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からくり紅万華鏡ー餌として売られた先で溺愛された結果、幽世の神様になりましたー  作者: 霞花怜(Ray)
第三章 瑞穂国の神々

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61.総ての加護

 中庭に向かうと、縁側に日美子と月詠見が座っていた。


「日美子様! 月詠見様! お久しぶりです」


 駆け寄った蒼愛を日美子が抱きとめた。


「御披露目以来だねぇ、元気にしてたかい?」


 日美子が嬉しそうに笑いかけてくれた。


「挨拶回りは順調かい? 志那津にいじめられたりしてない?」


 月詠見がちらりと志那津を窺う。

 志那津が耳を赤くして顔を背けた。


「とても良くしていただいています。志那津様とは、さっきお友達になったんですよ」

「ばっ、蒼愛!」


 志那津の声が聞こえて振り返る。

 月詠見と日美子も同時に振り返ったせいか、志那津が背中を向けてしまった。


「へぇ、志那津でも蒼愛の可愛さには抗えないかぁ。それとも、魅了の実験が尾を引いているのかな?」


 月詠見が意味深な言い方をした。

 隣に利荔がいるあたり、話は全部聞いているのだろう。


「違うよ、月詠見様。志那津様は最初から蒼愛が好きだったから、素直になっただけだよ、ねぇ?」


 利荔にまで揶揄われて、志那津が所在ない感じに恥ずかしがっている。


「とても格好良い告白だったので、うっかり嫉妬してしまうところでしたよ」


 紅優まで、利荔に乗っかった。

 日美子が感心した顔をした。


「あの志那津がねぇ。番に嫉妬させるって、何を言ったんだい、志那津」


 真っ赤になって口をハクハクさせている志那津に、蒼愛が駆け寄った。


「ダメです! 皆、聞かないでください。あの話は僕と志那津様の秘密です。ね?」


 満面の笑みで志那津を振り返った。


「俺も聞いてたよ、蒼愛」


 ちょっと悲しそうに紅優が呟く。


「あ、そっか。じゃぁ、紅優と志那津様と僕の秘密にして。嬉しかったから、内緒にしたいんだ」


 振り返って志那津の手を握る。

 志那津がワナワナと口元と手を震えさせていた。


「紅優……、一回だけ抱きしめて、いいか」


 志那津がとても小さな声で紅優に聞いた。


「ダメですよ。お友達は抱き付いたりしないでしょ」


 紅優が笑顔でやんわり拒絶した。


「そう、だな……。当然だ。わかってる、わかってるけど」


 握られた蒼愛の手を持ち上げて、志那津が唇を寄せた。

 手の甲に、ちゅっと甘い音を立ててキスをした。


「これで、我慢する」


 そう呟いた志那津の顔が上気して、蒼愛から見ても可愛いと思った。

 気が付いたら、その場にいる全員が絶句していた。


「ちょいと、お待ち。アンタ、本当に志那津かい?」


 日美子が割と本気で引いている。


「蒼愛、神誑しが過ぎるなぁ。御披露目であんなに嫌いアピールしてた志那津を、どうやって落としたの?」


 月詠見がおかしそうに笑い始めた。


「いや、だからね。我が主はツンデレだから、好きな子ほど嫌いって言っちゃうんだけどね。あんなに素直に抱きしめたいとか言っちゃったりキスしちゃうとこなんて、初めて見たなぁ」


 利荔の言葉は、感心しているような驚いているような響きだ。


「抱きしめるのを禁止すると手にキスしちゃうんだ。どうしたらいいんだろう」


 紅優は紅優で本気で悩んでいる。

 皆の反応を受けて、志那津の眉間に皺が寄った。


「違う! きっとまだ蒼愛の魅了が残ってるんだ。蒼愛が可愛く見えて仕方ないのは、そのせいだ。利荔、俺を殴れ! 妖力で脳を揺さぶる程度じゃ、きっと解けないんだ!」


 頭を抱える志那津だが、蒼愛が握っているもう片方の手はそのまま握り続けている。


「いやいや、そんなこと言ったらさ、死んじゃうくらい強く殴らないと解けないよ、きっと。何なら、一回死なないと無理だと思うなぁ」


 すっかり呆れた利荔が表情と同様に呆れた声で言い放った。


「死んじゃうのはダメ! 神様は簡単に死なないって、約束したんだから、ダメ。僕が殴ってあげます。志那津様、頭出してください」


 志那津が言われた通りに蒼愛に頭を出した。

 背が高い志那津の頭には、蒼愛では背伸びしても届かない。


「えぃ、えぃ、これくらい? ……痛い?」


 手をグーにして二回、ポコポコ殴った。

 

