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からくり紅万華鏡ー餌として売られた先で溺愛された結果、幽世の神様になりましたー  作者: 霞花怜(Ray)
第三章 瑞穂国の神々

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49.瑞穂国創世記

 蒼愛は何枚もの紙に、名前を書き続けていた。

 墨を付ける必要がない不思議な筆で、どんなに使っても減らない紙に名前を書いていく。


「火産霊様の漢字は、難しいです。画数が多い……」


 墨で書くと、文字が潰れてしまう。

 もっと細い筆が欲しいなと思った。


「筆の先を使ってみろ。ぐっと押し付けねぇで、ふわっと先だけで書けば、細くなんだろ」

「ふわっと、先だけで……。難しいけど、書けるかも!」


 コツを教わって、筆の使い勝手が増えた気がして嬉しくなる。


「いいじゃねぇか。蒼愛は器用だな。教えるとすぐに覚える。素直だから飲み込みも早ぇ。理解も早いから、頭がいいんだろうなぁ」


 たくさん褒められて、照れ臭い気持ちになった。


「頭がいいわけではないです。僕、現世では学校にも行かせてもらえなかったし、知らないコトばかりです」


 恥ずかしくて、顔が俯く。

 そんな蒼愛の頭を、火産霊がわしわしと撫でた。


「学ぶ場所は学校だけじゃぁねぇだろ。きっと地頭が良いんだろうぜ。蒼愛は好奇心や意欲もあるから、いくらでも伸びるぞ」


 そんな風に褒められると、もっとたくさん覚えたくなるし、できるような気になってくる。

 火産霊は乗せ上手だなと思った。


「神様の名前は皆、漢字が三文字なんですね」


 全員の書き取りを終えて、改めて見直す。

 発音だと四文字の神様も、漢字だと三文字だ。


「ああ、この国じゃぁ、名前が重要でな。力の強さにも関係してくる。独り者は一文字、番を得れば二文字、それ以上の存在は三文字の名前になるんだ」

 

 前に紅優も、瑞穂国では名前が大事だと話していた。


「神様以外にも、三文字の名前の存在がいるんですか?」


 それ以上の存在、という表現が気になった。

 頷いて、火産霊が本を開いた。『瑞穂国創世記』だ。


「一通り、書き取りも出来たし、読書しようぜ。蒼愛の疑問はこの中に詰まっているからな」


 ごろりと横になった火産霊の隣に、同じように横になる。

 火産霊が本を開いて、必要な部分を読み上げてくれた。


「この幽世を作った創世の惟神の名が、クイナだ。クイナは現世に残って、六人の神にこの幽世を良い国にしてほしいと頼み、送り込んだ」

「それが、今の神様なんですね。あ、火ノ神様は、最初は佐久夜様?」


 確かに佐久夜も漢字が三文字だ。

 綺麗な字面の名前だと思った。


「あぁ。あと、土ノ神も、最初は須勢理じゃなかった。大気津(おおげつ)って女神様でな。現世では食物の神様だった」

「大気津様……。どうして、変わったんですか?」


 火産霊が本のページをめくる。


「この国の土壌を肥沃にして食物を豊かにすれば飢えずに生きられる。人に代わる食料をこの身から産み落とそう。そう言い添えて、大気津は瑞穂国の土になった」


 難しい言葉が続いたが、蒼愛にもニュアンスとして理解できた。


「妖怪に人間を喰わせないために、食物をいっぱい実らせるために、大気津様はこの国の土になったんですか?」

「そういうこったな。結果は見ての通り、大気津の希望通りにはならなかったぜ。そもそも、神々の全員が妖怪の人喰を反対していたわけでもねぇしな」


 火産霊の言葉は、何となく理解できた。

 淤加美や月詠見も、はっきりとは言わなかったが、人喰に肯定的に見えた。


「大気津様はどうして、人喰に反対だったのでしょうか」


 瑞穂国の神ならば、妖怪寄りの意見になるのが当然のように思えた。


「人間が好きだったからだろ。大気津はクイナと仲が良かった。人を喰う妖怪は好まず、人を好いた。この幽世の神には、最初から向かなかったのさ。クイナの頼みを断り切れなかったんだろうぜ」


 だとしたら火産霊の言う通り、瑞穂国の神には向かない。

 この国は、人間に容赦がない。


(大気津様がいなくなっちゃったから、人に優しくない国になったのかな? そもそも、どうしてクイナは人が好きな大気津様に幽世の神を頼んだんだろう)


「今でもこの国の土には、大気津様が溶けているんですね」

「本当に溶けているかは、わからねぇがな」


 返ってきた火産霊の言葉は、とても意味深に聞こえた。

 火産霊が、本のページをめくる。


「六人の神々の役目はそれぞれに異なるが、共通に最も重要なのは、幽世の臍を守る色彩の宝石を守ること。色彩の宝石とは理そのもの。この宝石を失うと、幽世は消えてなくなる」


 ドキリとして、息を飲んだ。


「幽世が消えてなくなっちゃうほど重要な石が、千年以上もないままなんですね」


 そんな重要ポジションのレアアイテムの代わりを紅優の左目がしているのだと思うと、改めて恐ろしい。

 火産霊が本の続きを読んだ。


「土となった大気津は色彩の宝石を維持し、同じように臍を守っている。理を守るために必要であれば、理が形を成して世に現れる。この幽世を守るために理の代弁者を世に生み出す」


