67.本物の色彩の宝石
「蒼愛、色彩の宝石、ちゃんと作ろうか」
紅優が微笑みかける。
「そうだね。完璧なのを、ちゃんと作ろう」
返事をして、蒼愛は紅優と手を重ねた。
目を閉じて、神力を集中する。
互いの力を混ぜて、凝縮して、大きな玉にする。
合わせていた手をゆっくりと離す。
紅優と蒼愛二人の手に収まりきらない程の大きな色彩の宝石が浮かび上がった。
「こっちは必要ないので、壊してしまいましょう。悪く使われては困ってしまうので」
三宝に乗った小さな宝石を紅優が摘まむ。
少し力を籠めると、粉々に砕け散った。
「こちらの宝石に、神々の祝福をお分けください」
新しく作った色彩の宝石を三宝に乗せる。
三宝に収まりきらないくらいに大きな宝石を見詰めて、淤加美が言葉を失くしていた。
「皆、集まってくれるかい。神々の加護をここへ」
淤加美の声掛けで、全員が集まった。
色彩の宝石を囲むように立った。
「須勢理様も、こちらへ」
蒼愛が声をかける。
須勢理が顔を逸らした。
「僕の神力じゃ、弱くて意味がないよ」
「だから、その野椎と一緒に」
蒼愛を癒した後、野椎は須勢理の側を離れなかった。
拘束を解かれた須勢理が野椎を抱いて、おずおずと蒼愛の隣にやってきた。
蒼愛は須勢理の手を握った。
「僕が手を握っていますから、大丈夫ですよ」
微笑み掛けると、須勢理が泣きそうに顔を歪ませた。
「では、新たな色彩の宝石に加護を籠めよう」
淤加美の言葉を合図に、神々が神力を浮き上がらせた。
五色の神力が宝石の上を舞う。
野椎からも、黄色い神力が流れ出た。
六色の神力が宝石に吸い込まれる。
七色に輝く色彩の宝石が強い光を発した。
「それでは、臍に祀るよ」
三宝に乗せた宝石を淤加美が臍の上に翳す。宝石は独りでに浮き上がり、強かった光が徐々に収まった。
七色の光を玉の中に留めた色彩の宝石が、浮いた場所で固定されたのが分かった。
「これで、色彩の宝石の神事は終了だ」
淤加美の言葉を合図にして、月詠見と日美子が臍の結界を解いた。
一時的に閉じられていた臍が、色彩の宝石と繋がる。
強い力が流れ来んで、幽世全体に行き渡っていくのが分かった。
全員が社の外に出ると、扉は独りでに閉まった。
まるで色彩の宝石が、ここはもう大丈夫だと太鼓判を押してくれているようだった。
「あんなに大きな色彩の宝石は、初めて見たよ。クイナが作った最初以上だね」
日美子が、ぽろっと零した。
「本当に、紅優と蒼愛は、神々の想像以上の神だね」
月詠見が疲れた息を吐く。
蒼愛は紅優と顔を合わせて笑い合った。
「祭祀は無事に終わったが、さっきは何があったんだ。蒼愛と紅優には、わかっていたのか?」
志那津に問われて、紅優が眉を下げた。
「木の根に飲まる前は、全くわかっていませんでしたよ。蒼愛と交わって、初めて気が付きました」
「僕も、紅優と混ざるまでは、ちゃんとはわかっていませんでした」
二人の返答に、火産霊が怪訝な顔をする。
「けど、蒼愛は、あの襲撃が須勢理のせいじゃねぇと気が付いていたんだろ」
野椎を腕に抱く須勢理が俯く。
「紅優に濃い瘴気が纏わりついていて、紅優を包んだ木の根がその瘴気を吸い上げて守ってくれていたんです。だから、木の根から出しちゃいけないと思って」
火産霊と志那津が驚いた顔で須勢理を見詰める。
「あの瘴気は、元から紅優の左目に仕込まれていたんです。だから、僕の中に紅優の左目が入ってきた時、とても痛かったんです。それも、野椎の中の色彩の宝石が浄化してくれました」
皆の目が須勢理の抱く野椎に向く。
蒼愛は繋いだ須勢理の手に力を籠めた。
「須勢理様、話してもいいですか?」
ぐっと息を飲んで、須勢理が目を逸らした。
「どっちにしろ、話すしかないだろ。許可取る意味なんか、ないよ」
蒼愛は須勢理の手を握ったまま話し始めた。
「この野椎は伽耶乃様です。須勢理様は伽耶乃様の姿を元に戻したくて、色彩の宝石を盗んだ。野椎の体の中には、六人の宝石の人間が作った色彩の宝石があります」
