47.本当の気持ち
夕餉を終え、風呂でさっぱりして、蒼愛は紅優と床に就いた。
ずっと耳が寝っぱなしの紅優を胸に抱いて眠った。
いつもは蒼愛が紅優に抱いてもらって眠るのに。大きな紅優を包み込んでいるような気持になれて嬉しかった。
(紅優にとってはとても大事な話で、打ち明けるのにも勇気がいる過去だったんだ)
黙っておくことも出来なくて、話さなくても話しても辛くて。
そんな気持ちだったんだろう。
(どうしたら、紅優の気持ちが楽になるかな。忘れられなくても、せめて辛くないように、僕に出来ること、何かないかな)
紅優に喰われずに、共に生き続けること。
それがきっと一番だ。
しかし、すぐには証明できない。
(僕が紅優をいっぱい愛していて、溶けないくらい力もあるよって、わかってもらえればいいのかな。ちょっと違う気がする)
蒼愛の気持ちも霊力も、紅優はきっと蒼愛よりよく知っている。
(後悔してるのかな。佐久夜様と番になったこと。好きじゃ、なかったのかな)
そういえば、紅優の答えを聞いていない。
蒼愛は腕の中の紅優を眺めた。蒼愛の胸に顔を寄せる紅優は、穏やかに寝息を立てている。
(僕より先に眠っちゃうなんて、珍しい。御披露目、紅優も疲れたのかな)
紅優の白い耳をそろりとなぞる。
狐の耳は柔らかくて、触れていると気持ちいい。
「どんな気持ちだったか、前より知りたくなったよ、紅優」
話を聞くまでは、ただの過去だと思っていた。
けど今は、佐久夜がどんな神様だったのか、気になった。
「ん……」
小さく声を漏らして、紅優が蒼愛にぴたりと抱き付いた。
「ぁ、ごめん。起こしちゃった……」
「好きだったよ」
紅優が寝言のように呟いて、蒼愛は言葉を止めた。
「あの時は、好きだって思ってた。けど、全然足りなかったんだ。好きって気持ちも、神様の番になる覚悟も、あの時の俺には足りてなかったんだよ」
蒼愛の胸に顔を埋めたまま、紅優が話し始めた。
「神様の番になる、覚悟?」
「永遠にこの国で、二人で生き続ける覚悟」
それは紅優が番になる前、蒼愛に問いただした覚悟だ。
「佐久夜を喰ってから、俺は怖くなって現世に戻った。現世では随分と時が流れていて、妖怪が人を喰いづらい世になってた。だから瑞穂国に戻ったんだ。俺がいない間に色彩の宝石は盗まれていて、幽世の事情も変わっててね。均衡を守る役割についてからは、ずっとこの国で人を喰って生きてきた」
蒼愛は紅優の顔を抱きしめた。
「佐久夜様の愛は、重かったの?」
紅優が蒼愛の胸に顔をすりすりと擦り付けた。
「佐久夜が好きだった俺は、俺が嫌いな俺だった。炎を操り妖怪や人間を屈する強い妖狐。佐久夜が愛した紅蓮は、そういう妖怪。常に強くて弱音も吐かない。佐久夜が不安にならないように、弱い部分は絶対に見せなかった」
紅優が目を上げた。
「俺はね、人を愛してるのに喰わなきゃならないってグズグズ悩んだり、可愛い子たちを俺が喰っていなくなっちゃって寂しがってる時に、手を握ってくれるような愛し方をしてくれる番が良かった」
紅優の顔が上がって、蒼愛に口付けた。
「ちゃんと話せば、佐久夜はわかってくれたのかもしれない。けど、あの頃の俺は話せなかったし、話す前に佐久夜を喰っちゃったからね」
紅優の耳がまたしゅんと寝てしまった。
「番のバランスは、力だけじゃ、ないよね?」
「……うん」
紅優が蒼愛の胸に顔を埋めたまま頷く。
「気持ちのバランスも、あるんだよね? だから、紅優は番になる前、僕に何度も気持ちを確認したんだよね?」
「うん……」
紅優のしょんぼりした耳を撫でる。
「佐久夜様と番になったこと、後悔してるの?」
「してない。けど、喰っちゃったのは、後悔してる。そうなる前に、どうにかしたかったって」
自分の素直な気持ちを話して、分かり合えていたら、愛する番を喰うような事態にはならなかったかもしれない。そう考えているのだろう。
だからこそ、紅優は蒼愛に対して慎重に事を運びたがるのだろうと思った。
「そっか。じゃぁ僕は紅優と、紅優の中の佐久夜様も愛するよ」
紅優が顔を上げた。
その額にキスをする。
「だから、佐久夜様の話、いっぱい聞かせて。もっともっと佐久夜様を知りたい。これからは僕と紅優の二人で佐久夜様を愛してあげようよ」
半開きだった口が閉じて、紅優の目が潤んだ。
「紅優が、佐久夜様と番になったこと、後悔してなくて良かった。佐久夜様と番になったから、紅優は僕と出会ってくれた。次に僕を選んでくれた。僕は今の紅優が好きだよ。強い紅優も弱い紅優も、どっちも大好き」
紅優の顔を抱きしめる。
気持ちが溢れて紅優が愛おしくてたまらなかった。
「蒼愛が、俺の目の前に現れてくれて、俺を好きになってくれて、良かった。佐久夜が出会わせてくれたのかもしれないね。初めて、そんな風に思えたよ」
互いに顔を寄せ合って、唇を重ねる。
妖力と霊力を交換し合う口付けは、熱くて気持ちが良くて、いつも以上に酔いそうだった。
「愛してる、蒼愛。ずっと俺だけの蒼愛でいて」
「僕はずっと、紅優だけの蒼愛だよ。佐久夜様を二人で愛するのも、きっと二人で見付ける幸せの一つだよ」
紅優の唇が降りてくる。
さっきより性急な口付けが、口内の舌を吸い上げた。
「蒼愛、蒼愛……」
紅優が何度も名を呼ぶ。
愛していると言われ続けているようで、胸が甘く締まる。
「紅優、好き、もっと……」
紅優の全部が欲しくて、腕を伸ばす。
知らなかった『好き』を当然のように言える今が、嬉しくて甘酸っぱい。
紅優の手が寝間着の中の蒼愛の肌を愛でる。
口付けが深まって、触れる指が股間に伸びるのを、蒼愛の体が期待する。
(こんな風に自然とエッチするようになったのって、いつからだろう)
最初は緊張して、その度に紅優が心も体も優しくほぐしてくれていた。
今は自然と紅優の愛撫を受け入れられる。
人間のように繁殖のための性交ではなく食事ではあるけれど、愛を確かめ合う行為には違いない。
(愛してるから、怖くない。紅優に何をされても。これから何があっても、紅優と二人なら、きっと大丈夫)
愛撫が重なり深まるほどに、紅優への愛を再確認する。
蒼愛は快楽の波と共に、紅優の愛に堕ちていった。




