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からくり紅万華鏡ー餌として売られた先で溺愛された結果、幽世の神様になりましたー  作者: 霞花怜(Ray)
第三章 瑞穂国の神々

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71.豊穣の神 大気津

 大気津に会うため、蒼愛たちはスゼリの案内で土ノ宮に来ていた。

 主を失った宮は静まり返ってまるで生気がなく、宮そのものが沈黙しているかのようだった。


「大気津様は瑞穂国の土の中にいる。現世みたいに亡者が死の国に逝くわけじゃないから、瑞穂国の地の底は何もない。命の源が息づいているだけの場所だよ」

「命の、源?」


 蒼愛が問い掛けると、スゼリが頷いた。


「木の根が深くまで伸びていたり、土壌を肥沃にするための養分が流れていたり。今は大気津様が、その元になっているんだ」


 土ノ宮の奥に向かい、歩いていく。

 庭は綺麗に手入れされ、綺麗な花々が咲き乱れている。

 しかしそれも、時が止まったかのように息を殺していた。


(御披露目で会った時のスゼリは、綺麗なモノや可愛いモノが好きって自己紹介してくれたけど、大気津様の影響だったのかな)


 昨日の話し振りから、スゼリは大気津が嫌いか苦手なのだろうと思ったが。

 綺麗な庭の奥に建つ小さな社の扉を、スゼリが開いた。


「妖怪や神様は、死んだらどこに行くの?」


 蒼愛は手を繋いでくれている紅優を見上げた。


「神様は滅多に死なないけど、妖怪は死んだら自然に返るよ。妖怪は基本、自然現象から生まれた者や獣から成った者が多いから。人のように体を残して死んだりはしない。体も魂ごと自然に返るんだ」


 紅優がしてくれたのと似たような説明が、理研で読んだ妖怪の本にも書いてあったとぼんやり思い出した。


(消えてしまうのかな。だとしたら、ちょっと悲しいな)


 人のように体を現世に残して魂だけが亡者の国に逝くのと、総てが自然の一部に戻るのは、どちらが良いのだろう。

 蒼愛にはまだ、わからなかった。


 繋いだ手を引いて、紅優が社の中に入った。

 スゼリが案内した社の中には、大きな円が掛かれている。

 水ノ宮や瑞穂ノ宮の移動の間と同じような陣だった。


「ここから、大気津様がいる土の中に潜る。土の中は蛇や百足みたいに暗がりを住処にする奴らの縄張りだ。アイツ等は陰湿だし、場合によっては妖怪でも喰うから、気を付けて」