「でも、戻らなかった。色彩の宝石じゃ、ダメだったんだ。だから今も、伽耶乃はこの姿のままなんだよ」
野椎を抱きしめる須勢理の姿は、まるで子供のようだ。
「お前、伽耶乃を殺したんじゃ、なかったのか」
志那津が思わずといった具合に零した。
「しかも宝石を伽耶乃様が飲み込んでたんだ……」
遠くで利荔が驚きの呟きをしていた。
「現状を整理しようか。まず、さっきの襲撃に関しては、祀ってあった紅優の左目に、最初から瘴気が仕込んであったわけだろ。疑問点は二つだ。誰の瘴気だったのか。何故、神々が誰も気が付けなかったのか」
「蒼愛がどの段階で気が付いたのかも、気になる」
月詠見が提示した疑問に志那津が補足をした。
蒼愛は頭を捻った。
「えっと、気が付いたのは紅優が根に飲まれちゃう直前です。瘴気は大蛇のモノでした。神々が気が付かなかったのは……」
蒼愛は須勢理を覗き見た。
「いちいち確認しなくて、いいから。もう、全部話しちゃってよ。僕だって今更、嘘ついて逃げようなんて、思ってないよ」
ぷいと顔を背ける須勢理だが、蒼愛の握った手を振り解きはしなかった。
「大気津様の神力を使ったからです」
蒼愛は須勢理を振り返った。
気まずい顔をした須勢理が、ぽつりぽつりと話し始めた。
「……大気津様は人を喰ったり、してない。土に半分溶けて、中途半端に残っている大気津様の神力を自分の瘴気と混ぜて使っているのは、蛇々。人を誘い込んで、喰ってるのも、大蛇奴らだ。それを全部、大気津様のせいにして噂を流しているんだよ」
淤加美が蒼愛に目を向けた。
「嘘ではないです。ただ、ちょっと足りません。最初の頃は、須勢理様も大蛇と同じ様に大気津様の神力を使っていたので」
須勢理がビクリと肩を揺らした。
「僕だってこの幽世の神様になりたかったから! 大蛇はもっと協力的だと思ったし、あそこまで酷いと思わなくて。後悔したし、伽耶乃を元に戻したかったけど、どうにも、ならなくて」
須勢理の声が力を失くす。
誰も何も言わなかった。
(助けてって、言いたかったけど、言えなかったんだ。自分も悪ことしちゃってるし、今更誰も助けてくれないって、思ったんだろうな)
それを全員が感じ取っている。
だから何も言えない。
淤加美が須勢理に歩み寄った。
「お前の辛さも寂しさも、本来なら私が気付くべきだった。気付いてやれずに、すまなかったね」
須勢理の肩が震えて、目が潤んだ。
「須勢理はこの祭祀で、瑞穂ノ神を救ってくれた。その恩には、報いたいと思うんだよ。お前の総ての罪を許すわけにはいかない。けれど、せめてもの希望は叶えさせておくれ」
須勢理の目からぽろぽろと涙がこぼれた。
「伽耶乃を元に戻してよ。伽耶乃なら、この国の土ノ神になれる。どうせ僕は存在を溶かされるんでしょ。大気津様みたいに」
色彩の宝石が臍に完璧な状態で祀られた以上、大気津は時期に土に溶ける。
命が自然に返るのだ。
蒼愛は須勢理の手を握った。
「僕は須勢理様がこの国に必要ない存在だとは思いません。この千年、大気津様を守ってきたのは須勢理様です。同じように野椎になった伽耶乃様を守ってきたのも、須勢理様です」
須勢理の腕の中の野椎が、須勢理に頬擦りした。
「須勢理様にこんなに懐いているって、とっても可愛がっていた証拠ですよね。伽耶乃様も須勢理様が大好きな証拠です」
淤加美が困った顔で笑んだ。
「やれやれ、理である蒼愛にそう言われてしまったら、溶かすなんて結論は出せないね。しかし、土ノ神であり続けることはできない。それだけは、心得ておきなさい」
須勢理が小さく頷いた。
「この場所に長く留まっても良いことはなさそうです。瑞穂ノ宮に戻りませんか? 話の続きは、そこで。きっと黒曜が酒を準備して待っているはずですから」
紅優が神々を促した。
神々が地上で姿を晒すのは良くないと考えたのだろう。
大蛇がどこで耳をそばだてているかも知れない。
満場一致で瑞穂ノ宮に戻ることになった。




