45.火ノ神 火産霊
唇に柔らかくて温かい何かが触れている。
体の中に、同じように温かい力が流れ込んでくる。
優しくて強くて、少しだけ泣きたくなるような感情が乗った神力だと思った。
「こぅ、ゆ、ぅ……ぁ、ぅん」
温もりが離れた瞬間に発した声は、また重なった温もりに喰われた。
何度も唇を食まれて、熱い舌が口内に入り込んでくる。
舌を舐めて吸われた瞬間に、霊力を吸い上げられた。
気持ちが善くて、腰が疼く。
「流石に美味いな、酔いそうだ」
聞いたことがある声だ。だが、紅優ではない。
零れた声は蕩けて、既に酔っているように聞こえた。
「だ、れ……」
うっすらと目を開く。
鋭くて赤い目が、蒼愛を見下ろしていた。
「そのままでいろよ。火の加護を流し込んでやる。ちゃんと、俺を喰えよ」
「ほむすび、さ、ま……、ぁんっ」
掴まえた顎を上向かせて、蒼愛の唇を塞ぐ。
さっきより強い神力が一気に流れ込んできた。
反動で背が反り、体が跳ね上がった。
胸の奥が焼けるように熱い。霊元に火の神力が沁み込んでいくのが分かった。
「んっ、ぁ……、ぁぁんっ」
神力を感じるほどに体が疼いて、股間が熱く硬くなる。
抗えない快楽が全身を駆け巡るのに、刺激が足りなくて、もどかしい。
彷徨う手が目の前の赤い着物を掴んだ。
「涙目で縋られたら、抱きたくなるだろ。こんな小せぇ体、俺が抱いたら壊しちまいそうだ」
熱くなった股間に、火産霊が自分の股間を押し当てた。
同じくらい熱くて、既に硬くなったモノが蒼愛を刺激する。
「ぁぁ! ダメ、やめ、て……ぅんっ」
抱き寄せられて、火産霊の首に顔を寄せる姿勢になった。
勢いで火産霊の首筋にあたった唇を押し付けた。
「欲しいなら、抱いてやろうか。疼いて我慢できねぇって面してるぜ。可愛いな、蒼愛」
火産霊の手が蒼愛の股間に伸びる。
すっかり硬くなった間羅に手が触れて、腰が大きく跳ねた。
「やぁ! 待って、待って、くださ……ぁん、んぅっ」
唇を塞がれて言葉を奪われる。
執拗に扱く手が、やけに気持ちが良くて、体が震える。
(なんで、こんなことに、なって……。火産霊様、僕の霊力を喰って、魅了になっちゃってるのかな)
目が覚めた瞬間、火産霊にキスされていた状況から理解できない。
だが火産霊は、蒼愛の霊力を喰っていたようだから、既に正気ではないのかもしれない。
淤加美に無自覚に魅了の術を使ってしまった時と同じように見える。
何より、自分の体の疼き方が似ていた。
「ダメ、ぁん……、ヤダ、紅優……、じゃなきゃ、やだぁ……ぁ、ぁぁ!」
「ヤダっていう割に、感じてるだろ。イっていいぜ、喰ってやるから」
火産霊が、扱く手を速めた。
気持ちが善くて、腰が浮く。
「ぁっ、待っ……てっ、ほんとに、イっちゃ、ぅ……んんっ」
腕の中で体をビクつかせる蒼愛を、火産霊が蕩けた目で眺めた。
「感じてる顔、堪んねぇな。いっそ体を繋げて、俺のになるか? 毎日、気持ち善くしてやるぜ。霊力、もっと食わせろ。はぁ……。全部、食いつくしてぇ……」
蒼愛の首筋に舌を這わせて甘噛みしながら吸い上げる。
唇を重ねて、また霊力を吸われた。
(ダメ、これ以上、喰われたら、火産霊様がもっと魅了にかかっちゃう)
どれだけ押し返しても、蒼愛の細腕では火産霊の大きな体躯を退けられない。
