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からくり紅万華鏡ー餌として売られた先で溺愛された結果、幽世の神様になりましたー  作者: 霞花怜(Ray)
第三章 瑞穂国の神々

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70.一緒にお風呂

 一先ず、大気津に会いに行くのが優先、ということで、この日はお開きになった。

 ゆっくりはしていられないので、一日休んで出立になったのだが。

 蒼愛と紅優だけで行かせる訳にはいかないと、神々の側仕が数名、付いてくれる運びになった。

 全員は多いということで、誰が同行するかを話し合ったが決まらず、結果、じゃんけんしていた。


(幽世にも、じゃんけん、あるんだ)


 などと思いつつ見守った結果、夜刀と吟呼、世流に決まった。

 三人も多い気がするが、大蛇の襲撃を警戒しているのだろう。


 宴を終えた蒼愛たちは、やっと家に帰れた。

 家と言っても今日から瑞穂ノ宮が住まいになる訳だが。

 広間や控えの間がある表から奥に進むと、日本家屋風の屋敷が現れた。


「あ! あの家、紅優の御屋敷だ」


 近付くにつれ、見慣れた屋根から家屋が顕わになった。


「急に場所が変わると落ち着かないから、地上の家をそのまま持って来たんだ。宮の奥にも住める場所はあるから、引っ越しは徐々にね」


 紅優が蒼愛に微笑みかける。

 どうやって持ってきたのかわからないが、きっと妖術なんだろう。


「僕も、元の家が良い。部屋もお風呂も、同じが良い」


 この国に来て、最初に暮らした、思い出が詰まった家だ。

 見上げると、紅優が笑顔で頷いてくれた。


 自分の部屋に一人で戻り、畳の上にバタンと横になった。


(やっと帰って来られた。久しぶりに帰ってきた気がする)


 淤加美の所に挨拶に行ってから、ずっと神様の宮を廻って、水ノ宮に戻る日々だった。

 そう長い期間ではなかったが、蒼愛としてはとても長く感じた。


(自分の家に帰ってくるって、こういう気持ちなんだ。落ち着く……)


 見慣れた部屋も匂いも家具も、総てが安心する。


(いつの間にか、この家が僕の家になっていたんだ。紅優と僕の家だ)


 嬉しくて、ちょっと照れ臭い。

 安心してウトウトしていたら、足音が聞こえてきた。


「蒼愛、お風呂の準備できてるよ。入るかい?」


 日美子が襷掛けした着物姿で蒼愛に声を掛けた。


「え? 日美子様が準備してくれたんですか? やらせちゃって、ごめんなさい」

「良いんだよ、気にしなさんな。祭祀で疲れたろ。ゆっくり浸かっておいで。ついでにスゼリを連れて行ってやんな」


 日美子の後ろに隠れて、スゼリがちらりと顔を見せた。

 伽耶乃の中の色彩の宝石が蒼愛の力の開花に役立つかもしれないという理由で、野椎を預かることになったのだが。スゼリから野椎を離すのは気の毒に思い、一緒に瑞穂ノ宮に誘った。

 スゼリだけでは不安だったのか、日美子が付いてきてくれた。


「わかりました。一緒に行こう。着替えは僕の、使えるかな」

「あぁ、いいかい? 準備しておくから、気にせず入っておいで」


 背格好が近いスゼリなら、蒼愛の浴衣が使えそうだ。

 蒼愛はスゼリの手を引いて風呂場に向かった。


「家のお風呂はね、檜の浴槽で、とっても香りが良いんだよ」

「そうなんだ」


 短く返事して、スゼリが黙った。

 宴の後、スゼリは紅優に土ノ神の地位を返上した。

 名前を一文字にしなければならなかったが、カタカナの名前を選んだ。

 カタカナの名前は何文字でも漢字一文字以下の扱いになるらしい。

 人間の奴隷に多いので、妖怪は好んで使わないようだが、スゼリはそれでいいと言っていた。

 それに伴い、敬称と敬語が使えなくなった。

 その辺りも幽世の強制力が働くようだ。


(この国では名前って、本当に大事なんだな。名前が全部を支配しているみたいだ)


 紅優がくれた蒼愛という名前も、最初に比べて意味合いが増えた。

 紅優の番、蒼玉、色彩の宝石、瑞穂ノ神。


(僕は紅優の番なだけなのに、紅優と一緒に神様になっちゃった)


