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からくり紅万華鏡ー餌として売られた先で溺愛された結果、幽世の神様になりましたー  作者: 霞花怜(Ray)
第五章 災厄の神

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第137話 開戦の狼煙

 蒼愛たちは日美子を残して大蛇の領土を後にした。

 日美子は「しばらくの間は日照の側にいてやりたいから」と残った。八俣も快く受け入れてくれた。

 ピピに一世一代の告白を強行した真白は「前向きに検討してやる」というピピの言葉を聞いて、上機嫌で天上に戻った。


 瑞穂ノ宮に戻った次の日。

 まるで蒼愛たちの動きを見ていたかのように、事件は起こった。

 暗がりの平野と風の森に闇人が大量発生した。

 当初、三十体前後と目されていた闇人は有に二百体を超える数だった。それらの闇人に自我はなく、遠隔操作されているのは明らかだった。相手の神力や妖力を感じ取って攻撃を仕掛けてくるらしい。

 調査から引き続き対応してくれている月詠見・火産霊や志那津、大蛇の討伐隊からの報告は、内容が同じだった。


「エナが、動き出したね」


 報告書に目を通していた紅優が、確信を持って呟いた。

 蒼愛は両手を強く握りしめた。

 その手を、紅優がそっと包んだ。


「今はまだ、ダメだよ。月詠見様か火産霊の合図があるまで、蒼愛も俺も、動いちゃダメ」


 蒼愛は唇を噛んだ。

 前回の寄合で、エナ捕縛に関しての作戦は入念に話し合った。

 先走った勝手な行動で、総てを無駄にするわけにはいかない。

 蒼愛は無言で頷いた。


「いつでも出られるように準備だけは整えておきましょう。蒼愛様、瑞穂玉と色彩の宝石は持っていますね」


 井光に問われて、蒼愛は懐から巾着を取り出した。

 日照に渡したのと同じ色彩の宝石と、別の大きめの巾着に沢山の瑞穂玉が入っている。


「これだけあれば、大丈夫。井光さんや真白は、大丈夫? ちゃんと持ってる?」


 蒼愛の不安げな問いに、井光と真白が懐から瑞穂の玉を取り出した。


「肌身離さず、持っておりますよ」

「これを持っているだけで、神力が湧いてくるから、不思議だよな」


 真白が不思議そうに玉を眺める。

 神々と側仕の面々には、瑞穂玉を渡してあった。護身用の呪詛対策だ。一人、最低三つは持ってもらっている。


(それでも、この玉だけじゃ足りない。エナは他者の動きに便乗して身を隠しながら奪いに来る)


 依代を失い、正体を明かした今でも、やり方は変わらないだろう。

 蒼愛の強張る体を、紅優が優しく抱いた。


「大丈夫だよ、蒼愛。神様も側仕の皆も弱くない。信じなきゃ」


 紅優が蒼愛の髪に口付ける。

 自然と安心して、蒼愛はこくりと頷いた。


「紅優! 蒼愛様!」


 バサバサと羽を羽ばたかさせて、陽菜が瑞穂ノ宮に降り立った。


「暗がりの平野で応戦していた月詠見様の核が、奪われた!」


 息を切らせる陽菜の言葉に、紅優と蒼愛は息を飲んだ。




〇●〇●〇




 暗がりの平野、数時間前。

 数日前から一気に増えた闇人を駆逐すべく、月詠見は火産霊や側仕の世流と吟呼と共に応戦していた。

 今は大蛇の討伐隊が共戦してくれている。

 一隊を率いる楜々は、大蛇の割に気の良い男で会話もしやすく助かっている。


「喰っても喰っても減らねぇなぁ。流石に腹ぁ膨れてきたぜ」


 月詠見が神力で浄化し、火産霊が炎で消滅させるのに対し、大蛇は文字通り喰っている。

 嬲りながら喰っていいとの命に、最初は活気のあった大蛇も、動きが鈍ってきた。

 丸一日喰い続けるのは流石にしんどいだろう。

 一週間に一人の人間を喰えば命が繋げる生き物だ。番があれば一月に一人で足りる。

 闇人に血肉がなく、魂しか喰う場所がないとしても、数が多すぎる。


「誘き寄せてくれたら、俺が焼き尽くすぜ。無理して食うなよ。腹、壊すぞ」


 火産霊が心配している。

 性格が似ているせいか、楜々とは気が合うらしい。


「そりゃ、助かるぜ。仲間にも、火産霊様か月詠見様のとこに集めろって伝達するな」

「いや、できれば火産霊で頼むよ」


 月詠見の言葉に、楜々が顔を向けた。


「読み通りなら、そろそろ本命が動き出す頃合いだ。俺の出番だと思うから、火産霊たちは俺から離れてね」


 火産霊の顔が引き締まった。

 隣の楜々が顔をしかめている。何かが納得いかない様子だ。


「作戦は長から聞いちゃいるが、本当にやんのかよ。あんたらは神様なんだ。本当なら俺らに任せて、天上で高みの見物決め込んだって、良かったんだぜ」


 今までなら、そうしてきただろう。楜々の顔はそう語っている。

 確かにその通りだから、反論する気もない。


「エナの狙いは神様だ。殺すと言っていたらしいが、その気は恐らくない。この国を作り直したいのなら、俺たち七柱の神の核を欲しがるはずだ。幽世の自然を維持するためにね」


 瑞穂国が豊かな自然を維持できるのは、六柱の神が存在するためだ。核さえあれば神の神力だけを使える。瑞穂ノ神の核を手に入れれば、六柱の神の核を維持できる。今の自然をそのままに維持できる。