「強い刺激じゃないと、効果がないんだろ? ダメそうだ。蒼愛が何をやっても可愛く見えるし、蒼愛に何をされても嬉しい。俺は、おかしくなったんじゃないだろうか」


 殴られたところを手で押さえて、志那津が真顔で零した。


「魅了、本当に解けてないんだ……。どうしよう、紅優。志那津様が、おかしくなっちゃった」


 泣きそうな顔を向ける蒼愛に歩み寄って、紅優がさりげなく志那津との距離を開けた。


「おかしくなってないし、魅了も解けてると思うよ。とりあえず志那津様、蒼愛の手を離しましょうか」


 蒼愛の体をぐいと引っ張る。

 手をつないだままの志那津の腕がぶらーんと宙に浮いた。


「手を離したくないと思うのは、おかしいからじゃないのか?」


 志那津が真顔で紅優を見上げた。


「何のために寝所で蒼愛に風の加護を与えたんです? こういう姿を月詠見様に見られたくなかったんでしょう?」

「ああ、そうだ。だから、俺はまだ魅了状態なのかと」


 紅優と志那津のやり取りを眺めていた月詠見が、涙を流して笑っていた。


「手遅れだねぇ。志那津のこんな姿が見られるなんて、思わなかったなぁ。蒼愛は神様の意外性を引き出す天才だね」

「そもそも、私らに報せを入れてきた時点で、志那津らしくなかったよ。けど、私は嬉しかったけどね」


 日美子が志那津に目を向けた。


「淤加美以外は信用してないような志那津が、蒼愛のためとはいえ、私らを自分の宮に招いてくれた。これから少しずつでも、私らにも懐いてくれたら嬉しいよ」


 日美子に笑いかけられて、志那津が照れたように目を逸らした。


「今の蒼愛には、日と暗の力が必要だから。ただ、それだけ。それ以上の意味はないよ」


 つん、とした顔は、蒼愛が知っている志那津の顔だと思った。


「時の回廊から聞こえた声かい? 大気津の瘴気から身を守るなら、日暗の結界と浄化は不可欠だね。もっと強い加護も必要だ。志那津の判断は正しいよ」


 月詠見に手招きされて、蒼愛は紅優と共に歩み寄った。

 手を繋いだままの志那津が一緒に付いてくる。

 見かねたのか、志那津を利荔が引き離した。

 睨みつける志那津に、利荔が困った顔をした。


「そんな顔されても困るよ、志那津様。もういい加減、蒼愛が大好きって認めなって」

「違う。俺は蒼愛と友達になったんだ」


 志那津が利荔の胸に自分の額を何度も打ち付けている。


「友達として好き、でいいでしょ。志那津様は友達いないからねぇ。混乱するよね」

「うるさいな。最高の友達ができたから、いいんだよ」


 志那津と利荔の会話に気を取られていた蒼愛の顎を月詠見が掴む。

 月詠見がじっくりと蒼愛を眺めた。


「霊力が随分と濃くなったね。利荔が言う通り、まるで神力だ。土以外の加護は全部、貰えたみたいだね」


 月詠見に問われて、蒼愛は頷いた。


「俺と日美子が最初にあげた加護、覚えているかい? 神力を外側から押し込んだ。けど、他の神々は口移しで与えただろ? そっちのやり方だと、霊元に直接神力を送り込めるから、強い加護になるんだ」


