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からくり紅万華鏡ー餌として売られた先で溺愛された結果、幽世の神様になりましたー  作者: 霞花怜(Ray)
第五章 災厄の神

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第145話 闇人名無 小碓命の策略

 井光と羽々は風の森の中をひたすらに走っていた。


 暗がりの平野と風の森に大量発生していた闇人は、突然一匹の大きな猪になって、討伐にあたっていた大蛇を喰い始めた。

 羽々が八つの頭の大きな大蛇の姿になり、猪の姿になった闇人を一飲みにした。

 その時点で、闇人の残党狩りは終了したはずだった。

 大蛇の討伐隊を領土に戻した矢先、その生き物は飛んできた。


 光線のように早く羽々の前に落ちた生き物は、知らない顔をした人間のように見えた。

 しかしよく見れば、胸の中に種がある。種から伸びた根が魂に深く絡まっている。種の中には六つの神の核を感じた。

 見目は知りもしない顔だが、気配はよく知っている。

 

「あの肉体は、志那津様でしょうか。信じたくはありませんが」


 走りながら、ちらりと後ろを振り返る。

 飛んでくる風切の刃と炎の球を避けながら、羽々が首を捻った。


「志那津様は、風ノ神か? 俺にはわからないが、六つの核を持っている以上、水ノ宮で奪ったのだろうな。一番わからないのは、俺を狙ってくる攻撃だが」


 男が放った土の球を弾いて、羽々が木を蹴り倒す。男に向かって蹴りつけ進路を妨害する。

 飛んできた大木をひらりと避けて、男が更に追ってきた。


「黒い神力を使っているから闇人の仕業だろう。核の抜けた神の体に種を植え付けて奪った可能性が高いか。どうであれ、あの男の狙いは俺のようだ。井光殿は戻られよ」


 攻撃を避けて威嚇はするが、羽々は一度も直接的な迎撃をしない。

 闇人と思しき男の中に、神々の核があるのも、神の肉体を乗っ取っている事実も、井光と同じように気が付いている。傷付けないよう配慮しているのだろう。


「神々の核を有する男が目の前にいるのに、戻る訳には参りません。羽々殿が狙われているのなら尚の事、友を置いて逃げるなど、側仕として瑞穂ノ神の名を汚します」


 水の矢が井光の頬を掠める。

 井光は小さな火の種を足下にばらまいた。爆竹のように弾けた煙に隠れて、左に進行を変えた。


「友とは、随分と贅沢な褒章だ。見合う仕事をしなければ、紅優様に顔向けできんな」


 後ろを振り返った羽々が大きく飛び退いて、死の瘴気を森中に放った。

 森の中が真っ黒に染まる。


「この先に木々が開けた場所があります」

「見通しの良い広い場所の方が、アレの相手はし易そうだ」


 井光は羽々と目を合わせて頷いた。

 直後、後ろに放った死の瘴気が消えた。

 男が日暗の神力で浄化したのだとわかった。


「あの男自体が瘴気を纏っていながら、日暗の神力まで使いこなすか。厄介だな」


 あまりに驚いて言葉が出なかったが、井光も羽々と同意見だ。

 相対する力を使いこなす存在など、滅多にいない。


「陽菜が天上に辿り着けるよう、祈るしかないですね」


 男の存在を認識してすぐ、井光は陽菜に天上に戻り、紅優に報せるよう指示した。

 六柱の神を手中にする男と相対できる神など、紅優か蒼愛しかいない。

 スピードを上げて、井光と羽々は森の中の平原を目指した。



〇●〇●〇



 森の木々が開けた平原に、蒼愛は羽々と井光の姿を見付けた。


「紅優、あそこ!」


 指さした先で、小碓と羽々たちが対峙していた。


