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63.瑞穂ノ神

 次の日の朝、いつもより早くに起きて、蒼愛と紅優は利荔を訪ねた。

 昨晩、寝ている間に蒼愛が感じ取った声の話を聞いてもらうためだ。

 寝ぼけ眼だった利荔は、話を聞くなり目をキラキラさせて歴史書を漁り出した。


「幽世の声、瑞穂ノ神、いいねぇ、素晴らしいよ、蒼愛。やっぱり蒼愛はとんでもない逸材だ」


 たくさんの本や実験道具が乱雑に置かれた部屋は、決して狭くないはずなのに利荔一人くらいしか座れる場所がない。

 そんな部屋から数冊の本を持って利荔が飛び出した。


「志那津様ー! 一昨日と同じ奥の間に紅優と蒼愛といるから、おいでー!」


 大声で叫ぶと、蒼愛の手を引いて奥の間へと歩き出す。

 部屋に入るなり、文机の上に二冊の本を置いた。

 創世記と、分厚くて大きな本だ。

 大きな本のページをパラパラと捲りながら、利荔が楽しそうに説明を始めた。


「まずは、幽世という世界についての話をするよ。幽世とは現世から派生した亜空間が独立した世界。つまりは蒼愛が住んでいた世界から生まれて、全くの別の世界になった場所って意味だ、分かるかい?」


 早口で捲し立てる利荔につられて、蒼愛は何度も頷いた。


「現世から生まれた幽世はいくつも存在するが、どれも存在の形が異なると言われている。例えば、瑞穂国は独立していても現世と繋がりが深く、多少なりと影響を受けている。別の幽世は完全に切り離されている場合が多い。一度入ると出られなかったり、現世の記憶を失くしてしまう幽世もあるらしい。現世を中心にして、そういう幽世が何百何千と存在すると言われているんだ」


 あまりの数の多さに感心した。

 そんなにあるのでは、把握などできるはずもない。


「幽世は元々、現世から派生した世界だけど、成り立ちは各々に全く異なる。その存在を維持する方法もまた、幽世ごとに違うと言われているんだ。けど、共通項がある。幽世が消滅しないために均衡を維持する強制力が働く。それを理と呼ぶのさ」

「強制力が、理……?」


 蒼愛の呟きに、利荔が頷いた。

 利荔はずっとワクワクした様子で、いつもより話すスピードも速い。

 興奮が伝わってくる。


「理はいろんな形で具現化される。災害だったり、獣だったり、虫だったり、人だったり、妖怪だったりする。それらは歪んでしまった世界を強制的に元に戻す、つまりは理を遂行する役割を担っている。瑞穂国では色彩の宝石であり、宝石そのものである蒼愛、君だ」


 利荔の目が蒼愛を貫く。

 何度も言われてきた言葉だが、今なら素直に受け入れられた。


「それで、だ。ここまでは、今まで聞いてきた話だろ? 蒼愛は真新しく感じるかもしれないが、紅優は知ってる話だったよね?」


 利荔に問われて、紅優が何度も頷いている。

 蒼愛と同じように利荔の勢いに飲まれているようだ。


「ここからが新しい話だよ。大発見だ。何せこの幽世始まって以来の……」

「おい、利荔。こんな早朝から、一体何なんだ。蒼愛は加護を与えられて疲れているんだから休ませてやらないと……」


 声掛けもせずに部屋に入ってきた志那津が、利荔の顔を見るなり言葉を止めた。

 眠そうだった顔が一気に目覚めた顔になった。


「志那津様、それどころじゃないよ。瑞穂ノ神が現れたんだ。蒼愛が色彩の宝石だった理由が、やっとわかったんだよ」


 志那津の表情が見る間に引き攣った。

 利荔の隣に座り込んで、本に目を落とした。


「どこだ、どこに書いてあるんだ。どうして気が付いたんだ?」

「何処にも書いてないよ。蒼愛が聞いたんだよ。この幽世の声を。神々の加護が体に馴染んで、色彩の宝石としての力が高まった。幽世の声が聞こえるようになったんだよ」


 さっきより興奮した声で利荔が志那津に説明する。

 志那津の目が蒼愛に向いた。

 驚きの溢れる目には好奇が滲んでいた。


「まさか、本当、なのか……? 声を聴く者が、本当に現れるなんて」

「正確には聞いたんじゃなくって、声を感じたんだってさ。全身で幽世の声を感じ取ったんだよ!」


 志那津が大興奮の利荔を振り返った。

 顔を見合わせて、利荔が創世記の最後の方のページを開いた。


「俺はね、色んな幽世の話を集めて予測を立てた。この幽世の理を守る神、瑞穂ノ神が現れれば、瑞穂国の安定は約束されるってね。この国には、色彩の宝石は現れても瑞穂ノ神は現れなかった。その理由が分かったんだ」


 興奮冷めやらぬ顔で、利荔が蒼愛を見詰める。

 感じた声を話してくれと顔に書いてあった。


「えっと、僕が色彩の宝石なのは紅優の番だからで、紅優は瑞穂ノ神だけど、左目がなくて不完全な状態で、番もいなかったから、幽世はずっと声を届けていたけど、紅優まで届かなくて、本当はもっと前から紅優は瑞穂国の一部、って言ってたと思います」