 淤加美も志那津も、そういう話をしていた。

 思えば、最初の月詠見と日美子以外は、全員が口移しだ。


「蒼愛が大気津の気配に気が付いたってことは、大気津も蒼愛の存在に気が付いてる。蒼愛を取り込みに掛かるはずだ。誰を警戒し、誰を信用するかは、蒼愛が判断するんだよ。その判断が、理の答えだ」


 月詠見の話は難しい。

 難しいが、とても怖い話をされているのだとわかった。


(僕の出した結論や取った行動が、神々に正解と判断される。この幽世の求める結果だと、判断されるんだ)


 それはとても怖いことなのに、何故か自然と受け入れられた。


(僕が僕らしくいなきゃいけない。その為には)


 蒼愛は紅優を見上げた。

 紅優の手を握る。


「隣に、いてね。手を握っていてね。ちゃんと紅優のままでいてね」


 紅優の手が蒼愛に伸びた。

 大きな手が蒼愛の頭を撫でる。


「当たり前でしょ。離れないよ」


 紅優のたった一言が、何よりも安心できて嬉しかった。


「じゃ、俺から暗の加護を授けるよ。紅優、後ろで蒼愛を支えてやるといい」


 月詠見の助言の通りに、紅優が蒼愛の後ろに回る。


「あの……、聞いてもいいですか?」


 蒼愛の言葉に、月詠見が手を止めた。


「月詠見様と日美子様は番ですよね。僕に口移しで加護を与えるのは、嫌じゃないですか?」


 蒼愛の問いに、月詠見と日美子が目を瞬かせた。


「あぁ、紅優はそういうの、気にするからねぇ。志那津も過剰に番に気を遣っただろ? その辺は、個人の匙加減というか、感覚の違いだよ」


 日美子がクスクスと笑う。


「この幽世において、他人の番を無断で喰うのは非常識だけどね。それ以外は割とおおらかなんだ。番同士の了承があれば味見のためにパートナーを交換する番もあるくらいだよ」

「えぇ……」


 自分が人間だからなのか、その感覚はよくわからないなと思った。


「特に俺が蒼愛に口付けるのは加護の付与のためだ。腹を立てるどころか、本来なら泣いて喜ぶモノなんだよぉ」


 大袈裟な言い回しをして、月詠見が紅優を見上げた。

 紅優が、ぐっと息を飲んだ。


「わかっています。今は必要な儀式と受け止めていますよ」


 紅優が気まずそうな顔をしている。

 月詠見がクスリと笑んだ。


「ま、紅優の気持ちが全然わからないわけじゃ、ないんだけどね。最初に蒼愛に加護を付与した時、俺が神力を流し込んだのは、日美子にさせないためだ。俺にもちょっとは独占欲とか嫉妬とか、人間ぽい感情があるんだよ」


 最初に月詠見と日美子の加護を貰った時「仕上げ」と言って月詠見に口移しで神力を流し込まれた。日美子にはされなかったから、何となく不思議には思っていた。

 月詠見の言葉が意外過ぎて、蒼愛は呆然とした。


「え……。意外過ぎて言葉にならないんですが」


 蒼愛と全く同じ思いを紅優が口に出した。


「じゃぁ、今日は、日美子様が僕にキスして、大丈夫ですか?」


 月詠見と日美子が揃って笑んだ。


「私らにとっては紅優も蒼愛も息子みたいなものだよ。最初に会った時よりずっと可愛くて大事な子供になったさ。だから、気にしなくていいんだよ」


 月詠見が蒼愛に腕を伸ばして、その身を引き寄せた。


「さぁ、大事な加護を与えようか。日暗の加護が揃えば、蒼愛はより神に近付く。覚悟はいいかい?」


 間近に迫る月詠見に、頷いて見せた。


「いいね。たったの数週間で、人間とは大きく成長するものだ。良い目になったよ、蒼愛」


 月詠見の唇が蒼愛に重なる。

 しっとりと冷たい神力が、ゆっくりと体の中に流れ込んだ。

 優しくて、柔らかい、包み込んでくれる闇が霊元に沁み込んでいく。


(ちょっとずつ、ちょっとずつ、胸の奥が柔らかくなる。まるで闇が癒してくれてるみたいに)


