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からくり紅万華鏡ー餌として売られた先で溺愛された結果、幽世の神様になりましたー  作者: 霞花怜(Ray)
第五章 災厄の神

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第153話 ごめんなさい

 淤加美の癒しの水で全身を覆われていた蒼愛と紅優は次の日の朝には回復した。

 体を乗っ取られていた志那津は、体の内側も外側も特に目立った異常はなかった。核が体から離れた影響か、自分の神力を取り戻し、満たすのに時間がかかったようだが、次の日の夕刻には目を覚ました。


 蒼愛は、未だに目を覚まさない井光と真白と羽々に付き添っていた。


「羽々さんは怪我とかもしていないけど、やっぱり種の影響が大きいのかな」


 蒼愛は隣に座る紅優を見上げた。

 種に犯されて紅優たちを攻撃していた間も、自力で種を抑え込んで自我が戻った後も、羽々は怪我など負っていなかった。

 羽々は蒼愛が紅優たちと対峙している間、上手く立ち回ってそれぞれに瑞穂玉を含ませてくれていたらしい。

 あの時の蒼愛は全く気が付いていなかった。

 戦闘に慣れた熟練なのだと、改めて尊敬した。


「俺の神力で浄化するまで、種を抱えたまま自力で抑え込んでいただけだからね。根が残っていないか淤加美様が確認してくれて、綺麗に消えてはいるけど。妖力を回復するのに時間がかかっているのかもね」


 紅優が心配そうに羽々を覗き込む。


「呪詛に抗うには、攻撃の倍以上の妖力を消費するとも言われる。小碓程に年季が入った怨霊が扱う呪詛の種だ。怨念の深さは言うまでもないし、呪力も強かった。あれに抗いながら立ち回っていたんだ。羽々殿でなければ死んでいたかもな」


 紅優とは反対側で蒼愛の隣に座る志那津が、羽々をじっくりと眺めた。

 志那津は自分の体の中で小碓に押さえつけられながら、一部始終を見ていた。動き回っていた紅優や蒼愛より冷静にあの時の出来事を把握しているのだろう。

 自分の体の中に種があった分、小碓の呪力を直に感じていたのだろう。

 

「神話に名前が残るくらい強い大蛇でも、辛かったってことだよね」


 羽々の妖力は他の妖怪の比ではないはずだ。

 それでも、未だに目を覚まさないくらい、回復に時間がかかっている。

 蒼愛は真白と井光に目を向けた。


(僕の攻撃を直に受けている二人は、もっと辛いかもしれない)


 あの時の蒼愛の神力は黒く染まっていた。

 特に水の矢は、刺さった身体に瘴気が沁み込むように黒い神力を仕込んだ。体内に沁み込んだ瘴気のせいで回復が遅れているのかもしれない。


(治すための水の神力を毒に変えて、僕は、井光さんと真白を殺そうとしたんだ)


 闇の呪詛のせいであっても、自分が迷いなく癒しの水を毒に変えてしまった事実に、薄ら怖さと怒りが湧き上がる。


(もう二度と、あんな風にはならない。誰かに僕を利用させたりしない)