 現世に捨てられ餌として売られた命は、幽世に拾われ神になった。

 自分でも、未だに信じられない。


(立場も肩書も、何だっていい。紅優の番でいられたら、それでいい)


 紅優にとって価値があれば、それでいい。

 その気持ちは変わらないのに、蒼愛の想いに反して、蒼愛の価値は大きく広がっていく。

 少し前までは、それが嫌だった。


(今は、それでもいい。紅優とちゃんと番になれたから。前よりずっと、紅優を感じるから)


 色彩の宝石になって、瑞穂ノ神になって、前より深く強く繋がれた。

 そう感じるから、今の状態が嫌ではなかった。


「……現世ではさ、僕は根の国の神だったんだ」


 湯船に浸かりながら、スゼリがぽつりと零した。


「うん、紅優に聞いたよ」


 頷くでも表情を変えるでもなく、スゼリが語り出した。


「正確には僕の父上が神様で、大蛇の長を一度、退治しているんだ。その時に大事な剣を奪って、今は人間が保管してるんだけど。そのせいで八俣は大きく妖力を失った。それでアイツはこの幽世に来たんだ」


 どこかで聞いたことがある話だと思った。

 日本の神話の中に、似たような話があった気がする。


「僕が幽世に来たのは、伽耶乃が大気津様と幽世に行っちゃうからで。寂しいって言ったら、伽耶乃が一緒にくる? って誘ってくれたんだ。伽耶乃が野椎になったのも、大気津様が土に溶けたのも、僕が関わったせいかもしれないって、ちょっとだけど、思ってはいたんだ」


 蒼愛は首を傾げた。

 大蛇とスゼリに因縁があったとしても、スゼリのせいばかりではないように感じた。


「大気津様はさ、僕が好きじゃなかったんだよ。潔癖というか、綺麗なものしか好きじゃない方だったから。根の国出身の僕みたいな神は、本音じゃ虫けらみたいに思っていたんだと思う。だから僕も、大気津様を貶めるのに、あんまり抵抗がなかったんだ」


 スゼリの話をなるべく黙って聞いていた蒼愛だったが、流石に口を挟んだ。


「大気津様って、優しくて良い神様だったんだよね?」


 スゼリが表情なく頷いた。


「そう、誰にでも優しく接してくれるし、分け隔てもしない。表面上はね。でも本音は、伽耶乃みたいな綺麗な地上の神様を可愛がりたいし、汚いものは周りに置いておきたくない。僕に接する時は、いつも笑顔が引き攣ってた」

 

 何となく想像できると思った。

 似たような人間を知っているから。


(理研の研究員に、そういう人が何人かいたな。僕らを明らかに見下しているのに、親切ぶっている偽善者)


 bugもblunderも平等に尊い命だと説きながら、廃棄する現状に異を唱えもしない。

 可哀想な命に優しくしてあげている自分に酔っている人たち。

 どんなに隠しても、表情や言葉の端々に本音が出てしまうのは、蒼愛もよく知っている。


(大気津様がそういう神様なんだとしたら、人に絶望して人を嫌いになって狩っちゃうの、ちょっとわかるかも)


 潔癖な大気津には、侵略者の人間が、さも汚い生き物に映ったことだろう。


「神様って、もっと尊敬できる性格の存在なんだと思ってた」


 思わず本音が零れてしまった。

 瑞穂国の他の五柱の神々は、多少癖があっても心根は優しい神様ばかりだ。

 人間臭い所は、むしろ親近感がわく。

 だから神様なんだと思うし、尊敬できる神様しかいない。


「神様って、人間の先祖だよ。完璧なわけないじゃん。僕を見たらわかるでしょ」


 真顔で言われて、蒼愛は首を傾げた。


「完璧じゃないのは、わかるけど。スゼリがダメな神様だとは、僕は思わないけど」


 スゼリが顔をしかめた。顰めたというより、変顔のように歪ませた。


「今更、お世辞も慰めも要らないよ。僕はもう、神様じゃないんだから」

「お世辞でもないし、慰めてるつもりもないよ。幽世に来てから伽耶乃様を守って、苦手な大気津様の話だって聞いて、大蛇の暴走を止めてきた。一人で頑張ってきたんだよね。僕は、凄いことだって思うんだけど」


 スゼリがまた無表情になっている。

 

