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からくり紅万華鏡ー餌として売られた先で溺愛された結果、幽世の神様になりましたー  作者: 霞花怜(Ray)
第五章 災厄の神

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第133話 茶会の誘い

 蒼愛がエナの意識から戻った次の日には早速、紅優が号令をかけての寄合が設けられた。

 知り得た事実の総てを共有し、対策が話し合われたのだが。


『これは、ある意味でチャンスだよ』


 月詠見の提案した作戦は大胆で、蒼愛はヒヤヒヤしたが、神々の間に異を唱える者はなかった。

 むしろ蒼愛の独断専行を叱られたが、その倍以上、褒められた。


「僕より神様たちの方がずっと危険だと思う」


 作戦に対して珍しく苦言を紅優に漏らすと、


「そうだね。けどみんな、それくらい怒ってるんだよ。エナにも自分自身にも」


 答えてくれた紅優の顔にも怒りが滲んでいた。


「どんなに危険でも、俺たちには蒼愛がいるから。きっと大丈夫だよ」


 紅優に頭を撫でられて、委縮してしまう。

 かかる期待の大きさに震えるが、逃げる気にはならなかった。


「頑張るよ。僕も、エナをこのままにはしたくない」


 今回は皆が、蒼愛を温存せずに動いていいと言ってくれている。

 その期待には、絶対に応えたかった。


 

 闇人討伐に手を上げてくれた大蛇の一族にも話を伝えるため伝令を打とうとしていた矢先。

 大蛇の長の八俣から手紙が届いた。

 てっきり、紅優から送った側仕の打診に対する返信かと思いきや。


『瑞穂ノ神 紅優様


 扇屋の会員限定抽選会で和菓子セットが当たったので、

 第一回スイーツ男子会を開催したいと思います。

 是非、御参加ください。

 