「美味い……、可愛いな、蒼愛。もっと、俺に愛されろ……」
火産霊が蒼愛から唇を離して体を上げた瞬間。
大きな炎の塊が火産霊にぶち当たった。
筋骨隆々の大きな体を絡めるように持ち上げて、攫って行った。
社の壁を突き破って、その向こうにある岩山まで猛スピードで飛んでいく。
火産霊を飲み込んだ炎は岩山にぶつかると、派手に弾けた。
「……へ?」
「蒼愛! 大丈夫?」
呆けた蒼愛に紅優が駆け寄った。
すっかり乱れた蒼愛の姿を見付けた紅優が、怒りの表情を外に向けた。
火産霊が飛んで行った方に向かい、さっきと同じくらいに大きな炎の塊をいくつも打ち込んだ。
岩山が轟音と共に砕けていた。
「どこまで何をされたの? 体、繋げてないよね?」
紅優に問われて、蒼愛は何度も頷いた。
「キスで、火の加護をくれて。霊力をいっぱい喰われたから、多分、魅了になってるんだと、思う」
この状況も、紅優の怒り顔も怖くて、言葉がカクカクした。
少し足を動かしたら、開けた着物がめくれて、煽られた欲情が顕わになった。
思わず、着物を合わせて隠した。
「これは、ちがっ。ちょっと触られたけど、出してない。イってない、から……」
涙目で、紅優に弁明する。
蒼愛の顔を見詰めていた紅優が、股間に顔を埋めた。
「ぁ! こうゆぅ、ダメ、すぐに、イっちゃぅ、からぁ!」
紅優の舌が執拗に先を刺激する。
何度も吸い上げられて、我慢できない。
「出していいよ。魅了なら、蒼愛も達しないと収まらないでしょ。俺が全部、喰ってあげる」
いつもより急いた話し声が怒っているように聞こえる。
蒼愛は体の力を抜いた。
「ぅん……、紅優、僕を食べて」
紅優の頭を撫でて、肩に手を添える。
見上げた紅優が艶っぽい笑みを灯した。
「最近の蒼愛は、色っぽくなったね。そういう顔は俺にだけ、見せてね」
紅優の指が大腿をそろりと撫であげる。
くすぐったくて、余計に力が抜けた。
紅優が蒼愛を何度も吸い上げて舌を這わせる。
いつもよりゆっくりした動きで、ねっとりした快感が堪っていく。
「ぁ……、紅優、も……でちゃぅ」
ビクビクと震える腰を紅優が抑え込む。
先を何度か強く吸われて、白濁が吹き出した。
「んっ、ぁ、はぁ……」
達して脱力した体が紅優に覆いかぶさった。
「ふふ。今日の蒼愛も美味しいよ」
蒼愛の体を抱え込んで、紅優が満足した顔で笑んだ。
紅優に抱かれたまま、蒼愛は火産霊が飛んで行った岩山を呆然と眺めた。
(そういえば、ここはどこなんだろう。なんで火産霊様がいたんだろう)
しかも紅優が割と本気で火産霊を攻撃していた。
あれは、大丈夫なんだろうか。
「紅優、あの……」
「痛ってぇなぁ。もうちっと優しく止めらんねぇのかよ。番を喰ったのは悪かったけどよ、やり過ぎだろうが」
いつの間にか、火産霊が戻ってきた。
体や服が所々煤けて黒いが、怪我をしている様子もない。
「強引に連れてきて、突然喰った火産霊が悪い。蒼愛の魅了はあれくらい衝撃を与えないと解けないみたいだから、仕方ないよ」
紅優が大変不機嫌な顔で、そっぽを向いた。
同時に蒼愛の体を、ぎゅっと抱き締めた。
「魅了? 蒼愛は、そんな術も使えんのか? いつの間に使ったんだ?」
紅優の不機嫌な様子など気にも留めずに、火産霊が興味津々な顔を向けてきた。
