68.祭祀後の宴
瑞穂ノ宮に戻ると、紅優の予想通り宴会の準備が整っていた。
紅優と蒼愛は上座に座らされた。
「ちょっと照れるね」
照れ顔でそう話した紅優から、祭祀の前のような緊張は消えていた。
(幽世の声が聞こえて、紅優も僕の話を分かってくれたんだ。自分の立場とか、嫌って思っていないといいな)
神様になって様付けで呼ばれたり敬われるのを嫌がっているように感じた。
蒼愛が一番心配なのはそこだった。
「紅優、神様になるの、嫌じゃない?」
蒼愛の問いかけに、紅優が少しだけ考え込んだ。
「やっぱりちょっと、恥ずかしいけど、嫌ではないよ。だって、蒼愛と一緒だから」
「僕は色彩の宝石で、神様じゃないよ」
「違うでしょ。だって、俺たちの名前、ね?」
「そうだけど……」
紅優が蒼愛の手を握った。
「今のままの名前でいいなら、神様も悪くないと思えるよ。蒼愛と同じで、生きていける」
「うん、そうだね。僕も、今の名前が良い。紅優がくれた蒼愛が良い」
額を合わせて笑い合う。
「二人にしかわからない話をするのは、狡いな。私にも聞かせておくれ」
すぐそばに座っている淤加美が、ちょっと不貞腐れている。
「名前の文字の数なのですが、俺たちの名前はそれぞれ二文字だけど」
「二人合わせて四文字だから、このままでいいみたいなんです」
紅優と蒼愛が交互に説明する。
つまりは二人合わせて瑞穂ノ神という扱いらしい。
正確には瑞穂ノ神には色彩の宝石が欠かせないという意味のようだが。セットと考えていいんだろうと思う。
「なるほどね。そういう話も幽世が教えてくれるのかい?」
淤加美の言葉に、蒼愛と紅優は頷いた。
「結局、紅優と蒼愛はどこまで何を知っているんだい? この幽世の総てがわかるのかい?」
月詠見が不思議そうに問う。
蒼愛は首を傾げた。
「教えてくれることとくれないことがあるし、聞いてなくても教えてくれたりするし、聞いても教えてくれなかったりします。須勢理様の事情は、野椎の伽耶乃様が僕の顔に覆いかぶさってきてから、わかったし」
改めて考えると、情報提供はランダムだなと思う。
「俺は蒼愛と左目を交換して、神力を交換してから、声が流れ込んできました。恐らく、蒼愛の方が幽世の声をたくさん聴いているんじゃないかと思います」
紅優が声を聴くようになったのは完全に番になってからだ。
それは蒼愛にもわかった。
「これからはきっと、紅優の方がいっぱい聞こえると思う。僕は紅優を守るためにいるから、紅優から声を聴くんじゃないかな」
蒼愛の言葉に、紅優が蒼い顔をした。
「それはダメだよ! 蒼愛を守るのは俺だよ!」
蒼愛を抱きしめて、紅優が頬擦りする。
「嬉しいけど、多分、紅優より僕の方が強いよ」
蒼愛の発言に、紅優ががっかりした顔をした。
「わかってるよ。蒼愛の成長に驚きを隠せないけど、蒼愛はかなり強くなったよね」
しゅんとする紅優の肩を撫でる。
「紅優のお陰だよ。色彩の宝石は瑞穂国を守るためにいるんだから、強くならなきゃいけないもん」
拳を強く握って、気合を入れる。
そんな二人のやり取りを、淤加美が呆気に取られて眺めていた。
「蒼愛は逞しくなったね。成長が早すぎて意識が付いていかないよ」
「でもさぁ、御披露目の時点でどの神より蒼愛は強かったよ? ギリギリ勝てるのが淤加美かなってくらいに」
月詠見が、淤加美の反応に笑いつつ、意見をくれた。
末席の方で酒を楽しんでいる側仕の面々が呆然としていた。
「自分よりお強い方を御守りするというのは、至難ですな。精進せねば」
吟呼が小さく笑いながら酒を含んだ。
「まぁま、強さは神力だけじゃないさ。勉強したくなったら、いつでも風ノ宮においで。歓迎するよ」
