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からくり紅万華鏡ー餌として売られた先で溺愛された結果、幽世の神様になりましたー  作者: 霞花怜(Ray)
第三章 瑞穂国の神々

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31.日ノ神と暗ノ神

 雲の中を駆けた紅優の体が明るい場所に飛び出した。

 紅優の体にしがみ付いていた蒼愛に、声が掛かった。


「もう目を開けていいよ、蒼愛」


 いつの間にか紅優の姿が妖狐から人型に戻っていた。

 紅優の背中から降りて、辺りを見回す。

 静かな何もない場所に、神社のような建物が一つ、建っていた。


(とってもシンプルな作りの家だけど、快適そう。流れてくるこの感じは、神力かな)


 神力という言葉を、蒼愛は知らない。

 知らないはずなのに、そう感じた。


 呆然と建屋を眺める蒼愛の手を、紅優が握った。


「俺の手を離さないで。傍から離れちゃ、ダメだよ」

「うん、約束する」


 いつもと変わらない笑みの紅優だが、さっきまでの浮かれた様子はなくなっていた。


「あれが日ノ宮(ひのみや)日ノ神(ひのかみ)日美子(ひみこ)様のお社だよ。今ならきっと、暗ノ神(くらのかみ)月詠見(つくよみ)様も御一緒だと思う」


 紅優の話に頷いて、蒼愛は足並みを揃えて歩き出した。

 宮の前に着くと、扉は独りでに開いた。


「入ろうか」


 紅優に手を引かれて、蒼愛は頷いた。

 開いた扉の向こうに続く、長い廊下を歩く。

 奥の突き当りに人が立っていた。


「やぁ、いらっしゃい。思ったより早かったね、紅優……」


 紅優と蒼愛を笑顔で迎えてくれた女性が、名を口走って驚いた顔をした。


「本当に番になったんだね。おめでとう」


 そう言って笑んだ顔は本当に嬉しそうで、心から祝福してくれているのだと感じた。


「立ち話も何だ。中へ、お入りよ」


 歩き出した女性に続いた紅優に腕を引かれて、蒼愛も歩き出した。


「番の名前って、他の人……、じゃなくて、神様や妖怪にも効果があるんだね」


 番になると、一文字だった頃の名前が呼べなくなる。

 蒼愛はもう、紅優を紅とは呼べない。呼ぼうとしても、口が紅優と勝手に発する。


「契りだからね。この国の存在総てに作用する。それだけ強い契りって証なんだ」


 紅優の顔は嬉しそうにも安堵しているようにも見えた。

 案内された広い部屋には広めの卓が一つ、置かれているだけだ。

 その奥に男性が座っていた。


「待ってたよ。面白い悪巧みを考えたね、紅優……っと。そうか、番になったのか。まずは、おめでとうだ」


 男性が指を鳴らすと、茶と和菓子が卓の上に現れた。

 美味しそうな練りきりに、蒼愛の心がキラキラした。

 そんな蒼愛を眺めて、男性が吹き出した。


「わかりやすいなぁ。随分と可愛らしい子を番にしたんだねぇ、紅優。らしいといえば、らしいけど」


 可笑しそうに笑われて、恥ずかしくなる。

 男性の隣に、さっきの女性が座った。


「笑い過ぎだよ。俯いちゃっただろ。気にしなくていいよ、蒼愛。座って、おあがりよ」


 紅優が腰を下ろしたので、蒼愛も小さく会釈して座った。


(僕の名前も知ってるんだ。契りのせいかな。それとも、神様だからかな)


「既に周知ではありますが、改めましてご報告いたします。この度、番を得て、名を紅優と改めました」


 紅優が蒼愛を振り返る。


「番になりました、蒼愛です。人間です」

「宝石の人間、しかも蒼玉か。その霊力量なら、納得だけどねぇ。只の蒼玉でもなさそうだね」


 男性にじっくりと見詰められて、居た堪れない。


「その前に、私らの名前も教えてあげないと。この緩いのが暗ノ神の月詠見だ。私が日ノ神の日美子。私はね、蒼愛と同じで、元は現世の人間だよ」

「え……、日美子様も、人間だったんですか?」


 驚き過ぎて目が落ちるんじゃないかと思うくらい、開いた。


「蒼愛より千年以上、大昔の人間さ。現世では日向神(ひむかのかみ)の巫女だった。知己の頼みで、この国の神様になったんだけどね。まぁ、だからさ、自分が人間だって、あんまり悲観がらなくていいんだよ」


 日美子の言葉に、胸が締まった。

 瑞穂国に来て、紅優や黒曜以外に関わった相手はいないが、同じくらいの優しさを貰った気がした。


「ありがとうございます。安心、できました」

「日美子様は月詠見様と番なんだよ。だからお二人は、どちらかの宮でよく一緒にいらっしゃる」

「昼間は日ノ宮、夜は暗ノ宮にいるよ」


 紅優と日美子に、交互に目をやる。


「そうなんですね。神様同士でも、番になるんですね」

「今の神々で、番があるのは俺たちだけだよ。それより、俺は蒼愛の話が聞きたいな。何とも面白そうな人間だ。もっと色々教えてほしいから、とりあえずお菓子をお上がり。どれだけ食べてもいいから、蒼愛の霊力に触れさせてくれないかい?」


