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からくり紅万華鏡ー餌として売られた先で溺愛された結果、幽世の神様になりましたー  作者: 霞花怜(Ray)
第五章 災厄の神

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第149話 瑞穂ノ神の裁き

 邪や魔といった真正の穢れを浄化する神の神力は、金色を呈する。

 更に神力が増すと、閃光のような白い神力となり、空気と同化する。


 この時、風の森の平原を覆い尽くした紅優の神力は白く、平原を飛び越えて風の森一帯を埋め尽くそうと広がった。

 井光と真白が結界で遮っていなければ、風の森に住まう妖怪は浄化されて存在から消えていただろう。


 愛する番を腕に抱いた瑞穂ノ神が手にしていたのは、大きな種だ。

 柔らかく滑らかなのに木肌のような表面を持ち、拍動を繰り返す種からは長い根が何本も伸びている。

 手からはみ出るほどに大きな種を、紅優は強く握った。


「本当はもっと平和的に解決するつもりだったんだ。神々の核の安全を担保して志那津様の体を傷付けずに回収したかった」


 拍動する種に紅優は話し掛けた。


「お前に同情しないわけでもなかった。願いを聞いてやると怨霊は消える場合も多いから、考えてはいたんだ」


 紅優の手の中で、種が拍動した。


『何が、起きて……。志那津の体は……? 神々の核は……?』


 紅優が手を捻る。

 向かいで志那津が、神々の核を持って立っていた。


「蒼愛に手出しさえしなければ、もう少し違う方法をとったけど。蒼愛を嬲ったお前に同情の余地はない。迷いなく殺せるよ」


 腕の中で、目を閉じて静かに眠る蒼愛を、紅優は抱き寄せた。

 種が完全に沈黙した。

 何をどう聞いたらいいのかも、わからないんだろう。

 何が起きたのかさえ、恐らくわかってはいない。


「何が起こったのか、教えてやろうか。簡単だよ、全部浄化したんだ。お前の本体を残したのは、俺がお前を嬲り殺したかったから、それだけだよ」


 手の中の種が拍動を速めた。


『私を泳がせたのか? こんな強大な力を持っていながら、何故最初から、そうしなかった?』


 種の声が怯えを含んで聞こえて、紅優は鼻で笑った。


「最も手荒な方法だからだよ。瑞穂国に住まう妖怪を無作為に殺しかねない。神々の核を傷付ける危険もあった。志那津様の体も、下手をすればお前と共に浄化されて消えていたかもしれない。危険だろ?」


 小碓に向かって笑む紅優を見詰めて、蒼い顔をしたのは志那津だった。


「けど、初めからこうすれば良かった。お前に自分から胸を開かせて安全に種を取り出そうなんて考えずに殺していれば、蒼愛に泣きながら助けてなんて言わせずに済んだ」


 紅優は種を握る手に力を籠めた。


「危うく、一番大事な宝を壊してしまうところだった」


 軽く神力を流すと、種から伸びる根が数本落ちて消えた。

 空間の神力に浄化されたらしい。


『お前は、神じゃないのか。救うのが、神だろう。神自ら、殺すのか?』


 完全に怯えた声が、種から響いた。


「お前こそ、大王の威光を笠に着て土着の民を散々、殺してきただろうに。今の俺は神だから、救うために奪いもする。その前の妖狐だった頃は、人魂を喰らって生きていた。お前のような怨霊も多く喰らってきた」


 小刻みに種が震える。種を握る手に力を籠めた。

 ぶちぶちと根が千切れて落ちる。落ちた根が白い気に触れて浄化され消えた。


「人間ほどではないが、怨霊や霊もそれなりに美味いんだ。現世では怨霊を狩ると感謝されて食事もできる。一石二鳥だったよ。何が言いたいか、わかるか? お前は最初から、俺にとって餌でしかないんだ。守るべき命じゃない」