利荔が楽しそうに杯を持ち上げる。
「行きます! 絶対、行きます!」
思わず前のめりに返事をしてしまった。
「火ノ宮にも来いよ。また漢字の練習、付き合ってやるぜ」
「はい! 僕、火産霊様とは、また炎の使い方の練習もしたいです」
「勿論、いいぜ。いつでも来い。今日にでも来い」
誘う火産霊を押しのけて、志那津が身を乗り出した。
「風の使い方の練習、できていないだろ。炎より風が先だ。風で飛んでみたいんだろ」
「はい! 足の下に風を集めて、ぽーんて飛んだらいいかなって思って」
蒼愛の興奮した説明に、志那津が吹き出した。
「それじゃ飛び上がって終わりだ。足下に竜巻を作って、強弱を付けて飛行するほうがいい。旋風で瞬発的に移動したり、緩い風で低空飛行するのも、楽しいよ」
蒼愛の胸にワクワクが込み上げる。
「凄い! 早く志那津様と飛ぶ練習、したいです!」
ちょっと得意げな顔になった志那津を、火産霊が突いた。
「横取りは狡いぞ、志那津。蒼愛は俺の弟だ」
「俺は蒼愛の友達だから。遊びに来るのとか、普通だよ」
志那津と火産霊が睨み合ってしまって、蒼愛はオロオロした。
視界の端に、須勢理の姿が移った。
須勢理は日美子の隣に座って、色々と世話を焼かれていた。
「須勢理、酒より食べるの好きだろ。煮物でも、取ってやろうか?」
「何で知ってるのさ」
「そりゃ、大昔からの付き合いなんだ。知ってるに決まているだろ」
大皿から取り分けた煮物を渡されて、須勢理が素直に受け取っていた。
「結局、私らは、アンタに全部、押し付けちまってたんだね。真実を知ろうともしなかった。神様失格さ」
日美子が須勢理の手を撫でた。
やっぱり日美子は優しいと、蒼愛は思った。
(一番最初に謝った淤加美様も、ちゃんと労ってくれる日美子様も、優しい)
他の神々も言葉にしないだけで同じ思いを抱えているのは、顔を見ればわかる。
神様とは、きっとそういう存在なんだろうと思った。
「全部が全部、嘘だったわけじゃない。大気津様が人に絶望して土に潜った時、僕はチャンスだと思った。だから大蛇と、追い込んだんだ」
須勢理の小さな声の懺悔は、静まり返った部屋の中に響いた。
「瑞穂国の妖怪を惨殺した人間に絶望する大気津様を、内心は笑ってた。人間に何を期待していたんだろうってね。人間なんて、最初から自分勝手で愚かな生き物だ。喰われないのを当然と考える馬鹿だ。今だって僕は、人間が嫌いだ。だからそのまま、大気津様に教えてやったんだよ」
須勢理の言葉に、志那津が険しい顔をしていた。
そういえば、志那津も同じように人間が嫌いだと話していた。
「そうしたら、大気津様は人を狩るようになった。自分では喰わなくても、甘い神力で人を惑わして幽世に誘い込むようになった。それが大蛇の誘導だって気が付いたのは何百年も後で。怖くなって、色彩の宝石を盗んだんだ」
須勢理が盗んだという色彩の宝石は、宝石の人間六人で作った石だろう。
「何でそこで、色彩の宝石を盗もうと思ったんだ? 野椎のためか?」
志那津の問いかけに、須勢理が膝の上の野椎を撫でながら、小さく頷いた。
「伽耶乃は、現世から幽世に来る前に八俣に野椎の姿にされて。置いてこれなくて、僕が幽世に連れてきたんだ。伽耶乃は僕の、……唯一の、友達、だったから」
伽耶乃なら土ノ神になれると、須勢理はさっき話していた。
強い土ノ神になって、自分では止められない大蛇の暴走を止めてほしかったのだろう。
須勢理の言葉に、神々が視線を落とした。
「現世の根の国は亡者の国って、蒼愛も知っているよね?」
小声で紅優に声を掛けられて頷いた。