 スゼリの説明に、夜刀が蒼愛の手を取った。


「大丈夫、私も蛇。蒼愛様、手を繋いでいこう」


 紅優と夜刀に手を繋いでもらって、挟まれた。

 両手を繋いでもらうのは初めてで、ちょっと嬉しくなった。


「うん! 夜刀さんに手を繋いでもらえるの、嬉しい」


 笑いかけたら、夜刀がちょっとだけ微笑んでくれた。

 無表情な夜刀の笑みを初めて見たので、ビックリした。


 全員が円の中に入ると、スゼリが神力を流した。

 円が黄色の光を放つ。

 体が光に包まれて、自然と目が閉じる。

 目を瞑る直前、腕に抱いた野椎を不安そうに抱きしめる須勢理の背中に手を添えてやっている吟呼の姿が見えた。

 蒼愛は安心して、ゆっくりと目を閉じた。


 目を開くと、暗い場所に立っていた。

 洞窟のようにくりぬかれた空間は手が届かない程、天井が高いのに、窓もなく真っ暗だ。

 なのに何故か、灯りがなくても先が見えた。

 歩き出そうとした蒼愛と紅優を、吟呼が止めた。


「待て、紅優。こう暗いと足下もおぼつぬ。灯りを灯そうぞ」


 吟呼が指を上げて火を灯した。

 狐火がユラユラと揺れながら辺りを照らし、先導してくれた。


「そっか、皆は視えないんだね」


 ぽつりと零した蒼愛の言葉に、世流が首を傾げた。


「蒼愛様には、みえるのか? 八咫烏の俺でも、ほとんど見えていないのに」


 今日の世流は烏の姿で吟呼の肩に乗っている。

 非常時の伝令係らしく、即時対応できるスタイルらしい。


 蒼愛は紅優と顔を合わせた。


「暗いなって思うけど、よく見えるよ」

「地下も瑞穂国の一部だからね。感じ取れるし、見えるんだろうと思うよ」


 蒼愛と紅優の説明に、吟呼と世流が感心した顔をした。


「紅優は、本当に瑞穂ノ神となったのだな。失礼した」


 軽く頭を下げる吟呼に紅優が慌てた。


「火があった方がよりよく見えるし、有難いよ。あと畏まるの、やめてね」


 スゼリがすぃと前に出て歩き出した。


「僕は元々根の国の神だし、慣れているから先を歩くよ。何よりこの場所は何度も通ってよく知っているから」


 足元に隆起した太い木の根をひょいと避けて歩き出す。


(たとえこの国の土ノ神で無くなっても、スゼリは現世の根の国の神様なんだ。だからさっきも、使ったのは神力だったんだ)


 蒼愛たちはスゼリの後について歩き出した。

 長い洞の道をしばらく歩いたら、広く大きな空間に出た。

 

「この奥だよ」


 短く言い放って、スゼリが広間を歩き出した。

 大きな空洞は左側に向かって伸びているようだ。

 斜めに突っ切るように歩いた突き当りで、スゼリが足を止めた。

 目の前に現れた姿に、蒼愛は息を飲んだ。


 細く太く、無数に張った木の根が大気津の体を壁に貼り付けるように支えている。

 体はほとんど見えないのに、白い顔だけが暗闇に浮き上がって見えた。

 所々、根が途切れる隙間から覗く手も色を失くして、ピクリとも動かない。


(足が見えない。幽世に溶けているんだ。かろうじて半分くらい、残っているだけだ)


 大気津の姿を見上げた全員が、呆気に取られていた。


「大気津様、聞こえますか? スゼリです。今日も伽耶乃と一緒に、会いに来ましたよ」


 スゼリが声をかける。

 それはあまりにも日常的で、いつもこんな風に声をかけているのだろうと感じ取れた。


「今日は瑞穂ノ神様を連れてきました。大気津様と話しがしたいのだそうです」

「瑞穂ノ、神……」


 全く反応がなかった大気津の口がわずかに開いた。


「立派な、色彩の宝石……。幽世の理を知る。まるで、クイナのような、神……」


 閉じていた目がうっすらと開いて、蒼愛と紅優に向いた。


「人は、愚かで、醜い。どれだけ喰われようと、守る価値は、ない。喰わねば、妖怪は、死ぬ。我が国の民を、生かす。そのために、結界を、緩め、人を招き寄せた。私は、間違った、か?」


 大気津の問いかけはあまりにも真っ当で、すぐに返事ができなかった。

 同時に、大気津の時間は人と妖怪の戦があった数百年前で止まってるのだと思った。


(やっぱり、大気津様は人を嫌いになっちゃったんだ。幽世の神として、妖怪を生かす方を選んだんだ)


 大気津の選択を間違ったなんて、言えない。けど、正しかったとも言えない。


「幽世の神様として、大気津様は間違っていないと、思います。けど僕は、妖怪か人間、どっちかだけなんて、選べない」


 この幽世で出会った総ての神様や妖怪と、現世で一緒だった芯や保輔、蒼愛にとってはどちらも大事だ。

 紅優が蒼愛の肩に手を置いた。


「俺たち妖怪も、蒼愛たち人間も、皆、愚かで醜い生き物です。だからこそ愛おしくて、大事にしたくなる。クイナの真意は、わかりませんが、共存のための国であったと、俺は思っています」