 つきましては日ノ神 日美子様にご相談したき儀がございます。

 可能であれば、御一緒に御参加ください。

 女子でも大歓迎です。


 大蛇 羽々』


 手紙を読んだ紅優がわなわなと震えていた。


「扇屋の会員にもなってるの? 扇屋の和菓子抽選会って倍率高くて有名なのに。八俣殿はどれだけ引きが良いの!」


 ツッコまなければいけない場所は、もっと他にあると思うが、紅優の気持ちもわからなくはないと思った。


「土ノ神についても、側仕についても、一文字も触れていませんね。興味の外との意思表示でしょうか」


 井光が紅優から受け取った手紙を読んで推察している。


「意思表示というか、本当に興味ないんだね。忘れちゃってるんじゃないかな」


 紅優からの手紙は読んだのだろうが。

 この手紙を八俣が書いている時はきっと、扇屋の菓子の方が大事で、どうでもよくなっていたのだろう。


「和菓子でスイーツ男子会を開催する方が、八俣殿にとっては側仕より重要なのですね」


 井光が呆れ半分で納得している。


「だとしたらさぁ、日美子様には本当に来てほしいんだろうなぁ。和菓子と同じ手紙に書くくらいだからなぁ」


 真白が感心したように、回ってきた手紙を眺めている。

 蒼愛もそう感じたし、井光も同じように思っているのだろう。


「何故、日美子様なのでしょうね。死の瘴気を扱う大蛇にとって、日ノ神は最も相性が悪い神様です」


 浄化術を使える日ノ神は大蛇のような濃い瘴気を扱う妖怪とは相性が悪い。

 蒼愛は、ぼんやりと考えた。


「ヒルの関係じゃないかな。ヒルって本来なら日の神様だから」


 蒼愛の呟きに、紅優と井光が同じように顔をしかめて振り返った。


「やっぱり、そうだよなぁ。蒼愛様の色彩の宝石を飲み込んだ後のヒルは、お日様みたいな匂いがしたよな」


 真白が普通に同意してくれた。

 蒼愛は真白と頷き合った。


「日の神……、日の神の成りそこないとして、現世から流されたのか。だから、総てを壊す破壊の神足り得た……」


 紅優が自分の頭を整理するように呟いている。


「日の神は最高神にもなれる強い力を持つ。殊更、現世ではその傾向が強い。制御しきれない力で幽世を壊していたのも頷けます。それがエナの誘導であっても」


 井光の最後の言葉には、若干の怒りが滲んでいた。


「井光さん、日美子様にお伺いを立ててくれますか。一緒にスイーツ男子会に行ってほしいって」


 紅優の言葉に、井光が頭を下げた。


「心得ました。すぐにでも伝令を飛ばします」

「伽耶乃様には戻ってからお返事だね。どんな話になるかわからないから」


 眉を下げる紅優に、蒼愛も真白も頷いた。


「八俣さんの場合、予想もしない話が飛び出したりするもんね」

「側仕の話も、案外真面目に考えてたりするかもしれないよな」


 蒼愛と真白が顔を見合わせて頷く。


「一回しか会っていないのに、皆、八俣殿の性格をよく把握できてるね」


 紅優が疲れた顔で笑う。


「変わった大蛇だけど、大蛇の皆はそれぞれに個性的だったし、八俣さんはわかりやすい方だったと思うな」


 蒼愛にとっては呵々や寧々の方が難しく感じる。

 野々が一番、同じ感覚を共有できる大蛇だった。それも芽衣のお陰なんだろうと思う。


「蒼愛はすごいね。俺にはまだ難しいや」


 そう呟いた紅優も、嫌な顔はしていなかった。



〇●〇●〇



 次の日には、日美子から快い返事をもらったので八俣に返事を返した。

 八俣からの返信は早く、一日も早く来てほしいとの手紙が届いた。

 手紙が届いたその日、蒼愛たちは大蛇の領土に向かっていた。


「あの八俣殿が一日も早くだなんて、ヒルに何かあったんだろうか」


 紅優が逼迫した表情をしている。


「菓子の賞味期限が短いんじゃないのか? 和菓子って、すぐダメになるんだろ?」


 真白ののんびりした返答に、日美子が苦笑した。


「生菓子は日持ちしないけどねぇ。まぁ、悪い予感に合わせた方が後悔が少なくて済むよ」


 虎のような大猫の姿になった井光の背中に乗って、大蛇の領土まで辿り着いた。

 指定された湖寄りの入り口の前に降り立つ。

 領土の周囲を見上げて、蒼愛は驚いた。


「瘴気がなくなってる。領土の中が、丸見えだ」


 前回は死の瘴気が濃くて、領土の中が全く見えなかった。

 呵々が瘴気を薄めて、蒼愛たちを中に案内したくらいだ。

 今日は黒い瘴気が消え去って、広大な大地が外側からでも見渡せるほどだった。


「イラッシャイマセ、瑞穂ノ神サマゴイッコウサマ、日ノ神サマ。屋敷へゴアンナイイタシマス」


 足元に小さな蛇がいた。

 八俣の屋敷で室内を案内してくれた蛇だ。

 蛇が領土内に向かって進み始めた。

 その後ろを付いていく。


「自然が豊かで、綺麗な場所だ。住んでいる妖怪の穏やかな気が満ちている。良い領土だね」


 領土内を見回し、空気を吸い込んだ日美子が目を細めた。