 月詠見の舌が蒼愛の舌を絡めて舐める。 

 気持ち良くて、うっとりする。

 口内を舐めた舌が、名残惜しそうに舌を舐め上げる。

 ちゅっと音を立てて、月詠見の唇が離れた。


「ん……、ぁ……」


 膝から力が抜けて、グラついた体を紅優が支えてくれた。

 顔が上気して熱い。

 そんな蒼愛に日美子が手を伸ばした。


「日と暗はセットだ。辛いかもしれないけど、受け止めなきゃいけないよ。それが蒼愛の背負う役割だ」


 体を引き寄せられて、柔らかな唇が蒼愛の唇を食む。

 自分から腕を伸ばして、日美子に抱き付いた。


「ぁん……、ぁ……」


 日美子の舌が絡むのに合わせて、自分から舌を絡める。

 温かな神力が流れ込んでくるのが分かった。


(温かいお日様に、ずっと包まれているみたいだ。日美子様はいつでもお日様みたいに優しくて、温かい)


 こんな人がお母さんだったら、どんなにいいだろうと会う度に思う。

 人ではなくて、神様だが。元が同じ人間だから、余計に親近感がわく。

 霊元に流れ込んでくる神力も、温かくて力強い。心を明るく照らす力だと感じた。


 日美子の舌が蒼愛の唇を舐めあげて、最後に吸い上げた。

 ちゅくっと音をたてて、日美子が離れる。


 ほとんど力が入らない体を、紅優が支えてくれた。

 頭がぼんやりして、上手く思考が回らない。


「蒼愛、大丈夫? わかる?」


 紅優に抱き上げられて、顔が間近に迫る。


「今日だけで三つの加護を受けたわけだから、馴染むのに霊力が必要だろうね。休ませてやるといい」


 遠くで月詠見の声がした。


「浄化と結界の使い方を教えてやってほしいんだ。明後日には色彩の宝石の祭祀がある。それまでには形にしてやりたい」


 志那津の言葉も聞こえる。


「時の回廊から蒼愛に語り掛けるくらいだからね。祭祀の現場は、もっと直接的に蒼愛に接する機会だと思うんだ。須勢理様が何か仕掛けてくる可能性もあるかもね」


 利荔が真面目な声で語っている。


「神々には、それぞれに側仕を同伴させようか。何事かあった場合、手数は多い方がいいからね。淤加美に相談しておくよ」


 月詠見がそういうことを言うのだから、きっと危険なんだろうと思った。


「蒼愛には、土の加護が足りないけど、与えられる神もいないからねぇ」


 日美子がため息交じりに話す。

 どうして須勢理ではいけないのか、蒼愛にも何となくわかった。


(須勢理様が大気津様と繋がっているからってだけじゃない。須勢理様の神力は弱すぎるし、瘴気が強すぎるんだ)


 御披露目の時に感じた。

 他の神々より弱い神力を瘴気で補っている。


(神力が育たないのは、この幽世に選ばれた神様じゃないからだ)


 須勢理から土の加護を貰っても無意味だと、蒼愛の本能が知っている。


「大丈夫、土の加護は、今は必要ないよ」


 無意識に、口走っていた。


「紅優の左目が戻れば、紅優が完璧になる。紅優はもう、神様だから。紅優の神力が僕に流れたら、きっとこの幽世を正しく導ける」

「蒼愛……?」


 戸惑う紅優の手を取って、自分の頬に当てた。


「二人でこの国を、良い国にしよう。須勢理様も大気津様も寂しくないように、僕らが救うんだよ。もう誰も、寂しい思いも辛い思いもしなくて済むように。僕の力は、そんな風に使いたいんだ」


 紅優の手に口付ける。

 蒼愛を見下ろしながら、紅優が切ない顔で笑んだ。


「そうだね。一緒に、優しい国を作ろう」


 紅優が口付けて、妖力を流し込んでくれる。

 甘くて優しい妖力が、蒼愛を包む。

 紅優に全身を包まれながら、蒼愛はゆっくりと目を閉じた。

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