「エナはきっと、朴木を枯らしたくないだろうからね」


 クイナが植えた友情の木。エナとクイナの出会いの木だと、蒼愛は話した。


(俺たちが入るよりずっと前から、エナはこの幽世を見てきたんだな)


 エナの暗躍と暴走はまるで、今の瑞穂国はクイナの理想の形ではないと、突き付けられた想いだった。

 だからこそ、先陣は自分でなければいけない。クイナに最初に瑞穂国を任された神でなければいけない。仮に月詠見が死んでも、日美子と淤加美がいる。創世からこの国を作ってきた仲間が、後を引き継いでくれる。


「高見の見物にも飽きたからねぇ。そろそろ神様も本領発揮しないと、愛想尽かされちゃうよね」


 幽世にも国の民にも、紅優や、蒼愛にも。

 瑞穂国が選んだ色彩の宝石という理は、淤加美と月詠見が長年、どうにもできなかった問題を次々、解決していった。期待以上の成果をもたらしてくれた蒼愛に、この身を持って報いなければ立つ瀬がない。


「狙われてんなら、余計に隠れてりゃいいだろ。核を壊されたら、神様だって死ぬだろ。危険すぎるだろ」


 俯きがちに楜々が小さな声で話す。

 心配してくれているのだろう。数日の付き合いだが、裏表のないさっぱりした性格は理解している。


「危険だから、俺が先陣なんだよ。こういうのは、提案した奴が先に手本を見せないとね」


 火産霊に目配せする。

 険しい顔ではあるが頷いてくれた。

 火産霊も楜々と同じような想いを殺して、月詠見に賛同してくれているんだろう。


「あー! くっそ! 神様なんざ好きじゃねぇけどなぁ! 火産霊様は良い奴だし、アンタだって、何考えてるかわかんねぇけど、悪い奴じゃねぇよ。ちゃんと守ってやるから、死ぬんじゃねぇぞ!」


 楜々が月詠見の胸を思い切り叩いた。

 勢いが強くて体が仰け反った。


「八俣様の屋敷で、日美子様が日照の面倒を見てくれてる。ついでに俺たちの世話まで焼いてくれてよ。日美子様と、番なんだろ。アンタを見殺しにしたら、顔向けできねぇ」


 大蛇であることを忘れるような気の良い青年に、月詠見は苦笑した。


「頼りにしてるよ、楜々。俺の後は火産霊を頼むね」


 やはり納得のいかない顔ではあったが、楜々が素直に頷いた。


「じゃ、俺たちは少し離れるか。念のため、世流だけは近くに置いとくぜ」


 八咫烏の姿で闇に紛れる世流に目配せすると、火産霊が楜々を連れて離れていった。

 背後から、禍々しい気が近付いてくる。

 隠れることをやめた災厄の神は、敵意すらも顕わに堂々と神に喧嘩を売りに来たらしい。


「正面突破とは、意外だね。さて、どんな恨み辛みを聞かせてくれるのかな」


 両手に暗の神力を展開して、月詠見は膨れ上がる黒い神力に向き合った。




〇●〇●〇




「月詠見様の後は、火産霊様の核が奪われて。体は二人とも大蛇が素早く回収してくれて、傷一つない。世流が水ノ宮に運んで、淤加美様と縷々が魂を保護する治療をしてくれてる」


 陽菜が悔しそうに語る。

 普段、明るい陽菜からは想像もできないような表情に、蒼愛は息を飲んだ。


「暗がりの平野の闇人は、どうなりました?」


 紅優が冷静に陽菜に問う。


「月詠見様と火産霊様の核を奪ったら、嘘みたいに消えた。神力を追って、風の森に移動したんだと思う。風の森は今、志那津様と伽耶乃様が大蛇と共戦して闇人を狩ってる。吟呼も森に移動してる」


 辛そうに語る陽菜を前に、紅優が蒼愛と顔を見合わせた。


「俺たちも、風の森に移動しよう。森の中で、全部終わらせる」


 紅優に向かって、蒼愛は力強く頷いた。

 二人の前で、陽菜が項垂れた。


「作戦だってわかってるけど、月詠見様や火産霊様が動かなくなってる姿を見るのは、辛いよ。核が壊れたら神様は死んじゃうのに、その核を囮に使うだなんて。日美子がああなったら、俺、耐えられない」


 蒼愛は陽菜の肩をそっと撫でた。


「俺も最初は反対だったけど。月詠見様の気持ちは、少しだけど俺にもわかるんですよ。ああ見えて責任感が強い神様ですからね」


 蒼愛と同じように、紅優が陽菜の肩に手を置いた。


「エナに神々の核は壊せない。奪われた核は必ず取り戻す。だから陽菜さんも、一緒に最後まで頑張りましょう」


 顔を上げた陽菜が泣きそうに頷いた。


「紅優が神様みたいに見える」


 目を潤ませた陽菜が紅優に抱き付いた。

 紅優が苦笑していた。


「月詠見様が先陣切って上げてくれた狼煙です。有効に使わないと、目が覚めてから叱られてしまいますから」


 そう語る紅優の目には、確かな怒りが灯っていた。







【補足説明:神の核と魂】

 神様には命を維持する魂と、神力を維持する核が存在します。

 どちらかでも欠ければ意識を保てず昏睡状態になり、どちらかでも傷ついたり壊れれば死にます。

 現世の神は霊体に近いので核しか持っていません。

 瑞穂国の神々は人間と同じように実体があるので、神を神たらしめる核の他に魂を持っています。

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