 その表情に、蒼愛は安堵した。


 屋敷の中に入ると、前回と同じ部屋に案内された。

 扉の向こうには、八俣とヒルの姿があった。


「あ! 蒼愛様たち、来たぜ! 久しぶりだな、蒼愛様」


 ピピが飛んできて、蒼愛の肩に止まった。


「久し振り。ピピも元気そうだね」


 人差し指でピピの体を撫でる。

 その様を、真白が羨ましそうに眺めている。


「八俣殿、火急の用件とはなんだ? 一日も早くとは、何かあったのか?」


 焦燥を隠さない紅優に、八俣が眉間の皺を深くして頷いた。

 八俣にしては深刻な顔をしている。

 本当に何か良くないことが起きたのかと、蒼愛も少しだけ不安になった。


「和菓子の詰め合わせセットに入っていた三色団子の賞味期限が今日までだった。間に合って良かった」


 八俣が安堵の息を漏らしている。


「ほらな、やっぱり」


 真白が半笑いで八俣を指さす。

 紅優と井光が疲れた息を吐いていた。


「お茶を、どうぞ」


 ヒルがカクカクした動きで、緑茶を出してくれた。

 カクカクしすぎて茶が零れそうだ。

 思わずヒルに駆け寄った。蒼愛より早く、八俣がヒルの体と手を支えた。


「ヒル、かなり動けるようになったね。もう歩けるの?」


 ヒルがこくりと頷いた。


「部屋の中、とか。ちょっとだけ、なら。今日は、蒼愛が来るから、羽々にお茶の淹れ方を、教えてもらった」


 ヒルが微笑んだ。

 笑い方はまだぎこちないが、それでも自分から表情を出せるようになったのは成長に感じる。

 日美子が、そっとヒルに歩み寄った。


「初めまして、だね。私は日ノ神、日美子だ。ヒルと同じ日の神様だよ」

「同じ?」


 ヒルが首を傾げた。

 ニコリと笑んで、日美子が八俣を振り返った。


「私を呼んでくれて良かったよ。一日も早くってのは、ヒルと領土のためだね」


 日美子が立ち上がり、八俣に向き直った。


「お初にお目にかかる。日ノ神、日美子だ。この幽世の長い年月を考えれば、初めて会うのが今日というのは遅すぎた。天上の無礼と大蛇への対応を、神々を代表して詫びよう。本当に申し訳なかった」


 深々頭を下げる日美子に向かい、八俣が無言で礼を返していた。


「ちなみにウチも扇屋の会員だけどね。抽選会は一度も当たったことがないんだ。おこぼれに預かれて嬉しいよ」


 顔を上げた日美子が八俣に手を差し出す。

 八俣が躊躇いなく日美子の手を握った。


「今日は是非、扇屋の会員限定セットを堪能していってくれ。お会いできて良かった。スイーツ男子会はスイーツ愛好会に改名するから、次回以降もいつでもご参加ください」


 日美子の手を握る八俣の手に力が籠って見える。

 どうやら好印象だったらしい。


「ヒルと領土のためというのは、どういう意味です?」


 紅優の目が八俣と日美子に向く。

 八俣が天を仰ぐような仕草で考え込んだ。


「領土を覆う死の瘴気が消えたのは、ヒルの神力のせいだろう。蒼愛の色彩の宝石が、ヒルに本来の神力を取り戻させている。ヒルはまだ、制御も巧く出来ないんだろう」


 日美子の推測に、八俣が頷いた。


「ヒルについて五蛇に相談したら、日美子様に相談するのが良いと。紅優様を通して相談してみろと言われたので手紙を書いた」


 八俣の言葉に、紅優がどこか安堵した顔をしていた。

 

(大蛇の皆が天上に相談しろとか紅優に相談しろってアドバイスしてくれたのが、紅優はきっと嬉しいんだろうな)


 視察前の大蛇なら、天上に相談という選択肢はきっとなかった。

 八俣以外の大蛇からもそういう提案が出た状況は、大きな変化だ。


「私は、日の神なの?」


 ヒルの疑問に日美子が頷いた。


「ああ、そうさ。ヒルは瘴気や呪詛を浄化する日の神力を持つ神様の子供なんだよ。今は力がちょっとずつ目覚めている最中だ」


 日美子の言葉に、ヒルが暗い顔で俯いた。


「だから、瘴気が消えたの? ヒルのせい? ヒルのせいで、羽々は困るの? 大蛇の皆は、困るの?」


 日美子がヒルの手を握った。


「ヒルのせいじゃない。力は制御できれば、問題ない。私だって、今日ここに、ヒルに会いに来たけど、何ともないだろ? ヒルも自分で力を制御できれば、八俣殿も大蛇の皆も、困らないよ」

「制御、できる? これからも、羽々やピピと、いられる?」


 不安そうなヒルに日美子が微笑んだ。


「勿論さ。そうするために、私はここに来たんだ」


 日美子が八俣を見上げた。


「筆と紙はあるかい?」


 頷いて、八俣が準備し始めた。


「紅優も手伝っておくれ。ヒルに名前を授けるよ」

「なるほど、名前ですか」


 紅優が日美子の隣に並んだ。


「この国において、名前は力の強さにも関係する。逆に強すぎる力に見合わない名だと、今のヒルのように制御が難しくなったり充分に力を発揮できなくなる。今のヒルにはカナの名前じゃ弱いんだ。漢字の名を宛がえば、変わるはずだよ。できれば三文字にしたいが……」


