裁きの炎は色彩の宝石の力だ。蒼愛の攻撃は幽世の意志とも考えられるが、どうでしょう」
淤加美が紅優に目を向ける。
「俺や蒼愛の行動や言動の総てが幽世の意志ではありません。ですが、あの時の蒼愛の攻撃とその結果を、幽世は許容したのだろうと思います」
紅優の言葉に、淤加美が頷く。
「続けよう。時空の穴が開き、白狼の里を救い、戻った蒼愛は記憶を失っていた。その後、蒼愛が幽世に囚われ、紅優様と蒼愛は時の回廊で試練を受けた。一連の流れとして間違いはありませんか?」
淤加美の確認に紅優と蒼愛は頷いた。
「これら一連の流れは総て、幽世が色彩の宝石と瑞穂ノ神に課した試練であった、という理解でよろしいですか?」
淤加美が再度、問う。
紅優は同じように頷いた。
「白狼の里を救いたかったのは、真が俺と蒼愛の守護者だったからです。三か月前は、蒼愛はまだ瑞穂国にいなかった。時を遡り、歪んだ歴史を修正するしかありませんでした。それ以降、蒼愛が記憶を封じられた件からは、幽世が俺たちへ課した試練、主に俺への試練です」
一度言葉を止めて、紅優が目を上げた。
「瑞穂ノ神になる覚悟を試す試練でした。蒼愛は既に色彩の宝石としての覚悟を示していた。覚悟が足りなかったのは、俺でした」
蒼愛は紅優の顔を見上げた。
言葉とは裏腹にすっきりした顔をして見える。安心した。
「覚悟を試すために番の記憶を封じて攫うか。恐ろしいな」
志那津が、ぽそりと零した。
「けど、お陰で時の回廊が自主的に動く瞬間が見られた。管理者としては良かったと思いますよ。二人が無事に帰ってきたから言える話ですけどねぇ」
霧疾の言葉には、神々も肯定的な反応をしていた。
「時の回廊は、今まで存在意義すら不明瞭だったからね。管理できるのも霧疾だけだった。真面に動いたのは、今回が初めてじゃないかぃ?」
月詠見の声掛けに、全員が頷いた。
「中では、どんな事象が生じたんだい?」
淤加美に問われて、蒼愛は紅優と顔を見合わせた。
「俺は、佐久夜に会ってきました。生前は聞けなかった話を聞いて、あの頃を思い出して、自分と向き合えたと思います」
紅優の顔が穏やかで、蒼愛は安堵した。
「僕は、死んでしまった友達に会えて、現世で頑張っている仲間と話して、あと、クイナさんに会いました」
神々の気がざわついた。
淤加美が蒼愛に問い掛けた。
「聞きたかった話は、聞けたかい?」
「いろんな話をしてくれて、僕の質問にも答えてくれたけど、今を生きる者が答えを探さないと意味がないって、そう教えてもらいました」
あの時の会話やクイナの表情を思い出す。
自然と顔が笑んで、嬉しくなった。
「会えて良かったって、思いました」
蒼愛の表情を見て、淤加美が微笑んだ。
「僕は最後に、大蛇の長の八俣に会って……、ちょっと、怖い思いをして、逃げられないでいたら、紅優が助けに来てくれたんです」
「俺は佐久夜に会った次が、八俣でした。真が蒼愛の危機に気が付いてくれて、蒼愛を探して八俣に辿り着いたんです」
蒼愛と紅優の話を聞いて、神々がそれぞれに考え込んでいる。
「様々な時代の様々な生き物に出会える。ってのは本当なんだねぇ。過去と現在の相手には、会えたってことだ」
霧疾の纏めに、蒼愛は手を上げた。
「二番目に会った保輔は現世の、理研にいた仲間なんだけど、年下だったはずが年上になっていました。現世と幽世の時間の流れの違いのせいなのか、未来の保輔に会ったのかは、わかりませんでした」
蒼愛の話に、霧疾が考え込んだ。
「なるほどねぇ。確かに、判断がしづれぇなぁ。未来の相手に会えるかは、保留ってところだね。他に気が付いたこと、あった?」