 共に生きるための棲み分け、喰って喰われる関係は変えられなくとも、共に生きる方法を模索し続ける。

 それがクイナの意志だったのかもしれない。

 蒼愛は紅優を見上げた。

 紅優の顔は、やっぱり神様のようだと、改めて思った。


「……そうか。だから私は、土に溶けるのだろうね。クイナの気持ちも、理も、瑞穂ノ神の言葉も、私には届かない。まるで遠くで響く鐘の音のように、無意味に流れる。神も妖怪も人も、私を利用し貶める。ただそれだけの生き物だった」


 蒼愛は大気津を見上げた。


「だったら貴女は、誰も利用しなかったんですか? 誰も貶めなかったんですか?」

「蒼愛?」


 紅優の声にも、蒼愛は言葉を止めなかった。


「可哀想なスゼリを召し上げて親切にしたつもりでしたか? 虫を見るような目で情けを掛けるのが優しさですか? そんなやり方しかできないなら、始めから側になんかおかなければ良かった」


 スゼリが肩を揺らしているのが見えた。


「好きな子とそうでない子に差を付けて親切な振りをするのが優しさだとは、僕は思えない。それでもスゼリはずっと貴女の元に通っていたのに、それすら無かったことにするんですか。貴女はそれでも神様なんですか?」

「もうやめてよ!」


 スゼリが大声で蒼愛の言葉を止めた。


「大気津様がこうなった理由は、僕が人間の本性を語ったせいだ。僕も悪いこと、いっぱいしてるんだ。大気津様に今更、謝ってほしいわけでも変わってほしいわけでもないんだよ」


 スゼリが野椎を抱きしめる。

 吟呼がそっと隣に立っていた。


「……ごめん、スゼリ。僕には、大気津様が自分のことしか考えていないように思えて。自分は何も悪いことしていないって言ってるように聞こえて。自分だけが傷付いているような言い方が、腹が立ったんだ」


 見下した心を隠して優しさを振りまく人間は、自分がさも良い人間であるかのように思い違いしている場合が多い。自分の言動や行動が相手を惨めにして傷付けているなんて、微塵も考えない。それが蒼愛は吐き気がするほど嫌いだった。


「もしかして、自分と重ねた?」


 紅優の声が降ってきて、蒼愛は顔を上げた。


「蒼愛がそういう話し方をする時は、昔の自分と重ねている時だね」


 蒼愛は紅優に抱き付いて頷いた。


「そういう態度をとる理研の研究員が大嫌いだった。ごめん、これは僕の個人的な想いだよ。スゼリの気持ちじゃない。もし同じような想いをさせられていたなら許せないって、思っただけなんだ」

「うん、わかったよ、蒼愛」


 紅優が蒼愛の髪を優しく撫でてくれる。

 逆立った気持ちが、少しずつ落ち着いた。


「この幽世に私を押し込めたクイナの気持ちが、私にはわからなかった。今でも、わからない。何故わからないのか、わかった気がしたよ、色彩の宝石」


 蒼愛はゆっくりと振り返った。

 薄く開いた大気津の目が、蒼愛を見詰めていた。


「きっと人間も妖怪も、好きになってほしかったのだと、思います」


 紅優の言葉に、大気津の視線が動いた。


「私は、どちらも嫌いになってしまった。クイナにも、私の気持ちは、わからなかったね」

「相手の気持ちなど、そう簡単に理解できるものではないと、思います。たとえ、神であっても。だから知ろうと、理解しようと、歩み寄ろうと努力を繰り返すのです。たとえ同じことの繰り返しであっても、やめてはいけないのだと思います」


 紅優の返答に、大気津がゆっくりと目を閉じた。


「そうだね。私は、私すら、理解してはいなかったのだから」


 大気津がスゼリに視線を向けた。

 スゼリの肩が大袈裟に揺れる。その肩を、吟呼が抱いた。


「お前が嫌いだったよ、スゼリ。ずる賢くて言葉巧みに私を追い詰めた。お前のせいで私は、こうなった。そう思い続けていたけど、そうではないと、わかっていた」


 スゼリが、そっと顔を上げた。


「私に会いに来るのは、私を利用したい大蛇と、お前だけ。ここ数百年、お前は私を守ってくれた。お前だけが私に声を掛け、私を守った。他の神々が見ぬ振りをした、この私を、見捨てなかった」