 根の拍動が早まる。焦燥しているのが触れているだけでわかる。

 紅優は小さく笑みを零した。


「怨霊は喰っても後悔しなくていい場合が多かったから、重宝した。お前のような浅はかな連中が多いからね」


 更に握る手に力を籠める。

 種が砕けて形が歪んだ。


『ひぎっ……! 痛いっ……体、が、崩れ……、痛い……、いたい』


 悲鳴のような音が響いた。


「ちゃんと感じているか? 嬲り殺しとは、こうするんだ。一思いに殺せる命に、じわじわ痛みと恐怖を与えながら、怯えを煽って、じっくりと生を削る。お前は怨霊だから、殺すより消す、だけどね」


 少しずつ、少しずつ、種を握る手に力を籠めていく。

 流れ込む神力で、種が徐々に小さくなった。


『い、痛い! 苦し……ぃ。ま、待て、話、話を……』

「聞く耳はない。闇人は瑞穂国に必要ない。存在そのものを抹消済みだ。魂すら残さない、完全なる死だ。お前という存在はもう二度と現世にも幽世にも現れない。魂は流転しない」


 握り潰すと、ぶちゅぶちゅと嫌な音がした。

 果物でも握り潰すような感触が気色悪い。

 神力を流したら、姿から消え始めた。


『嫌だ、死にたくない、嫌だぁ! たすけ、たすけて……』

「お前にかける慈悲も情けも持ち合わせていないよ。蒼愛に手を出した報いには全く足りないが、精々苦しんで消えろ、痴れ者」


 少しずつ、じわじわと神力を流しながら存在を潰していく。

 命を握り潰される感覚を与えながら、じっくり力を籠める。


『ぁ……、ぁっ……、い、や、だ。くる、しぃ……やめ……て……』


 悲鳴のような音と怯える熱が手を伝って流れ込んでくる。

 だからといって、何も感じなかった。

 手の中の種を冷めた目で眺める。


「永遠に、さようなら。虚像の英雄殿」


 少し強めに神力を流したら、握り潰した種が弾け飛んだ。


『ぎゃっ……』


 小さな断末魔を残して、手の中の種が崩れて消えた。

 手に残った残骸を振り払う。

 それすらも、空気中の白い神力に触れて浄化された。

 紅優の手から、種が跡形もなく消えた。

 まるで初めから何もなかったかのように綺麗に、無に帰した。


「偶像にしては惨めな末路だったね」


 蒼愛を抱き直して、紅優は立ちあがった。


「志那津様のお陰で他の神様の核も無事でした。核が戻ってすぐに仕事させて、すみません」


 志那津を振り返る。

 とても微妙な顔をされた。


「ずっと意識はあったからな。一部始終を見ていれば、何をすべきかくらい、わかる」


 紅優が神力を発して浄化を行い、種から核が開放された瞬間に、志那津の核は小碓に乗っ取られていた自分の体に戻った。戻ってすぐに風の神力で、他の五柱の核を保護してくれた。

 その志那津の体は、羽々が瑞穂玉で守ってくれていた。


「井光と真白も労ってやれ。それに八俣……、羽々殿もな」


 志那津と一緒に後ろを振り返る。

 少し離れた場所で井光と真白が、ぐったり座り込んでいた。

 二人と同じように座りながらも、羽々は元気そうだった。


「紅優様の浄化のお陰で背中の種が完全に消えて助かったが。神器の契約をしていなかったら、俺は間違いなく死んでいたな」


 笑うでも怒るでもなく淡々と、羽々が話す。


「あの神力が国中に流れたら、瑞穂国から妖怪が消えていましたよ」


 井光が珍しく疲れた声で苦言を呈した。

 真白と井光は、種の操作を抑え込んで動いていた羽々が瑞穂玉で怪我を治してくれていた。

 二人が張ってくれた結界のお陰で、紅優の白い神力は平原内にかろうじて収まった。


「皆が頑張ってくれて、助かったよ。ありがとう」


 紅優は自分の胸に手を当てて、色彩の宝石の熱を確かめた。

 平原に降り立つ前に呑み込んでおいた色彩の宝石が、強すぎる紅優の神力から神々の核と志那津の体を守る助けになった。井光と真白の神力を高めて結界を強化する助力をしてくれた。瑞穂玉の効力を上げてくれたのも、色彩の宝石の力だ。