霧疾の問いに、蒼愛は時の回廊の中の出来事を思い返した。
「えっと、入って最初に会った友達に、回廊は前に進むだけ、振り返ってはダメ、戻ってはダメ、と注意されました。振り返ったり戻ったりすると迷って出られなくなるからって」
「俺も、最初に会った子に同じ注意を受けました」
蒼愛と紅優の話を聞きながら、霧疾がすごい速さでメモを取っている。
「僕は最初、芯に会ったよ。僕の新しい名前を知っていたから、僕が作り出した幻だと思ったんだ。でも、理研にいた頃の、僕が知らない話をしてて、やっぱり本物の芯なのかなって思ったんだ」
紅優が驚いた顔で蒼愛を見詰めた。
「俺は最初、色とニコに会ったんだ。二人とも俺の新しい名前を知っていたから、蒼愛と同じように思ったけど、俺が知らない話を教えてくれた。だからあれはニコだったんだと思う」
驚き合う蒼愛と紅優の話を、霧疾が楽しそうに聞きながら筆を走らせる。
「二人とも最初に会った相手が時の回廊のルールを教えてくれたんだな? それは知り合いで、自分が知らない話をしていた、と。法則性がありそうだ。ちなみに生きてる人? 死んでる人?」
「蒼愛が出会った芯も、俺が出会った色とニコも、俺の所に餌として売られてきた人間と半妖で、既に食っています」
「ふむふむ、死んでる相手、つまり過去だね。他には何か、思い出せそう?」
走らせる筆と同じくらい早口に霧疾が問う。
「……クイナさんは、今のこの国が見えているような話し方をしていた気がします。僕の目線に合わせて話をしてくれていたような」
幽世を作って、どれくらいクイナが生きていたのかは、わからないが。
まるで今の瑞穂国を知っているような話し方だった。
「佐久夜も……、俺を紅優と呼んだ。俺から伝えたりしていないのに、今の名前を呼んだんです。それに、時の回廊の中にいると知っているような発言もありました」
「最後の八俣も、私にとってお前が幻でもって、言ってた。八俣にとって、時の回廊から話しかける僕は幻だったってことなんだと思う」
霧疾が筆の動きをぴたりと止めた。
「幻、ね……」
呟いて、また何か書き殴っていた。
「色々と検証は必要だが、参考になったよ。他に思いつく何か、ある?」
蒼愛は紅優と顔を合わせて首を捻った。
「今のところは、思いつくのはこれくらいでしょうか」
霧疾が満足そうに頷いて、紅優に笑みを向けた。
「時の回廊については、また俺から個人的に二人に質問するわ。問題は、二人が最後に会った八俣だもんねぇ」
霧疾の促しを受けて、志那津が蒼愛と紅優を振り返った。
「率直に聞くが、八俣と何を話した?」
蒼愛は思わず俯いた。
そんな蒼愛の背に紅優が手を回した。
「俺たちは、もしかしたら八俣の行動を深読みしすぎていたのかもしれません」
紅優の言葉と蒼愛の怯える様子を見て、淤加美が顔をしかめた。
「どういう意味だい?」
紅優が蒼愛の様子を窺いながら口を開いた。
「八俣の狙いは最初から蒼愛だったようです」
一瞬、広間が静まり返った。
「それはそうなんじゃないの? 瑞穂ノ神になるためには色彩の宝石が欲しいだろ?」
「紅優を殺して蒼愛を番にすりゃ、なれるわけだからな。欲しがるのは当然なんじゃねぇか?」
月詠見と火産霊の言葉に、蒼愛は首を振った。
「僕に愛されたいって。望みは、それだけだって」
広間が水を打ったように静まり返った。
「僕が幽世に来た時から、魂の輝きに気が付いて、僕を振り向かせるために、色んな事をしたって。僕を手に入れるために必要なら、紅優を殺すし神々も殺すし幽世を壊すって。本当かどうか、わからないけど」
話しながらも手が震える。