 スゼリの目から、涙が流れた。


「私が土に溶けたのは、お前の言葉でも大蛇の妖術でもない。誰かが助けにくると高を括っていた。けど誰も来なかった。扱いづらい私より、お前を土ノ神にする方を選んだのさ」

「それは、違います。僕と大蛇がデマを流したから」


 自嘲気味に流れた言葉を、スゼリが強く否定した。


「どんなにデマを流そうと、助けようと思えば来るさ。今の、瑞穂ノ神と色彩の宝石のようにね。手遅れになっても、来てくれる」


 蒼愛は紅優と大気津をじっと見詰めた。


「大気津という神は土に溶け、多くの種で幽世の土を豊かにする方が良いと、神々は考えたのだろうね。わかっていたんだ、全部。だからスゼリ、お前のせいじゃない。そもそもお前に、それだけの力も影響力もありはしないよ」

 

 スゼリがぐっと唇をかんだ。

 今の大気津の言葉は、本音ではないのだろうと、蒼愛は感じた。

 スゼリに責任を負わせないために、あえて嫌な言い回しをしたように聞こえた。


「神々は……」


 話そうとした蒼愛の口を紅優が塞いだ。

 蒼愛を見下ろし、首を横に振った。


(神々は見捨てたわけじゃない。淤加美様も月詠見様も、何とかしたかったのに手段がなかっただけなんだ。幽世全体のことを考えて、どうしようもなかっただけなんだ)


 それにも大気津は気が付いているのかもしれない。

 敢えて神々を悪く言ったのは、やはりスゼリへの気遣いかもしれない。

 それに気が付いたから、紅優は蒼愛を止めたのだ。


(なんて、不器用な神様だろう。もっと違う言い方もやり方も、今までいくらでもできたはずなのに)


 大気津の目が紅優に向いた。


「瑞穂ノ神様、私は、この幽世の土に溶ける。多くの種を芽吹かせ、豊かな実りを約束しよう。人に代わる実は、実らせられなんだ。だからこれからも考え続けてほしい。人と妖怪が、共に生きる方法を」


 薄い目が、笑んだ。

 初めて、大気津の目が笑った。


「考え続けます。それこそが、俺が瑞穂ノ神となった意味であると、思っていますから」


 紅優の返答に、蒼愛はその顔を見上げた。

 強い決意がありありと感じられる。

 視界が涙で滲んだ。大好きで尊敬する紅優だと思った。


「これ以上、私を大蛇に利用させるなよ。溶けるまで、しっかり守っておくれ」


 大気津が満足したように目を閉じた。


「瑞穂の神と色彩の宝石。最後に話ができて、楽しかった。スゼリと大蛇以外に、たくさんの気に囲まれて、嬉しかったよ」

 

 木の根が大気津を更に包み込む。


「大気津様!」


 蒼愛は紅優から離れて、駆け寄った。


「嫌なコト言って、ごめんなさい。ずっと寂しかった大気津様の気持ちも考えないで、ごめんなさい」


 閉じた目を再度開いて、大気津が笑った。


「真っ直ぐな蒼愛。他者のために怒れるお前が、嫌いじゃない。可愛げのないスゼリをよろしく頼むね」


 木の根に巻かれた大気津の手が、蒼愛の頭を撫でた。


「私にお前の土の神力を分けておくれ。お前がやりたかった土の力の使い方を、私がしてやろう」


 蒼愛は思い切り顔を上げた。


「どうして、わかって……」

「私はもう、幽世の一部だからね」


 頷いて、蒼愛は両手に土の神力をあふれさせた。

 そのまま、大気津の手に近付ける。

 大気津の指が、蒼愛の神力を吸い上げた。


「なんと濃い、美しい神力だ。魂の味がする神力、綺麗だね……」


 大気津が目を閉じた。

 木の根が、今度こそ大気津を覆いつくす。

 顔も手も、総てを木の根が覆いつくして、大気津の体が土の中に溶け流れていった。

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