 胸の中で静かに灯る核を感じながら、誓った。


「早く元気になって、目を覚まして。ごめんなさいって、謝らせて」


 真白の額に口付ける。

 祝福を与える時のように、神力を流し込んだ。

 真白の全身が金色に包まれて、七色に輝く。光が体に吸い込まれた。


「んぁ……」


 真白が薄く目を開いた。

 蒼愛は前のめりになって真白の顔を覗きこんだ。


「真白、僕だよ、蒼愛だよ。わかる?」


 ゆっくりと上体を起こして真白が蒼愛を眺めた。


「蒼愛様……?」


 呟く真白に頷いて、蒼愛はすり寄った。


「真白、大丈夫? どこも痛くない? 体、辛くない?」


 蒼愛を眺めていた真白が、腕を伸ばして凭れかかった。

 小さな蒼愛の体を抱きしめて、倒れ込んだ。


「蒼愛様、元に戻った。良かったなぁ」


 犬がじゃれつくように、真白が蒼愛に乗って抱きしめる。

 抱く力が強くて、声がいつも通りの真白で、安心した。安心したら、涙が込み上げた。


「ごめんね、ごめんね、真白。いっぱい痛い思いさせた。嫌な思いさせた。ごめん……」

「蒼愛様、強かったなぁ。あんなに強いのに、普段は誰も傷付けないように気を付けてんだなぁ。蒼愛様は、心も強いなぁ。俺が好きな蒼愛様に戻って、良かった」


 耳元で聴こえる真白の声が優しくて、涙がぽろぽろ零れ落ちる。


「あんなに酷いこと、したのに、僕のこと、好きでいてくれるの?」

「大好きだよ。何があっても、蒼愛様が大好きだ」


 真白の言葉が胸に沁みて、蒼愛は抱き付いた。


「僕も真白が大好きだよ。もう二度とあんな風にならないから。真白に攻撃なんかしないから。だから、これからも僕の側にいて」

「当然だろ。俺は蒼愛様の側仕だ。死ぬまで側にいるよ」


 真白が蒼愛の頬にキスする。

 狼姿の時に顔を舐めてくれる仕草に似ていて、嬉しくて安心した。


「私も死ぬまで、御奉仕させていただきますよ」


 聞こえた声に顔を上げる。

 井光が起き上がって、いつもの笑みを向けていた。


「井光さん、起きてくれた」

「蒼愛の真似っこ、してみたよ。俺の神力を井光さんに流し込んでみた」


 紅優が嬉しそうに教えてくれた。


「主の神力は、我々側仕にとり何よりの回復剤になるようですね」


 真白から離れて、蒼愛は井光に寄った。

 思いっきり蹴り飛ばした脇腹に手を添える。


「痛く、ないですか。お腹も、大丈夫ですか」


 恐る恐る触れる手を、井光が握った。


「肋骨は三本ほど粉砕骨折したかと思いますが、戻りました。地面に磔にされて水の矢を射られた時は、死んだなと思いましたが。羽々殿のお陰で、生きていますよ」


 あまりに具体的な井光の説明に、蒼愛は蒼褪めた。


「大丈夫だよ、蒼愛。あの程度で井光さんは死なないよ。井光さんが本当に本気になったら、大猫の姿に戻るから」


 紅優が恨めしい目で井光を眺める。

 井光が苦笑した。


「たとえどんな理由であっても、主に大猫の姿で攻撃などできません。むしろ、蒼愛様がお強くて安堵いたしました。蒼愛様は戦闘においても充分なポテンシャルを秘めていらっしゃると確信いたしましたよ」


 井光の目が笑んで、蒼愛を見下ろす。

 いつもと変わらない井光に、安心しながらも、気持ちが萎む。


「井光さんも、真白も、紅優も。僕に攻撃しなかった。だから僕は、好き勝手に三人に攻撃できたんです。ごめんなさい、井光さん、ごめんなさい……」


 井光が小さく息を吐く気配がした。

 蒼愛は顔を上げた。


「呪詛以外にも、体や意識を乗っ取ったり、操る妖術は存在します。良いお勉強になりましたね。私としても、蒼愛様の攻撃の癖や術の幅広さを把握する良い機会になりました。これからは勉学だけでなく、体術も鍛えましょう。強い力を持て余すのは勿体ない。正しく使う術を学びましょう」


 にこりと微笑まれて、蒼愛は何も言えずに、無言で頷いた。

 あの状況を、そんな風に受け止められる井光に感心してしまった。


「しかしながら、自我や意識を乗っ取られる事態は、もう起こり得ないでしょう。神様を操る術は流石に存在しませんから」


 井光の目が蒼愛の胸に向く。

 蒼愛は自分の胸に手を当てた。


「これからは、瑞穂ノ神紅優様、結彩ノ神蒼愛様の側仕として、一層に励んでまいります。蒼愛様が結彩ノ神として存分に御力を発揮できますよう御助力いたします」


 井光が蒼愛に向かって平伏する。

 蒼愛の隣で、真白もまた蒼愛に平伏していた。


「どうして、知ってるの? まだ話していないのに」


 紅優が井光の肩に触れる。

 井光と真白が顔を上げた。


「眠っている間に啓示がありました。恐らくは、御二人が聞いている幽世の声なのだろうと思います。関係する者には、声が届いたものと思われます」


 井光の目線が志那津に向いた。

 少し離れた場所で蒼愛たちを遠巻きに眺めていた志那津が頷いた。


「俺にも啓示があったよ。淤加美様や月詠見も同じように話していた。俺たち六柱の神に幽世の声が届いたのは、瑞穂国が始まって以来、初めてだ。新しく始まる瑞穂国を新しい神と共に支えるようにと告げられた」