あの時の八俣を思い出すと、恐怖が蘇る。
紅優が手を握ってくれた。
「蒼愛ほど詳しくは聞いていませんが、俺も同じ言葉を聞いています。あの言葉が、何かを誤魔化す嘘には聞こえませんでした。八俣は本気で蒼愛だけを欲しがっているんだと思います。欲しいものは粗方手に入れた、とも言っていましたから」
皆の目が蒼愛に向いていた。
「蒼愛がこれだけ震えているんだ。本気だと感じたんだろ」
日美子が心配そうに声をかけた。
蒼愛は小さく頷いた。
「表現が……、合っているか、わからないけど。初めて会った知らないおじさんに愛しているって急に言われてキスされたような感じで、怖くて。だから、紅優の気配を感じてすぐに、助けてって、叫びました」
皆が唖然としているのが気配でわかった。
「やはり大蛇の一族は皆殺し、全滅でいいんじゃないか?」
志那津が至極真面目に言い放った。
「流石にそれは早計だけれど、反対する気になれないね」
淤加美が微妙な反応をしている。
「蒼愛が怖がるのは普通だよ。現世だったら確実に変質者の逮捕案件だし、防犯ブザー鳴らして家族が助けに来てくれたって状況だろ。普通に怖いよ」
月詠見の俗っぽい説明に日美子だけでなく霧疾や志那津が反応している。
現世に詳しい面々にはわかるジョークらしい。
今の現世に疎い火産霊や淤加美にはよくわからないようだ。
現世から来たのに現世に疎い蒼愛にもわからない。
紅優はわかるらしく、非常に納得した顔をしていた。
「とはいえ、目的がはっきりしたので守り易くはなりました」
紅優の言葉に一同が納得の顔をした。
「それで俺は、大蛇の領土の視察に行こうと思っています。瑞穂ノ神として長の八俣と話をしてきます」
「却下だよ」
紅優の提案を淤加美が光の速さで取り下げた。
「どうして今の話の流れで、視察になるんだい。流石の私も、どうぞとは言えないよ」
淤加美が珍しく険しい顔をしている。
「約束したので、行ってこようかと」
淤加美の圧に押されて、紅優の言葉が普段の蒼愛になっている。
確かに約束していた。それは蒼愛も聞いた。
「だったら、僕も行くよ。僕も会いに行くって約束したから」
「もっとダメだ!」
今度は志那津から却下された。
「たった今、震えるほど怖かったと話したばかりだろう。どうして自分から変質者に求愛されに行くんだ」
志那津の語彙が強くて圧に押される。
全く持ってその通りすぎて何も言えない。
「そうはいっても、大蛇の一族は放置できません。野椎になった伽耶乃様も元に戻さねばなりませんし、八俣には一度は直接会う必要があると思います」
八俣が蒼愛を狙う以外にも、大蛇の一族は他の種族にとって害になる行動を多くとっている。
今後も白狼のように根絶やしにされる種族があるかもしれない。
「だからと言って、紅優と蒼愛を行かせるわけには」
淤加美が頭を抱えている。
「幽世に、ツケだといわれたんです。数々の問題を放置してきたツケ、自分たちが住む国は自分たちで守れと。放置すれば国が崩壊する。足踏みしているうちに壊れるなら、動いてしまった方がいい」
神々が言葉を飲んだ。
紅優が蒼愛を振り返った。
「蒼愛がこの国に来て、総てが動き出した。今、動かなければ、俺が動かなければ、神になった意味がない。俺はこの国を守りたいですから」
そう語る紅優はいつもの笑顔なのに、やっぱり神様に見えた。
「紅優様と蒼愛様が視察に行かれるのであれば、側仕も同行いたします。一ノ側仕真と二ノ側仕井光がお供いたします」
後ろで井光が会釈する。
倣って真が頭を下げていた。
「俺が一なのか? 井光さんが一じゃないのか?」
