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からくり紅万華鏡ー餌として売られた先で溺愛された結果、幽世の神様になりましたー  作者: 霞花怜(Ray)
第四章 幽世からの試練

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78. 白狼の真

 黒い渦が突風になって吹きすさぶ。

 耳の奥に木霊する声を必死に追いながら、蒼愛は黒い風の向こうに手を伸ばした。


(今行くから、助けに行くから。もう絶対、死なせたりしないから)


 瞼の裏で笑う芯に誓いを立てるように、心の中で繰り返した。

 浮遊していた体に急に重力が掛かった。


「時空の穴から出るぜ」


 霧疾の言葉と同時に、黒かった視界に光が射した。

 転がりそうになった体を紅優が抱き止めた。


「蒼愛、大丈夫?」

「うん、ここは……」


 紅優の腕の中で、辺りを見回す。

 鬱蒼と茂る森が一面に広がっていた。


「こらぁ、風ノ宮の下に広がる森林じゃぁねぇの?」


 言いながら、霧疾がポケットから取り出した懐中時計を確認している。


「風の森ですか? 暗がりの平野側なら、大蛇の住処に近いですね」

「んー、ちょうど暗ノ宮と風ノ宮の間くらいじゃねぇのかな。陽の射し具合なんかも考えると、風ノ宮寄りか」


 霧疾が、懐中時計を更に開いて方位を確認している。

 時計だけではなく、方位磁石にもなっているらしい。

 手にした方位磁石で、霧疾が熱心に何かを確認していた。


『苦しい……、痛い……』


 風ノ宮にいた時よりはっきりした声が聞こえて、蒼愛は立ち上がった。

 耳を澄ます。

 浅い呼吸が、さっきより弱い。

 周囲を見回して、声がする方を確認すると走り出した。


「こっちから、声が聞こえる!」


 木々の間から明るく陽が射していた場所ではなく、より暗い方から声が聞こえる。


(さっき、紅優と霧疾さんが話していた、暗がりの平野に近付いているんだ。大蛇の住処がどんどん近くなる)


 以前に見せてもらった瑞穂国の地図を思い浮かべる。

 森林の隣に暗がりの平野があり、その隣に大きな湖がある。淤加美の水ノ宮の真下にあたる場所だ。


(蛇は森や水場なんかの湿地を好む。大蛇も同じなのかな。この辺りはもう、大蛇の領内なのかな)


 理研で読んだ百科事典に書かれていた蛇の生態が妖怪に当てはまるのかは、わからないが。


 どんどん暗くなってきて、足元がおぼつかない。

 大きく隆起した木の根に躓いて、前のめりに転びそうになった。


「うわっ……、と。ありがとうございます……」


 転びかけた体が浮き上がった。

 霧疾が蒼愛の襟首を掴んで持ち上げていた。


「気持ちばっかり焦り過ぎ。蒼愛が走っても俺たちが歩くより遅いから、紅優に抱えてもらいな」


 襟首を掴んだまま、霧疾が蒼愛を紅優に手渡した。

 紅優が蒼愛を抱えてくれた。


「森の中なんて、蒼愛は歩き慣れていないだろうからね。俺が抱いていくよ。背負った方がいい?」

「……このままでいい」


 何となく恥ずかしくなって、蒼愛は紅優の肩に顔を埋めた。


「どれくらい時間軸がズレているか、まだわかんねぇけど。とりあえず怪我人優先かね」


 霧疾の視線を受けて、蒼愛は耳を澄まして目を閉じた。

 瞼の裏に像が結ぶ。

 木の根が張った大きな洞が見えた。


「この先の方に、木の根に隠れた大きな洞があります。その中に隠れている。多分妖怪、だけど大蛇じゃない。もっと、獣みたいな妖怪です」


 霧疾が感心して鼻を鳴らした。


「ふぅん。結構、具体的に視えんだねぇ。流石、色彩の宝石って感じだね」


 紅優が、クンクンと匂いを嗅ぐ仕草をした。


「血の匂いがするね。蒼愛、方向、指させる?」


 紅優に言われた通り、指をさす。


「西側ね。益々、暗がりの平野に近付くねぇ。キナ臭くなってきた」

「血の匂いも同じ方向だね」


 紅優と霧疾に緊張が滲んだ。

 二人が同時に走り出す。

 あまりの速さに、蒼愛は紅優にしがみ付いた。


(人型なのに、人よりずっと早い。やっぱり二人とも、妖怪なんだ)


 しばらく走ると、蒼愛に流れ込んできた洞が見えてきた。


「あ! あれ! あそこです。あの場所に怪我した……!」


 蒼愛に向かって落ちてきた何かを紅優が弾いた。

 地面には、真っ二つに裂かれた蛇が落ちていた。

 気が付けば、周囲には大きな蛇が無数に群がり、蒼愛たちを囲んでいた。


「あれれぇ、おびき寄せられたのかな? それとも、中の怪我した妖怪が目当てかな?」

「どちらにしろ、戦闘は免れないですね」


 紅優が蒼愛を降ろした。


「俺たちが外で蛇を引き付けるから、蒼愛はその隙に中の妖怪を治療して」

「でも……」


 言いかけて、蒼愛は言葉を止めた。

 

(こういう時は、ちゃんと役割分担しなきゃ。紅優も霧疾さんも強いから、心配ない)


