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からくり紅万華鏡ー餌として売られた先で溺愛された結果、幽世の神様になりましたー  作者: 霞花怜(Ray)
第五章 災厄の神

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第138話 風の森の顛末

 暗がりの平野に隣接する側の風の森は、陽の光が届かず、暗い。

 逢魔ヶ時の薄暗さが、ずっと続いている感じだ。

 だから生き物や物体を目視で見付けるのが難しい。


「俺ら、それなりに夜目が効く妖怪のはずなんだけどねぇ。イタチでも猫でも見付けらんねぇって、どういう訳よ」


 霧疾のいつもの軽口は、明らかに焦燥している。

 

「愚痴ってる場合じゃないよ。神力を辿って探したほうが、きっと早い」


 利荔の声も同じように焦っていた。


 さっきまで森の中に溢れかえっていた闇人が、一瞬にして引いた。

 同時に、共戦していた大蛇と逸れた。一緒に居たはずの志那津と伽耶乃の姿も狙い澄ましたように消えた。


「神力も難しいかも。既に核が盗まれてたら、辿れない。二人の体を探す方法、考えないと」


 仮に二人がエナに捕えられて核を抜かれていたら、黒い神力に包まれて神力は辿れない。

 体を確保したいところだが、核が抜かれた体に神力はない。


 須芹は目を閉じて、自分の神力を尖らせた。

 体に残っているはずの魂の熱や光を辿れば、見付けられるかもしれない。

 根の国の神だった須芹なら、魂を探せる。森の中一帯に、自分の神力を走らせた。

 瞼の裏に光がぼんやりと滲んだ。


「志那津様らしい魂がいる。もっと東側の、明るい方」


 須芹の呟きに、霧疾と利荔が気を尖らせた。


「核は? 核は、まだ無事か?」


 焦燥気味に問う霧疾に、須芹は顔をしかめた。


「魂の熱しか感じない。核はもう、抜かれているかも……、でも、変だ。動いてる」


 神には神力を維持する核と命を維持する魂が存在する。

 どちらかでも欠ければ意識を保てないはずだ。

 志那津の体に核を感じない。魂だけで動いているように感じる。


「とにかく探そう。東側に向かえば合流できる……」

「利荔、待って! 何かの魂が、飛んでくる!」


 利荔の言葉を遮って、須芹は前に飛び出した。

 風の塊がとんでもないスピードで須芹たちに近付いてくる。


「あれ、志那津様……?」


 風の塊に身をくるんだ志那津がこっちに向かって飛んでくる。

 棍棒を構えた須芹を突き飛ばして、霧疾が風の塊と化した志那津を受け止めた。

 志那津を抱えた霧疾が吹っ飛んだ。

 飛んできた志那津を抱えたまま、木々を薙ぎ倒して森の奥に突っ込んでいった。


「霧疾! なんて無茶するんだ!」


 利荔と須芹は、飛んで行った方に霧疾を追いかけた。

 何本もの木々を薙ぎ倒した霧疾は、相当遠くまで飛ばされたらしい。

 森の奥に入ると、一本の木の前に志那津が立っていた。

 志那津の前には、血塗れでぐったりと動かない霧疾が座り込んでいた。


「……志那津様が、霧疾を……?」


 恐る恐る利荔が声を掛ける。

 振り返った志那津の顔に表情はない。胸の中の核が在るべき場所に、邪魅と同じ気配を感じた。

 利荔の声に振り返った志那津が利荔に向かい無言で風切を投げた。何の躊躇いもない動作に、利荔が動けないでいる。須芹は利荔を突き飛ばして風の刃を避けた。


「黒い神力で操られているんだ。核を抜かれた時に細工されたんだよ」


 須芹は棍棒を構えた。


「霧疾! 起きてるんなら、立てよ! そこに居たら志那津様に殺されるぞ!」


 霧疾の体が、ピクリと跳ねた。