 月詠見が興味津々とばかりに顔を突き出して、蒼愛を見詰めた。

 そんなに間近で見詰められたら、お菓子を食べるどころではない。

 紅優が、そっと蒼愛の肩を抱いた。


「蒼愛は妖怪や神様に慣れていないので、程々の距離感でお願いします」


 紅優が少しずつ自分の方に蒼愛を引き寄せて、月詠見から離す。

 その仕草を眺めていた月詠見が、また吹き出した。


「過保護だなぁ。取って食ったりしないよ。紅優は余程に蒼愛が可愛いんだねぇ」


 笑いを噛み殺す月詠見を、何とも言えない顔で紅優が眺める。

 こういう顔の紅優は初めて見るなと思った。


(神様相手だと、いつもとちょっと違う紅優になるんだ。新鮮かも)


 普段、観られない紅優の顔を知れるのは嬉しい。


「ほら、蒼愛、口を開けなよ。はい、あーん」


 日美子が切り分けた練りきりを竹串にさして蒼愛の口元に持ってきた。


「あーん」


 ぱくりと頬張って、味わう。

 口の中で餡子が蕩けて、とても上品な甘さが広がった。


「んー……、美味しいです」


 そんな蒼愛を満足そうに日美子が眺める。

 隣の紅優が青い顔をしていた。


「蒼愛! 簡単に餌付けされちゃダメでしょ」


 慌てているように見える紅優を不思議に思いながら見上げた。


「え? ごめん。でも日美子様は僕たちが番になって喜んでくれたし、悪い神様じゃないと思うけど」


 二人のやり取りを眺めている月詠見が、ずっと笑っている。


「紅優の慌てる顔は面白い。蒼愛は素直で良い子だなぁ」


 月詠見に頭を撫でられて、こそばゆい気持ちになった。


「蒼愛は菓子が好きなんだね。美味しそうに食べるから、嬉しいよ。沢山、お食べ」

「ありがとうございます。いただきます」


 日美子に促されて、蒼愛は自分の前に出された練りきりに、ぱくついた。

 そんな蒼愛を、紅優は後ろから抱くように囲い込んだ。


「え? 紅優、流石にこれは、お二人に失礼なんじゃ」

「良い良い。それで紅優が安心できるなら、好きなようにしていればいいさ」


 やっと笑いをおさめた月詠見が紅優に目を向ける。

 紅優が気まずそうに目を逸らした。


「それで? 二人は俺たちに、お願い事があってきたのだろう? 紅優の悪巧みを聞かせておくれ。面白そうなら、一枚噛んでやってもいいよ」


 月詠見の目がニタリと笑んだ。

 面白尽の視線に、紅優が居直った。


「蒼愛は見ての通り、宝石の人間の蒼玉で、俺の番です。元は餌として仕入れた人間でしたので、宝石の質は番にしてから知ったのですが……」

「本当に?」


 月詠見の問いかけに、紅優が息を飲んだ。


「蒼愛の青い髪と目は、番になってからの変化かい? 霊力は? これだけ大きな霊力を蓄えた人間の質に、番にする前に気が付かなかったとは思えないなぁ」


 月詠見が笑みを崩さず問いただす。


「霊元があり霊力量が多い人間を所望して購入したので、疑いませんでした。青い目も髪も元からでしたが、まさか餌に宝石が混じっているとは思いません。蒼愛が俺の元に来た時は霊元が閉じていて、本来の質が出ていませんでした」


 紅優の言葉に嘘はない。

 紅だった頃の紅優が気が付いていたかは別として、今の話は蒼愛が聞いた内容と同じだ。


「なら紅優は、どうして蒼愛を番にしたんだい?」


 日美子の問いは、尤もだし、一番大事だと思った。


「魂の色が綺麗だったからです。霊元さえ開けば、蒼愛の霊力量なら番になれると思っていました」


 振り返った紅優が、はにかんだ顔で蒼愛の髪を撫でた。

 いつもの仕草が、今日はいつもより嬉しく感じた。


 月詠見と日美子が確かめ合うように顔を見合わせた。


「まぁまぁ、だね。ぎりぎり及第点かな」


 月詠見の言葉に、紅優が息を吐いた。

 安堵した感が、ありありと伝わる。


「私ら相手にそこまで緊張してたんじゃ、淤加美は誤魔化せないよ。もう少し、自然に話すように頑張りな」


 日美子に腕を叩かれて、紅優が苦笑いした。


(紅優、緊張してたんだ。いつもよりは気が張ってる感じはしたけど)