「後で説明します。今は黙りなさい」
問い掛ける真を井光がぴしゃりと諫めていた。
「それでしたら、他の神の側仕も同行しても良いかもしれませんわねぇ」
縷々が笑顔で提案している。
「そこまで大所帯でいかせられないよ」
淤加美がため息交じりに否定した。
「だったらいっそ、もう一人くらい神様が行った方がいいかもね。側仕を連れてさ」
月詠見が視察を敢行する方向で同意してくれた。
「なら俺だな。腕っぷしには自信があるぜ。側仕も妖狐の吟呼だ。紅優も気安いだろ」
火産霊がノリノリで手を上げた。
「いいや、適任は俺だろう。話しをしに行くんだろう。喧嘩をしに行くわけじゃない」
志那津も手を上げてくれた。
「二人とも乗ってくれて有難いけど、行くのは俺だよ。大蛇の領土は主に暗がりの平野、俺の守護する場所だ。他の神任せにはできないよ」
月詠見が紅優に目配せする。
「それなら風の森も癒しの湖も含まれるだろう。俺や淤加美様の守護地も入る」
志那津が前のめりで訴える。
「淤加美が行くのは無しだよ。何かの時のために紅優か淤加美は残るべきだ。紅優が動く以上、淤加美は出せないからね」
「だから、俺でも良いと言っているんだ」
月詠見に志那津が喰ってかかっている。
「いえあの、俺と蒼愛と側仕で充分なので……」
紅優が控えめに割って入った。
そんな皆の姿を眺めていた淤加美が、小さく笑った。
「はぁ……、全く。これまで大蛇の領土に視察など、提案した神はいなかった。それどころか大蛇の一族について問題提起しても解決しようなんて考えた神はいなかったね」
淤加美が紅優を振り返った。
「紅優と蒼愛が、神々を変えた。この国を変えた。更に変えるために、動くんだね。やはり紅優は瑞穂ノ神だ」
淤加美が居直り、紅優に頭を下げた。
「最高神である瑞穂ノ神様に危険を強いるのは忍びなく存じますが、それが幽世と瑞穂ノ神様の御意志であるならば、従いましょう。我等六柱の神は瑞穂ノ神様を守るために在る。御指示を賜りたく存じます」
淤加美に倣い、他の神々が同じように居直って:首を垂れた。
恐縮し慌てていた紅優だったが、息を整えて平静を戻した。
「頭を、上げてください。お気持ちは嬉しく思いますが、大人数で訪ねて宣戦布告と捉えられても困りますので。あくまで視察として、俺と蒼愛と側仕で行ってきます。次があればその時は、月詠見様や志那津様にお願いしますので、今回は俺たちに行かせてください」
淤加美が微笑んだ。
「瑞穂ノ神様の御心のままに」
一度、首を垂れると、他の神に向き合った。
「異論はあるかい? もしくは、意見は?」
淤加美の問いかけに、志那津が手を上げた。
「風の森の、大蛇の領土周辺の警備を厚くするのは、問題ありませんか? 勿論、大蛇に覚られないように隠します。二人に何かあった時に即座に動けるような体勢を作っておきたい」
淤加美の目が紅優に向いた。
「私もそれくらいはさせてほしいと思うけれど、どうだろう? 湖側から、助けに行けるような警備を敷いておきたいかな」
紅優が頷いた。
「志那津様と淤加美様のご厚意に甘えます。緊急時の連絡方法なども、考えておいた方がいいですね」
「じゃぁ、暗がりの平野も含めて、三神の側仕を動かすとしようか」
月詠見が加わって、警備体制が強化された。
皆の話し合いを、蒼愛は只々感心して眺めていた。
(淤加美様のいう通り、どんどん神様たちが纏まっていく。紅優の言葉に動かされていく。命令でも圧迫でもなく、穏やかに心を動かしていく。やっぱり紅優は神様なんだ。格好良い)
皆の話を聞きながら、蒼愛は紅優の偉大さと優しさに、惚れ直していた。