 最後の方は、難しくてよくわからなかった。


(けど、確か淤加美様も同じようなことを話していたような)


 クイナの話を聞いた時、理がどうと話していた気がする。


「あの、火産霊様、理ってなんですか?」


 素朴な疑問を投げてみた。

 火産霊が少しだけ考えるような顔をした。


「そうだなぁ、分かり易く言うなら、人や妖怪じゃどうにもできねぇ自然とでもいうのかねぇ。本来、神ってなぁ、理を守るために存在するんだ。つまりな、神様が色彩の宝石を守るってのは、理を守るって意味だ。この幽世じゃ色彩の宝石自体が理そのものなんだよ」


 話が壮大すぎて実感がわかないが、とんでもない宝石なのだというのは理解できた。

 

「色彩の宝石は、この国を守るために重要な石なんですね」

「今なら、石だけじゃねぇ。蒼愛と紅優もだぜ」


 ぽけっと呆けた顔で、蒼愛は火産霊を振り返った。


「石を生み出す蒼愛は色彩の宝石そのもの、番である紅優も同様だ。蒼愛自身が理が顕現した姿だと、神々は理解している。俺たち神は、お前たち二人を守るために存在してんのさ」


 あまりにも身分違いなスケールの話に、頭が付いていかない。


「色彩の宝石を一人でいくつも作れる生き物なんざ、今までいなかった。そんな力のある奴は、それこそ創世のクイナ以来だ。蒼愛と紅優は神以上の存在、理の代弁者だ。本来なら三文字の名前を貰って然るべきなんだよ」


 脳がヒートアップしてキャパオーバーを起こしかけている蒼愛を余所に、火産霊が本を閉じた。

 

「神に連なるか、それ以上の存在は名前が三文字になるって話だ、理解できたか?」 


 最初に自分がした質問が何だったのか、すっかり忘れていた。


「僕は、そんな……」


 言いかけて、言葉を止めた。


(僕また、逃げたくなってる。紅優に蒼玉の話をされた時みたいに。身の丈に合わない評価が、怖い)


 紅優の隣で、紅優にだけ愛されて、二人で幸せに生きられれば、それでいい。

 それ以上の何かなんて、いらない。

 宝石の蒼玉、色彩の宝石、理の代弁者。

 自分の評価や肩書が、自分が気が付かないうちにどんどん大きくなっていくのが、怖かった。


「蒼愛、おい、蒼愛」


 枕に突っ伏してジタバタしている蒼愛の髪を、火産霊が優しく撫でた。


「どんな肩書を背負い込もうと、お前ぇは蒼愛だ。紅優と飽きるほど愛し合っていりゃ、それでいいんだよ」


 火産霊の言葉に、蒼愛はぴたりと動きを止めた。


「本当に? 急に名前を三文字にしろとか言われない? ずっと紅優と一緒に居られる?」


 見上げた火産霊がにこりと笑んだ。


「心配ねぇよ。お前ぇら二人が幸せでいりゃぁ、この国は安泰なんだからな」


 蒼愛の腕を引いて、火産霊が抱き寄せた。


「泣きそうな顔も可愛いなぁ。このまま喰っちまいてぇなぁ」

「ダメ! 絶対にダメ! 火産霊様がまた魅了にかかっちゃう」


 離れようとしても、太い腕が蒼愛の小さな体を抱きしめて、離れられない。


「そろそろ様付け、やめようぜ。敬語はやめられたじゃねぇか」

「これは、たまたまで。僕はまだ、火産霊様を良く知らないから」

「なら、教えてやろうか。今から、この体に、じっくりと」


 艶っぽい瞳が近付いて、唇が重なる。


「んんっ、待っ……て、ぁんっ」


 重なった唇が、不意に離れた。


「霊力喰っていねぇのに、蒼愛が可愛くて仕方ねぇのは、どういう訳だろうな」


 火産霊が蒼愛の体を胸に抱いた。


「お前ぇは佐久夜には全然似ていねぇけど、同じくれぇ可愛い俺の弟だ」


 太い腕も大きな手も、蒼愛を抱く火産霊は優しくて、切なくなる。


(火産霊様も、紅優と同じくらい後悔しているのかな。だから須勢理様の言葉に、あんなに怒ったのかな)


 火産霊が断ったために火ノ神になった弟の佐久夜と側仕から番になった紅優。二人に対して、自責と後悔があるのかもしれない。

 いつも笑顔で豪胆な性格の裏に、隠しきれない悲しみを抱えているのかもしれないと、そう感じた。


「……お兄さん」


 ぽそりと呟いて、顔を上げる。

 火産霊が意外な顔で蒼愛を眺めた。


「僕は両親も兄妹もいないから、家族がどういうものか、わからないけど。もし兄がいたらきっと、火産霊様みたいな感じかなって、思って。だからまた、一緒に読書してほしいし、漢字も教えてほしい……」


 一生懸命、敬語なしで話した。

 漢字の練習も読書も、楽しかったから。

 恥ずかしくて顔が熱くて、どんどん俯く。

 そんな蒼愛を火産霊が強く抱きしめた。


「あぁ! 本なら、いくらでも読んでやる。漢字の練習もしようぜ」


 嬉しそうに蒼愛を抱きしめる腕はちょっとだけ苦しかったけど、つき返す気にはならなかった。

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