 蒼愛はこっそり、紅優の手を握った。

 気が付いた紅優が蒼愛に笑いかけてくれて、少しだけ安心した。


「今更、蒼愛の宝石の質がどの段階で出たかは問題じゃないから、淤加美もしつこくは聞かないだろうさ。目下の問題は、蒼愛が色彩の宝石足り得る事実だろ?」


 月詠見の言葉に、紅優の顔が強張った。


「私らが加護を授けるのは、構わない。蒼愛の霊力なら、恐らく属性も身に付くだろう。問題はその後さ。色彩の宝石になれば、人柱に選ばれる可能性が上がる。二人は、それでいいのかい?」


 日美子が心配そうに問う。

 同じ人間だったからなのか、日美子は蒼愛の身を心から案じてくれているように感じた。


「蒼愛、今、できる?」


 紅優に問われて、蒼愛は頷いた。


 目を閉じて、胸の前で両手を重ねる。その手を少しずつ開いていく。

 手と手の間に霊力を集中して、気を練る。

 火と水と土と風の力、更には紅優の妖力を総て混ぜ合わせるようにイメージする。

 強い光を丸い玉の中に閉じ込めて、封をした。


 目を開くと、蒼愛の手の中に七色に輝く玉が霊現化していた。


「……色彩の、宝石? まさか、一人で、作れるのかい?」


 日美子が驚愕の声で呟いた。

 隣の月詠見も、流石に驚いた顔をしている。


「蒼愛の霊力量があれば、一人で色彩の宝石を作り出せます。今はまだ、日と暗の加護の代わりに俺の妖力を代用しているので本物とは呼べませんが。お二人の加護を頂ければ、本物を作り出せます」


 紅優が、はっきりと言い切った。

 月詠見が手を伸ばして、蒼愛の手の中の玉に触れた。

 まじまじと観察しながら、その気を感じ取っている様子だ。


「これほど完成度が高い玉は、久々に見たよ。偽物にしたって、十年は役目を果たせる代物だ」


 興奮した様子で、月詠見が玉と蒼愛を見比べる。

 月詠見から玉を受け取った日美子が、只々驚いて玉を眺めていた。


「面白いね。こんなに面白い悪巧みは何年振りだろう。いいよ、紅優に乗ってあげるよ。ふふ、あーぁ、淤加美が驚く顔が目に浮かぶなぁ」


 まるで独り言のように話す月詠見に、紅優が困った顔を向けた。


「月詠見様、俺は淤加美様を騙したいのではなく説得したいだけで、その為に御二方のお力をお借りしたいだけなのですが」


 月詠見が探るような目を紅優に向けた。


「なら紅優は、淤加美が紅優と蒼愛を、只々祝福してくれると思うのかい? どれだけ説得に十分な証拠を揃えて突き付けても難癖をつけてくるのが淤加美だ。わかっているから、紅優も根回しをしているんだろう?」


 紅優が言葉を飲んだ。

 さっきから名前が出てくる淤加美という神様は、どうやら癖のある性格らしい。

 蒼愛にも、それは理解できた。


(しかも、紅優が一番説得したい神様が、淤加美って神様なんだ)


 確か黒曜にも、紅優は淤加美という神様の名前を告げていた。


「淤加美はね、水ノ神。現世じゃ竜神だった。瑞穂国で一番、力のある神様だ。蒼玉の蒼愛に一番強い加護をくれる神様だよ」

 

 蒼愛の表情に気が付いた日美子が説明をくれた。


(そっか。蒼玉の属性は水ノ神様だって、紅優が話してた。だから一番に説得したいんだ)


 紅優の警戒振りや月詠見の話からして、性格にも難がありそうだ。

 会うのは少し怖いなと思った。

 

「蒼愛がこれだけ優秀だと、淤加美は蒼愛を番か神子として欲しがるかもしれない。番の契りを解消されない方法を考えているんだろ?」


 日美子の問いかけに、紅優が素直に頷いた。


「仰る通りです。幽世に来た経緯はどうあれ、今の蒼愛は神子にも神の番にもなれる素質のある子です。でも俺は、蒼愛を手放したくはない。これからを二人で生きたいんです」


 紅優の声が、いつになく真剣で、自信がなく聞こえた。

 不安になって、蒼愛は紅優を振り返った。


「僕も紅優と生きたい。紅優じゃなきゃ、嫌だ。どうすればいいか、僕も頑張って考えるから。紅優一人で悩んだりしないで、一緒に考えよう」


 瑞穂国について、蒼愛はまだ何も知らないに等しい。

 けれど、知らないなりに思いつく何かはきっとある。

 紅優だけに背負わせたりしたくない。


 日美子と月詠見が驚いた顔を見合わせた。


「紅優に、ここまで思わせる番が現れるとは、驚いたね」

 

 月詠見が思わずといった具合に零した。


「しかも相思相愛なんだね。だったら、私らが力になってやらなきゃね」


 日美子が優しい笑みを、蒼愛と紅優にくれた。


「ならばやっぱり、悪巧みだ。絶対に負けない勝負を、淤加美に飲ませようじゃないか」


 月詠見が至極楽しそうな顔で、ニタリと笑んだ。

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