「核、抜かれてんのに、動いてるって、そういうことだよなぁ。たとえ操られてても、大事な志那津様に攻撃なんか、できねぇだろ」


 志那津が霧疾に向かって風の刃を振り下ろした。

 人より大きなヤマネコ姿になった利荔が霧疾を咥えて走り去る。

 志那津から距離をとった。


「正気に戻す方法は、黒い神力を浄化する以外にないね」


 利荔に向かい、志那津が容赦なく風の刃を投げつける。

 いくつも飛んでくる風の刃を、利荔も風を起こして弾き避けた。

 傷だらけの霧疾に瑞穂玉を噛ませて木陰に隠すと、利荔が須芹に並んだ。


「僕の神力じゃ浄化できないけど、蒼愛に貰った瑞穂玉なら浄化できる」


 須芹は改めて棍棒を構え直した。

 

「僕が気を引くから、その隙に利荔が瑞穂玉を志那津様の口に放り込んで」


 利荔が人型に戻り、瑞穂玉を一粒、手に握った。


「志那津様は体術系、あんまり得意じゃないはずだけど、今の状態だと何とも言えないね」


 足下と手に風を纏い、足だけをヤマネコに変化させて、利荔が苦笑する。


「問題ないよ。手合わせで志那津様に負けたこと、僕は一度もないから」


 低い体勢から須芹は地面を蹴った。

 風で浮き上がった志那津より高く飛び上がる。後ろに回って、棒を振りかざした。


「目ぇ覚ませ! 頭でっかち!」


 振り抜いた棍棒が志那津の背中を強打した。 

 志那津の体が地面に叩き付けられる。


「須芹! もっと優しく殴ってよ。志那津様の体が壊れちゃうよ」


 苦言を強く訴えながら、利荔が志那津に駆け寄る。

 地面に倒れ込んだ志那津がすぐに顔を上げて、利荔に向かい風切を投げた。

 痛みなど感じていない速さだ。顔色も全く変化がない。

 完全にエナの傀儡になっているのだと思い知らされる。


「利荔! 前!」


 須芹の声で体を捻って避けた利荔だったが、右腕が大きく避けて血が噴き出した。

 素早く起き上がった志那津が須芹に向かって風切を投げる。

 

「意識がある時より、動きに切れがあるじゃないか!」


 投げてくる風切を避けながら、志那津に向かって一直線に走り込む。

 目の前で屈むと、棍棒で志那津の足を払った。

 志那津の体が仰向けに倒れ込んだ。その腹を棒で押さえて動きを封じた。


「お前を大好きな側仕を攻撃するなよ! お前だって大好きなくせに! こんな姿、蒼愛が見たら悲しむ!」


 風切を投げようとした志那津の手がピクリと震えた。

 その一瞬の隙をついて、利荔が志那津の口の中に瑞穂玉を捻じ込んだ。

 顎を掴んで飲み込ませる。喉を伝って胸に降りた玉が、志那津の中の黒い神力を浄化した。

 動きが止まると目を閉じて、志那津の体から力が抜けた。


「はぁ……」


 息を吐いて、須芹は棍棒を志那津の腹から退けた。

 利荔が志那津の体を抱き寄せた。


「こんなのは、二度と御免だね。志那津様に攻撃されるのも、するのも、動かない志那津様を抱くのも、もう二度とあってほしくない」


 利荔の声は悲壮感に満ちて、肩が小さく震えて見えた。

 小さな地鳴りが近付いて、須芹は辺りを見回した。


「利荔、志那津様を連れて下がって。何か、来る」


 志那津を抱いて利荔が立ち上がる。

 地鳴りが徐々に大きくなって、目の前の土が盛り上がった。

 同時に、空の上に気配を感じた。


「なんだ、あれ……」


 木々が開けた葉の隙間から見える空に、人が浮いている。

 黒髪の若い男が、表情もなく須芹に向かい手を翳した。

 真っ黒い神力が、須芹に向かって矢のように降ってくる。


「須芹! 逃げろ!」


 利荔が風で遮ってくれたが、黒い矢の勢いは止まらない。


(アイツが、エナ? 伽耶乃を野椎にした男? 僕を陰で利用した元凶)


