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からくり紅万華鏡ー餌として売られた先で溺愛された結果、幽世の神様になりましたー  作者: 霞花怜(Ray)
第五章 災厄の神

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第161話 朴木の友情

 瑞穂ノ宮の、奥の間への引っ越しが大体終わり、新しい家での生活がいよいよ始まった矢先。

 土ノ神伽耶乃から、お誘いが届いた。


『朴木に会いに、散歩に行きませんか』


 それがエナを地上に降ろす許可を請う誘いであると、蒼愛にも紅優にもすぐにわかった。

 井光が伽耶乃たちを迎えに行き、蒼愛と紅優は真白に乗って、朴木がある瑞穂ノ社に向かった。


「僕たちも一緒に迎えに行ったのにね」

「それだときっと、エナが怯えるんじゃない?」


 蒼愛の姿に怯える、という話だろうか。

 何となくモヤモヤした。


(これじゃまるで、僕が悪いことしたみたいだ。酷いことされて怒っただけなのにな)


 事件以来、エナにはずっと避けられている。

 あれだけ好きだと言っていたのに、自分の思い通りにならない上に、怒ると怖い相手だとわかった途端に掌を返された感じがする。


(無理に好かれたいわけじゃないけど、ちょっと失礼だと思う)


 紅優の指が伸びてきて、蒼愛の眉間をグリグリした。


「眉間に皺が寄ってるよ」


 振り返ると、紅優に微笑まれた。


「あんまり考え過ぎないようにね。今のエナはまだ、心に余裕がないんだろうと思うよ」

「うん……」


 紅優にまでエナを擁護する発言をされると、余計にモヤっとする。

 自分を殺そうとした相手にまで優しくできる紅優は心が広すぎる。


(僕は、紅優みたいには出来ないや。せめて、エナに会っても冷たい態度とらないように気を付けよう)


 社に近付くと、すぐに大きな朴木が目に入った。

 天を突く勢いの朴木は、平野が広がる社の周辺で一番高い木だ。

 枝葉が生い茂るすぐそばを、真白が駆け降りる。

 瑞穂ノ社の境内に降り立った。


 祭祀の時と同じように、蒼愛は朴木を見上げた。


(あの時、朴木なんて見たことも聞いたこともなかったのに、僕は知ってた。エナの記憶だったんだ)


 蒼愛の中に確かに在る、エナの魂の欠片の記憶。

 切なく感じたのは、クイナを思い返すエナの感情だったのかもしれない。


 紅優が社の境内に結界を敷いた。


「瑞穂ノ社は地上の妖怪もお参りに来るからね。俺たちの姿は、あまり見られない方がいい」


 前にも似たような話をされた気がする。

 神様は地上であまり姿を晒さない方が良いと。

 今日は変装もしていないから、余計見られない方が良いのだろう。


「この場所で色彩の宝石を奉る祭祀をしたんだね」


 社と朴木を見上げて、蒼愛は零した。


「あの時に、お互いの目が混ざって、俺は瑞穂ノ神になって、蒼愛は色彩の宝石になったね」


 あの時の襲撃は、大気津の神力を利用した蛇々だったんだろう。

 エナか闇人名無の命で動いていたのかもしれない。


「なんだか、遠い昔の出来事みたいに感じるね」


 紅優が蒼愛に微笑み掛ける。

 肩の力が抜けた。

 まだほんの数カ月しか経っていないのに、まるで大昔の出来事のように感じる。


(こんな風に時を重ねて、同じ経験を重ねて、僕らは一緒にこれからを生きていくんだ)


