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からくり紅万華鏡ー餌として売られた先で溺愛された結果、幽世の神様になりましたー  作者: 霞花怜(Ray)
第五章 災厄の神

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第141話 瑞穂ノ神の慈悲

 日照に抱かれていたエナが、周囲を見回した。

 何かを探していたエナの目が、蒼愛に向いた。


「白い炎は無罪。日照のお陰だね。ちゃんと日照に感謝してね、エナ」


 笑いかけたら、怯えた顔をされた。


「無罪な筈はない。私は、紅優を、瑞穂ノ神を殺した。蒼愛も幽世も、敵に回した」


 エナが顔を隠すように俯いて零す。

 これまで対峙してきたエナとは、かなり印象が違って見えた。


(虚勢を張るために、無表情だったのかな。自分の怯えた心を隠すための、仮面だったのかな)


 今のエナには表情を作る余裕もないのだろうが、蒼愛に対しては明らかに怯えた目をしている。

 話し方もびくびくして、怖がっているように感じる。

 言葉巧みに他人の心を弄んでいた時のエナとは別人のような話し方だ。

 蒼愛は自分を取り巻いていた瑞穂玉を手中に収めた。


「僕の裁きの炎では、日照のお陰で無罪になったけど。紅優や他の神様の裁きでは、有罪になると思うよ。本人に聞かないと、わからないけど」


 蒼愛の説明に、エナが沈痛な面持ちで俯いた。


「けれど、紅優は、もう……」


 蒼愛は大きく手を上げた。

 エナがビクリと震える。そんなエナを日照が胸に抱いた。

 手を振り下ろすと、十束剣がエナと日照の目の前の地面に突き刺さった。

 びくっと体を震わせて、エナがその剣を見詰めた。


「この国で十束剣を霊現化できる妖怪は大蛇の長の羽々さんだけだ。剣は羽々さんの一部。この意味が、解る?」


 エナが不可解な顔で固まる。

 地面に突き刺さった剣が、ぐにゃりと歪んで形を変えた。剣は見る間に人の形になった。


「大蛇の、八俣……。まさか最初から、あの剣は、八俣だったのか……」


 羽々がエナの前に立った。

 その姿を見上げて、エナが固まった。


「俺の名を語り、大蛇の一族を貶めてきた災厄の神を拝んでみたくて付いて来たが、悪知恵が働くだけの只のガキだったようだ。お陰でやり易かったよ。お前は他者の気配に鈍で、俺にも神々の核にも無頓着だった」


 蒼愛の後ろから、気配が近付いた。

 その姿を見付けて、エナが恐怖と安堵の入り混じったような顔をした。

 蒼愛に並び立ったのは、紅優だった。


「紅優様の核と魂を傷付けないよう守りながら、死んだように見せかけるのは易かったよ。お前が十束剣()を使ってくれなければ、本当に死んでいたかもしれないけどね。しかしそうであれば、蒼愛様が間違いなくお前を殺したろうね」


 羽々が蒼愛を振り返る。

 蒼愛は笑顔で頷いた。


「本当に殺していたら、黒い炎で焼いてた。紅優を串刺しにしたエナをまだ許してないし、一生許さない。生きている限り、僕はエナを永遠に許さないよ」


 いつもの笑顔で語る蒼愛に、エナが真っ青になり震えた。

 そんなエナを日照が強く抱きしめた。


「蒼愛に許してもらえるように、日照がエナにごめんなさいを教えるから。時間がかかっても、ちゃんとごめんなさいさせるから。だから、エナを殺さないで」


 日照が更にエナをぎゅっと抱く。

 腕の中で、エナが泣きそうに顔を歪めていた。


「僕はもう、殺したりしないよ。許せるかどうかは、わからないけど。未来がどうなるかは、わからないから、僕がエナを許せる未来が来るかもしれないとは、思うよ」


 紅優が蒼愛の肩に手を乗せる。

 傷もなく顔色も普段通りに戻っている紅優を見て、蒼愛は安堵した。

 紅優がエナに向き合った。


「エナの核と魂には、封じの印が施されている。闇の呪詛は蒼愛が祓った。神力はもう使えない。自分で死ねもしない。瑞穂国での扱いは人間と同じだ。俺はエナを国から出す気もない。この国で、妖怪以下の扱いで生きる。それが瑞穂ノ神からのエナへの罰だよ」

「随分とお優しい罰だな、紅優様」


 羽々が苦々しく零した。

 紅優が苦笑いを返した。


「他の神々とも話し合うけど、恐らく日照と同じ場所では生かしてあげられない。エナには選択権も拒否権もない。それだけ、頭に置いておいて」


 日照に抱かれたまま、エナは紅優の言葉に頷いた。

 紅優がエナの前に屈んで、目を合わせた。


「今までの総てを捨てて、やり直すんだよ。エナは、この国で生き直すんだ。時々になら、日照にも会えるからね」

 

 エナの目が潤んだ。


「私は貴方を殺したのに、どうして、そんな言葉が吐ける。蒼愛にだって、酷い真似をたくさんした。殺したいほど、私が憎いだろう」

「俺も一応、神様だからね。羽々と蒼愛のお陰で生きてるし、蒼愛も傷付いてない。エナが反省してくれるなら、それでいいよ」


 紅優に微笑まれて、エナの溢れそうだった涙が零れ落ちた。


「とんだお人好しだ。だから、私なんかに国をめちゃくちゃにされるんだ」

「そうかもね。これからは、もう少し気を付けようと思うよ」


 紅優が困った顔で笑んだ。

 流れる涙をそのままに、エナが大きく息を吐いた。

 首を激しく何度も振っている。


「……ちがう。本当は、わかっていた。貴方が神になったから、蒼愛が色彩の宝石になったから。二人が現れてから、国の有様は様変わりした。これまでの、何かが歪んだ、無秩序な状態が、変わったんだ。もう私のやり方は通用しないと、本当は気付いてた」


 エナの言葉に、紅優は目を見開いた。

 

「一人で生きるのは、怖い。奴隷でも何でもいい。日照に会える生活ができるなら、それでいい」


 日照に縋り付くエナは、紅優を殺した時とは別人のようだった。

 まるで小さな子供が怯えているような、そんな姿だった。


(誰かに叱ってほしかったのかな。もうやめなさいって、止めてほしかったのかな)


 他者を隠れ蓑にして陰に隠れて動いてきたエナが、自分から表に出てきた本当の理由は、誰かに止めてほしかったからかもしれない。

 だとしたら、それは蒼愛がすべきだったのかもしれない。


(僕にはそこまで、わからなかったし、できなかった。紅優みたいには、できないや)


 蒼愛を奪われそうになってあれだけ怒って、振り回されて、自分も殺されて。

 そんな相手にも慈悲を掛けられる。

 だからこそ紅優は瑞穂ノ神なのだろう。 

 紅優が番で誇らしいと、蒼愛は改めて思った。

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