 日美子が八俣とヒルを振り返った。

 見慣れない筆を珍しそうに覗き込むヒルの頭にピピが乗って、同じように面白そうに覗き込んでいる。

 そんな二人に、筆と紙を教えてやっている八俣の姿は、とても優しい。


「三文字にすると私の神子にして天上に連れていかないといけないからねぇ」

「今はまだ、二文字でもいいですよ。いずれ、その時が来たら、三文字にしましょう。漢字の名を宛がえば、今より力は使いやすくなるはずです」


 八俣の元からヒルを引き離すのを、日美子も紅優も気の毒だと思ったのだろう。

 二人の会話を片耳に聞いていたのか、八俣がヒルに向き直った。


「ヒルは、天上に行きたいか? 本当は、神様は地上じゃなく天上で暮らす。ヒルは日の神様だから、日美子様と暮らすのが良いんだが」


 ヒルの全身から神力が吹き出した。


「羽々は、ヒルがいない方がいい? ヒルは要らない? 出ていって欲しい? 瘴気を消しちゃうヒルは、嫌になった?」


 暴風のように吹き出した神力に飛ばされて、頭の上に居たピピが吹っ飛んだ。


「ピピ!」


 飛ばされたピピを真白が空中キャッチした。

 神力に中てられたのか、目を回している。

 両手にピピを包んで、真白が離れた。


「ヒル! 違うよ!」


 蒼愛は慌ててヒルを後ろから抱き包んだ。


「八俣さんはヒルの気持ちを聞いているだけだよ。ヒルがどうしたいのか、教えて」


 諭すように優しく耳元で囁く。

 ヒルの神力が少しずつ弱まった。


「ヒルは、羽々と一緒に居たい。一緒にお菓子、食べたい。一緒に、寝たい」

「わかった。一緒にいよう。名前は二文字でお願いしたい」


 八俣の目が紅優と日美子に向く。

 二人が同じように微笑んで頷いた。


「私らはヒルからこの場所を奪いに来たんじゃない、守りに来たんだ。私らはヒルの味方だよ」


 日美子がヒルの頭を撫でて顔を覗き込んだ。


「味方? 日美子も、味方? 蒼愛と紅優と、同じ?」

「ああ、そうさ」


 弱く渦巻いていたヒルの神力が、すっかり収まった。


「この国では、名前ってのが大事でね。今のヒルに合った名前をあげたいんだ。今のカナに漢字をあてようと思うんだけど、名前を考えて欲しい相手は、いるかい?」


 ヒルの目が、後ろに抱き付く蒼愛に向いた。


「蒼愛に考えてほしい。色彩の宝石をくれたのは、蒼愛。ヒルに力の使い方を教えてくれたのは、蒼愛だから」

「え? 僕?」


 ドキリとして立ち上がった。

 最近は井光と勉強しているとはいえ、まだ漢字は自信がない。


「大丈夫ですよ、蒼愛様。前回のNYANCHOCOTTの商品説明書きも、間違いなく読めていました」


 蒼愛の不安を感じ取った井光が後ろに下がろうとする蒼愛の肩を掴んだ。

 何というか、逃げられない感じだ。


「でも、ヒルって難しい……、しかも二文字って。ひる、ヒル、ひ、る……」


 口の中で何度も唱えながら考える。


「ねぇ、真白。一緒に考えて……」


 真白を振り返って、蒼愛は言葉を止めた。

 両手に大事そうに包んだピピに、口移しで神力を流し込んでいる最中だった。


「大丈夫か? ピピ?」


 真白が、そっと声を掛けている。


「んぁ……、なんか急に旋風が吹いた……。俺、気を失ってたのか?」


 羽を伸ばして、ピピが目を擦るような動作をする。


「無事で良かったな」


 人型の真白が燕のピピに頬擦りしている。


「なんだよ、やめろよ。喰う気じゃ、ないよね? 俺たちもう、友達だよね?」


 ピピがびくびくして問う。

 初めて会った時も、ピピは狼姿の真白に怯えていた。


「うん、友達だ。もっと仲良くなりたいと思う」


 ピピに頬擦りしながら、さりげなくアピールする真白は幸せそうだった。


「茶会をしながら、考えよう」


 八俣が提案してくれて、蒼愛は一先ず凝り固まった思考を一時停止した。

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