「霊力を喰われると、喰った相手が魅了にかかっちゃうみたいで。僕も、その、発情しちゃうんですけど。紅優にシてもらわないと、収まらなくて」
淤加美は月詠見に殴られただけで正気に戻ったから、岩山に投げつけるほどの衝撃は必要なかった気もするが。
「なるほどなぁ。そういうのは先に教えとけよ」
「教える前に勝手に喰ったんでしょ。喰っていいなんて許可は出してないし、加護を与えるなら与えるで、それこそ先に教えてほしかったよ」
紅優が火産霊を睨みつけた。
(さっきから紅優が子供みたいだ。御披露目の時みたいに敬語も様付けもしてないし。兄弟みたいな感じ、なのかな)
月詠見や日美子とは、また違う距離感だと思った。
友達より近いような、遠慮がないような、不思議な感じだ。
「だってよ、そんだけ良い匂いさせてたら、喰ってみたくなるだろ。予想以上に極上の美酒だったぜ。あの霊力が喰えるんなら、魅了くらい構わねぇな。相手は蒼愛だし、好きになっても愛してもいいだろ」
火産霊が爽やかに笑った。
ちょっとくらい喰わせてもいいかなと思える笑顔だ。
「許さないし、火産霊が蒼愛を愛したら、絶対に嫌だ。面倒だよ」
とても嫌そうな顔をする紅優に、火産霊が笑っている。
紅優は怒っているのに、仲が良さそうで楽しそうに見えた。
「あの、もしかしてここは火ノ宮、ですか? 僕はいつの間に移動してきたんでしょうか?」
おずおずと質問する蒼愛に、火産霊と紅優が振り返った。
「ああ、そうだぜ。ここは俺の住んでる火ノ宮だ。御披露目が終わった後、直に帰ってきたんだよ。蒼愛は寝ていたから、俺が抱えて連れてきた」
そういえば、御披露目が終わった後、控えの間で一人、転寝してしまったのを思い出した。
あのまま連れてこられたのだと思ったら、ぞっとした。
「ほとんど誘拐だよ。蒼愛の同意も得ないで連行されたんだよ」
「ごめん、紅優。次からはうっかり寝ないように気を付ける」
寝て起きたら知らない場所にいたなんて、人生でそうそう起きるものじゃない。
危機感を持とうと思った。
「蒼愛は悪くないよ。火産霊が勝手に連れてきたんだから」
「気持ち良さそうに寝ていたからなぁ。起こさねぇように大事に抱えてきたんだぜ」
火産霊の太い腕を眺めて、きっと本当に大事に抱えてきてくれたのだろうなと思った。
(さっき、霊力を喰われたり加護をくれた時も、触れ方はすごく優しかった)
「まぁま、細けぇコトは気にすんなよ。それより、蒼愛。腹、減らねぇか? 美味い霊力を喰わせてもらった礼に、飯にしようぜ」
火産霊に促されて、紅優が蒼愛を抱いたまま立ち上がった。
「風呂の準備と着替えもね。火産霊が入って来られない部屋も準備しておいてよね」
「この宮に俺が入れねぇ部屋なんかねぇよ」
火産霊が楽しそうに笑う。
「なぁ、長居していけよ。弟みてぇな紅優に、やっと番ができたんだ。俺にお前らを祝わせろ」
振り返った火産霊が笑う。
その笑顔が本当に嬉しそうに見えた。
紅優が、毒気を抜かれた顔をしていた。
「……次の挨拶もあるから、適度にね。挨拶回りが終わったら、蒼愛とまた遊びにくるから。今回だけって訳じゃないんだし、いいでしょ」
「それもそうだな。今回はいられるだけ、長居していけよ」
照れ隠しのように顔を背ける紅優の肩を、火産霊が叩く。
紅優の顔が、照れているようで嬉しそうで、蒼愛は安堵した。