 志那津が歩み寄り、蒼愛の胸に手を当てた。

 霊元から変わった核が熱を発している。


「本当に、変わったんだな。この国は生まれ変わった。蒼愛と紅優が、変えたんだ。その象徴(シンボル)が紅優の瑞穂ノ神であり、蒼愛の結彩ノ神だ」

「瑞穂ノ神と……、結彩ノ神、が……象徴……」


 蒼愛は、自分のこれまでを思い返した。

 たった数カ月前、餌として売られてきた幽世で、永遠を共に生きる番に出会った。

 死にたかった心は生きる希望を得て、宝石になった。

 怒涛のように事件が起きて、たくさんの妖怪や神様に出会って。気が付いたら、神様になっていた。


『蒼愛の魂はもう、ただ綺麗なだけやない。神様やんな。今いる幽世に必要な存在なのやろ』


 時の回廊で会った保輔の言葉が、頭を過った。


(保輔が言った通りになったよ。保輔はまるで、予言者みたいだ。理研に居た頃から、いつだって、僕が受け入れられない話を、はっきりと教えてくれる)


 神様になっただなんて、自分がこの国を変えただなんて、自分からはとても思えない。

 けれど、保輔が言ってくれた言葉は、どうしてか、今の蒼愛の胸に沁み込む。


(理研に居た頃は何とも思っていなかったのに。保輔の言葉が、僕の気持ちを後押ししてくれる。少しは価値がある存在だって、自分からそう思ってもいいって、自分を許す気になれる)


 きっと、理化学研究所(同じ場所)で育った仲間の言葉だからなんだろう。

 他人を遠ざけ、何も見ないように、感じないように生きていた頃の蒼愛を知っている保輔の言葉だからこそ、蒼愛にとっては今でも特別に響くのだろう。


「僕たちが、変えた、瑞穂国を、これからは、守れる。志那津とも、紅優とも、他の神様とも、一緒に守れるんだね。ずっと、一緒だね」


 たどたどしく話しながらも、蒼愛は志那津に向かった笑んだ。

 志那津の少し照れた顔が近付いて、蒼愛の額に口付けた。


「ずっと一緒だ。これからは同じ神として、この国を守るんだ。遠慮しなくていい、怯えなくていい。堂々と、結彩ノ神と名乗ればいい」

「結彩ノ神……」


 妖怪と神様と人を結ぶ神。

 そんな神様になれたらいいと、蒼愛は思った。


 志那津が口付けた額をおさる。

 気恥ずかしいけど、嬉しかった。


「結彩ノ神……、素敵な響きだね」


 その名を噛み締める蒼愛に向かい、志那津の腕が伸びてきた。

 同じように後ろから紅優の腕が伸びてきて、蒼愛を引き寄せた。

 蒼愛を抱き締めようとしていた志那津の腕が、空を切った。


「とても良いお話を頂いて嬉しいですが、最近の志那津様は遠慮がなくなっていませんか? 蒼愛は俺の番です。覚えてますか?」


 紅優が蒼愛の体を強く抱きしめた。

 よろけた体を起こして、志那津が気まずそうに顔を背けた。


「全く持ってその通りだ。すまない。ちょっと感覚が、距離感が、狂っているようだ」


 志那津が大きく息を吸って吐いている。


「小碓に体を乗っ取られていた間の距離感は、いただけませんね」


 井光が笑顔で牽制している。

 

「わかっている。俺だって、何も、そこまでするつもりじゃ……。ないから、額に口付ける程度は許してくれ」


 志那津の顔が真っ赤に染まる。最後の言葉はとても小さな声だった。

 その顔を見て、はたと思い出した。

 小碓に無理やり口淫させられたり、キスしまくったり、体を好きなようにいじられたりしたが。意識が小碓でも、あの体は元々、志那津だ。

 見た目が別人に変わっていたとしても、そもそもは志那津の体なわけで。核も小碓の種の中にあった。ということは、志那津の体の中にあった。

 意識があったのだから、感覚があってもおかしくない。


(もし志那津が、あの時の感覚とか全部、覚えていたら。僕、志那津にフェラしてキスして、いっぱい気持ち悦くされてたってことに、なるの、かな……)