 気が付いたら、蒼愛は紅優の手を握っていた。


 土の庭の方から、井光に乗った伽耶乃たちがやってきた。

 境内に降り立つと、伽耶乃が紅優に向かって頭を下げた。


「お忙しい紅優様にお時間を賜りまして、ありがとうございます」

「今は全然、忙しくないよ。むしろ、お誘い、ありがとう」

「あら、お引越しの真っ最中だと伺ったのだけれど。落ち着いたのかしら?」

「ちょうど終わったくらいだから、いつでも遊びに来てね」


 伽耶乃の足に絡みつくように縋って隠れているエナに、紅優が視線を向けた。


「土ノ宮は、どう? もう慣れた?」


 エナの前に屈んで、目を合わせる。

 俯き加減に、エナが頷いた。だが、それ以上言葉を発する気配はない。

 エナの頭を一撫でして、紅優が立ち上がった。


「エナ、久し振りに朴木に挨拶してあげたら? 苗木の頃から一度も会いに来てはいないのでしょ?」


 伽耶乃に手を引かれて、エナが前に出た。


「今更、何を話せばいいのか……」

「思ったこと、何でも話したらいいわ」


 伽耶乃がエナの手を引いて、朴木の幹によると、木肌に触れた。

 エナを振り返る。

 視線を向けられて、エナが恐る恐る朴木に触れた。


「……故郷をくれた、名前をくれた。大切なこの国を、私は壊してしまいそうになった。欲しかった愛はもう、この世にはない。自分の心に沢山嘘を吐いて、吐きすぎて、本当の気持ちなんかもう、わからない」


 エナの弱々しい言葉を、後ろで聞く。

 肩が揺れて、泣いているのが分かった。

 きっと今の言葉が、エナの本音なんだろうと思った。


「この国は、クイナの理想通り、豊かで美しい国になった。なのにクイナはいない。私はまだ、ありがとうと言っていない。クイナが見たいといった笑顔を、見せていない。初めて抱きしめてくれた温もりが、忘れられない」


 気に縋り付いて泣くエナに、蒼愛は歩み寄った。

 後ろからエナの体を抱きしめた。

 エナが驚愕の表情で蒼愛を振り返った。


「クイナの温もりとは、違うよね。だって僕は、クイナさんじゃない。エナと同じ魂を持った、神様だ」


 エナが蒼愛の腕の中で体を強張らせる。

 けれど、逃げはしなかった。


「僕もまだ、エナからもらってない言葉があるよ」


 腕の中のエナを見下ろす。

 エナが俯いた。


「……ごめん、なさい。蒼愛の大切な紅優を奪おうとして、ごめんなさい。蒼愛は、私に教えてくれた。誰かの大切なモノを奪っても、幸せにはなれないと」


 エナの体を反転させて、胸に抱いた。


「ちゃんと覚えてて、偉いね。エナが本当に欲しかったのは、僕じゃない。僕はクイナさんの代わりにはなれない。クイナさんと同じ温もりは、もう貰えないけど。エナには今、愛を注いでくれる相手が、いるよね」


 エナがぎこちなく頷いた。


「それでも私は、同じ魂を持つ蒼愛に愛されたい。でも、蒼愛は私を許さない。もう二度と、蒼愛には愛されない。とても、悲しい。これ以上、嫌われたくない。とても、怖い。どうすればいいか、わからない」


 蒼愛の腕の中で、エナがプルプルと震えている。

 胸につかえていた何かが、すとんと落ちた気がした。


(そうか、だからエナは僕を避けて。どうすればいいか、わからなくて、怯えた態度になっていたんだ)


 闇の呪詛や黒い神力という鎧を取り払った丸裸の心は、あまりにも弱くて脆くて臆病で。与えてくれる愛も、去っていく愛にすら怯えてしまう。


(二千年近い時を、壊れそうな心を抱えて、たった一人で生きてきたんだ)

 

 誰かを利用して、隠れて、そうやって心を庇って生きてきた。


(エナの心に入った時も黒い神力を使っている時も、エナの言葉が独りよがりだったのは、そのせいだったのかな)