「俺たちも降りよう。蒼愛、真白、さっきした約束を忘れないようにね」


 念を押されて、蒼愛は返事に困った。


「無理はしねぇけどさ。紅優様と蒼愛様に危険が迫ったら、俺は命を懸けるよ。その為の側仕だからな」

「命は掛けちゃダメ。危険なら逃げること。蒼愛もだよ」


 紅優が念を押す。


「……うん」


 煮え切らない感じの、小さな返事になってしまった。

 地上で羽々たちに攻撃を仕掛けていた小碓が動きを止めた。

 その顔が空に向く。

 上空に居る蒼愛たちを見付けて、ニタリと笑んだ。


「真白、羽々の方に走って!」


 紅優の声とほぼ同時に、何かが飛んできた。

 水の矢を紅優の結界が弾く。

 一緒に飛んできた黒い瘴気を、蒼愛が浄化の球で打ち消した。


「真白、口の中に瑞穂玉、仕込んでおいて」


 手を伸ばして、真白の口の中に瑞穂玉を挟み込んだ。

 小碓が上空の蒼愛をじっと見詰めて、口を開いた。


「欲しいな。お前が欲しいぞ、蒼愛」


 空に向かって小碓が手を伸ばす。

 蒼愛の体が浮き上がり、強い引力で引き寄せられた。


「え? なんで?」


 エナの時のような黒い神力の触手は見えない。

 遮ろうとしても、何もない。

 蒼愛の体が空の上から地上の小碓目掛けて落ちる。

 小碓の手が触れる直前で、井光が蒼愛の腕を引張った。

 蒼愛の体を抱えると、虎の足が地面を蹴って小碓から距離を取った。


「ありがとう、井光さん」

「側仕が主を守るのは、当然です」


 丁寧に地面に降ろされる。

 井光の足が人型に戻っていた。

 地面に降り立った面々を、小碓が指をさしながら数えた。


「瑞穂ノ神に神器の剣、玉の蒼愛。それ以外は、要らないな」


 小碓が二回、指を弾いた。

 井光と真白に向かい飛んできた何かを、紅優の結界が弾く。


(まただ。見えない何か。黒い神力じゃない。只の瘴気でも、神力でもない)


 小碓が手を握ったり開いたりしながら、体の感覚を確認している。


「もう少し馴染むと、使い勝手も良いが。紅優までの繋ぎだ。我慢するか」


 ぶつぶつと呟きながら、小碓が手を広げて見詰める。神力を確認しているようだった。


「呪詛の種だな。闇人名無の得意技だ。神々の核のせいで黒い神力が使えるようだ。日暗の結界で目視を遮っている」


 飛んできた何かを凝視していた羽々が、独り言のように説明した。


「あれが、呪詛の種……。瘴気を纏う力を神力で隠しているのか?」


 紅優が驚いた顔で問う。


「蛇々が大気津様の神力を利用して使っていた術と同じだよ。呪詛を神力でくるんで感知できなくする技だ」


 羽々の返答に紅優が目を見張った。

 それなら蒼愛にも覚えがある。

 色彩の宝石の祭祀の時、紅優の左目は瘴気に侵されていた。気が付けなかったのは、大気津の神力が瘴気を包み込んでいたからだ。


「あんな風に種を埋め込まれたんじゃ、神様だって気が付かない……」


 蒼愛の呟きに、紅優が息を飲んだ。

 神々から核を奪ったエナですら、自分の中に潜んでいた闇人名無が種を仕込んでいたとは気が付いていない様子だった。


「攻撃は総て躱すしかないね。奴はエナの中で息を潜めていた闇人名無、怨霊の主軸は小碓命。小碓は神器を、特に剣を欲しがってる。羽々と蒼愛は気を付けて」


 紅優が全員の前に大きな結界を張った。


「小碓命……。だから羽々殿ですか」

「迷惑な執着だが、それなら合点がいくな」


 井光と羽々が口々に納得の言葉を零した。


「俺たちの目的は、志那津様の体と六柱の神々の核の奪取。核は奴の本体である種の中だ。種だけを浄化して神様の核と体は傷付けずに回収するよ。俺が浄化するから、皆は隙を作って」