理研にあった日本の神話の本で読んで、知っている知識だ。
「根の国の住人や神はね、ちょっと格下扱いされて、地上では嫌な思いをすることが多いんだ」
神々が微妙な反応をしたのは、その為かと思った。
差別される神様の、唯一の友達が、伽耶乃だったのだろう。
「伽耶乃様って、どんな神様だったの?」
こっそりと紅優に聞いてみる。
「野の神様で、ある意味では大気津様より大地に近い神様だよ。女神様でね、おおらかでおっとりした優しい神様だよ」
確か、大気津もそんなような性格の神様と聞いた気がする。
優しい神様や人というのは、絶望すると極端な発想に走ってしまうのかもしれない。
「色彩の宝石は能力も未確認で、どんな力も備わってるって噂だったから。伽耶乃を元に戻せるかもしれないって思った。僕の力じゃ、蛇々も八俣も大蛇の一族も、どうにもできない。あの頃には僕の悪行も大蛇に触れ回られていて、誰も僕の言葉なんか信じてくれないって思った。だから、伽耶乃を元に戻すしかしかないと思った」
須勢理の目が少しだけ上向いた。
その目が蒼愛に向いた。
「御披露目の時、蒼愛は僕を寂しいって言った。初めて会った人間に、僕の気持ちを見抜かれた。悔しいとかムカつくより、安心したんだ。もしかしたら、やっと、この辛さから解放されるかもしれないって」
須勢理の目から涙があふれる。
日美子が須勢理の肩を抱いてやっていた。
(あの時の、あの無表情な顔は、安心だったんだ。そこまでは、わからなかった)
「だから須勢理様は、俺を木の根で助けてくれたんですね。蒼愛を守るために」
紅優をちらりと見て、須勢理が俯いた。
「……本当は、紅優の動きを奪って左目を壊せって言われてた」
確かに、見た目上は須勢理が言った通りの展開になっていた。
大蛇の命令通りに動いたように見せかけて、守ってくれたのだろう。
「紅優の左目に瘴気を纏わせたのは蛇々だろ? 社の結界は強化していた。大気津の神力を使って入り込んだ?」
月詠見の問いに、須勢理が頷いた。
「大蛇の一族は結界を壊すのが得意だ。でも流石に日美子と月詠見の結界は壊せない。だから、大気津様の神力を使って臍から入り込んだ。紅優の左目に瘴気を纏わせるのにも、大気津様の神力を使っているはずだよ」
「だから紅優自身も、自分の左目に細工されているのに気が付かなかったんだね。大気津の神力の上から瘴気を被せて更に神力で包んだかな」
月詠見が大袈裟に息を吐く。
「土ノ神力なら、月に一度、加護を頂いているので違和を感じません。気が付けませんでした」
しょんぼりする紅優を眺めて、淤加美も小さく息を吐いていた。
「大蛇の一族は蒼愛と紅優を殺すつもりだったと判じて、間違いないね。瑞穂ノ神の話は、須勢理にも伏せていた。殺したかったのは色彩の宝石かな?」
須勢理が淤加美に向かい、頷いた。
「……蒼愛も紅優もだよ。瑞穂ノ神だと知らなくても、二人は番だから。瘴気が効果なかったら、僕が二人を殺せって。でないと伽耶乃を殺すって言われてた。でも僕は失敗した。本当はあの場で伽耶乃か僕が殺されていたはずなんだ」
須勢理の言葉にドキリとした。
足元から立ち昇った瘴気は紅優だけでなく須勢理にも向かっていた。
紅優を取り巻いていた瘴気は濃い死の匂いがした。 根の国の神で死の瘴気に慣れている須勢理でも死んでいたかもしれない。
「僕がもう嫌になっているのも、大蛇は気が付いてたんだ。使い潰すつもりだったんだと思う。けど、できなかったんだ」
「そうだろうね」
須勢理の言葉に、淤加美が同意した。
他の神も皆、納得している様子だ。
蒼愛と紅優は顔を見合わせた。
