第146話 堕神
小碓が蒼愛の顎を掴んで、前に顔を向けた。
襲い掛かる羽々を井光が応戦しながら、紅優と真白が浄化を試みている。
羽々の動きが素早くて、種に神力が当たらない。死の瘴気を遠慮なく使う羽々に苦戦しているようだった。
「八俣はもう私の駒だ。後で新しい自我を移植しよう。井光と真白が死んだら、同じように駒にして、紅優を奪おうか。それとも、先に紅優が欲しいか?」
「紅優が欲しい!」
小碓に聞かれて、咄嗟に答えた。
(井光さんと真白が殺されちゃう前に、何とかしなきゃ。紅優が僕に触れてくれたら、僕の中の種も浄化してもらえる)
小碓が色のない顔で蒼愛を見下ろしている。
笑みが消えた冷ややかな目に、心臓が下がった。
「あ、えっと、だって……。僕は紅優が好き、だから。欲しいって思う、から……」
紅優に触れてもらって浄化して欲しいから、とは言えない。
本音を隠して小碓を説得しないといけないのに、巧い嘘が思い付かない。
俯いた蒼愛の顎を小碓が優しく撫でた。
「そうだな。蒼愛は紅優が好きだ。私の中にある、どの神よりも紅優が好きだ。先に紅優を奪おう」
小碓が蒼愛の顎を弱く撫でる。
まるで猫にでもするかのような仕草が、擽ったい。
小碓の手が蒼愛の手を握って、自分の股間に当てた。
「これを咥えて、しゃぶりたいだろう。私が気持ち悦くなれれるように、優しく撫でろ、蒼愛」
耳元で囁かれて、怖気が走った。
「ヤダ、そんなの、嫌だ……」
嫌なのに、体は小碓の命令通りに股間を撫でる。
小碓の股間が硬くなって、艶めいた吐息が零れた。
「嫌でも手は動いているな。体は欲しがっている。そろそろ、咥えて見せろ」
小碓の手が蒼愛の顎を誘う。
顕わになった男根を、蒼愛の口が咥え込んだ。
「んっ……、ん、んぅ……」
意志とは裏腹に、蒼愛の口が男根を深くまで咥え込み、舌を動かす。
すっかり硬くなった男根を吸い上げる。
いつも紅優にするように、蒼愛の体が動く。
「あぁ、可愛い、蒼愛……。俺の間羅を咥える蒼愛の顔を見られるなんて……、気持ち悦いよ、蒼愛。愛してる、蒼愛……。もっと、もっと俺を喰って……」
小碓の体が男根を咥える蒼愛の顔を抱く。
その言葉はまるで志那津で、蒼愛の目に涙が堪った。
(志那津は絶対、僕にこんな風にしない。僕にフェラさせて喜んだりしない)
蒼愛の舌が這うたび、先を吸い上げるたび、小碓の腰がビクビクと震える。
咥える男根も、体も顔も全部が志那津に思えて、余計に涙が流れた。
(ごめん、ごめん、志那津。小碓の体は志那津なのに。これじゃ僕が志那津を傷付けてる)
泣きながら男根を咥える蒼愛の背中に、小碓の手が乗った。
「悲しいか? 嬉しいか? 志那津の体は喜んでいるぞ。蒼愛が間羅をしゃぶる顔を見て、興奮している。神も大概低俗だ」
小碓の指が蒼愛の頬をなぞる。
口を離して顔を上げたいのに、蒼愛の口は男根を求めて喉奥にまで咥え込んだ。
「ぅっ……ぐっ……、ぉぅっ……」
嗚咽が強くなっても、舌を這わせて咥えるのを、蒼愛の体はやめない。
小碓の男根が激しく蒼愛の喉奥を突いた。
喉が詰まって声すら出ない。息も出来ない。
涙で視界がぼやけて、頭がくらくらした。
「お前の泣き顔は、興奮するぞ。もっと嬲ってぐちゃぐちゃに泣かせてやりたいが、遊んでばかりもいられんな。蒼愛が善がっていると、そろそろ紅優が気付きそうだ」
苦しくて震える蒼愛の背中を小碓の手が押した。黒い神力が勢いよく流し込まれる。
びくん、と蒼愛の体が大きく跳ねた。
一気に種が育って、根が長くなった。何本もの根が蒼愛の霊元を包んでいく。
霊元に巻き付いた根から、黒い神力が流し込まれる。蒼愛の神力が黒く染まる。