 志那津が口を開けて呆然としている。

 前にそんなような顔をして叱られたなと、ぼんやり思った。


「瑞穂ノ神は既にいたんだ。色んな偶然の重なりで見つからなかった神を、蒼愛という色彩の宝石が見付けたんだ。これぞまさに理が顕現した故の現象だと思わないか!」


 大興奮の利荔の隣で、志那津が口元を抑えて黙り込んだ。


「利荔の予測が、あたった。ずっと探していた神が、本当に、いた。しかも、こんなに近くに」


 ぽろりと一滴、志那津の目から涙が流れた。

 慌てて目を拭いて、志那津が顔を逸らした。


「な、泣いてないからな。ただ、利荔が創世記を執筆し終えた後も研究を続けていたのは、知っていたから。正解って形で実を結んだのは、主として嬉しく思う、だけで」


 利荔が志那津の頭を抱いて、髪に頬擦りした。


「ありがとう、志那津様。実を結ぶかもわからない研究でも、応援して援助してくれて。一緒に怒ったり喜んだり泣いてくれるのも、志那津様だけだよ」

「だから別に、そういうんじゃないって言ってるだろ」


 さっきより涙があふれている志那津を、利荔が愛おしそうに撫でている。

 その姿がとても温かくて印象的だった。


「瑞穂ノ神が見つかった事実より、俺の研究成果を先に喜んでくれちゃうのは神様としてどうかと思うけどね。でもね、だから大好きだよ、主様」


 志那津の肩がびくりと跳ねた。

 まだ潤んだ目で利荔をじっとりねめつけた。


「とにかく、すぐにでも淤加美様にご報告だ」

「あの、待ってください!」


 立ち上がろうとした志那津を、紅優が制した。


「俺が瑞穂ノ神で決定のような空気ですが、俺は只の妖狐です。神ではありません」


 志那津が利荔と顔を合わせて、腰を下ろした。


「蒼愛は、紅優が瑞穂ノ神だって、幽世の声を感じたんだよね?」


 利荔に問われて、蒼愛は頷いた。


「俺は紅優が瑞穂ノ神だと聞いても違和感はないが、何か不安や不満があるのか?」


 志那津がむしろ不思議そうに紅優に問う。

 紅優が慌てて首を縦に振った。


「疑問しかありませんよ。何故、俺なんですか」


 正直、蒼愛も疑問はない。

 何故、紅優がこんなにも恐縮しているのか、その方が不思議だった。


「色彩の宝石の代わりに左目を代用してこの幽世を千年も守ってきた妖狐が、ただの妖狐であるはずがないだろう。俺は正直、蒼愛が現れるまで、紅優こそが色彩の宝石なんじゃないかと思っていた」


 志那津の指摘は、あまりにも的を射ている。


「火ノ神佐久夜様を喰って火の神力も有しているしね。その時点で扱いは神様でもいいくらいだけど。それ以上に日と暗の加護を受けて浄化と結界術が使えるって、最早妖怪じゃないよね。日暗の浄化術で、妖怪は普通浄化されて死ぬわけだしさ」


 利荔が淡々と説明する。

 改めて聞くと、紅優が自分を妖怪だと認識している方が間違っているように感じる。


「紅優は神様だよ。幽世がそう定めたから、間違いないと思う。左目を取り戻せば、きっと僕と同じように実感できるよ」


 蒼愛のダメ押しで、紅優があんぐりと口を開けて呆けた。


「神々の宮の真ん中に、なんで瑞穂ノ宮があるか知っている? 瑞穂ノ神が住まう場所なんだよ。この幽世ができた時、神々の宮は既に存在した。つまりは幽世が求めた神って証なんだよ」


 利荔が蒼愛以上のダメ押しを言い放った。


「けど俺は、番がない間、人を喰って生きてきました。そんな妖怪が神だなんて」

「命を喰らう神は他の世界にも存在する。気に病む必要はない」


 紅優の懺悔を志那津が、ぴしゃりと切り捨てた。


「紅優の喰い方は、優しかったよ。僕には弔いに見えた。あんな風に理研の子たちを送ってくれる紅優だから、僕は好きになったんだよ。命を慈しむ妖怪が神様になるのは、おかしくないって僕も思うよ」

「蒼愛……」


 蒼愛は紅優の手を握った。

 紅優が、静かに蒼愛の手を握り返した。


「明日の祭祀は、万全の態勢で挑まねばならないな。紅優の左目を絶対に紅優に戻す。大気津の魔手から蒼愛を守る。やはり俺は今から淤加美様の所に行ってくる。月詠見たちもいるはずだから、丁度いいだろう。利荔、蒼愛に浄化術を指南してやってくれ」

 

 志那津が今度こそ立ち上がった。


「任せてよ。紅優もいるから結界術も教えてあげられるよ、ね?」


 利荔に声を掛けられて、紅優が顔を上げた。


「驚いてばかりもいられませんね。受け入れ難いですが、明日の祭祀には備えなければいけませんから」


 そう言って微笑んだ紅優は幾分か緊張も見えたが、否定的な顔ではなかった。

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