 そう思った瞬間、蒼愛の顔が熱くなった。

 火を噴く勢いで、熱い。

 紅優が蒼愛の顔を覗き込んだ。


「蒼愛? どうしたの? 何を思い出してるの?」


 蒼愛の中に、黒い神力を使っている間の記憶が残っているのを、紅優は知っている。というか、井光と真白に謝罪している時点で、皆わかっている。

 蒼愛が小碓に何をして、何をされていたのか、あの場で皆が見ていた。

 恐らく真っ赤であろう顔のまま、蒼愛は紅優を見上げた。


「僕、志那津に……、えっと、その……、紅優にしか、しないような、恥ずかしいこと、しちゃった……の?」


 紅優が、蒼愛の顔を着物で覆い隠した。


「そんな可愛い顔をしたら、志那津様が我慢できなくなるから!」


 志那津に目を向けた紅優が顔を顰めた。

 何かに耐えるように体を震わせて、志那津が真白の腕にしがみ付いている姿が、着物の隙間から見えた。


「照れ顔が、可愛すぎる……」


 志那津の呟きは蒼愛にも聞こえた。


「大丈夫だ蒼愛俺は何も覚えていない。口淫する蒼愛のエロ可愛い顔とかキスの巧さが可愛さとギャップがありすぎるほど気持ちいいとか乳首がやけに感じやすいとか覚えていない大丈夫だ」


 淡々と一気に話した志那津に、紅優が思いっきり顔を顰めている。

 真白が志那津を捕まえて腕に抱いた。

 抱いたというより、暴走しないように羽交い絞めにしている感じだ。


「志那津様、利荔さんいねぇし、俺じゃこれ以上、どうすりゃぁいいか、わからねぇから。自分で止まってくれよ」


 思考が暴走しかけている志那津に、真白がお願いしている。

 暴走している相手に自分から止まれというのも酷な話だ。

 

「わかっている、大丈夫だ。けど、真白は俺を離すなよ。好きが溢れて止まらない。落ち着くまで離すな」

「わかったよ」


 真白が志那津を抱き直してあげている。


「ついに、好きって言うようになっちゃった」


 紅優が呆れ顔で危機を感じている。


「闇の呪詛のせいとは言え、蒼愛様から口淫されて、何度もキスされていた状態ですからね。抑えていた気持ちが溢れても仕方ないでしょう。志那津様にとっては役得……。失礼いたしました」


 紅優の鋭い視線を受けて、井光が言葉を止めた。

 志那津の肩がひくりと震える。


「志那津……、ごめんね。いつもの志那津じゃなくなっちゃうくらい、嫌だった、よね? 僕、志那津をいっぱい傷付けたよね」


 今の志那津はまるで蒼愛の魅了にかかった時のようだ。

 小碓の呪詛の影響が残ってしまったのかもしれない。


「まだ、黒い神力が残っているのかな? もう一回、紅優が浄化するんじゃ、治らないかな?」


 蒼愛に向かい、紅優がゆっくりと首を振った。


「浄化じゃ治らないよ。そもそも神様に黒い神力の意識操作は効果ないよ。神様を操れる術なんか、蒼愛の魅了くらいだよ」


 しかしあの時の志那津は核だったから、と思ったが、蒼愛は言葉を飲んだ。

 紅優の顔が、いつもとは違う感じで、怖い。

 呆れているのか怒っているのか焦っているのか、よくわからない。


「……僕、これからも志那津と友達でいたいよ。一緒にパズル、完成させたいよ。風の術もいっぱい、教えて欲しい。志那津に失礼なコト、たくさんしちゃったけど。これからも僕と、友達でいて、くれる?」


 志那津は蒼愛が自分からお願いした最初の友達だ。

 だから、蒼愛にとっても特別だ。こんな形で失いたくない。

 真白に抱き付いた志那津が、考える顔をしていた。


「……あの時の蒼愛は、風の術を上手に使えていたな。空中飛行も一足飛びも、風切の威力も充分だった」


 志那津の言葉に、蒼愛の胸が塞いだ。

 充分なら、もう教えてもらえないんだろうか。


「教えたい術は他にもたくさんある。俺も蒼愛の友達でいたいよ。パズルも、完成した状態を見たいからな」


 志那津の言葉に、蒼愛の胸が弾んだ。

 紅優の着物を退けて、志那津による。

 ぎゅっと手を握ったら、志那津がビクリと体を震わせた。

 

「パズル、完成させよう。風の術も、いっぱい教えて。それが終わっても、僕の友達でいて」


 真白に体を抱かれたまま、志那津が蒼愛の手を握り返した。

 

「あぁ、ずっと友達だ。俺はやっぱり、蒼愛の友達が良い。友達として、一緒に居たい」


 微笑んだ志那津は、いつもよりずっと嬉しそうな顔をしていた。

 その表情に、蒼愛の胸に安堵が降りた。

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