「蒼愛と紅優が左目を交換していた、あの時。強い浄化の神力が社の周囲にまで広がっていた。瘴気を扱うような妖怪は近付くことさえできなかった筈だよ」
淤加美に指摘されて、初めて知った。
紅優も同じだったらしく、驚いた顔をしている。
「ふぅむ、厄介だね。けれど、問題は整理されたかな。大蛇の一族、大気津……ふむ」
顎に手を添えて、淤加美がブツブツと口の中で独り言を唱えている。
考える顔を上げて、淤加美が須勢理を振り返った。
「須勢理、今日この時を持って、土ノ神の権限を私に戻しなさい。しばらくの間は土ノ神不在とする」
須勢理が顔を引き攣らせた。
「いや、権限を戻す相手は私ではなく紅優様かな」
淤加美の目が紅優に向く。
須勢理とは違う意味で顔を引き攣らせていた。
「今後は、日ノ宮で日美子の側仕をする、というので如何でしょうか、紅優様」
淤加美にお伺いを立てられて、紅優が口元を引き攣らせた。
「そうですね。それなら一ノ側仕だった蛇々も御役御免で天上には登れない。大蛇の一族が神の宮に上がる手段がなくなります。須勢理様の身柄も安全でしょう」
紅優の話を聞いて、蒼愛は胸を撫で下ろした。
淤加美が意地悪で須勢理から神の地位を剥奪したのではなくて、良かったと思った。
「紅優様、我々六柱の神はどうぞ、敬称なしでお呼びください。私のことも、淤加美と」
迫られて、紅優が泣きそうな顔をしている。
「許してください。淤加美様と呼ばせてください。急には変われません」
幽世の声が聞こえても、意識まで変わる訳ではない。
自分の役割を自覚しても、神々と長年培ってきた関係性が変わる訳ではない。
(淤加美様、楽しそう。紅優を虐めるの、好きなんだなぁ)
おちゃめな神様は信頼している紅優を虐めるのが好きらしい。
好きな子ほど虐めたいという心理は、好きな子にツンケンしてしまうらしいツンデレの志那津と似ているなと思った。
「さて、そんじゃ、大蛇の一族は討伐かねぇ」
火産霊が大変物騒な話を始めた。
「神殺しを企てた一族だからな。皆殺しが妥当だろう」
志那津が更に物騒な言葉を吐いた。
(神様が殺しって……。いやでも、神様って案外、そういうこと、するよね)
理研にあった神話シリーズを蒼愛は読破しているが、どの国のどんな神様もビックリするくらいアグレッシブだったりする。
(子供向けの神話シリーズだったのに、ショッキングな内容、多かった気がする)
そう考えると、志那津や火産霊の発言も不思議ではないのかもしれない。
「ちょっと早計かなぁ。あの時点では紅優も蒼愛も神様じゃなかった。色彩の宝石と均衡を守る妖狐だ。言い逃れされたら厳しいね」
月詠見の意見に、蒼愛はほっとした。
「須勢理の証言を虚偽と言い張る姿勢も容易に想像できるね」
淤加美が考察を付け足した。
「大蛇の話なんざ、聞かなくっていいんじゃねぇか? それこそ、現行犯で捕まえでもしねぇ限り、素直に吐いたりしねぇだろうぜ」
火産霊の言葉を待っていましたとばかりに月詠見が飛びついた。
「そう、現行犯なんだよね、やっぱり。本当は色彩の宝石を盗んでもらおうと思っていたんだけど。あの宝石はもう盗める代物じゃなくなっちゃったからね」
月詠見に言われて、蒼愛は思い出した。
(そうだった。盗んでもらうために、わざと不完全な宝石を奉る予定だったのに)
うっかり完璧な本物を作ってしまった。
紅優も同じことを思ったのか、あんぐりと口を開いている。
「あれだけの神力を込めた宝石を盗めるのは、紅優か蒼愛しかいないからね」
淤加美にダメ押しされて、二人は小さくなった。
「あぁ、別にいいんだよ。最初は須勢理に盗んでもらって拷問でもするつもりだったんだから。蛇々も八俣も自分たちで盗みになんか来ないだろうし、偽物でも盗めなかっただろうからね」