 蒼愛は頷いて、洞窟を覆う根に手を掛けた。


「わかった。紅優も霧疾さんも怪我しないでね。怪我しても僕が治すけど、痛い思いしないでね」

「わかったよ」


 紅優が優しく蒼愛を洞の中へ促す。

 霧疾が両刃の大きく反った刀を抜いた。


「お優しいねぇ、色彩の宝石様。ちゃっちゃと治してこの場を去るのが一番だぜ」


 霧疾に頷いて、蒼愛は洞の中に入った。


 薄暗い洞は思った以上に奥行きがあった。

 その一番奥に、誰かがいる。

 白い耳が見えて、蒼愛はドキリとして駆け寄った。


「大丈夫ですか? 意識はありますか?」


 近付くと、人のような姿に白い耳のある獣人の男性だった。


(紅優と同じ妖狐かと思ったけど、違う。狼とか、犬っぽい)


 そっと首筋に触れる。

 妖力の流れを感じた。


「……誰だ、お前。大蛇の、仲間、か?」


 発する声に力はない。

 指先に狐火を灯して浮かせる。

 腹の辺りの衣服が赤黒い。相当な量の出血をしているのだとわかった。

 蒼愛は水の塊を作り出すと、腹にあてた。


「貴方を治療します。僕を呼んだのは、貴方ですよね。助けに来ました」


 腕や足にも、深い傷がある。

 同じように水の塊を作って、傷口に当てた。


「呼んだ、覚えはないし、お前なんか、知らない……」


 男の体が前に傾いて、咄嗟に支える。


「僕も貴方を知りません。けど、怪我している人を見付けたら、治療するでしょう。普通です」


 体を抱えたまま、背中から神力を灯して流し込む。

 男の体がピクリと震えた。


「普通、か……。変わった奴、だな」


 男の体がぐったりとして、どんどん力が抜けていく。


(どうしよう、水の塊だけじゃ、神力を体の外から当てるだけじゃ、足りない)


 蒼愛は自分の手の中に癒しの水を溢れさせた。


「これ、飲めますか? 傷が治るし、妖力も回復します。舐めるだけでもいいから、飲んで」


 男の口元に水を持っていく。

 懸命に飲み込もうとするが、むせ込んでしまい、飲み込めない。


(飲み込む力もないんだ。どうしよう、どうしよう)


 ここまで弱ってしまったら、直接神力を流し込むしかない。

 紅優の顔が浮かんだ。


(迷っている暇、ない。紅優、ごめん。後でちゃんと謝って、いっぱいいっぱいキスするから)


 蒼愛は男の体を起こして、洞の壁に凭れさせた。


「嫌だったら、ごめんなさい。今だけ、許してください」


 まるで紅優に謝るように言いながら、蒼愛は男の顔を持ち上げた。

 唇を隙間なく重ねて、神力を流し込む。

 男の体が一度だけ、大きく跳ねた。

 舌を絡めて、自分からも蒼愛の神力を吸うように促す。


 神力が馴染み始めると、体がうっすらと金色に輝いて、体の小さな傷が癒され消え始めた。


(良かった。ちょっとずつ治り始めてる。癒しの水も、効果が出てきたみたい)


 大きな傷に当てていた水の塊が、傷口を塞ぎ始めている。


 男が弱々しく蒼愛の唇に吸い付いた。

 自分から舌を絡めて、神力を吸い上げ始めた。


「美味い……、もっと、もっと喰わせてくれ」


 力なく落ちていた腕が持ち上がって、蒼愛の体を抱きすくめる。


「ん……、ぁん、ぁ……」


 口内を舌で犯されて、気持ちの良さがせり上がる。

 力のなかった男の体に、生気が戻ってきた。


「……懐かしい匂いが、する。兼太の、匂い……。大好きな、匂いだ……、好き……、もっと……欲しい」


 男の呟きに、蒼愛は慌てて体を離した。


(もしかして、治療の神力でも魅了になっちゃうのかな。これ以上は、ダメかも)


 男の目が蕩けて、大きな手が蒼愛の頬を滑る。


「その顔、可愛い……。俺の声を聴いて、来てくれた。そうか……、お前は俺が守るべき、神なんだな……」


 男が蒼愛を抱きしめた。


「拾っていただいた命、貴方様のために尽くしましょう。色彩の宝石と、瑞穂ノ神様」

「どうして、僕のこと。何も、話していないのに」


 男が蒼愛の肩に頭を預けてぐったりしている。

 意識がないようだ。


(朦朧としてる? 今のは、無意識だったのかな)


 男がもぞりと動いて、蒼愛を抱いた。


「名前……、お前の、名前は?」


 まだ辛そうな声音が、問うた。

 今は意識がありそうだ。


「蒼愛だよ。紅優の番の、蒼愛」

「蒼愛、か……。俺の名は、(しん)白狼(はくろう)の真だ。ありがとうな、蒼愛……」


 それだけ言って、真は蒼愛の肩で寝息を立て始めた。


「真……。真て名前なんだね。そっか、そっか……」


 瑞穂国では名前を聞けば漢字が脳裏に浮かぶ。

 だから、同じ漢字でないのは、わかる。

 それでも芯と同じ響きの名前を聞いて、蒼愛の胸は震えた。


「きっと芯が僕に報せてくれたんだね。もう二度と死なせない、諦めないって約束した。芯のお陰だ」


 真の体を支えながら、蒼愛の目からは涙が溢れていた。

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