 様々な考えが一瞬で頭の中を駆け巡った。

 そのせいで、反応が遅れた。

 矢が届くより早く、須芹の頭の上を土の壁が覆った。


「須芹ちゃん、大丈夫? 怪我してなぁい?」


 壁の向こうから伽耶乃の声が聞こえた。

 須芹は壁の向こう側に回り込んだ。


「伽耶乃! かや、の……」


 ボロボロに引き千切れた着物から顕わになった白い足には血が流れている。

 同じように腕や顔も傷だらけだ。


「なんで、そんなに、怪我して……」

「ふふ。核をあげちゃう前に、どんな子か話してみたかったのぉ。お話してたら、こんなんなっちゃったわぁ」


 着物の布など半分以上、無くなったんじゃないかと思うほどボロボロの姿を須芹に見せる。


「それに、蒼愛様と紅優様が来るまでの足止めは、私たちの役目でしょ?」


 伽耶乃が後ろに目を向けた。


「ここは私たちに任せて。利荔は志那津と霧疾を連れて水ノ宮へ。暗がりの平野側に走れば、吟呼がいるはずよ」


 頷いた利荔が志那津を背負い、霧疾に肩を貸しながら場を離れた。

 それを確認して、伽耶乃が空を見上げた。


「お話の続きをしましょう。災厄の神、エナ」


 空に向かい、手を上げる。

 土の柱がエナに向かって勢い良く伸びる。

 ふわりと避けて土の柱の上に立つと、エナが面倒そうに愚痴を吐いた。


「やはり、お前は面倒だ。他の神は愚鈍らしく核をあっさり手渡した」

「抗う暇もない闇討ちでしょ? 側仕の声を模して近付くって、相変わらずやり方が姑息ねぇ」


 土の柱からふわりと飛び降りて、エナが地面に降り立った。


「お前たちにも企みがあるんだろうが。核が手に入れば何でもいい。体はすぐに私が壊す。今は好きなように遊べばいい」


 エナが手を翳す。

 奪った核が三つ、エナの手の上でくるくると回った。


「まだ三つか。蒼愛が私を愛するには、足りないな」


 核を仕舞ったエナの手が伽耶乃に向く。

 須芹は前に出て、棍棒を構えた。


「お前に用はない。根の国生まれの卑しい神はこの国に不釣り合いだ。後で殺してやるから、退いていろ」


 エナの指が弾くような仕草をした。

 飛んできた空気の塊を、須芹は棍棒で弾いた。


「その卑しい神に怯えて蚊帳の外に追いやったくせに。不具の子のお前の卑しさは、僕と変わらないだろ」


 何の感情もない目が須芹に向いた。


「私は、お前とは違う。中途半端に英雄の父の栄光に縋って生きる卑しさと同じにするな。私と蒼愛は出来損ないのガラクタ。何も持たないガラクタが、汚れた国を美しく変える」