 ずっと一人で生きてきたエナには、他者の心に触れる会話など想像もつかないだろう。

 蒼愛はエナの体を抱き直し、強く引き寄せた。


「僕は、エナを許さない。紅優を殺したエナを、一生、許さないよ」


 腕の中で、エナがビクリと震えた。


「だけど、エナが嫌いなわけじゃない。同じ魂を持つエナは、僕にとっても特別だよ。だから、考えてみて。僕に許される方法を。一人じゃわからないなら、日照や伽耶乃様や、エナを愛してくれる皆と一緒に考えるんだよ。これからは自分に向けられる感情と、ちゃんと向き合って生きるんだよ」


 それは、過去の自分に向かって発した言葉のようだった。

 理研に居た頃の、誰とも触れ合ってこなかった自分と、エナはとても良く似ている。


「エナは僕に似ているから、きっと答えを見付けられる。僕はエナの答えを待ってるよ」


 蒼愛の腕の中で、エナが顔を上げた。


「答えを見付けたら、愛してくれる?」


 蒼愛はエナの頬を撫でた。

 長かった髪は伽耶乃と須芹が切りそろえてくれたお陰で、綺麗に整っている。


「僕の一番はずっと紅優だよ。それは死んでも変わらない。だから皆と同じように、変わらぬ愛をエナにも送るよ」


 本当はもう、そういう気持ちがあるけれど、今は教えてあげない。

 それくらいの意地悪はしないと、エナはきっと頑張らない。

 潤んだ目をしたエナが、蒼愛の胸に顔を埋めた。


「ごめんなさい、蒼愛の大事な紅優を傷付けて、ごめんなさい。クイナが作った理想郷を壊そうとして、ごめんなさい。大切なのに、愛しているのに、愛していると言えなくて、ごめんなさい」


 エナの懺悔を聞きながら、蒼愛はエナの背中を撫でていた。


「朴木はずっと、エナを心配していたって、幽世が教えてくれた。幽世はエナが瑞穂国を守る神になることを望んでる。エナは頑張らないといけない」


 涙の流れた顔を、エナがあげた。

 頬の涙を蒼愛の手が拭う。


「迷ったり悩んだら、伽耶乃様と一緒に朴木に会いにおいで。きっとエナの悩みを全部、吸い込んでくれるから」


 エナが朴木を見上げた。

 大きな葉が一枚、降ってきて、エナの頭に乗った。


「大きな葉っぱ……」


 エナの小さな頭から顔までを覆ってしまうくらいに大きな葉っぱを眺める。

 まるで朴木がエナの頭を撫でてくれたようだった。

 その葉をエナが抱き締めた。


「……ありがとう、蒼愛。私を、遠ざけないで、受け入れてくれて、ありがとう」


 葉っぱを抱き締めながら呟いたエナの声は、会った時より力強かった。

 蒼愛の腕から離れたエナは、伽耶乃と共にまた朴木の幹に抱き付いていた。


「また会いに来る、クイナ。理想郷がこれからも続くように、私も頑張るよ」


 エナの顔は、笑むというにはまだ遠くても、会った時よりずっと明るい表情だった。

 そんなエナを見詰めていた伽耶乃と紅優が目を合わせて微笑んでいた。


「蒼愛も、ちゃんとお兄ちゃんになれたね。偉かったね」


 紅優に褒められて、照れ臭い気持ちになった。


「僕の態度も悪かったんだなって、ちょっと思ったから。エナのこと、嫌いじゃないよ」


 紅優が手を握ってくれて、蒼愛はその手を握り返した。


(今日のお散歩は、僕とエナの仲直りのため、だったのかな)


 満足そうな紅優と伽耶乃の顔を見付けて、そう感じた。

 蒼愛は朴木を見上げた。


(クイナが植えた、友情の木。クイナの理想や願いを知っている木。これからも見守ってね。僕らが造る瑞穂国が間違わないように、教えてね)


 これからの瑞穂国を造っていく決意を胸に、蒼愛は朴木に願いを投げた。

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