「そうなったのは、この数百年だよ。大気津様を陥れるのに蛇々と協力したり、伽耶乃のためとはいえ色彩の宝石を盗んだりしてる。充分、ダメなんだよ、僕は」


 足を折って、スゼリが小さく座る。

 広い湯船が、余計に広く見えた。


「確かにスゼリは、悪いこともしちゃったよね。だから誰にも頼れなかった気持ちも、わかるよ」


 蒼愛もスゼリと同じようにして、足を折って座った。

 他者に心を開けない臆病さは、理研に居たつい最近まで蒼愛の中にもあった感情だ。


「スゼリはどうして、瑞穂国の土ノ神になりたかったの?」


 蒼愛がスゼリに一番聞いてみたかった話だった。

 ずるずると肩までお湯に浸かって、スゼリが口を尖らせた。


「根の国じゃない、明るい場所の神様になりたかったんだよ。誰にも馬鹿にされない、本当の神様になりたかったの。僕を馬鹿にしてきたやつらを見返すためにね」


 それはきっと本音だろうと思った。

 蒼愛はスゼリの横顔を見詰めた。


「……あとは、伽耶乃と同じになって、側に居たかった」


 ぶくぶくと顔半分までスゼリが湯船に沈んだ。


「同じになって……。そっか」


 その気持ちは、蒼愛にも痛いほどわかる。

 大好きな相手と同じ立場で同じ目線で、同じ気持ちを感じていたい。

 その為なら、何者にだってなれる。どんな努力も出来る。


「一緒にお風呂に入れて良かった。スゼリは僕に似てるって、知れたから」


 蒼愛の言葉に、スゼリが訳の分からない顔をした。


「ドコが? 全然、似てないと思うけど」

「素直に心を開けないところとか、好きな相手の側に居たいって頑張るところ。あと、食べるの好きなところ」


 宴の時、日美子がスゼリは酒より食べるのが好きだと話していた。


「御披露目の時からずっと、話がしたいって思っていたんだ。あの時の僕の言葉がスゼリを傷付けていたら、どうしようって思って。でも、そうじゃなかったのなら良かったし、もっと仲良くなりたいって思うよ」


 スゼリが湯から顔を上げる。

 沈んでいたせいか、赤い。


「僕にとっては、救世主だったよ。これくらい大きなきっかけでもなきゃ、素直になんか、なれなかった。全部、……蒼愛様のお陰」


 照れた顔をスゼリが逸らした。

 今まで行ってきた悪行が露見し、神の地位を剝奪されてしまっても、スゼリは今の状況に安堵しているのかもしれない。

 逸らした横顔は御披露目の時よりスッキリしているように見えた。


「様付けじゃなくても、いいんだけど……」

「勝手に呼んじゃうんだから、仕方ないでしょ」


 蒼愛は首を傾げた。


(紅優のこと、神様になってからも側仕の皆は呼び捨てしてたし、そういう強制力は働いていない気がするけど)


 スゼリのように神の地位を剝奪されたケースとは違う気がする。

 

(敬語で話している訳でもないし……。ま、いいか)


 きっとスゼリの匙加減なのだろう。

 蒼愛に対する、ささやかな感謝かもしれない。甘んじて受け取ることにした。


「そろそろ上がろっか。きっと夕餉の準備、出来てるよ」


 蒼愛が立ち上がる。

 つられてスゼリが立ち上がった。


「え? 宴であんなに食べたのに、まだ食べるワケ?」


 確かに食べたが、話をしている時間が長かったので、蒼愛はほとんど食事ができていない。

 側仕の皆が、もりもり食べている姿を遠巻きに眺めていた感じだ。

 

「あんまり食べられてないから、お腹空いちゃった。スゼリは、お腹空いてる? というか、人間と同じ食事って必要? ただの嗜好品?」


 紅優のように、喰わなくても生きられるが嗜好品として食する妖怪もいる。

 人間と同じ食事が必要な妖怪もいると、火産霊が話していた。


「根の国の神は、人と同じ食事をするよ。普通にお腹空いてる」


 恥ずかしそうに腹に手を当てる。

 素直に話してくれたのが嬉しくて、蒼愛はスゼリの手を取った。


「じゃ、早く上がろう。夕餉は何かな。楽しみだね」


 スゼリの手を握って、脱衣所に向かう。

 蒼愛の握る手を、スゼリは振り解きはしなかった。

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