 さっきより強く、エナが何かを投げた。

 須芹に向かった空気の球を、伽耶乃が土の壁で防いだ。


「やっぱり、何を言ってるのか全然わからないわぁ。もうちょっとお話が上手な子に育て直さないとね」


 エナが伽耶乃に目を向けた。


「私、貴方みたいな子、嫌いじゃないのぉ。だからね、全部解決したら、貴方を貰うわ。立派な神子になれるよう、私が育ててあげる」


 笑顔を向ける伽耶乃に、エナが目をひくつかせた。

 ずっと無表情だった目に、初めて強い嫌悪が見えた。


「私が貴方を、愛してあげるわ」


 大きくて真っ黒な神力が飛んできた。

 庇おうとした須芹を伽耶乃が思い切り突き飛ばした。


「伽耶乃!」

「来ちゃダメよ、須芹ちゃん。離れて!」


 自分で作った土の壁に真っ黒な神力で縫い付けられた伽耶乃を、エナが苦々しい目で睨んだ。


「エナは、愛してあげるって言葉に、とても敏感なのね」


 心なしか、伽耶乃の息が上がっている。

 黒い塊に神力を吸われているのだ。


「蒼愛様を愛したいのに、愛されるのは、怖いの?」


 エナが伽耶乃の目の前に立った。


「日照に愛されるのは、怖い? 日照が本当はエナを愛していたって、気が付いていたのよね?」

「遅かった。魂を引き千切られた後で愛していると言われても、鬱陶しいだけだ」


 エナの手が伽耶乃の顎を掴み上げた。


「鬱陶しいんじゃなくて、怖かったのよね。自分に向けられる純粋な愛情が、怖かった。受け入れたら、今の自分を自分で否定してしまうものね。誰も愛してくれない可哀想なエナが、覆ってしまうものね?」


 エナが伽耶乃の首を掴み上げて締め上げる。

 

「ぅっ……ぁっ……」

「伽耶乃! 伽耶乃!」


 嗚咽を漏らす伽耶乃に近付きたいのに、結界で近づけない。

 須芹は何度も名前を呼んだ。


「核さえ手に入れば、それでいい。お前の愛など、要らない」


 エナの手が伽耶乃の胸に吸い付く。


「エナを、愛する、存在が、日照と、私……、確実に、いるの、よ。貴方の思い込みは、崩壊、ね」


 首を絞められながら、伽耶乃が懸命に声を出す。

 エナの手が更に強く伽耶乃の首を絞めた。骨が折れてしまいそうな強い力に、須芹の棍棒を持つ手が震える。


「お前たちの愛など要らない。蒼愛が愛してくれれば、それでいい」

「蒼愛様、は、エナを、愛してい、るわよ。本当は、気が付いているんでしょ?」


 エナが動きを止める。

 だがすぐに、伽耶乃の胸の中に、手を沈めた。


「お前の言葉は胸が悪くなる。いい加減、黙れ。体は後で、嬲りながら殺してやる」

「今じゃ、ないのね。どうしてかしら……、臆病者の、寂しがり屋さん……」


 エナが伽耶乃の胸から手を抜き取る。

 その手には、核が握られていた。

 伽耶乃の体がぐったりと力を失くした。

 同時に結界が解けて、須芹は伽耶乃に走り寄った。


「伽耶乃、伽耶乃! 今、出すから」


 黒い神力を手で払って、伽耶乃の体を抱きしめる。

 エナを睨み据えた。


「これで四つ目。あと、二つ。大蛇の領土と天上か。面倒な場所だ」


 独り言を呟いたエナの目が、須芹に向いた。


「友達、とか言っていたか。そういう存在も蒼愛の瞳に映したくないな。お前は使い道がないから、この場で殺していい」


 エナの手が須芹に迫る。

 伽耶乃を抱えて飛び出そうとしたら、足に何かが引っ掛かった。

 まるで枷のように須芹の足に黒い神力が捲き付いていた。


「根の国の神だから、お前にも核があるな。この場で潰せば、存在ごと消えるか」


 エナの手が須芹の背中に触れそうになった時、何かが空から落ちてきた。

 強い神力の圧が、須芹とエナの間を切り裂いた。


「僕の友達に触るな。傷付けたら、許さない」


 十束剣を構えた蒼愛が須芹の前に立って、エナを睨んでいた。


「蒼愛……?」


 まるで普段の蒼愛に見えなくて、問い掛けてしまった。

 振り返った蒼愛が、いつもの顔で笑った。


「遅くなって、ごめんね、須芹」


 救世主が天から降りてきた。

 そんな風に、須芹には思えた。

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