(最後の手段を使っちゃったから、御守りが役に立っちゃったな。皆を守ったのは、蒼愛だ)


 紅優は自分の胸に手を当てて、蒼愛に感謝した。

 微笑む紅優を、真白がじっと見詰めていた。


「紅優様は怒ると怖いんだなぁ。俺は優しい紅優様しか知らないから、意外だったよ」


 怖いと言いつつ、いつもの調子で話してくれる真白に安心した。


「火ノ神佐久夜様の番だった紅蓮は、ああいった妖狐だった」


 羽々が真白に教えている。

 紅蓮だった頃の紅優を羽々が知っているのが意外だった。そういえば、初めて会った時も、そんなような挨拶をされた気がすると思い出した。


「ええ、私も意外ではないですよ。昔はもっと尖っていましたね。千年経つと妖怪も性格が丸くなるのですね」


 井光に言われると、何も言い返せない。

 紅蓮だった頃の紅優を一番知っているのは、井光だ。


「今は神様ですからね……」


 それしか言えなくて苦笑する。

 小碓を殺すところを蒼愛に見られなくて、本当に良かったと思った。


「神だからというより、蒼愛がいるからだろう。蒼愛と番ってからの紅優は、強くも優しくもあるが、素直になった。我慢しなくなったように見える。だから前より丸くなったように見えるんだろ」


 志那津の指摘に、紅優は驚いた。

 そんな風に視られていたとは思わなかった。


「怒らせてはいけない相手だと、再確認したけどな」


 どうしてか、志那津が気まずい顔をしている。

 思えばさっきから、志那津が紅優と目を合わせようとしない。


「……志那津様、小碓に体を使われていた間の記憶、ありますか? 体の感覚は?」


 紅優の問いかけに、志那津が大袈裟なくらい肩を跳ねさせた。


「……意識は、ずっとあった。だから、覚えてはいるよ。種の中だが、核も体内にあった。小碓に使われたとはいえ、俺の体だからな」


 志那津が微妙に紅優に背を向ける。

 他の神と違い、志那津の場合、小碓の種の中に囚われてはいたが、自分の体の中に核があった状態だ。

 意識も感覚も維持したまま、何もできない状態だったのだろう。

 つまり、蒼愛に口淫されたのも、何度も口付けていたのも、蒼愛の男根を扱きまくったのも、全部覚えているということだ。


「だからと言って、何がどうってワケじゃない。あの時の蒼愛は種のせいで正気じゃなかった。俺も自分の意志で体を動かせたわけではないし」


 何故か必死に言い訳する志那津に、紅優の方が戸惑う。


「わかってますよ。志那津様は被害に遭った側ですから、怒ったりしませんよ」


 よりによって神々の中で一番蒼愛に愛情を向けている志那津の体を小碓が乗っ取った事実を恨みたい。

 しかし、志那津も被害者だ。

 今回ばかりは役得だったと思ってあげることにして、恨み言は言うまいと、紅優は自分の想いを胸に仕舞った。


「蒼愛が無事なら、それでいい」


 腕の中で穏やかに眠る蒼愛を眺める。

 愛する番が無事に帰ってきてくれただけで、充分だ。


「蒼愛の場合、目を覚ますまで安心できないからな。水ノ宮に戻って治療だ。神々の核も早く戻さないといけない」


 志那津の言葉に説得力があり過ぎて、何も言えない。

 時空の穴から戻った時、起きたら記憶を失くしていた蒼愛が、志那津には衝撃だったのだろう。

 夢の中で攫われそうになったり、何日も起きなかったり、寝ている間に種を仕込まれたり。

 蒼愛には安心できる瞬間がない。


(けど、それも今日までだ。蒼愛を狙っていた蛇々もエナも闇人も消えた。敵は、もういない)


 愛しい体を抱き寄せて、紅優は皆を振り返った。


「天上に帰りましょう。皆が待っています」


 やっと胸に安堵が降りて、紅優は頑張ってくれた面々に笑顔を向けた。

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