 紅優の指示に、井光と真白が頷いた。


「承知いたしました」

「わかった」

「少数精鋭でいいかね。大蛇は領土に撤退させてしまったんだ」


 羽々の問いかけに、紅優は迷いなく頷いた。


「むしろ数が多いと闇人に取り込まれて小碓の戦力になりかねない。この五人で、片を付けるよ」

「瑞穂ノ神様の御指示通りに」


 羽々が右手に十束剣を霊現化した。


「すまないが俺は十束剣しか作れない。お前が求める天叢雲剣……草薙剣だったか? ではないが、これで良ければ、やるが?」


 前に出た羽々が、結界の外に剣を放った。

 志那津の体の感触を確かめていた小碓が顔を上げた。

 放られた剣を眺めた小碓の目が、羽々に向いた。


「私は神器である大蛇の長、八俣が欲しい。剣なら私のモノになってから作れ」


 小碓の言葉に、羽々が微妙に顔を顰めた。


「……気持ちが悪い」


 とても小さな声だったが、嫌悪感たっぷりの羽々の独り言が聞こえた。


「お前が直接私のモノになる必要はない。七つ目の核を手に入れ、その体を奪えば、神器は自ずと手に入る。剣を手に入れてからと思ったが、自らを差し出しに来たのなら、有難く頂こう。瑞穂ノ神、紅優」


 小碓が紅優を指さして笑った。


「一番狙われていたのは、やはり紅優様ですか。羽々殿や蒼愛様に注意している場合ではありません。紅優様の核が奪われたら瑞穂国の神は全滅です」


 井光が紅優を庇って前に出た。


「全滅って、語感が怖いね……」


 紅優が、げんなりした顔をした。


「しかし、手持ち無沙汰だな。折角だ、使ってやろう。この剣が、瑞穂国での私の偉業を示すの最初の一振りとなる」


 剣が宙に浮いて、小碓の手に収まった。

 その動きを、蒼愛は目に神力を集中して見詰めた。


(エナと同じ、黒い神力が触手みたいに伸びて、剣に巻き付いた。日暗の神力で上から覆って隠してる。羽々さんの言う通りだ)


「暴く目なら、隠れた黒い神力も見える。対応できるよ」


 紅優を振り返る。

 そんな蒼愛を見詰めて、小碓が指をさした。


「真実を暴く目、か。色彩の宝石とは、素晴らしいな。神力も芳醇だ。折角、埋め込んだ種がもう浄化されて消えそうになっている。ゆっくり芽吹かせて嬲るつもりだったが、仕方がない」


 紅優が顔色を変えて蒼愛に神力を流すのと、小碓が一言唱えたのは同時だった。


「芽吹け」


 どくん、と蒼愛の体が跳ねた。

 脈がどんどん速くなって体が熱くなる。霊元が種から伸びた根に犯されるのを感じる。

 足が勝手に結界の外に向かって歩いた。


「蒼愛、ダメだ!」


 腕を引く紅優を払い除ける。

 手が勝手に風切を放つ。

 咄嗟に避けた紅優の腕を掠った。


「紅、優……、ダメ。体が、勝手に動いちゃう。僕に、近づかないで」


 意識ははっきりしているのに、体が言うことを聞かない。

 紅優が蒼愛の肩を強く掴んで神力を流した。

 