月詠見がニコニコと須勢理に笑顔を向ける。
須勢理が怯えて顔を蒼くした。
「しかし、そうなると、もう現行犯でどうにかできる状況は作れないな。それこそ、須勢理を殺す現場を抑えるくらいしか。あ、殺そうとする現場くらいしか」
どう考えてもわざとだなという言い回しで、志那津が言い直した。
須勢理の背中がどんどん丸まっていく。
さすがの日美子も止めろとは言えないらしく、須勢理の背中を摩ってやっていた。
「現行犯……。なら僕が、大気津様に会いに行きましょうか」
何気なく、蒼愛は口走った。
「ダメに決まっているだろ」
「許可は出せないよ」
志那津と淤加美が、ほぼ同じタイミングでダメ出しした。
「大気津は土に溶けるだろうから、消えてしまうよ」
月詠見が蒼愛に目を向けた。
何となく、悪巧みしている時の顔だ。
「完全に溶けるまで、まだ間があります。その前に会っておきたいって、思っていたんです。恐らく蛇々や八俣も神力の回収にくるのではないでしょうか。そこで会ったら僕を殺そうとするかもしれません」
「それは名案かもしれないねぇ」
呟いた月詠見に、淤加美が身を乗り出した。
「名案とは言えない。絶対にダメだよ」
「危険でしかない。今の蒼愛はそういう使い方をしていい立場の人間じゃない」
やっぱり志那津にも反対された。
蒼愛は紅優を見上げた。
「俺も行くよ」
蒼愛を振り返った紅優が微笑んで、賛成してくれた。
「僕も、連れていってよ」
遠くで、須勢理の声が小さく響いた。
「僕が行けば身代わりくらいにはなれる。大気津様の場所も教えられる。丁度いいでしょ」
「身代わりにはしません」
蒼愛は反射的に応えていた。
「身代わりにはしないけど、一緒に行ってくれたら、助かります。大丈夫、須勢理様は僕が守りますから」
笑いかけた蒼愛から、須勢理が目を逸らした。
「今の蒼愛は神様で、僕は価値のない生き物だ。命の重い者が命の軽い者を守ってどうするのさ」
自嘲気味に流れた言葉に、蒼愛は首を捻った。
「命の重さは、もしかしたら人によって違うのかも知れないけど、住む場所や相手によって変わると思うから、須勢理様の命が軽いとは、僕は思いません」
須勢理の顔から表情が消えた。
蒼披露目の時、蒼愛が見たあの顔だと思った。
「僕は理研で人間以下のガラクタだったけど、この国ではとても大事にしてもらいました。だから気付けた事、たくさんあるんです。伽耶乃様にとってはきっと、須勢理様は大事な相手です。それに、紅優を助けてくれた須勢理様を僕は見捨てたくありません」
するりと髪を撫でられて、隣を振り返る。
紅優が優しい眼差しで蒼愛を見詰めていた。
「だから好きだよ、蒼愛」
「僕も、紅優が大好き」
蒼愛の話を聞いて、そんな風に言ってくれる紅優が大好きだ。
「僕が、ちゃんと大気津様の所に連れていく保証なんか、ないだろ。大蛇の誘導で危険に誘い込んでいたら、どうするのさ!」
須勢理が突然、大きな声で蒼愛に迫った。
蒼愛は、考え込んだ。
「そういうのは、そうなった時に考えます。今の僕は、須勢理様に騙す気があるとは感じないので、疑いません」
とりあえず、今の想いを言ってみた。
須勢理が毒気の抜かれた顔で座り込んだ。
「馬鹿じゃないの……。僕よりずっと、恵まれてない環境で生きてきたくせに、なんで、そんなに真っ直ぐなんだよ……」
須勢理から大粒の涙が流れて、ぽたぽたと落ちた。
「……ごめん、ごめんなさい、今まで、ずっと、ごめんなさいっ……」
畳に突っ伏して泣いている須勢理の背中を、日美子がずっと摩っていた。