「あ! 頭、が……、おかしく、なっちゃう……」
頭の芯が熱を持ったように、思考が鈍る。
感情が何も湧いてこなくて、何も思い出せない。
「口を離していいなどと、許していない。もう一度、咥えろ、蒼愛。私の間羅を美味そうにしゃぶる様を紅優に見せ付けてやれ」
蒼愛は素直に小碓の男根を咥えた。
先を強く何度も吸って、舌を這わせて奥まで咥え込む。
「さっきより上手だ。蒼愛は私を愛してさえいればいい。私だけを守り、私だけに快楽を与えろ。それがお前の悦びだ」
懸命にしゃぶりつきながら、蒼愛は頷いた。
真っ白な頭の中に、小碓の言葉だけが刻み込まれる。
突風が吹いて、何かが飛んできた。
がつん、と頭上で何かが凌ぎ合う鈍い音がした。
「蒼愛に何をさせている。その薄汚いモノを今すぐ引き抜け」
紅優の声がした。酷く怒りを帯びた声音だ。蒼愛ですら、滅多に聞かない声だ。
羽々の剣で紅優の薙刀を弾いた小碓が、咄嗟に結界を張った。
一度小さく後ろに引いた紅優が、飛び上がって薙刀を振り下ろした。
小碓が張った結界を、紅優の薙刀の刃が事も無げに砕いた。
「気付くのが遅いな、紅優。もう随分と蒼愛は私の間羅をしゃぶり続けている。これが好きで離れたくないようだ」
懸命に小碓の男根を咥えて舌を這わせる蒼愛の顔を紅優に見せ付ける。
紅優の顔が引き攣った。
小碓が蒼愛の顔を引き上げて、頬を寄せた。
「蒼愛の最愛の相手はこの私だ。紅優の体を奪えば、蒼愛は私の番になれる。嬉しいな、蒼愛」
とても幸せな気持ちになって、蒼愛は頷いた。
自分が笑んでいるのがわかる。
小碓が蒼愛の頬に、耳に、口付ける。
「紅優から私を守れ、蒼愛」
口付けと共に流れ込んできた言葉に従って、蒼愛は掌に炎の球を展開した。
躊躇なく紅優に向かい放った。
「蒼……、愛っ!」
愕然とした顔で蒼愛を見詰めていた紅優が、炎の球に巻かれて吹っ飛んだ。
紅優が離れた後で、小碓を守るために日暗の結界を張った。
「強靭な結界だ。これなら紅優も壊せまい。蒼愛の力は私のためにある。私のためだけに使え」
小碓の言葉に、蒼愛は頷いた。
「楽しい狩りを始めよう。愛する者同士の命の取り合いだ。八俣が作った剣を使うといい。蒼愛でも充分使える」
羽々が最初に作った剣を、小碓が蒼愛に握らせた。
蒼愛の肩に手を置いて、小碓が耳元で囁いた。
「蒼愛の手で紅優を私の所まで連れてこい。核は傷付けるな。体は死体でもいい。井光と真白が邪魔なら、先に殺せ。私が種を植え付けて駒にしてやる」
小碓が蒼愛の背中に手を置いた。
「さっきの約束を思い出せ、蒼愛。自分で唱えてみろ」
小碓が何を言っているのかもよくわからないのに、口が勝手に動く。
「小碓様の命令が、絶対。僕が小碓様に紅優を差し出す」
「良く言えました。蒼愛は、やっぱり賢いね」
小碓のころころ変わる話し方は常に他の誰かのようだ。
それは蒼愛が好きな相手ばかりで、受け入れたくなる。
「私が蒼愛に力を与えてやろう。これで蒼愛もエナや私と同じ、堕ちた邪神の仲間入りだ」
小碓の唇が蒼愛の口を塞いだ。
黒い神力を直に流し込まれる。
小碓が流し込んだ闇の呪詛を、蒼愛はためらいなく飲み込んだ。
ぼんやりと真っ白だった頭の中が、真っ黒になった。
「僕が小碓様に紅優を取ってきてあげるね。全部殺していいなら、簡単だよ」
気が付いたら満面の笑みを小碓に向けていた。
「良い子だ、蒼愛。今の蒼愛は黒い神力を自由に使える。愛する私のために、その命を使え」
「僕は小碓様を愛して、小碓様のために命を使えばいいんだね。わかった」
自分から小碓に深く口付けて、標的に向き直った。
「どれから殺そうかなぁ」
羽々と交戦する井光たちを眺めて、湧き上がる殺意に興奮していた。