「種はどこにある? 浄化する」


 蒼愛の腕が紅優を突き飛ばした。

 よろけた紅優に、羽々が剣を振りかざして斬りかかった。


「羽々殿⁉」


 井光が虎の腕で羽々の剣を受け止めた。

 羽々の目に自我がない。

 背中に大きなしこりが膨れ上がっていた。


「背中に種……、逃げていた時か」


 井光が小碓を振り返る。

 小碓が小さく笑った。


「蒼愛だけ、などとは一言もいっていない。八俣の方は予想通り、大きく根付いたな。私の命令に従う神器の完成だ。最初の命だ、八俣。井光を殺せ」


 小碓が、羽々をさしていた指を、井光の方に滑らせる。

 羽々が井光に向かって剣を振り下ろした。

 攻撃を避けながら、井光が紅優を後ろに下げた。

 紅優の体が結界の奥に入って、結界の外にいた蒼愛から離れた。

 その隙に、小碓が蒼愛を黒い神力で掴むと、自分の腕に引き寄せた。


「蒼愛! 自分で浄化するんだ! 瑞穂玉を使って!」


 羽々の攻撃を避けながら、紅優が声を飛ばす。

 蒼愛を腕に抱いた小碓が耳元に唇を寄せた。


「私の言葉以外、聞いてはいけない。私の命令が絶対だ。蒼愛が私に紅優を差し出すのだ」


 黒い神力が耳から入り込んでくる。

 いつもなら、呪詛も瘴気も体に入った瞬間に浄化される。

 なのに、神力も巧く使えない。霊元に種の根が絡まって、神力を放出できない。


「嫌、だ。紅優は渡さない。僕も、渡さない」


 頭だけは、はっきりしている。意識はまだ乗っ取られていない。


「大丈夫、すぐに私の蒼愛になれる。時期に種が大きく育って、根が霊元を包んだら、蒼愛の意識も私のモノになる」


 小碓が蒼愛の頬を撫でる。

 その顔は上気して、愛おしそうに蒼愛を見詰めていた。


「可愛い、蒼愛。お前が欲しいよ。本当は愛しているんだ。誰とも番っていなければ、唇を奪って、体を奪って、お前に愛を注ぐのに」


 小碓の唇が蒼愛の下唇を食んだ。

 艶の浮いた目が蒼愛を見詰めたまま、唇を重ねた。


(何、この感じ。前にもこんな……、同じようなことが、あった。……志那津、志那津だ。魅了の実験をした時の、志那津にそっくりだ)


 初めて風ノ宮に行った時、利荔に解析してもらうため、嫌がる志那津にお願いして魅了に罹ってもらった。

 あの時の志那津が発した言葉と同じだと思った。


(体が、志那津だから……? 小碓と意識が混じってるの?)


 唇が重なったまま、蒼愛は声を発した。


「志那津なの? 僕を好きって言ってくれてるのは、志那津?」


 見上げた瞳が嬉しそうに笑んだ。


「ああ、志那津だよ。志那津も淤加美も火産霊も、日美子も月詠見も伽耶乃も。私の中にある核や霊は総て私だ。蒼愛はとりわけ神に好かれている。神は皆、蒼愛を欲しがる。だから私も蒼愛が欲しい」


 小碓がまた、蒼愛に唇を重ねた。


「私の中に紅優の核が混じれば、蒼愛も私を愛したくなる。体が紅優になれば、繋がりたくなる。すぐに蒼愛が愛せる私になる。共に、この国の王となろう」


 言葉はわかるが、いまいち理解できない。

 小碓の性格は、エナとは違う意味で同じ類だと思った。


(主な人格は小碓命なんだろうけど、雰囲気がころころ変わる。色んな人格が混ざっているから、安定しないのかな)


 小碓が蒼愛を胸に抱く。

 まるで大事なものを抱えるような優しい手つきは、火産霊を思い出させた。


(御披露目の後、寝ちゃった僕を抱えて運んでくれた。僕が目を覚まさないくらい優しく、抱えてくれたんだ)


 その後もいつだって、火産霊の触れる手は優しい。


「私の蒼愛、欲しいものは何だってあげようね。和菓子は常に用意しよう。蒼愛は和食が好きだから、和食の日を多めにしよう。天ぷらは必ず付けようね」


 その言い回しは、まるで淤加美だ。

 淤加美だけは蒼玉の蒼愛を『私の蒼愛』と呼ぶ。食の好みを細かく把握してくれているのも、紅優以外では淤加美が一番だ。


(皆、いる。神様たちが小碓の中に、居るんだ。だから小碓は僕を好きって言うんだ。神様たちが愛してくれたみたいに、言うんだ。助けなきゃ。絶対に神様の核を取り戻さなきゃ)


 涙が滲んでしまうのを必死に耐えて、蒼愛は霊元に集中した。


(体が動かせないから、瑞穂玉が使えない。けど、ちょっとずつでも霊元から神力を流し出して、体の中から根を浄化できれば)


 頭の中で懸命に念じながら、蒼愛はイメージを膨らませた。

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